連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第113回
今回ご紹介するNetflix映画『ブロンド』は、プライベートでの素顔と女優としての姿に、ギャップがあったと言われるマリリン・モンローの姿を描いたフィクションドラマです。
伝説的ハリウッド女優、マリリン・モンローは、その「死」も謎に包まれ、死後も多くの考察本や小説、彼女の魅力を伝える書籍が書かれました。
波乱万丈な生涯だったモンローをセンセーショナルに書き下ろしたのが、ジョイス・キャロル・オーツの同名小説でベストセラーとなりました。
伝説のハリウッド女優マリリン・モンローと、素顔のノーマ・ジーンを描くことで、彼女の苦悩とスターの座へと昇りつめるまでの、事実とフィクションが織り交ぜられます。
父親を知らずに心を病んだ母親に育てられ、内向的になったノーマ・ジーンは、養護施設や里親を転々として生きます。
そんなノーマ・ジーンはいつか父が迎えに来ると信じ、雑誌や広告のモデルを経て映画スターへの道を歩み始めます。
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映画『ブロンド』の作品情報
【公開】
2022年(アメリカ映画)
【原題】
Blonde
【原作】
ジョイス・キャロル・オーツ
【監督・脚本】
アンドリュー・ドミニク
【キャスト】
アナ・デ・アルマス、エイドリアン・ブロディ、ボビー・カナベイル、ゼイビア・サミュエル、ジュリアン・ニコルソン、リリー・フィッシャー、エバン・ウィリアムズ、トビー・ハス、デビッド・ウォーショフスキー、キャスパー・フィリップソン、ダン・バトラー、サラ・パクストン、レベッカ・ウィソッキー
【作品概要】
ノーマ・ジーン(マリリン・モンロー)役には、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2020)、『グレイマン』(2022)のアナ・デ・アルマスが勤め、本物のマリリン・モンローと見まがう熱演を披露します。
脚本家及び監督は『ジェシー・ジェームズの暗殺』(2007)の、アンドリュー・ドミニクが手掛け、第79回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品された作品です。
共演には『アイリッシュマン』(2019)に出演した、ボビー・カナヴェイルがジョー・ディマジオ役、『戦場のピアニスト』(2002)で、アカデミー主演男優賞を受賞した、エイドリアン・ブロディがアーサー・ミラーを演じました。
映画『ブロンド』のあらすじとネタバレ
1933年ロサンゼルス、ノーマ・ジーンが7歳の誕生日に母グラディスは、サプライズがあると額縁に入った紳士の写真をみせ、これがノーマの父親だと教えます。
母は熊のぬいぐるみとケーキを用意してくれ、ささやかな誕生日を祝います。グラディスはチェストの引き出しを開け、そこをベビーベッドの代わりにしたことを話しました。
その日の深夜、ローレル・キャニオンで火災が発生します。それにも関わらずグラディスは、眠っているノーマを無理矢理起こし、車でそこに向かいます。
炎と火の粉の中を車を走らせていると、交通を取り締まる警察官から停止させられ、引き返すよう言われます。
グラディスは屋敷に招待されていると主張しますが、警官は彼女がドラッグやアルコールの中毒者であると察し、幼いノーマを連れて帰るよう命令しました。
Uターンする車中でノーマは、母に「どうしてパパは会いに来ないの?」と聞きます。その一言がグラディスの苛だたせ、怒りがノーマに向かいます。
家に戻るとグラディスはノーマを風呂に入れようとしますが、湯の温度が高すぎてノーマは入れずにいると、怒り狂った母の命令でノーマが浴槽に足を入れます。
するとグラディスはノーマを浴槽の底に沈め、溺れさせようとしました。グラディスはノーマを愛し、大切に育てていましたが、自分の秘密を暴く存在でもありました。
ノーマの父親は彼女の誕生を望んでおらず、グラディスのことも遊びとしか思っていませんでした。彼は金を叩きつけ彼女の目の前から消えたのです。
グラディスは妊娠したことで愛を失ったと思い込み、精神的に不安定になっていきます。そんな母にノーマ・ジーンは育てられていました。
悲しみと惨めさにさいなまれたグラディスの力が抜けると、ノーマは逃げ出し隣人に助けをもとめ、夫人に安心するよう抱きしめられます。
数日後、夫人は母が面会できるまでに回復したとノーマに話します。面会しに行こうとノーマを連れ出しますが、行先は“ロサンゼルス養護施設協会”でした。
グラディスの症状は重く、子供を育てられないと診断され、夫人はノーマを預かりきれないと悟り、養護施設に連れていく決断をしました。
やがて成長したノーマ・ジーンは、雑誌の表紙やカレンダーのピンナップ・ガールとして、活動を開始しました。
そして、それに留まらず女優を目指し始めたノーマは、ミスターZと呼ばれる映画スタジオの社長との面接で彼にレイプされ、その代償は女優として契約を結ぶことでした。
女優マリリン・モンローとして、映画『ノックは無用』のネル役のオーディションを受けました。審査の評価は二分しましたが、監督は彼女の美貌だけで採用し女優デビューします。
俳優養成所でノーマはチャールズ・チャップリン・ジュニアの “キャス” 、エドワード・G・ロビンソン・ジュニアの”エディ” と出会います。
父親不在のノーマ、偉大過ぎる父親を持つキャスとエディも、父親不在と同じだと3人は意気投合し、ポリアモリーな関係を開始しました。
やがてノーマはスリラー映画『ナイアガラ』で、ヒロインを演じブレイクします。マリリン・モンローとして知名度が上がると、マスコミからの注目度も上がっていきます。
キャスとエディとの関係も取りざたされ、ノーマはエージェントから、彼らと公の場で会うことを控えるよう注意されます。
しかし、彼女はマリリン・モンローから、“ノーマ・ジーン”に戻れる彼らとの時間が、かけがえのないものになっていました。
映画『ブロンド』の感想と評価
映画『ブロンド』の“ブロンド”はいわゆる“金髪”のことです。金髪は“Dumb blonde(ダム・ブロンド)”という、「見た目はキレイでも、頭の中は空っぽ」という揶揄に使われていました。
マリリン・モンローの無名時代の写真を見ると、もともとは美しいブルネット(黒髪)でした。それをわざわざ金髪にした理由には、女優として成功させる苦肉の策だったからです。
本作は女優マリリン・モンローと素顔のノーマ・ジーンを描いています。女優を目指したはずがその世界は暗黒で、映像もマリリン・モンローのシーンはモノクロで演出されています。
ノーマ・ジーンに戻ったときのシーンは、カラーで演出されているので、彼女の中の内向的と積極的な二面性、心の明と暗がリアルに伝わる表現となりました。
巧みに創り上げられた“セックスシンボル”
マリリン・モンローがブロンドになったのは、1948年に俳優としてコロムビアと契約した際に、外見をリタ・ヘイワースのようなブロンドにするよう指示があってからです。
リタ・ヘイワースは1940年代の“セックスシンボル”女優として人気でした。名作『ショーシャンクの空に』で、主人公が服役した監獄の壁に貼られたポスターの女優です。
“セックスシンボル”という、性的魅力によって人気があった、リタ・ヘイワースにあやかろうとした策でした。
しかし、飛ばず鳴かずの結果、コロムビアとの契約が切れました。それでも、俳優になることを諦めず、モデルをしながらプロダクションの副社長の愛人になり、チャンスをうかがっていました。
その甲斐あって数本のわき役で注目を集めたマリリン・モンローは、人気俳優の階段を上り始め、その後も売り込みのため、エージェントのパーティなどに足しげく通います。
執着は身を呈することで、人気女優の座を掴む結果となりました。ところが、“セックスシンボル”という肩書は、彼女に弊害を与えました。
演技やダンス、歌などのレッスンを人一倍努力した彼女は、“演技派女優”として認められたかったのが本音でした。
「見た目はキレイでも、頭の中は空っぽ」のダム・ブロンドではないことを証明するために、映画会社の契約を切り、自らプロダクションを立ち上げます。
当時の女性の社会的地位は低く、ましてやヌードモデルから転身した女優の彼女の風当たりは厳しいものでした。
男社会の中で契約金(出演料)の交渉をしたり、演出に注文をつけることは、いばらの道を歩むようなものでした。
そもそも、ノーマ・ジーンは内気な性格で、言いたいことも上手く話せないタイプだったと言われています。
そんな彼女が女優マリリン・モンローになると、人がかわりました。メイクアップ・アーティスト、ホワイティの手による、彼女の象徴となったアーチ型の眉、白い肌、赤い唇、ほくろのメイクです。
マリリン・モンローは素の自分を隠しながら、女優として戦い、晩年にはその反動が歪みとなり、薬物やアルコール中毒につながりました。
マリリン・モンローの父親の謎
長年マリリン・モンローの父親に関しては、謎に包まれていましたが、2022年初頭にその人物が明らかになりました。
噂レベルでその名が、チャールズ・スタンリー・ギフォードであるとささやかれましたが、彼の子孫のDNAとノーマ・ジーンのDNAが一致したといいます。
ノーマ・ジーンは生涯に3度の結婚をしますが、2度目と3度目の結婚は歳の離れた相手でした。しかもいずれも有名人で、この結婚は売名のためにも感じてしまいます。
しかし、本当の父親を知らずに育った彼女が、もし、この映画のように母親から写真を見せられ、名前を知っていたら、父親のような男性に惹かれても不思議はないでしょう。
実際にディマジオやアーサーを「パパ」と呼んでいたのかは不明ですが、ノーマ・ジーンが“ファザーコンプレックス”だという印象を強調しました。
母グラディスがノーマの父親のことで傷つき、うまくいかない人生で心が壊れていくように、ノーマが女優として理解されないことで心を壊したことは、遺伝性のものも感じさせます。
キャスが父親になりすまして手紙を送り、最後にネタばらしをしたのは非常に残酷なシーンです。
エドがキャスの死を伝えますが、本当に亡くなったのかは疑問です。なぜならノーマ・ジーンはキャスの子を中絶し、3人で契りを交わした“双子の誓い”を破ったからです。
ノーマは自分の裏切りが、どのくらい彼らを傷つけたか知りません。女優としてスターダムにのし上がり、有名アスリートと結婚し、知名度をあげる彼女を2人はどう見たでしょう。
有名俳優のジュニア2人の気持ちは、穏やかではなかったと察します。もしかしたら2人で考えた、復讐劇だったともいえないでしょうか。
まとめ
映画『ブロンド』はジョイス・キャロル・オーツの同名小説が基になっていますが、彼女はあくまでフィクションで伝記ではないと語っています。
また、監督・脚本のアンドリュー・ドミニクも小説ベースではなく、独自で調査したことを脚色していると語っているので、この映画からはマリリン・モンローの真実はみえてきません。
しかし、ノーマ・ジーンの幼少時に母の精神疾患が発症し、里子としてたらい回しにされて育ったことは事実です。
また、性的虐待を受けていた疑いもあり、それを示したのではと思われるシーンもありました。それは溺死させられそうになり、逃げ込んだ隣人の家です。
ノーマの裸を見つめる家の主、その家ですごす間に彼からの性的虐待があり、男の妻はノーマを養護施設に預ける方が安全と考えたとも想像できます。
チャールズ・チャップリン・ジュニアとエドワード・G・ロビンソン・ジュニアとは、同世代というだけの親交はあったようです。
彼女の“死”がいまだに謎で議論されている中、2人をこういう形で登場させ、新たな仮説的なストーリーを作ったのでしょう。
このようにマリリン・モンローの生涯は、公言できないシークレットな部分も多く、それが作家たちの想像力を搔き立て、本作にも繋がったといえます。
映画『ブロンド』は親や夫からの虐待、性的搾取、男尊女卑などあらゆる差別を受けながら、それらを逆手にとって利用し、ハリウッド黄金時代の最も有名な映画スターの1人となった、マリリン・モンローと、知られざるノーマ・ジーンを描きました。
彼女の人生は波乱万丈で最期は寂しいものでしたが、今でも良くも悪くも好き嫌いの分かれる、忘れ得ぬ“永遠の女優”として輝いています。
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