年齢や経歴、価値観の相違を越えた友情はあるのか?そんなリアルストーリー
今回はサンダンス映画祭でプレミア上映された映画『ラスト・シフト』をご紹介します。
舞台はミシガン州アルビオン、高校中退してから38年間、「オスカーの店」で夜勤の仕事をしたスタンリーは、ある事情で退職することを決めます。
後任で採用されたのは、才能豊かで優秀でありながら、保護観察処分となった青年です。彼を研修することが、最後の仕事となったスタンリー・・・はたして、世代や価値観の壁はこえられるのか……?。
監督のアンドリュー・コーンは主にドキュメンタリー映画を手掛け、『Medora』(2013)がトニー賞を受賞し、本作がフィクション映画初監督となります。
『サイドウェイ』(2005)と『ファミリー・ツリー』(2012)で、アカデミー賞脚色賞を受賞した、アレクサンダーペイン監督を製作総指揮に迎え制作されました。
映画『ラスト・シフト』の作品情報
(C) 2020 Swing Shift LLC. All Rights Reserved.
【公開】
2020年(アメリカ映画)
【監督・脚本】
アンドリュー・コーン
【原題】
The Last Shift
【キャスト】
リチャード・ジェンキンス、シェーン・ポール・マッギー、エド・オニール、アリソン・トルマン、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、バーガンディ・ベイカー
【作品概要】
主役のスタンリーには『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)、『ナイトメア・アリー』(2021)など、個性派バイプレイヤーとして活躍する、リチャード・ジェンキンスが演じます。
スタンリーの後任で採用されたジェボン役には、ビバリーヒルズ高校演劇学科、南カリフォルニア大学などで演技を学び、映画「アフター」シリーズの出演を経て、本作がメインキャストデビューとなった、シェーン・ポール・マッギーが演じます。
また、『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』(2022)、『ザ・ロストシティ』(2022)に出演するダバイン・ジョイ・ランドルフが、「オスカーの店」のオーナー、シャズ役を務めます。
映画『ラスト・シフト』のあらすじとネタバレ
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ミシガン州の街アルビオンのファストフード「オスカーの店」で38年間、夜勤の仕事をこなすスタンリーはある理由で店を辞め、街から出る決心をしました。
総店長のシャズは夜勤に慣れているスタンリーを頼りにしていましたが、やむを得ず承認し後任の候補として、“ジェボン”という青年が来ると話します。
スタンリーは怠け者でなく、真面目に働いてくれることを願います。
“アルビオン保護観察所”
公共の記念碑を損壊し拘留されていたジェボンは、保護観察付きで出所するため所長の面談に来ました。
所長はジェボンに稼ぎ先はみつかったか尋ねます。彼はめぼしいところは過去にトラブルがあって断られ、チェーン店の「オスカーの店」に決まりそうだと伝えます。
ジェボンの担当監察官はイヴリンという女性です。所長は保護観察にする条件は、復学するか働くか職業訓練と説明しました。
そして、いずれかの条件に満たない場合は、収監され残りの刑期をすごすことになります。
ジェボンは身元引受人の叔母の家に行きます。そこにはアレルギーのある幼い息子を病院に連れて行けず、帰りの遅いジェボンにイライラしている、未婚の彼女が待っていました。
スタンリーが裏口で中古車販売の雑誌を見ていると、ジェボンが施錠されている入口をノックします。スタンリーは客だと勘違いし、閉店でドライブスルーの時間帯だと叫びます。
そのままバックヤードに戻ってしまうスタンリー。ジェボンは店に電話をして、今夜から働く新人だと告げました。
ジェボンは「強盗だとも思ったのか?」と突っかかります。スタンリーは何も言えずマジマジと顔を見て、仕事の手順を教えると答えます。
店には仕込み係のフェルナンデスがいますが、それが終わると帰ってしまうため、朝の6時までほとんど1人でこなすと言い、飲食店やレジの経験など聞き始めます。
ジェボンはシャズから採用されて来ているのにと、怪訝そうな顔をします。スタンリーは彼女を上司というより、一緒に仕事をする“仲間”だと言います。
そして、業務マニュアルのファイルを渡しながら、熟読して頭に叩き込むよう言います。そして、夜間の仕事にはマニュアルには無い、イレギュラーなことも起こると話します。
ジェボンはどう回避したのか聞きますが、スタンリーはただ大変だったが、精一杯やったとしか答えません。
スタンリーがジェボンに“アルビオン高校”か訊ねます。彼が「さぼっている」と教えると、スタンリーは中退していなければ、1971年に卒業していたと話します。
スタンリーはバスケ部が強くて、今のチームなど目ではないと言うと、ジェボンはそんなわけないと反発し、「だから卒業できなかったんだ」と言います。
しようと思えばできたとスタンリーは言いながら、中退した理由もなく在学中に買った、クラスリングをいまだに指にはめていました。
早朝、スタンリーの携帯に母親が入所する介護施設から電話が入り、心房細動を起こしたと伝えます。
スタンリーは母を介護施設から退所させ、一緒に暮らすつもりでした。施設の担当者は心配そうにしますが、彼の意志は固く、担当は週明けには手続きをすると電話を切ります。
映画『ラスト・シフト』の感想と評価
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「人種差別は黒人が作った」とは?
ジェボンの通っていた高校では1971年に、白人生徒による黒人生徒の殴打事件があり、被害者が死亡していました。
それはいわゆる白人による、黒人への人種差別が発端です。
ディルがそうなることは周囲は知っていたと証言したことから、当時は白人による黒人への迫害は、常に見て見ぬふりされ、正当化されていたことがわかります。
本作は今日のアメリカを予見した映画ともいえます。それはバイデン大統領の最も重要かつ注目された、2022年2月の初の黒人女性最高裁判事の指名です。
この動きに敏感に反応したトランプ前大統領は、2022年1月とある州の支持者の大規模集会で「急進的な悪意のある人種差別者」と非難するメッセージをしました。
黒人の最高判事指名は、白人至上主義のトランプ前大統領にとって都合が悪いからでした。
彼には脱税疑惑や2020年の大統領選挙で、南部ジョージア州務長官に圧力をかけた問題、連邦議会議事堂乱入事件等の裁判に関わるからです。
作中でスタンリーがジェボンに「黒人は白人は生まれながらにして特権を得ているというが、自分はその特権による恩恵は得ていない」と話しています。
このセリフを裏付けるように、トランプ前大統領のスピーチには、白人の特権は失われつつあり、逆に黒人から差別を受けているというメッセージが、込められているといいます。
皮肉にも本作は、過去に白人による黒人の殺人事件があった街が、インフラが進化し差別も軽減した現代、黒人がボスの職場で白人が働き、不当な扱いを受けていると訴えるシーンが出てきます。
ボスが“本当の不当”を知っているの?と詰め寄るシーンで、スタンリーがおののいてしまう姿が、もしかしたら今のトランプ前大統領の姿なのかもしれません。
『マイ・インターン』との比較
ジェネレーションギャップが顕著に出て、「水と油」のような関係を描いたのが本作だとしたら、同じくジェネレーションギャップを乗り越え、友情を築いた物語が『マイ・インターン』でした。
シニア・インターン制度を使って再就職したベンと、若き女性実業家のジュールズの歳の差40歳でしたが、ベンには経験以上に向上心も高く、謙虚さも兼ね備えていました。
ジュールズは経験は浅いけれども、アイデアが豊富で社員への気遣いができる実業家です。ですから、お互いが尊敬し合う関係になるまで時間は要さず、大きな事業を進展させます。
素直さや向上心、個人の尊重という「人格」が具わっていればこそ、成立するのが『マイ・インターン』のストーリー展開でまさに“理想”です。
『ラスト・シフト』はいわば真逆です。スタンリーは無教養だったがゆえに、ファストフードの夜勤を38年間もして、その小さな世界の経験を誇りに生きてきました。
母親を引き取って自分が面倒を看るとは粋がっても、現実が見えておらず理解できない彼の姿は悲しいほどに惨めでした。
ジェボンは知識が豊富で文才はあるようですが、スタンリーと同様「経験」は浅く「覚悟」という面でも弱く危うさがあります。
ラストシーンの「よく聞け!」はスタンリーのように、生きてきた世界が狭く、浅い経験値で物申す大人に、“聞く耳を持て”と訴えているようでした。
しかし、ジェボンもまた10代という若さで父親になり、相当な覚悟を持って人生に挑まなければ、スタンリーの二の舞です。
2人は「水と油」のようですが似た者同士です。ジェボンがスタンリーを反面教師として、学び多き人生を歩んでいけるよう祈るような思いになりました。
まとめ
(C) 2020 Swing Shift LLC. All Rights Reserved.
『ラスト・シフト』は、世代間格差の友情を築くのは困難という「現実」を示すとともに、人生の岐路に立ったジェボンを通し、どういう生き方が人生を変えるのかを示します。
スタンリーはジェボンと同じ年頃の時に、同級生の黒人迫害を目撃していながら、何もできなかったことを老いてから突きつけられます。
また、10代の多感で大事な時期にショッキングな事件、母親のアルコール依存など要因があり、不幸な青春期だったことがうかがえました。
一方、ジェボンは比較的恵まれた環境で生まれ育っていたと察します。それなのになぜ、公的な記念碑を損壊し警官を侮辱したのか……。
ジェボンが損壊したのはリッキー・パウエルの追悼碑だったのだと予想でき、警官を侮辱したのは、彼の死の真相を調べ上げられなかった無能さを感じたからでしょう。
彼が街のあちこちの店で、トラブルを起こしていた理由も明確ではありません。学校新聞を作る取材の中で、過去の黒人に対する不条理を知り、憤ったからだけなのでしょうか?
ラストシーンの「よく聞け!」が、どういう記事になるのかが気になります。スタンリーの生き様をひたすら蔑んでいたので、ただ粋がっているだけの内容なのか?
スタンリーの姿を通し、自分の将来を見据えた建設的な内容であることを何故か願っていました。