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Entry 2023/12/22
Update

【ネタバレ】映画『市子』あらすじ感想と結末の評価考察。主演 杉咲花は“川辺市子”を熱演して魅せた《真の魅力》とは⁈

  • Writer :
  • からさわゆみこ

誰も知らないから、市子は本当の“市子”を追い求める・・・

今回ご紹介する映画『市子』は『名前』(2018)、『僕たちは変わらない朝を迎える』(2021)などの戸田彬弘監督が自身の主宰する、劇団チーズtheaterの旗揚げ公演のために書き下ろした「川辺市子のために」を映画化したヒューマンドラマです。

主人公の市子は3年間暮らした、恋人の長谷川からプロポーズされた次の日に突然、彼の目の前から姿を消します。

すぐに帰ってくると長谷川は考えましたが、市子は数日しても戻らず代わりに警察の後藤がアパートを訪ねて来ます。

そして、失踪届けで出した“川辺市子”という人物は存在しないと言い、さらにある事件に関わっている可能性を告げます。

長谷川は困惑しますが、3年暮らしながら市子のことを何も知らない自分に、後藤とともに市子の過去を追うため、彼女に関わった人物たちに接触し、徐々に市子の人生と秘密に迫っていきます。

映画『市子』の作品情報

(C)映画「市子」製作委員会

【公開】
2023年(日本映画)

【監督】
戸田彬弘

【原作】
戸田彬弘

【脚本】
上村奈帆、戸田彬弘

【キャスト】
杉咲花、若葉竜也、森永悠希、倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、大浦千佳、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆり

【作品概要】
原作の「川辺市⼦のために」はサンモールスタジオ選定賞2015で、最優秀脚本賞を受賞しました。舞台で2015年の初演から熱い支持を受けた作品は、コロナ禍を経て映像化が実現しました。

過酷な境遇に翻弄され生きてきた女性・市子役は『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)で、日本アカデミー賞助演女優賞を受賞し、映画やテレビドラマ、アニメ声優など多数の話題作で、幅広い演技を魅せる杉咲花が務めます。

市子の直近の恋人・長谷川役には、『葛城事件』(2016)で第8回TAMA映画賞で最優秀新進男優賞を受賞、『街の上で』(2021)、『愛にイナズマ』(2023)などに出演した若葉竜也が演じます。

共演に市子の行方を共に探す刑事・後藤役に『罪の声』(2020)、『銀平町シネマブルース』(2023)の宇野祥平が演じ、市子の母・川辺なつみ役には『パッチギ! LOVE&PEACE』(2007)の中村ゆりが演じます。

映画『市子』のあらすじとネタバレ

(C)映画「市子」製作委員会

2015年夏、焼けつくような暑さの中、鼻歌を歌いながら黒いワンピース姿の女性が歩いています。アパートに帰宅した彼女は部屋でテレビのニュースを聞きながら、荷造りを急いでいました。

ニュースは東大阪市の生駒山の山中から、白骨化した性別年齢不詳の遺体が発見されたことを伝えています。

やがてアパートの敷地にバイクが入ってきて、市子は焦りながら荷物をまとめ、階段を上る足音で部屋のベランダから逃げ出そうとしますが、慌てるあまりにまとめた荷物を持ち出せず、そのままどこかへ走って行きました。

そこに一緒に暮らしている男性が帰宅し「市子?」と名前を呼びますが、ベランダへ出る窓が開いたままで、カーテンが風でゆれていました。男性はベランダに残された旅行鞄を見つけ、昨夜のことを思い出します。

市子と暮していた長谷川は彼女が失踪した、前日の夜を思い返していました。彼女の作った夕飯を嬉しそうに食べると、市子は長谷川と穏やかに暮らし、安らぎができて幸せだと言います。

すると長谷川は意を決したように、市子の目の前に“婚姻届”を差し出し、「結婚しよう」とプロポーズしました。感極まった市子はしばらく言葉を失いますが、涙を流し「嬉しい」と応えます。

長谷川は隣りの部屋に行き、市子のために仕立てた浴衣を出すと、これを着て一緒に花火を観に行こうと言い、市子は溢れる涙を拭いながら頷きます。

その市子が突然失踪し、しばらくして後藤と名乗る刑事が長谷川のアパートを訪ねます。彼もある事件を追って、ある女性を探していました。

後藤は何故すぐに失踪届を出さなかったのか聞きます。長谷川はすぐに帰ってくると思ったと答え、市子の写真を差し出します。

ところが後藤は写真を見つめながら「この女性は誰なんでしょう?」と聞き、長谷川が“川辺市子”と言いますが、後藤は「そんな人間は存在しない」と告げます。

続けて後藤は長谷川に聞きます。「病気の時、病院には行きましたか?」長谷川は“病院嫌い”と言って行かなかった・・・と言葉を濁し、ふと婚姻届けを思い浮かべます。

1997年、小学生の下校時間、団地に住む少女たちが男の子にキスをする月子を目撃します。

少女たちは「月子ちゃん」と呼びますが、さつきは記憶をたどるように通りかかった月子に、「市子ちゃん?」と声を掛けます。

しかし、月子はそれを無視して帰っていきます。少女たちはさつきに、月子がキスをしていた少年が好きなのかとからかわれます。

帰宅したさつきは再び家を出ると、父親の行きつけのスナックへ行きます。さつきの父はその店でホステスとして働く月子の母親の川辺なつみが目当てで通う常連でした。

店ではカウンター席の隅で月子が宿題をやっています。なつみは別の客に呼ばれさつきの父から離れ、月子に夕飯の弁当を差し出して帰るよう促します。

月子が店を出るとそのあとをさつきが追いかけ、キスをしていた少年のことをどう思っているのか詰め寄ります。

すると月子は「なんとも思ってないし、あいつ気持ち悪い」と言い、さつきを怒らせ2人は取っ組み合いになります。しかし、腕力は月子の方が強く、さつきはねじ伏せられました。

学年が上がり身体検査の日にクラスメイトのこずえが、体の発育の良いことで男子生徒からからかわれていると、月子は自分の胸を見せて男子を追い払います。

こずえは自分をかばってくれた月子を家に招き、ケーキをごちそうします。貧しい家庭の月子はと美味しそうに頬張ります。

後日、月子はこずえを家に呼びます。こずえは月子の家で介護用のオマルを見て、「これは?」と聞くと市子は「なんでもない」と、はぐらかして飼っている文鳥を見せました。

しかし、そこに母親と付き合っている男が帰宅し、寝室でセックスを始めます。それを黙って見る月子に、男はお金を渡しますが「こんなんじゃ足りない」とせびります。

札を握った月子はこずえにどこか行こうと誘いますが、唖然としたこずえは逃げるように帰ってしまいました。

2006年、高校に通い始めた月子に宗介という彼氏ができます。ある日の教室で宗介は、同級生の北に月子をストーカーしていると因縁をつけ、2度としないと誓わせ土下座させます。

そこに月子が登校してきますが、北がひどい目に合っていようと気にもせず、「きっしょ」と言って席に着きます。

月子と宗介はセックスをするまでの関係になっていましたが、ある時から月子は宗介の求めを嫌がるようになり、数か月経った頃、彼は月子の住む団地で待ち伏せました。

宗介は月子の家でしたいと言い頑なだったため、月子は諦めて家に向かうと、階段の下でビールを飲んでいた男が「やっと帰った。家の鍵・・・」と手を出します。

月子は鍵を渡すと唖然とする宗介の手を取って、団地の裏に行くとキスをして、彼の手をスカートの中に入れようとしますが、宗介はそれを拒み逃げるように帰ってしまいます。

そんな月子に北は思いを寄せていました。ある日、駅の掲示板に貼られた花火大会のポスターをジッとみつめる月子に「花火、見に行くの?」と北が声をかけます。

彼女は「そやな」と素っ気なく答え、その場を離れ歩き始めます。駄菓子屋でアイスキャンディーを買って食べると、北も一緒に食べて他愛もない話しをしました。

2人は付かず離れず下校の時に、アイスキャンディーを食べて会話をする間柄になりますが、ある日、忽然と月子は家族とともに団地から姿を消しました。

以下、『市子』ネタバレ・結末の記載がございます。『市子』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

(C)2023「市子」製作委員会

後藤は生駒山で見つかった白骨化遺体の事件を捜査している刑事でした。後藤は市子が幼少時に住んでいた団地で、“山本さつき”から市子のことを聞きます。

さつきは市子が突然、姿を消し数年後“月子”と名乗って、同じ学校に通っていたが、同い年だと思っていた市子が2年下だったことが、ずっと引っかかっていたと話します。

こずえからも話しを聞いた後藤は、部屋に“介護用の据え置きトイレ”があった記憶を聞き取っていました。

警察署に戻ると見つかった遺体のDNA鑑定から、難病の“筋ジストロフィー”を患っていたことを特定します。

別事件で不可解な死を遂げた小泉という男と、難病を抱えた子供で“川辺親子”の存在が浮上し、2つの事件に関わっていると断定され、さらに捜査を続けるよう指令がでました。

一方、長谷川はなぜ市子が失踪しなければならないのか、なぜ後藤が市子を探すのか疑念を持ち、独自に市子の行方を探す行動に出ました。

彼は市子と知り合った頃に、住み込みでアルバイトをしていた、新聞配達店に行き彼女が親しくしていた人などを聞きます。

長谷川が次に訪ねたのは、市子と同じ住み込みでアルバイトをしながら、パティシエを夢見る前向きで明るい“吉田キキ”です。

彼女は風邪で寝込んだ市子に薬をあげたり、試作のケーキを味見してもらい、市子に夢は何か聞きますが、決まっていないと答えます。するとキキは「私と一緒にケーキ屋さんをやろうよ」と誘います。

長谷川には、市子としばらく一緒にケーキ店で働いていましたが、突然店に来なくなり音信不通になったと話します。

足取り調査が止まってしまった長谷川は、後藤に連絡をし経緯を伝え、他に何を知っているのか話してほしいと詰め寄りました。

後藤は根負けして、市子の生い立ちについて話します。市子の母、川辺なつきは結婚し妊娠したものの、夫がDVだったため離婚しました。

その後すぐに資産家と出会って一緒に暮らし、出産を機に再婚し産んだ子を籍に入れようとしますが、民法772条により前夫の子と見なされ、籍に入れられなかったと話します。

つまり、市子は俗にいう“300日問題”と呼ばれる法制度により、無戸籍で今まで生きて来たのだろうといいます。

さらに後藤は、なつきは市子の妹にあたる月子を再婚相手との間に産むが、難病の筋ジストロフィーと診断されたと話し、同じ病を患った女性の遺体が見つかったことを告げます。

無戸籍だった市子は難病で寝たきりの妹・月子の戸籍を使い、小学校に通い始め以後“月子”として生きていたのですが、ある時から“市子”を名乗り、長谷川と暮していました。

後藤は無戸籍支援団体“アガシ”を市子が訪ねていないか、捜査するため長谷川と向かいました。

(C)2023「市子」製作委員会

高校生だった頃、市子は就籍するためにアガシを訪ねましたが、指紋の採取や親の認知証明がいると知り、断念したと伝えます。

そして、アガシの責任者は少し前にも若い男性が、“川辺市子”を捜しに来たと話すと、後藤は市子の高校の卒業アルバムを見せ、この中にその人物はいないか聞きます。

市子の行方を捜していたのは北でした。長谷川は北が住んでいるアパートのドアを激しく叩き、無理矢理ドアをこじ開けますが、開いた窓のカーテンが風で揺れています。

長谷川は市子は何処かと聞きますが、北は無関係だと追い帰しました。長谷川は納得できず、後藤と別れたあとに1人で北を訪ね、誰にも口外しないと約束し、市子の過去について聞き出しました。

花火大会が終わった後、月子と会った北は花火を観に行ったか聞きます。月子は行けなかったと答え、しばらく会話していると夕立にあいます。

月子は「何もかも流れ消えちゃえ!」と笑いながら雨に打たれます。北は月子を団地の近くまで送りますが、月子が家に入ると後から男が同じ部屋に入っていきます。

北は気になりベランダ側へと回りました。男は月子の義理の父親・小泉でした。彼はひどく酔っていて、月子は小泉に罵声を浴びせます。

小泉は川辺親子を助けるために、無謀なこともしてがんばってきたが、そのせいで仕事も何もかも失い、人生を狂わされたと恨み言を言います。

すると月子は着ていた制服を脱ぎ、ベッドに横になり、小泉はズボンを脱ぐと彼女に覆いかぶさります。しかし、嫌悪を抱いた月子は激しく抵抗し、小泉を突き飛ばし逃げようとします。

北が月子を助けるためベランダから侵入しようとしている間に、彼女ははずみで小泉を刺殺してしまい、彼はそれを目撃してしまいます。

北は月子に自分がなんとかする、彼女を助けると言います。2人は小泉の遺体を線路まで運び、自殺に見せかけました。

その後、月子は北の前からも姿をくらませて、“市子”として生きました。北は市子の行動に納得できず、捜すうちにケーキ屋で働いていることを掴み、会いに行きます。

北は月子を守れるのは自分しかいないと、一緒に暮らすよう迫りますが、市子として暮らす彼女は北の訪問を快く思いません。やっとみつけた自分の夢の邪魔だと感じます。

北は「そんな嘘はすぐバレる」と市子に言い放つと、市子は「邪魔しないで」と激怒し2度と会いに来ないでと言って立ち去ります。

市子の衝撃的な生い立ちを知った長谷川は、市子を救えるのは自分だと強く感じながら帰宅し、市子の残したボストンバックの中を調べます。

すると中から“川辺月子”の保険証と母・なつみ、妹・月子、義父・小泉そして市子の4人が、ケーキを囲んで幸せそうな笑顔で写る写真が出てきて、裏には住所が記されていました。

長谷川のもとを去った市子は、北の家に姿を隠していました。一時は長谷川に市子のことを一任しましたが、北の部屋に北見冬子と名乗る女性が、川辺市子を訪ねてきます。

彼女はSNSで市子と知り合い、無償だが条件付きで自殺ほう助してもらえると聞き、会いに来たと言います。

冬子は顔に火傷のような痕があり、自分には身寄りも親しい人間もいないと話し、電子証明書を差し出します。それを見た北は市子の目論みに気づき、市子に電話をします。

市子は電話にでました。しかし、北の問いかけに市子の声は無機質に応え、冬子と2人で会いに来てほしいと、四国の海へ向かいます。

一方、長谷川は写真に書かれた住所を頼りに、川辺なつみを捜しに向かいました。無戸籍でありながら、市子の幼少期は川辺家も幸せだったと話します。

月子の難病のことで市の福祉課で、川辺家を担当していた小泉となつみは深い関係になり、彼と4人で暮らし始めました。

しかし、難病の月子を抱えた川辺家の生活は苦しく、なつみは楽にならない暮らしのストレスから、小泉との関係も破綻していきます。

ある夏の暑い日、市子は月子のケアを済ませますが、自分をみつめる月子に「暑いなぁ・・・」と声をかけながら酸素吸入器を外すと、危機を知らせるブザーが鳴り響きます。

市子は無表情に月子をみつめていました。帰宅したなつみは月子のベッドを覗き、壁にうなだれている市子を見ると「ありがとうな」と言い、麦茶をコップに入れてあげます。

なつみは童謡の『虹』を歌いながら夕飯の支度を始めます。市子は麦茶を飲むと「お母さん・・・」と声をかけますが、なつみは振り向きもせず歌っていました。

話しを聞き終えた長谷川は壮絶な市子の過去を知り、とめどなく涙を流すだけでした。

そしてその晩、市子が指定した港に到着した北と冬子は彼女と対面します。ヘッドライトに照らされた市子は眩しそうに眼を腕で隠し、ライトが消えて彼女が腕を下すと、感情のない顔が現れます。

翌日、長谷川が島を離れる船から、なつみの姿を見つけます。彼女はきちんとした服装で去って行く長谷川に深々と頭をさげていました。

テレビでは釣り人が海に沈む自動車をみつけ、中から身元不明の男女の遺体が発見されたというニュースを伝えています。

海を背に向けて童謡『虹』」を口ずさみながら、田舎道を歩く市子の後ろ姿が・・・。

映画『市子』の感想と評価

(C)2023「市子」製作委員会

「そんな嘘は、すぐにバレる」

市子の運命は言わば、大人がついた“嘘”から運命が狂わされたと思います。

DVの夫と離婚したなつみは離婚から1ヶ月後には新たな恋人を作ります。妊娠したなつみは前夫の子を恋人の子だと“嘘”をついたのかもしれないし、本当に恋人との子供だったとも言えます。

しかし、出産し再婚して子供も籍に入れようとした時、法の壁にぶつかります。離婚後、300日以内に出産した子供は現夫との子であっても、前夫の籍にしか入れられない法律のことです。

DVが離婚理由だったため、前夫とのトラブルを恐れ籍が入れられず市子を無戸籍にしてしまったのでしょう。名前の由来は戸籍を「市」に拒まれた子という意味なのかもしれません・・・。

その後、なつみは恋人と再婚し2人の間に月子を授かりますが、その子は難病の筋ジストロフィーを発症し夫は事業に失敗し離婚します。

なつみ自身も波乱の人生で心に余裕がありません。月子のことで相談し出会ったのが、市の福祉課に務める小泉だったのでしょう。

市子が小学校入学の年になっても、無戸籍のため通知が届くことはありません。そのためなつみは、市子を人目から避けて育てるしかありません。

ところが月子の年齢が就学年に近づき、月子宛に“就学通知”が届きます。介助がなければ何もできない月子の代わりに、市子を月子に仕立て学校に通わせようと、小泉が提案したと推測できます。

しかし、月子の症状はさらに進行し、介護用の医療機器や介助が必要になります。月子はすでに学校に通っているため、行政の支援を受けることもできません。

福祉課にいた小泉は不正を行って、介護の支援金などを入手しその不正(嘘)がバレ、職を失ったのだと考えられます。そして、生活をなつみが支え、月子の介助をするのは市子の役目になります。

なつみと小泉のついた「嘘」は市子にしわ寄せがいき、かりそめの幸せはたちまち破城していきました。そして、市子自身も“月子”として生きることで、嘘をつくことが平気になっていきます。

“市子”が手に入れたかったものとは

市子が長谷川との穏やかな生活を捨てて、何を求めて逃げ出したのでしょうか?

市子は想像を絶する過酷な人生の過程で、情緒が育たなかったと推測します。大人の都合で戸籍もなく、仮の名“市子”で育ち、妹の戸籍で嘘の人生を歩みます

普通に成長した若者が経験する、「自分は何者なのか?」という疑問以前に、市子にはアイデンティティのない子供でした。

市子は“市子”になりたかっただけです。高校生の時に就籍ができないと悟っている市子は、月子の遺体が発見されたことで“市子”でいる危険も感じます

そんな市子には求めていなくても、宗介や北、長谷川が彼女を守るように現れます。ある意味それは母親の男を引き寄せる“魔性”の力に似ていて、それを受けついだようにも思います。

宗介はボディガードのような存在で、北は勝手に手助けしてくれる男くらいにしか見ていません。自分の求める人生に“男の存在”は重要ではありませんでした。

両親のいない天涯孤独の長谷川は、市子にとって好都合の男だったのかもしれませんが、彼女が長谷川との生活を振り返った時、それまで経験のなかった安らぎや穏やかな生活ができたと満足しています。

プロポーズされ浴衣をプレゼントされ、「嬉しい」と言葉を発したのは身バレを恐れた防衛反応かもしれません。しかし、あふれ出た涙は不可抗力で嬉しさが滲み出たのだと感じます。

しかし翌日、山中で月子の遺体が発見されなければ、長谷川が婚姻届けを出さなければ・・・、市子は彼とかりそめの幸せを捨てずに言い訳しながら暮らしたでしょう。

市子にとって生き抜くとは本能的で、目的が曖昧に感じます。こだわっていた“川辺市子”の存在すら消し、別人となって全く違う人生を送るため、そのために北野冬子の戸籍を取引に使います。

波止場に到着した北と冬子。自殺願望の強い冬子にとって、それを阻止しようとする北は邪魔ものです。市子と冬子の利害関係は成立しているので、北と無理心中に見せかけるのはたやすかったでしょう。

しかも冬子は体型や背丈、髪型まで似ているのであわよくば、市子と北が心中したことにもできます・・・。

まとめ

(C)2023「市子」製作委員会

映画『市子』の原作者でもある戸田彬弘監督は、市子の生い立ちから、長谷川の元を去る2015年までの表に出ない背景を緻密に設定し、脚本を手掛けました

映画は人間関係の詳細が明解にされていないないため、観た人は様々な憶測をし、考察をするでしょう。

まるで市子の家の近所にいる住民のように、市子やその家族を色眼鏡で見て、妄想し噂をするかのように・・・。

現実には子供が“無戸籍”であっても、法務課などに相談をすれば、事情を考慮した手続きで就学することが可能です。

なつみ、あるいは小泉がそのことを知っていたら、市子はボタンの掛け違いのような人生を送り、殺人など起こさずに済んだであろうと歯がゆくなります。

まるで実話かと思わせた映画『市子』ですが、現実に存在する数千人いるといわれる、無戸籍の人達のあらゆる側面と問題点を市子の姿で表していました。

“300日問題”とされる、嫡出推定の制度は見直され2024年4月からは、離婚後300日以内に生まれた子であっても、出産の時点で母親が再婚していれば、再婚した夫の子どもであると推定されることになります。



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