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Entry 2019/04/24
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映画『湯を沸かすほどの熱い愛』ネタバレ感想。結末で火葬された宮沢りえ演じる母双葉の演技力とは

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

家族とは何かを問う物語

2017年開催の日本アカデミー賞を初めとし、さまざまな映画祭で数多くの賞を授かった、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』

難病を扱った本作ですが、それだけでは終わらない、深い感動と、温かな思いのこもった作品です。

本作が商業映画デビューだった中野量太監督のもとに、宮沢りえ、杉咲花、オダギリジョー、松坂桃李といった実力も人気も兼ね備えた俳優陣が集結し、一風変わった家族を描き出します。

映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の作品情報


(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

【日本公開】
2016年(日本映画)

【監督・脚本】
中野量太

【主題歌】
きのこ帝国『愛のゆくえ』

【キャスト】
宮沢りえ、杉咲花、オダギリジョー、松坂桃李、伊東蒼、篠原ゆき子、駿河太郎

【作品概要】
宮沢りえの『紙の月』(2014)以来となる映画主演作で、自主映画『チチを撮りに』(2013)で注目された中野量太監督の商業映画デビュー作。

会う人すべてを包みこむ優しさと強さを持つ双葉役を宮沢が、娘の安澄役を杉咲花が演じます。

失踪した夫役のオダギリジョーのほか、松坂桃李、篠原ゆき子、駿河太郎らが脇を固めました。

第40回日本アカデミー賞(2017年)にて、宮沢りえが優秀主演女優賞、杉咲花が優秀助演女優賞を受賞。

また、優秀作品賞、優秀監督賞、優秀脚本賞、新人俳優賞など多くの賞にノミネートされました。

映画『湯を沸かすほどの熱い愛』のあらすじとネタバレ


(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

銭湯「幸の湯」を営んでいる幸野家。

しかし、1年前に父・一浩(オダギリジョー)が蒸発してしまい、銭湯は休業。

残された母・双葉(宮沢りえ)はパン屋でパートをしながら、高校生の娘・安澄(杉咲花)を育てています。

安澄は学校でいじめを受けていますが、気が弱く言い返すことが出来ません。

学校に行きたくないと打ち明ける安澄を双葉は励まし、逃げてはいけないと諭しました。

しかし双葉はパート先で倒れてしまい、運ばれた病院で、余命間もない末期のガンだと告知を受けます。

自分が遺して行くものたちのことを考えた双葉は、自分がしなくてはならないことを決め、実行に移して行きます。

まずは探偵の滝本(駿河太郎)の力を借りて、蒸発した一浩の居場所を突き止めました。

一浩は、以前浮気した女性のもとに転がり込んで、彼女との間にもうけた鮎子(伊東蒼)と生活を送っていたよう。

しかし女性は出て行ったきり戻らず、双葉は鮎子ごと一浩を連れ帰ります。

安澄は反発しますが、追い返すわけにもいきません。

翌日から銭湯は再開。双葉は、鮎子を含めた家の人間が全員で働くことを約束させました。

双葉の様子がおかしいことに気付いた一浩は、彼女を病院へ連れて行き、そこでガンであることを知らされます。

延命治療を提案する一浩でしたが、双葉は拒否。彼女にはまだやらなければならないことがあったんです。

双葉は安澄が気がかりでした。ひとりで立ち向かえる強さを手に入れて欲しいと願うも、安澄はいじめられる一方。

ついに制服を隠されてしまった安澄は、勇気を振り絞り、制服の代わりに着ていた体操服を脱ぎ捨て、下着姿になって抵抗を試みます。

緊張のあまり嘔吐し、保健室に寝かされた安澄。保健室の前には彼女の制服が置かれていました。

帰宅後、「お母ちゃんの強い遺伝子がちょっとだけあった」と報告する安澄のことを、双葉は抱きしめます。

しかし今度は鮎子が家からいなくなってしまいました。

その日は彼女の誕生日。鮎子は、誕生日になったら帰ってくると言った母の言葉を信じ、以前住んでいたアパートに向かっていたんです。

誰もいないアパートのドアの前でうずくまる鮎子。双葉と安澄は彼女を連れ帰り、鮎子は幸野家の一員になりました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『湯を沸かすほどの熱い愛』ネタバレ・結末の記載がございます。『湯を沸かすほどの熱い愛』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

一浩は双葉とふたりきりになった時に、彼女の望みを聞きます。

エジプトに行きたいと冗談めかす双葉でしたが、自分のいなくなったあとのことを真剣な面持ちで一浩に託しました。

後日、銭湯は一浩に任せ、幸野家の女性3人は双葉の運転で、静岡まで高足ガニを食べに旅行に出かけます。

途中のサービスエリアで、ヒッチハイクをしている青年・拓海(松坂桃李)を車に乗せる事に。

彼は自分の人生の目的地がわからず、本当の自分を偽っていました。

双葉はそんな拓海に喝を入れ、出身地だと偽った北海道まで行ってみなさいと目的を与えます。

拓海は双葉を抱きしめ、車から降り、北海道を目指すことになりました。そして北海道に行ったら報告しに双葉のもとに戻ってくると約束する拓海。

彼と別れ、女3人の旅は続きます。病気のことを知らされていない娘2人も、疲れやすい母の様子に異変を感じ取っていました。

目的地の静岡で、3人は高足ガニを食べます。その店には、耳が不自由な女性・君江(篠原ゆき子)が働いていました。

店を出て、近くに停めてあった車の中で、双葉は安澄に告白します。

一浩は自分と結婚する前に、君江と結婚していて、安澄は彼女が生んだ子なんだと。耳が聞こえない彼女には幼い安澄の声が聞こえず、心がわからなかったため出て行ったんだと。

双葉は無理やり安澄を車外に引きずり降ろし、君江に挨拶なさいと、彼女を置いて車で走り出します。

そこへ君江がやってきました。安澄は、いつか役に立つからと双葉から教わった手話で、君江と会話をします。

夕刻。安澄を迎えに来た双葉と鮎子でしたが、双葉が倒れて病院に吐きび込まれてしまいました。

彼女は病床で夢を見ます。幼いころ、必ず迎えに来ると言ったきり、いなくなってしまった母の夢。遠ざかる母の背中。

安澄と鮎子は、“母”双葉の病気を悟り、知らせを受けてやってきた一浩に抱きつきます。

以来、双葉は入院生活を送ることになりました。入院しても笑顔の母を見た安澄と鮎子の“姉妹”は、母の前では泣かないという約束を交わします。

一浩は双葉のことが気が気でないのに、なにかと理由を付けてお見舞いには行こうとしません。

木彫りのピラミッドを安澄越しにプレゼントするのが精一杯。

ある日、探偵・滝本が双葉の見舞いにやってきて、彼女を置いて行った母親が見つかったと伝えます。

母に会いたい一心で、滝本に頼み込んだ双葉は、そのまま彼の車で母の住む家の近くまで連れて行ってもらいます。

先に様子を見に行った滝本ですが、母は「そんな娘はいない」と拒絶したそう。

せめて顔だけでも見たいと、家の前まで行った双葉の目に入って来た光景は、老いた母が、知らない娘と孫と遊ぶ家族団欒でした。

門扉に飾ってあった置物を手に取り、投げる双葉。窓ガラスが割れ、家の中から悲鳴が聞こえます。

滝本は双葉をおぶって車に乗せ、逃げ去りました。

後日、君江が幸野家に遊びに来ます。ちょうど同じタイミングで、北海道から戻ってきた拓海が目的達成の報告をしにやってきました。

その晩、一浩は幸野家に集まった全員に頼みごとをします。

病室で横になっていた双葉のもとに、外をみるよう指示するメールが届き、彼女はその通りにします。

病院の庭では、幸野一家と、拓海、君江、滝本、滝本の娘が、組体操のピラミッドを作って双葉に思いの丈をぶつけました。

彼女は初めて死にたくないと、ひとり嘆きます。

季節はすっかり夏になり、拓海は住み込みで銭湯で働くようになりました。

病床の双葉は痩せこけ、こちらが声をかけても反応を返せないほどに容体は悪化。

安澄は毎日見舞いに来て、母にみんなの様子を伝えます。帰ろうとする彼女に何か言いたげな双葉。

そんな母を見て、安澄は必死で笑顔を作りながら、感謝を伝え、安心するように声をかけます。

双葉の葬儀は銭湯「幸の湯」執り行われました。葬儀屋も読経をする僧も呼ばず、あの夜のピラミッドのメンバーを中心に進む葬儀。

滝本が運転する、双葉の棺を乗せた霊柩車は、再び幸の湯に戻ってきます。

薪とともに彼女は火でくべられました。熱く湧いた湯に、幸野家は全員で入ります。

銭湯の煙突からは、双葉が好きだった赤色の煙が空高く舞い上がって行きました。

映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の感想と評価


(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

自らの体が朽ちようとも、誰かのために何かをしないでいられない双葉の姿は、まるでオスカー・ワイルドの『幸福な王子』のようです。

彼女と出会ったものたちも、彼女に突き動かされ、燕のように飛び回り、彼女に尽くします。

哀しい結末は避けられないとわかっていても、それでも止まるわけにはいかないんです。愛してしまったから。

興味深いのは、幸野家の中心が、血がつながっているであろう一浩ではないところ。

それどころか一浩はほとんど蚊帳の外で話は進み、他人である双葉によって、“家族”になるんです。

物語冒頭は、娘の安澄のいじめを知りながらも叱咤し、嫌でも登校させる双葉の姿は奇妙に映ります。

しかし双葉自身の孤独だった過去、安澄が本当に乗り越えなければならない出自の秘密を知ると、彼女がひとりで生きていける強さを求めた理由に納得が行きました。

そして最後は、命の炎が消えゆく母の手を取り、自身の強さを分け与えられるほどに成長した安澄。

血は繋がっていなくとも、たしかに受け継がれていくものがありました。

本作は、なによりキャストの演技による説得力が大きく、中でも杉咲花の演技はきらめいています

言いたいことを我慢して口を膨らませるしぐさはいじらしくて、思春期ならではの悩みや、父への屈折した思い、母への言葉にならない愛情を体現。

本作で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞したのも当然の演技力です。

もちろん主演の宮沢りえも、彼女じゃ無ければ双葉役は成立しなかったでしょう。

神々しい美しさ、強さ、儚さを持って、観客をも彼女の虜にしてしまいました。

中野量太監督はいいます、「俳優の宮沢りえ存在感は100人の俳優が集まるほどの魅力がある」と。

本作の完成の経験を得た中野監督は、俳優の力を思い知ってから、俳優ワークショップでの映画制作を止めることにしました

それほど、宮沢りえという俳優の力は本作で発揮されているのです。

まとめ

中野量太監督は、本作が商業映画デビュー作で、宮沢りえへの出演オファーはダメ元だったそう。

ですが脚本を読んだ宮沢りえはその熱量に動かされ、出演を快諾

熱い思いは、確かに誰かに届き、動かすことが出来る。そう信じさせてくれるエピソードです。

中野監督の商業長編映画2作目『長いお別れ』も2019年5月31日(金)に全国ロードショーとなり、楽しみが募ります。

家族とは何かを追い続ける中野監督の『湯を沸かすほどの熱い愛』。ぜひこの機会にご覧ください。





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