連載コラム『仮面の男の名はシン』第12回
『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『シン・ウルトラマン』に続く新たな“シン”映画『シン・仮面ライダー』。
原作・石ノ森章太郎の特撮テレビドラマ『仮面ライダー』(1971〜1973)及び関連作品群を基に、庵野秀明が監督・脚本を手がけた作品です。
本記事では、緑川ルリ子(演:浜辺美波)が本郷猛/仮面ライダーとの出会いによって気づくことのできた“幸せ”についてクローズアップ。
ルリ子が抱えて続けていた“情報”でしか知り得なかった“絆”の記憶、そして「父であり父でない者」としての本郷とバイク・サイクロン号が“体験”させ教えてくれたものなどを考察していきます。
CONTENTS
映画『シン・仮面ライダー』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
石ノ森章太郎
【脚本・監督】
庵野秀明
【キャスト】
池松壮亮、浜辺美波、柄本佑、西野七瀬、本郷奏多、塚本晋也、手塚とおる、松尾スズキ、仲村トオル、安田顕、市川実日子、松坂桃李、大森南朋、竹野内豊、斎藤工、森山未來
【作品概要】
1971年4月に第1作目『仮面ライダー』の放送が開始され、今年2021年で50周年を迎える「仮面ライダー」シリーズの生誕50周年作品として企画された映画作品。
脚本・監督は『シン・ゴジラ』(2016)と『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)にて総監督を、『シン・ウルトラマン』(2022)にて脚本・総監修を務めた庵野秀明。
主人公の本郷猛/仮面ライダーを池松壮亮、ヒロイン・緑川ルリ子を浜辺美波、一文字隼人/仮面ライダー第2号を柄本佑が演じる。
緑川ルリ子が気づいた“幸せ”の真実を考察・解説!
『シン・仮面ライダー』追告
「情報」でしか知らない“絆”の記憶
映画後半にて一文字隼人/仮面ライダー第2号の洗脳からの解放に成功するも、直後にK.Kオーグの凶刃によってこの世を去った緑川ルリ子。
しかし最後まで“用意周到”であった彼女は、異母兄・緑川イチロー/チョウオーグのハビタット計画を阻止するためのプログラム、そして自身の“遺言”の映像を、事前に本郷猛/仮面ライダーが所有するマスクへ記録していました。
“遺言”の映像内のルリ子は、SHOCKERを裏切った自身が予想よりも長生きできたこと、自身を気遣いヒロミ/ハチオーグにトドメを刺さなかったことへの感謝を本郷に伝え、“ヒゲ男たち”こと立花・滝にも「ありがとう」と伝えてほしいと告げます。
そして、映画序盤にてルリ子の父・緑川弘博士が「娘を頼む」と末期に願ったように、“仮面ライダー”本郷猛へ「イチローの計画を阻止してほしい」と自身の心からの願いを託しました。
さらにルリ子は“遺言”の中で、自身が本郷へ贈った赤いマフラーが似合っていたこと、そして父・弘が生前は“バイク乗り”であったことも明かし始めます。
“バイク乗り”であった父……SHOCKERと出会いプラーナシステムの研究を進める中で、人工子宮を通じ「生体電算機」としてルリ子を生み出すよりも前の父の姿は、異母兄・イチロー、そして彼の亡き母しか知りません。
父・弘と遺伝子上の血縁関係はあれども、自身の目前で弘やイチローが囚われ続けていた“絆”の記憶……“体験”ではなく、“情報”でしか知ることのできなかったその記憶を抱え続けていたルリ子。だからこそ、SHOCKERという組織内で生まれた彼女の心には「これは私の“幸福”ではない」という疑念が生まれ、裏切りという決断に至ったのではないでしょうか。
「私もあの写真の中にいたかった」「父の後ろに乗りたかった」……ルリ子がいつ異母兄・イチローと出会ったのかは、現在も連載中(2023年3月31日時点)のスピンオフ漫画でも明らかにされていません。
しかし兄妹の交流の中で、ルリ子がイチローから「父・弘が運転するバイクに乗せてもらった記憶(スピンオフ漫画・第1話)」を聞かされていたのは明らかでしょう。
“父であり父でない者”が体験させてくれた絆
ルリ子の心の中に、「自身が体験したことのない“絆”の記憶の象徴的なイメージ」として焼き付けられたであろう、父・弘が運転するバイクに乗せてもらう光景。
そして、彼女は「そのイメージを“体験”できた」と思える感覚を、父・弘の「娘を頼む」という願いを守ろうとする本郷猛/仮面ライダーとのタンデム走行で抱いたことを、本郷宛ての“遺言”の中でも明かしています。
「プラーナ(魂)を預けている」という危うい状況ながらも、とても心地の良かった、バイクを運転する本郷の背中。そしてバイクを走らせる中で、本郷と“共感”することのできた風の感触……それらは全て、“情報”だけでは知ることのできない、心身全てによってルリ子が体験できた“絆”の記憶のイメージといえます。
また本郷が乗る専用バイク・サイクロン号が、他でもない亡き父・弘が遺した物であることも、ルリ子が“絆”の記憶を体験できた理由の一つに含まれているでしょう。
しかし、その中でも何より重要なのは、ルリ子がイチローや弘の姿を重ねて見ていたように、“愛する者の喪失”という哀しき記憶を抱え続けていた本郷が、その記憶と向き合った果てに「父のように優しくなりたいし、父と違って力を使えるようになりたい」と決意しているという点です。
亡き父の遺志を受け継ぎながらも、「故人の写し身」や「代理人」ではなく、あくまで「“仮面ライダー”本郷猛」という“他者”として戦い続ける。そうした本郷の決意は「故人たちの遺志を尊重しながらも“自立した一人間”として生きる」という人間の理想的な在り方の一つであり、彼が受け継いだ遺志の中には、恩師であるルリ子の父・弘の願いも含まれていたはずです。
自身とは血縁すらないはずの弘の遺志まで受け継ぎ、それでも故人たちの遺志に縛られることなく、“他者”のために、“他者”として戦おうとする「仮面ライダー」こと本郷猛。
その生き様は、イチローから“幸福”の記憶の一部として聞かされた「父・弘が運転するバイクに乗せてもらう記憶」という自身が体験し得ない情報によって、いつしか「絆の記憶は“本当の家族”でしか形作れないし、ましてや体験もできない」と考えるようになってしまったルリ子の心を変えていったはずです。
“父であり父でない者”が体験させてくれた、情報でしか知らなかった“絆”の記憶。それによって、ルリ子は「他者と他者の間にもまた、“絆”の記憶は育める」という真実に、そして自らの“幸せ”に気づくことができたのです。
まとめ/風の感触と“戦い続ける者”の絆
『シン・仮面ライダー』キャラクター動画(本郷猛×一文字隼人編)
バイクを走らせる中で感じられる、風の感触。
それは、映画作中の一文字が「孤独であることを楽しめる」とバイクに乗る魅力を語っていたように、理不尽や不条理に満ちた過酷な世界を、時に“逆境”の象徴となる風をその身に受けながらも突き進んでゆく感触であり、「自身が今も、世界と戦い続けている」と実感できる感触であるといえます。
そしてルリ子にとって、本郷とのタンデム走行は「自身が今も世界と戦い続ける」という実感を他者と“共感”できる時間……本郷との「世界と戦い続ける者」としての“絆”が確かに在ると感じられる時間であったはずです。
また、バイク走行時の風の感触が共有する「世界と戦い続ける者」としての絆は、本郷とルリ子の間だけでなく、肉体を失った本郷と彼の遺志を受け継いだ一文字の間にも存在しているのは、映画ラストシーンで描かれた“二人で一人のダブルライダー”のタンデム走行の場面からも理解できます。
孤独を楽しめるバイクならではの、“孤独からの解放”という演出。それはまさしく、「仮面ライダー」の名に“ライダー”が冠されている理由を象徴した演出といえるでしょう。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。