連載コラム「光の国からシンは来る?」第11回
2016年に公開され大ヒットを記録した『シン・ゴジラ』(2016)を手がけた庵野秀明・樋口真嗣が再びタッグを組み制作した新たな「シン」映画。
それが、1966年に放送され2021年現在まで人々に愛され続けてきた特撮テレビドラマ『空想特撮シリーズ ウルトラマン』(以下『ウルトラマン』)を基に描いた「空想特撮映画」こと『シン・ウルトラマン』(2022)です。
「2021年初夏公開」の延期から劇場公開時期の調整が続いていましたが、ついに「2022年5月13日(金)」での劇場公開が決定された『シン・ウルトラマン』。
本記事では公開直前に登場が発表された外星人ザラブ、ザラブが擬態していた「にせウルトラマン」から、『シン・ウルトラマン』のおける外星人の存在が意味するものを考察・解説していきます。
映画『シン・ウルトラマン』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
樋口真嗣
【企画・脚本】
庵野秀明
【製作】
塚越隆行、市川南
【製作】
鷺巣詩郎
【出演】
斎藤工、長澤まさみ、有岡大貴、早見あかり、田中哲司、西島秀俊、山本耕史、岩松了、嶋田久作、益岡徹、長塚圭史、山崎一、和田聰宏
【作品概要】
昭和41年(1966年)の放送開始以来、海外でも100を超える地域で放送され、今なお根強い人気を誇る日本を代表するヒーロー“ウルトラマン”がウルトラマン55周年記念作品として映画化したリブート作品。
企画・脚本は、自身もウルトラマンシリーズのファンであることを公言する庵野秀明。監督は数々の傑作を庵野氏と共に世に送り出してきた樋口真嗣。この製作陣の元に斎藤工、長澤まさみ、西島秀俊、有岡大貴、早見あかり、田中哲司ら演技派・個性派キャストが総出演。
『ウルトラマン』の企画・発想の原点に立ち帰りながら、現代日本を舞台に未だ誰も見たことのない「“ウルトラマン”が初めて降着した世界」を描く。キャッチコピーは「そんなに人間が好きになったのか、ウルトラマン。」「空想と浪漫。そして、友情。」
映画『シン・ウルトラマン』外星人ザラブ考察・解説
「専守防衛」を描いたザラブのエピソード
ガボラとの一件を経て、ウルトラマンとコミュニケーションがとれる希望が見えた矢先、禍特対本部に突如姿を現した外星人ザラブ。人類を上回る高度な科学力を持ち、日本政府への不平等条約をいとも簡単に締結させてしまいました。
さらに「条約締結を契機に国家同士を争わせ、地球原住知的生物であるホモ・サピエンスを殲滅させる」というザラブの陰謀を悟った神永を拘束。
神永がウルトラマンへ変身できないその夜、なぜかウルトラマンが横須賀に現れて街を破壊。ザラブは日本政府に対し危険な存在と判明したウルトラマンの抹殺計画を提案。しかし街を破壊する巨人が「にせウルトラマン」だと悟った浅見によって神永は救出され、ベーターカプセルを取り戻します。
神永の正体が「人間であり、外星人である」という二者の狭間を生きる者であると知った浅見が真に神永とバディとなり、神永は人間として、外星人としてザラブとの戦いに臨みます。
ウルトラマンとにせウルトラマンの戦いの中で、にせウルトラマンの光学擬装は解け、日本政府を騙していたザラブの目論見はその正体と共に露見する……というのが、本作における外星人ザラブをめぐるエピソード。この一幕は概ね、オリジナルにあたるテレビドラマ『ウルトラマン』の第18話「遊星から来た兄弟」を土台にしています。
東京に発生した放射能霧から現れた「地球人類との兄弟」を自認するザラブ星人。友好的な態度を示すザラブ星人の真の目的は地球侵略であり、正体を突き止めたハヤタはザラブ星人に捕らえられてしまう。その直後に出現したウルトラマンが、街を破壊し始める……。
プロットの共通点だけでなく、にせウルトラマンに顔面チョップを浴びせたウルトラマンが手首を振るって一瞬痛がるシーンなど、本作の該当シーンは原作を強く意識させながら、ネットワークを掌握する描写やウルトラマンとの空中戦などにおいて現代的にブラッシュアップをされていました。
このザラブにまつわるエピソードは、“にせウルトラマン”の存在を通して専守防衛を描くための一幕でした。
「専守防衛」とは第二次世界大戦後に提唱された日本独自の防衛戦略を指し、「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その防衛力行使も自衛のための必要最低限度にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最低限度のものに限られる」と定義づけられています。
このような受動的な防衛戦略は、日本の政治状況から生み出された独特の防衛構想であり、軍事的な合理性以上に、憲法上の問題など内政による要請をより強く反映したものとして本作でも基本的にこの姿勢が貫かれています。
日本に蔓延る縦社会の病理によって、直接現場の指揮を取る禍特対が自己判断と責任の皺寄せを食らう様子は非常に現代的であると同時に、「牧歌的な雰囲気に宿った社会批評性」という初代ウルトラマンの空気感を現代に上手くトレースしていました。
「福音」という名の虐殺
テレビシリーズにおいてもザラブ星人は何にでも姿を変えられる擬態能力を持っており、フジ隊員やウルトラマンになりすまし科特隊を罠に陥れました。
このザラブ星人の登場回「遊星から来た兄弟」が、共に敗戦を経験した人間同士の共同体が毀損される恐怖と異星人との外交への懐疑性を描いたのに対し、『シン・ウルトラマン』におけるザラブの存在はコミュニティ内に潜伏する異質な存在(=マイノリティ)への恐怖を煽るものではありませんでした。
ここに作品が作られた時代性と背景に違いが見られます。共同体への帰属意識が希薄または個人の差異が激しい現在の日本社会において、「隣人が隣人でなくなる恐怖」はもはや現代的なものとして機能しないのです。
近隣国の核ミサイル実験やウイルスのパンデミックに怯えながらも、現在の日本は「安心安全」が常態であり、つい最近まで戦争の脅威は対岸の火事に過ぎませんでした。
圧倒的な力を見せつけ、不平等条約を締結させる本作のザラブは、これから起こりうる諸外国もとい諸外星から地球を防衛してくれる、地球にとっての新たな依存先という立場を有します。それは国単位に置き換えれば、「日本にとってのアメリカ」とほぼ同じ関係性といえます。
テレビシリーズにて同エピソードの脚本を担当した金城哲夫の出身地・沖縄を関連づけることへの是非・懸念はありますが、ザラブ星人=アメリカ軍の符合はオリジナルにおいても成立する符合であり、それは「怪獣が日本の東京に出没する理由」にも紐づけることができます。
主だった理由は、ウルトラ怪獣の「先祖筋」であるゴジラが蘇った戦没者の亡霊として、権力中枢と権威が鎮座する首都・東京を目指したことに集約されます。
テレビドラマ『ウルトラマン』(1966)は、お茶の間の子どもが戦争経験者である大人とともに視聴することを想定しており、登場人物の背景に戦争があったことを暗示していました。
終戦から77年を経た2022年の『シン・ウルトラマン』(2022)においてザラブ星人が登場することは、にせウルトラマンという偽神の象徴を出現させる上で必要でした。
先の戦争によって、かつては君主制であった国家制度は、戦勝国の条件をのむ立憲君主制へと変えることを余儀なくされました。そして象徴であり神であった天皇は、戦勝国の意向によってかつての機能と信仰を失います。
にせウルトラマンが横須賀を破壊した理由は明白でしょう。そこにアメリカ軍の基地があるからです。
まとめ
2022年現代に「ウルトラマン」を語り直すというリブートの意義は、このザラブ星人回にこそありました。
専守防衛を戦勝国から押し付けられた自衛の行使を通して「他国に先駆け、最初に外星人との交渉に応じる日本独特の姿勢」と捉えた本作は、日本でしか作り得ないヒーロー映画です。
日章旗色を身体に纏った神は、禍威獣の出現していない横須賀へと自主的に降り立ち、破壊行為を行う。横須賀とは在日アメリカ海軍の施設がある場所です。
この描写には、清算されない戦争を引きずった作品として「ウルトラマン」が持つ戦後作品としての側面を、1966年当時以上に呼び起こす目的があったのです。
タキザワレオのプロフィール
2000年生まれ、東京都出身。大学にてスペイン文学を専攻中。中学時代に新文芸坐・岩波ホールへ足を運んだのを機に、古今東西の映画に興味を抱き始め、鑑賞記録を日記へ綴るように。
好きなジャンルはホラー・サスペンス・犯罪映画など。過去から現在に至るまで、映画とそこで描かれる様々な価値観への再考をライフワークとして活動している。