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Entry 2019/07/05
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映画『新聞記者』ラストシーン解説と感想。「羊の絵の意味」から評価の高い作品を読み解く|シニンは映画に生かされて10

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第10回

はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。

今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。

第10回にてご紹介する作品は、新聞記者とエリート官僚という二人の主人公の目線から映し出された世界を通じて、日本という国家におけるメディアの現実を捉えようとした藤井道人監督の映画『新聞記者』。

韓国の人気女優・シム・ウンギョン、日本の人気俳優・松坂桃李がW主演を務めたことでも話題になったポリティカル・サスペンス映画です。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

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映画『新聞記者』の作品情報


(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

【公開】
2019年6月28日(日本映画)

【原案】
望月衣塑子、河村光庸

【監督】
藤井道人

【脚本】
詩森ろば、高石明彦

【キャスト】
シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、郭智博、長田成哉、宮野陽名、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司、望月衣塑子、前川喜平、マーティン・ファクラー

【作品概要】
東京新聞の記者・望月衣塑子の同盟ベストセラーを原案とするオリジナル脚本によって制作された、メディアの意義を問いかけたポリティカル・サスペンス。

常に真実を追い求める若き新聞記者。日頃不正な情報操作に携わってきたエリート官僚。本来相容れぬ道を進んでいたはずの二人が、無力感や葛藤に苛まれながらも対峙し、政府が隠蔽しようとした恐るべき事実へと辿り着こうとする様を描きます。

新聞記者・吉岡を演じたのはシム・ウンギョン。『怪しい彼女』(2014)などで知られている韓国の演技派女優です。

一方、内閣情報調査室に勤めるエリート官僚・杉原を演じたのは松坂桃李。シムとはダブル主演という形で、全力の演技をスクリーン上で見せます。

映画『新聞記者』のあらすじ

東都新聞に勤める記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、日本人の父と韓国人の母に間に生まれアメリカで育ったのちに、とある出来事をきっかけに日本で新聞記者になったという異色の経歴を持っていました。

ある日、彼女のもとに大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届きます。

吉岡は上司・陣野(北村有起哉)の命により、極秘情報が果たして事実なのかその裏取り調査を開始します。

一方、内閣情報調査室に勤めるエリート官僚・杉原拓海(松坂桃李)は、国家の体制維持のためには時には民間人を巻き込んでの不正な情報操作も辞さない自身の仕事と、「国民に尽くす」という理想の間で苦悩していました。

妻・奈津美(本田翼)の出産が近づく中、彼は久方ぶりに外務省時代のかつての上司・神崎(高橋和也)と再会します。しかしその数日後、神崎は意味深な言葉を遺して投身自殺を遂げてしまいました。

極秘情報の真相を追う吉岡と、神崎が家族を遺してでも自死しなければならなかったその理由を追う杉原。

やがて二人は出会い、極秘情報の真相にして神崎が自殺を遂げた理由である“黒い真実”へと辿り着きます…。

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両目の潰された“一人”の羊の絵


(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

シム・ウンギョン演じる新聞記者・吉岡と松坂桃李演じる内閣情報調査室の官僚・杉原が追い続ける、新設大学に関する“黒い真実”。

その正体の鍵を握る匿名FAXの表紙に描かれた絵にして、本作のテーマを示す最たる象徴こそが「両目の潰された一頭の羊」の絵です。

象徴としての、羊。キリスト教に少しでも触れたことがあれば、誰もが「迷える子羊」=「人間」という連想に至るでしょう。

それでは、告発者の描いた羊は何故、両目を潰されているのか。何故、一頭だけなのか。

そこには、複数の理由が存在することが考えられます。


(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

一つはこの絵が、内閣情報調査室をはじめ何者かによる不正な情報操作を疑うことなく、ただ与えられ続ける情報という名の飼料を“盲目”的に貪ることしかできない者。すなわち、“長年維持されてきた平和”という幻想を信じる全ての日本国民を表しているためです。

自ら真実を見つめようとする態度や能力を体制側の不正なる操作によって奪われた、或いは愚かにも放棄してしまった。もはや“迷える子羊”らしく迷うこともできなくなり、同じ場所と時を過ごしていたはずの群からもはぐれ、“一頭”きりになってしまった人間。

「両目の潰された一頭の羊」ほど、その哀れな姿を最も的確に、最も冷笑的に描いた絵は他にないでしょう。

また、「同じ場所と時を過ごしていたはずの群からもはぐれ、“一頭”きりになってしまった人間」という特徴は、劇中に登場するある人物の姿とも重なります。

それは、外務省に務めていた杉原のかつての上司・神崎(高橋和也)の姿です。

日本国民と国家のために尽くした果てに何が正義で何が不正なのかが“見えなくなって”しまい、件の黒い真実に深く関わってしまったことで自死という末路=永遠の“孤独”を強いられる彼の姿もまた、「同じ場所と時を過ごしていたはずの群からもはぐれ、“一頭”きりになってしまった人間」の姿であり、「両目の潰された一頭の羊」が表しているものの一つでしょう。


(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

加えてそのような神崎の姿は、彼の元・部下であり、かつての彼同様に理想と現実の間に苦悩し続けている杉原の未来の姿とも重なります。

そして、政府が隠蔽しようとした“黒い真実”の全容にも深く繋がっているもう一つの理由は、吉岡と杉原の手により劇中終盤で明らかにされます。

その理由が一体どのようなものなのかは、ぜひご自分の目で確かめてみてください。

W主人公が提示する“正義のパラドックス”


(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

劇中終盤、杉原は“黒い真実”を白日の下に晒すべく、自身の実名の公表する覚悟を見せますが、内閣情報調査室の上司にして内閣参事官を務める多田(田中哲司)から、妻・奈津美と生まれたばかりの子どもについて言及されたことで、その覚悟が揺らいでしまいます。それは暗黙の圧力でもありました。

突きつけられた現実に愕然とし、幽鬼のように路をゆく杉原。やがて彼は、同じくジャーナリストとして真実を追い求め続けた中で挫折し、自ら死を選んでしまった父の真実にわずかながらも辿り着くことができた吉岡と、国会議事堂近くの横断歩道越しに再会します。

黒いアスファルトの上に横断歩道の白線が塗られている道路を挟み、遠ざかることも近づくこともなく互いの姿を見つめる二人の主人公を映し出したラストシーン。

そこには、自身の信念と正義を貫き真実を追い求め続けた一人の新聞記者、政府が仕組む不正な情報操作に関わり続け、ついには自身の信念と正義を貫くことに迷いが生じてしまった一人の官僚の人生が交わったことで炙り出されてしまった“ある矛盾”が提示されていると考えられます。

それは、“正義なくして不正は存在し得ず、不正なくして正義は存在し得ない”という矛盾です。


(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

真実を追い求め続けるメディアの守り手が存在するからこそ、不正を司る情報操作者が白日の下に晒され、初めて存在が認識される。そして、情報操作者の司る不正が存在するからこそ、メディアの守り手が追い求め続ける真実が生じる。

それは、各人の独善に基づいて“正義”と“不正”を設定し、メディアという玩具或いは凶器によって“正義”を誇示し“不正”を弾圧しようと試みる者すべての心臓に深々と突き刺さるであろう矛盾なのです。

映画『新聞記者』は、本来相容れぬ対極の立場で生きる二人を敢えて巡り合わせた。

そして、「互いの生きる立場と現実が遠くもなければ近くもない。しかし、決して相入れることはない」という、“正義”としての真実と“不正”としての情報操作における共依存的な関係性を残酷なまでに明確に描き出すことによって、メディアの担い手である限りは絶対に避けることのできない矛盾を観客たちに突きつけたのです。

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映画『新聞記者』監督の藤井道人プロフィール

参考映像:「活弁シネマ倶楽部」での藤井道人監督インタビュー(2019)

映画『新聞記者』の藤井道人監督は1986年生まれ、東京都出身。

日本大学芸術学部映画学科在学中から入江悠監督や鈴木章浩監督の作品に助監督として参加し、その一方で脚本家・青木研次に師事します。

19歳から映像ディレクターとしてCMやPVなどの映像制作に携わったのち、大学卒業後はフリーランスとして活動。オリジナルビデオ作品やインディーズ長編映画などで企画・脚本・監督を務めました。

やがて大学時代に知り合った名プロデューサー・奥山和由の提案で伊坂幸太郎の小説『オー! ファーザー』の脚色を手がけ、その数年後に監督へと抜擢され、2014年に劇場公開された同作によって商業映画監督デビュー。また、同じく2014年に公開された『幻肢』では第9回アジア青少年映画祭最優秀脚本賞を受賞しました。

現在は映画監督、脚本家、プロデューサーとして、映画・ドラマ・MV・CMなど幅広い分野で活動。

2019年には監督・脚本を務めた『デイアンドナイト』(1月公開)、プロデューサーを務めた『LAPSE ラプス』(2月公開)、そして本作『新聞記者』が劇場公開されるなど、その活躍は止まることを知りません。

まとめ


(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

インターネットおよびSNSの普及により、もはやメディアの担い手ではない人間は存在しないであろう現在の日本社会。

その中で、誰もがその存在を察しながらも黙殺を通してきたメディアなるものが孕む致命的な矛盾を、映画『新聞記者』は日本という“形だけいい”民主主義国家を舞台に、あくまでもストレートな物語によって提示しました。

「自粛」「自主規制」のムードが昨今拡大し続ける映画界において、メディアの孕む矛盾とストレートに向き合った姿勢だけでも、本作は評価されるべき作品と言えます。

本作によって矛盾を再認識させられた後、メディアの担い手である人々はその先にどのような結論へと至るのか。

その回答は、本作を鑑賞された人々それぞれに異なるものかもしれません。ですが、その回答は決して現代の日本社会におけるメディアの在り方をネガティブな方向へと駆り立てるものではないことは確かでしょう。

映画『新聞記者』は2019年6月28日より公開です。

次回の『シニンは映画に生かされて』は…


(C)2018 UNIVERSAL STUDIOS

次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年7月19日(金)より公開の映画『マーウェン』をご紹介します。

もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら





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