Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2020/10/05
Update

映画『コーンフレーク』あらすじと感想考察。観客賞を受賞した磯部鉄平監督が描いた同棲する男女の織りなす“感情の機微”|2020SKIPシティ映画祭5

  • Writer :
  • 西川ちょり

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020エントリー/磯部鉄平監督作品『コーンフレーク』がオンラインにて映画祭上映。国内コンペティション長編部門で観客賞を受賞!

2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能の発掘と育成を目指した映画祭です。今年で17回目を迎え、初めてのオンラインでの開催となりました。

今回ご紹介するのは、同棲7年目のカップルの日常を描いた磯部鉄平監督による映画『コーンフレーク』です。国内コンペティション長編部門で観客賞に選ばれました。

【連載コラム】『2020SKIPシティ映画祭』記事一覧はこちら

映画『コーンフレーク』の作品情報


(c)belly roll film

【公開】
2020年公開(日本映画)

【監督】
磯部鉄平

【キャスト】
GON、高田怜子、日乃陽菜美、手島実優、木村知貴、土屋翔、南羽真里、すのう、時光陸

【作品概要】
同棲7年目のカップルの日常を描いた磯部鉄平監督によるヒューマンドラマ。

製作の谷口慈彦、脚本の永井和男、撮影の佐藤絢美、音楽のKafukaと磯部監督作品でおなじみのスタッフが集結。『真夜中モラトリアム』(2017)に出演したGONが裕也役を、『オーバーナイトウォーク』(2019)主演の高田怜子が美保を演じた。

磯部鉄平のプロフィール

SKIP国際映画祭にて観客賞した磯部監督


(C)Cinemarche

河瀨直美らを輩出したビジュアルアーツ専門学校・大阪校の出身。⼩⾕忠典監督のドキュメンタリー『フリーダ・カーロの遺品』(2015)に海外撮影スタッフとして参加し、帰国後は映像フリーランスとして企業VP、MV の制作に携わる。

映画を作り終えたのは30歳を過ぎてからという遅咲きの俊英だが、2016年には4本の短編を立て続けに制作。その後次々と話題作を生み出し多くの映画祭でいくつもの賞を受賞している。

2019年に『ミは未来のミ』で初の長編を監督。同作はSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019にてSKIPシティアワードを受賞。映⽂連アワード2019では準グランプリを受賞した。2020年7⽉には、『予定は未定』(2018)、『オーバーナイトウォーク』(2019)の短編2本、『ミは未来のミ』が連続で劇場公開された。

2020年、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて『コーンフレーク』は観客賞。

国内コンペティション「長編部門」観客賞受賞のコメント

「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭には、1年目は短編映画(※『予定は未定』で 2018 年国内コンペティション短編部門優秀作品賞受賞)、2年目は長編映画(※『ミは未来のミ』で2019年SKIPシティアワード受賞)と、3年連続で入選・受賞させていただいて、SKIPシティに帰ってくるぞという思いで映画を作って、今年も帰ってこられて、こうやって賞もいただけて。観客賞はお客さんが見て選んでいただく賞なのでとても嬉しいです。主演のGON君とずっと一緒にやってきて、彼と長編映画を撮ろうと言ってやってきたので…GON君よかったですね。おめでとうございます。ありがとうございました。」

映画『コーンフレーク』のあらすじ


(c)belly roll film

保険外交員として働く美保は、6年間一緒に暮らしている裕也との生活に居心地の良さを感じながらも、このままでいいのかと自問していました。

バンドが解散したあと、裕也はすっかり音楽から遠ざかってしまい、最近は、何を思いついたのか、街中で様々な音を録音することに凝っているようでした。

職場の後輩はなかなか独り立ちせず、美保を頼るばかり。そのせいで上司からねちねちと嫌味を言われてしまいます。

疲れて帰宅した美保は、裕也がしきりにスマホをいじっているのに気が付きます。いつもならスマホを見せろなどとは言わないのですが、会社の同僚が夫のスマホを見てもめた話を聞いたばかりだったので、思わず「スマホみせてや」と叫んでいました。

ラインの相手はバイト先の後輩・朱里であることが判明。口論となり、美保は裕也を家から追い出してしまいます。

行き場を失った裕也と、ひとりになった美保。2人は、この日別々の夜を過ごすことになり・・・。

映画『コーンフレーク』の感想と評価


(c)belly roll film

どこにでもいそうな若い男女の日々の営みが淡々と描かれているだけなのに、彼らが交わす何気ない会話はすこぶる面白く、一緒に住み始めて7年目を迎えるという男女の織りなす感情の機微に、思わず引き込まれてしまいます。

磯辺鉄平監督はこれまでも等身大の若者のリアルな姿を描いた作品を発表してきましたが、それらの中でも今回ほど特別なことが何も起こらない作品はないのではないでしょうか。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019にてSKIPシティアワードを受賞した初長編作『ミは未来のミ』や、短編映画『真夜中モラトリアム』(2017)、『そしてまた私たちはのぼってゆく』(2019)に共通する高校時代の友人の死というテーマはここにはありません。

また、2018年に制作された短編『予定は未定』のように意外なものがヒロインの手元に届いたり、同年の短編『オーバーナイトウォーク』のように、ふいに姉が上京してきたりというようなことすらありません。

にもかかわらず、『コーンフレーク』は、主人公の男女の姿をいつまでも見ておきたいという気にさせ、時にほっこりと幸せな気持ちになったかと思えば、時に他人事でないと身につまされるなど、観る者の心を揺さぶってきます。

主人公2人を囲む人々の適度なおせっかいも絶妙な距離感を保っていて、品のいい、ウィット溢れる作品に仕上がっています。

ヒロインに扮するのは、『オーバーナイトウォーク』でもおなじみの高田玲子。『オーバーナイトウォーク』では、なんとも頼りない男性と同棲している売れない女優を演じていましたが、本作でも、気は優しいけれどあまり収入のないミュージシャン志望の男、裕也と6年間生活をともにしている美保という女性を演じています。

高田玲子の澄んだ通る声で発せられる大阪弁は心地よく、くるくる変わる表情も絶妙な間のとり方も見ていて飽きることがありません。

裕也を演じているのは、『真夜中モラトリアム』でおなじみのGON。バンドマンの夢を持ちながらも、ぐずぐずとした生活を送っていて、ギターを持つ代わりに漠然と様々な音を録音して回っているという迷いの渦中にある20代後半の青年を好演しています。

面白いのは、職場でも、美保に依存している後輩がいることです。磯部鉄平作品には初登場の手島実優扮する後輩は甘え上手の怠け者。彼女も、また女優になりたいという夢を持ちながら、仕事と夢の間を中途半端にふらふらしています。

2人とも美保といると、その居心地の良さについ甘えてしまうのでしょう。そんな中で、美保は徐々に疲労感を覚えていきます。

凡庸な作品なら、7年目にして危機に陥った2人の関係を見て、「結婚」や「就職」といった社会の規範となる事柄を持ち出して「けじめ」を問うたり、白黒つけようとすることでしょう。しかし美保と裕也にはそんな選択は視野にありません。

凡庸な作品であったなら、裕也の長い髪は、彼のなんらかの決断の証として、最後にバッサリ切られたのではないでしょうか。しかし、『コーンフレーク』では、単に美保の気まぐれで、自慢の長い髪に鋏を入れられてしまい、仕方なく美容室で整えてもらうという物語前半のさりげないエピソードに使われるだけなのです。

寧ろ、そうした社会の規範や常識といったものにいっさい触れないことが本作のアナーキーな部分であるといえるかもしれません。

まとめ

SKIP国際映画祭の受賞者たちと並ぶ磯部監督(左)


(c)belly roll film

夢を持ちながら、もうちょっとしたらと先送りしていつまでもグズグズしている裕也や職場の後輩の姿は、「ビジュアルアーツ専門学校・大阪」を卒業したあと、映画を制作するに至るまでに、来年こそは、と言いながらずるずると何年も過ごしてしまったという磯部監督の実体験がもとになっています。

誰しもが夢にまっすぐ向かっていけるわけではありませんから、『コーンフレーク』を見ながら、こそばゆい感じがしたり、身につまされたりする人も多いのではないでしょうか。

製作の谷口慈彦、脚本の永井和男、撮影の佐藤絢美、音楽のKafukaと磯部監督作品でおなじみのスタッフが集結。俳優も、磯部監督作品には欠かせない南羽真里や、木村知貴が顔を見せ、いつもながらにいい演技をみせています。

磯部監督初出演組では、日乃陽菜美が切なくも、逞しい役柄を演じ強い印象を残します。彼女が、家庭用の連発打ち上げ花火を手に持って、裕也を狙う復讐(!?)シーンは出色の名場面といえるでしょう。

【連載コラム】『2020SKIPシティ映画祭』記事一覧はこちら





関連記事

連載コラム

『キックアス』『ヒーローマニア-生活-』感想と比較考察。なりきりヒーローが行き着いたそれぞれの答え|最強アメコミ番付評8

連載コラム「最強アメコミ番付評」第8回戦 こんにちは、野洲川亮です。 2018年9月は『キャプテン・マーベル』、『ダークフェニックス』の予告解禁で、大いにテンションが上がっております。 さて、これまで …

連載コラム

地獄が呼んでいる4話ネタバレ感想評価と結末あらすじ。シーズンの折り返しで更に重いテーマに“赤ん坊も罪人なのか”

Netflixドラマ『地獄が呼んでいる』を各話完全紹介 『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)と長編アニメ映画、『ソウル・ステーション パンデミック』(2016)の大ヒットで、韓国を代表する …

連載コラム

映画『アンノウン・ボディーズ』あらすじネタバレと感想。原作者ジェフ・ヒーラールツの生みだした刑事物語|未体験ゾーンの映画たち2019見破録38

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第38回 今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。 今回はヨーロピアン・ミステリー映画をご紹 …

連載コラム

『ノエルの日記』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。ラブストーリー映画でジャスティン・ハートリー×バレット・ドスが探す“母の輪郭”|Netflix映画おすすめ122

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第122回 疎遠だった母を亡くしクリスマスに帰省した小説家と、「生みの母」を探し続ける女性の出会いと心の交流を描き出したNetflix映画『 …

連載コラム

『超 西遊記』ネタバレあらすじ感想とラスト結末の評価解説。マーベル映画級の迫力を原作と比較して考察して見えた事とは⁈|未体験ゾーンの映画たち2022見破録5

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第5回 映画ファン毎年恒例のイベント、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。 傑作・珍作に怪作、東洋を代表する …

U-NEXT
【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学