Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

サスペンス映画

Entry 2022/11/22
Update

【ネタバレ考察解説】ある男|最後ラストで映画/原作小説の違いとマグリット絵画“複製禁止”が浮き彫りにする“分からない人”の肖像画

  • Writer :
  • 岩野陽花

映画『ある男』のラストが映し出す「肖像画」の演出を考察解説!

亡くなったことで初めて「他人になりすましていた」と発覚した男とその妻、戸籍不明・正体不明の「ある男」を追う弁護士の各々の人生を描いたミステリー映画『ある男』。

原作は、『マチネの終わりに』(2019)など知られる作家・平野啓一郎のベストセラー小説です。

本記事では原作小説の「序」で言及され、映画では冒頭・ラストにて印象的に映し出されていた、画家ルネ・マグリットの絵画『複製禁止』にクローズアップ。

ネタバレ言及有りで、絵画『複製禁止』と映画オリジナル演出との密接な関係性、そこから見えてくる映画『ある男』が小説『ある男』と異なるラストになった理由について解説・考察していきます。

スポンサーリンク

映画『ある男』の作品情報


(C)2022「ある男」製作委員会

【日本公開】
2022年(日本映画)

【原作】
平野啓一郎『ある男

【監督】
石川慶

【脚本】
向井康介

【キャスト】
妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、清野菜名、眞島秀和、小籔千豊、坂元愛登、山口美也子、仲野太賀、真木よう子、柄本明、きたろう、河合優実、カトウシンスケ、でんでん

【作品概要】
作家・平野啓一郎の小説を原作に、亡くなったことで初めて「他人になりすましていた」と発覚した男とその妻、戸籍不明の男の「顔」を追う弁護士の人生を描いたミステリー。

弁護士の城戸役には、石川慶監督とは『愚行録』以来5年ぶりのタッグとなる妻夫木聡。

戸籍上は「谷口大祐」として生きていた謎多き「ある男」を『初恋』の窪田正孝が演じ、謎の男と幸せに暮らしていた妻・利恵里枝役を『万引き家族』(2018)の安藤サクラが演じる。

映画『ある男』のあらすじ


(C)2022「ある男」製作委員会

弁護士の城戸(妻夫木聡)は、離婚調停を担当したかつての依頼者・里枝(安藤サクラ)から、亡くなった夫・大祐の身元調査をしてほしいという奇妙な相談を受ける。

里枝は離婚を経て、子どもを連れて文房具屋を営む実家へ帰郷。やがて出会った「谷口大祐」という男(窪田正孝)と再婚し、新たに生まれた子どもとともに幸せな家庭を築いていたが、ある日彼は不慮の事故により命を落としてしまう。

悲しみに暮れる中、長年疎遠になっていた彼の兄・恭一(眞島秀和)が法要に訪れるも、遺影を見た恭一は「これ、大祐じゃないです」と衝撃の事実を告げる。

愛したはずの夫は、全くの別人だった……。

「谷口大祐」として生きた「ある男」は、いったい誰だったのか。

なぜ彼は、別人として生きたのか。

「ある男」の正体を追い真実に近づくにつれて、いつしか城戸の心に別人として生きた男への複雑な思いが生まれていく……。

スポンサーリンク

映画『ある男』冒頭・ラストの絵画の謎を考察解説!


(C)2022「ある男」製作委員会

『複製禁止』──「顔」のない肖像画

映画『ある男』の冒頭とラストで映し出される一枚の絵画。鏡の前に立つある男の背中と、鏡に映る「その男の背中」という現実世界ではあり得ない光景を描いたその作品は、原作小説の「序」でも言及された画家ルネ・マグリットの『複製禁止』(1937)という名の絵です。

小説『ある男』との関わりについて、「この物語は、それに似たところがある」と小説内で記された絵画『複製禁止』。富豪の詩人にして、マグリットをはじめ当時のシュルレアリストたちのパトロンでもあったエドワード・ジェームズに「自宅の舞踏室に飾るための絵」として制作を依頼されたといわれています。

画面内で背中のみが描かている男もエドワード・ジェームズその人であり、『複製禁止』という名の絵画はエドワード・ジェームズの「“顔”のない肖像画」でもあるのです。

二人の「ある男」が描いた「真実」の姿


(C)2022「ある男」製作委員会

現実に実在する男の「“顔”のない肖像画」……それは、「人物の“背中”のみを描く」と「人物の“眼”を描けない」という表現の差はあれど、映画オリジナルの演出として描写された、「谷口大祐」として暮らしていた原誠(窪田正孝)がスケッチブックに遺した自画像と重なります。

「真実の自己を映し出すもの」であるはずの鏡ですら、その人物の正体としての「顔」を映し出せないがゆえに、ただ「背中」だけがそこに映ると想像したのであろうマグリットの絵。そして、鏡に人殺しの息子という「真実の自己」が映ると囚われ、人体における「鏡」でもある眼という「真実の自己を映し出すもの」を描かなかった誠の絵。

鏡や、それと同じ機能が備わる事物(車の窓ガラスやサイドミラー、刑務所の面会室を仕切る窓、城戸の自宅のテレビの液晶、父の殺人を映した幼い誠自身の眼など)を用いた演出が多く登場する映画『ある男』。

二人の「ある男」が描いた二枚の絵もまた、時代や場所、制作の経緯は異なるものの、互いが互いにとっての「写し鏡」であり、それぞれの思う真実が同じく反映された肖像画であることを、映画では演出したかったのではと考えられるのです。

誰でもないはずなのに、誰にでもなれる者


(C)2022「ある男」製作委員会

また忘れてはならないのは、マグリットの絵画に名付けられた『複製禁止』という題名です。

マグリットは自身の絵画の題名について、「絵の題名は説明ではなく、絵は題名の図解ではない」「題名と絵の関係は詩的である」「その関係によって、二つの相反するものに共通する側面が表現されなければならない」と語ったとされています。

題名と絵という異なる事物同士が同じ空間に組み合わされる時に、新たな意味やイメージが生み出される……マグリットが用いたシュルレアリスムの表現手法「ディペイズマン」は、小説『ある男』には存在しない誠の「“顔”のない肖像画」を作中へ登場させ、原作内で言及されたマグリットの絵画と「映画作中」という同じ空間に配置した映画『ある男』でも用いられています。

鏡とともに映し出される、二重写しにされた……「複製」された男の背中を描いた絵と、『複製禁止』という題名。相反する両者から想像させられる新たなイメージとは、おそらく「複製できないはずなのに、複製できる者」……「誰でもないから、誰にでもなれる者」なのではないでしょうか。

映画『ある男』のラスト、「僕は……」という言葉に続けて城戸が名乗ろうとする瞬間に画面は暗転。遠くから聞こえる木を切る音……樹齢という決して偽れない「生の証」を持つ木という存在を切る様を、それまでの人生が刻まれているはずの「名」を切り落とす様に重ねた音だけが響き、城戸が何と名乗ったのかは最後まで明かされません。

「城戸章良」か、「原誠」か、「谷口大祐」か、あるいは「曽根崎義彦」か……それがどんな名であったとしても、バーで絵画『複製禁止』を見つめる城戸の姿が「絵画『複製禁止』の画面に、もう一つ男の背中が描き加えられた様」のように描かれていた時点で、城戸は「誰でもないから、誰にでもなれる者」の一人と化していたといえるでしょう。

まとめ/「分人」という「分からない人」の肖像


(C)2022「ある男」製作委員会

亡くなった誠を名前という嘘をついていたものの、その愛自体は真実であったと確かめ合う里枝と悠人の会話で締めくくられる小説『ある男』に対し、里枝と悠人の会話の感動の場面の後に小説でも描かれた城戸の妻・香織の浮気発覚の場面を配置し、そのままバーでのラストへと流れ込む映画『ある男』。

場面を描写する「位置」を入れ替えただけで、物語への印象がガラリと変わってしまった『ある男』の二つの結末からは、マグリットがディペイズマン同様に用いていた「コラージュ」……あらゆる事物を素材と捉えて切り抜き出し、一つの作品へと再構成する表現手法を彷彿とさせられるだけでなく、あらゆる事物を撮影し、映像へと変換した上で断片化し、それらをひとつなぎに接合する「編集」で形作られる映画の本質を再認識させられます。

それではなぜ、映画『ある男』は各場面の配置を変更し、小説と異なるラストにしたのか。それは、「映画はあくまでも、人間を“分からない者”として描きたかったから」ではないでしょうか。


(C)2022「ある男」製作委員会

対人関係・環境ごとに分化した異なる人格を持ち、それら複数の人格すべてを「本当の自分」だと捉えようとする考え方にして、生き方……原作者の平野啓一郎が提唱した「分人主義」は、小説『ある男』にも反映されています。

ところで、「分人」とは何の略称なのでしょうか。平野啓一郎が語る分人主義のあり方をふまえると「分かつ人」「分かれた人」といった言葉を想像できますが、もしかすると映画『ある男』の製作陣は「分からない人」と想像したのではないでしょうか。

現代を生きる人々はいくらでも異なる人格を持ち得るのだから、そもそも自己・他者含めて“人を理解する”なんてことは不可能だ」……原作小説が描く分人主義にそうした「顔」を見出したからこそ、映画は小説と異なる『ある男』の結末が描かれたのかもしれません。

そして、映画の冒頭とラストに登場したマグリットの絵画『複製禁止』こそが、「分からない人」としての「分人」の肖像画なのでしょう。





関連記事

サスペンス映画

海上48hours -悪夢のバカンス|あらすじ感想と解説評価。最後の春休みに弾ける大学生5人組を襲う人食いザメの恐怖!

海の恐怖を描くサバイバルスリラー『海底48hours -悪夢のバカンス-』が2022年7月22日(金)に公開 海底に閉じ込められた危機から脱出する恐怖を描く『海底47m』シリーズの製作陣による再び海の …

サスペンス映画

【ネタバレ罪の声】実際の事件とキツネ目の男など犯人の人物関係を解説。望はなぜ現れなかったかの理由も

映画『罪の声』は2020年10月30日(金)より全国ロードショー公開! 「戦後最大の未解決事件」「日本初の劇場型犯罪」と称された実在の事件を基に、元新聞記者である塩田武士が執筆・発表した同名ベストセラ …

サスペンス映画

『六月の蛇』動画無料視聴はHulu!ネタバレあらすじと感想レビュー

世の中には奇妙な映画がたくさんあり、そういった映画はラストが非常に暗かったり、異常に難解だったりすることが多いと思われます。 『野火』の監督・塚本晋也の過去作には、明らかに万人受けしなさそうなジャンル …

サスペンス映画

『死刑にいたる病』映画原作ネタバレあらすじと感想解説。犯人は誰か?小説チェインドッグの猟奇殺人犯の“真の恐怖”とは

櫛木理宇の小説『死刑にいたる病』が2022年5月6日(金)に映画公開決定! 小説『死刑にいたる病』は、2015年7月刊行の『チェインドッグ』を改題の上、2017年10月に文庫化された櫛木理宇のサスペン …

サスペンス映画

映画『あのこと』ネタバレあらすじ感想と結末評価の解説。原作短編小説「事件」で書かれた望まぬ妊娠をした大学生の目線とは⁈

ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの実体験をもとにした著作を女性監督オドレイ・ディワンが映画化 1960年代、法律で中絶が禁止されていたフランス。 大学生のアンヌは、大事な試験を間近に控え、妊娠 …

U-NEXT
タキザワレオの映画ぶった切り評伝『2000年の狂人』
山田あゆみの『あしたも映画日和』
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
【連載コラム】光の国からシンは来る?
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【KREVAインタビュー】映画『461個のおべんとう』井ノ原快彦の“自然体”の意味と歌詞を紡ぎ続ける“漁師”の話
【玉城ティナ インタビュー】ドラマ『そして、ユリコは一人になった』女優として“自己の表現”への正解を探し続ける
【ビー・ガン監督インタビュー】映画『ロングデイズ・ジャーニー』芸術が追い求める“永遠なるもの”を表現するために
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
アーロン・クォックインタビュー|映画最新作『プロジェクト・グーテンベルク』『ファストフード店の住人たち』では“見たことのないアーロン”を演じる
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
【平田満インタビュー】映画『五億円のじんせい』名バイプレイヤーが語る「嘘と役者」についての事柄
【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた
【Cinemarche独占・多部未華子インタビュー】映画『多十郎殉愛記』のヒロイン役や舞台俳優としても活躍する女優の素顔に迫る
日本映画大学