タイ・シェリダン、リリー=ローズ・デップ、フィオン・ホワイトヘッドら若手注目俳優が顔を揃える映画『ヴォイジャー』
地球温暖化による飢饉が人類を襲う地球。
探査隊に選ばれた30人の子供たちと司令官。閉ざされた空間で解き放たれる人間の本能を浮き彫りにしていくSFドラマ。
『2001年宇宙の旅』(1968)をはじめ、『イカリエ-XB1』(1963)や『ゼロ・グラビティ』(2013)など宇宙探索を題材にした映画は数多く描かれてきました。
映画『ヴォイジャー』は全て管理された状況下で育った純粋な若者たちを通して、純粋であるが故の危険さ、人間の持つ暴力性など人間の本質を浮き彫りにした他にはないスリリングなSFドラマになっています。
監督を務めたのは「ダイバージェント」シリーズなどで知られるニール・バーガー。
映画『ヴォイジャー』の作品情報
【日本公開】
2022年(アメリカ・チェコ・ルーマニア・イギリス合作映画)
【原題】
VOYAGERS
【監督、脚本】
ニール・バーガー
【出演】
タイ・シェリダン、リリー=ローズ・デップ、フィオン・ホワイトヘッド、コリン・ファレル、シャンテ・アダムズ、イザック・ヘンプステッド・ライト、ビベイク・カルラ、アーチー・マデクウィ、クインテッサ・スウィンデル、マディソン・フー
【作品概要】
キャストは『レディ・プレイヤー1』(2018)のタイ・シェリダン、『プラネタリウム』(2017)のリリー=ローズ・デップ、『ダンケルク』(2017)、『ゴヤの名画と優しい泥棒』(2022)のフィオン・ホワイトヘッド、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』(2022)、『ジェントルメン』(2021)のコリン・ファレルなど。
監督を務めたのは「ダイバージェント」シリーズや『THE UPSIDE 最強のふたり』(2019)などのニール・バーガー。
映画『ヴォイジャー』のあらすじとネタバレ
地球温暖化による飢饉が襲い、科学者たちは移住可能な惑星を探し始めました。
2063年に発見し、探索隊を派遣することになりますが、惑星に到達するまでには86年かかります。
そのために科学者たちは人工的に受精した子供たちをプログラムに基づいて訓練します。地球に対する未練を抱かせないために研究所の外には出さず、必要以上な人との接触など思い出を作らせないように訓練します。
そんな中、研究所のリチャード(コリン・ファレル)はいざという時に子供だけで対処できないかもしれない、あの子たちを守りたいから同行させてほしいと志願します。計画顔である上に地球との思い出が多いと反対されましたが反対を押し切り同行することになります。
10年後。
子供たちは18歳になり、プログラム通りに運動や勉強をし、プログラム通りの食事と薬を飲んで生活しています。
セラ(リリー=ローズ・デップ)はリチャードに自分達は第一世代だから目的地は見られない、私たちは捨て駒なのかと問いかけます。
セラに対しリチャードは自身の祖父、父の写真を見せ、祖父も父も真っ当に生きて次の世代に繋げた、地球でも宇宙でも変わらないと答えます。
ある日、クリストファー(タイ・シェリダン)は灌漑に毒素の反応があることに気づき、リチャードに何かと尋ねますがリチャードはフィルターを帰ろと言って相手にしません。疑問に思ったクリストファーはザック(フィオン・ホワイトヘッド)に話します。
2人はこっそり機密データに侵入し、自分達が飲んでいるブルーの薬が毒素の原因だと突き止め、その薬は何かのか調べます。するとそれはああらゆる欲情を抑え、何も感じないようにさせる薬でした。
自然に子供ができると困るから抑えつけているんだ、リチャードは嘘だらけだとリチャードに対する猜疑心を強めていきます。
一方リチャードも子供たちに対し、これ以上隠し事はできない、何もかも話してしまいたい、許可を求めると地球にメッセージを送りますが、そのメッセージが届くには2週間もかかります。
また船内が時折低い音を立てて軋むのをリチャードは冷却時の音だと言いますが、子供たちの間では宇宙の生命体ではないかという噂が広がっています。
クリストファーとザックはブルーの薬を飲むのをやめました。すると感覚が活性化され、肌のふれあい、さらには異性への意識も芽生え始めていきます。
ある日、レーザー通信装置が故障し、地球と交信できなくなります。船外に出て修理するため、リチャードは技術主任のザックに補佐を頼みます。
しかし、ザックは持ち場に着く前にセラに対する欲情を抑えられず胸を触ってしまい、驚いたセラは抵抗します。そこにリチャードがやってきてザックを引き離し、説明しろと言いますが、ザックはどこかに行ってしまいます。
他のメンバーからザックはブルーの薬を飲んでいないと聞きリチャードは動揺します。
ザックに代わりクリストファーと通信機の修理をすることになったリチャードでしたが、突如何かに襲われたのか、暗い影がよぎり、衝撃と共にリチャードは意識を失います。
エイリアンの仕業か?と子供たちはどよめきます。クリストファーはリチャードをつれ、船内に戻りますが、すでにリチャードは亡くなっていました。
子供たちは動揺しながらも今後どうするか、指揮官が必要だという話になります。
ザックが立候補しますが、医療主任のセラはどうだと誰かが推薦しますが、セラはやりたくないと言います。決まらないので皆で選挙をすることになり、その結果クリストファーが選ばれます。
セラとクリストファーはリチャードの荷物を整理し、食堂に移動すると冷蔵庫が壊れたから腐りそうなものを食べまくろうとザックが言います。ザックとクリストファーだけでなく子供たちのほとんどがブルーの薬を飲まなくなりました。
次第に子供たちは快楽を求め、暴力的になっていきます。クリストファーは何とか統治しようとしますが、抑えられず、ザックは自分についてきたら今よりも食事を与え、身を守ると宣言します。
大多数の子供がザックの側につき、クリストファーやセラの立場は危険になっていきます。何とかしてザックの暴走を食い止めようとします。
映画『ヴォイジャー』の感想と評価
宇宙船という閉ざされた空間で繰り広げられる人間の本質を描いた映画『ヴォイジャー』。
監督を務めたニール・バーガーはヤングアダルト小説の映画化である「ダイバージェント」シリーズも手がけており、『ヴォイジャー』も子供らの設定年齢は18歳であり、青春、成長譚の要素も含まれています。
人工的な受精により生まれた30人の子供たちは生まれた頃から研究所内で同じプログラム、同じ食事を受けて成長していきました。しかしお互いの接触は許されていませんでした。
そんな生活に異変が起き始めたのは彼らが18歳を迎えた頃でした。この船内の中にいる唯一の大人であるリチャードに対し嘘つきだと猜疑心を抱いたり、反発を抱くのは一種の反抗期のようなものかもしれません。
リチャードが同行したいと志願し、もし何かあったときのために子供たちを守りたい、と言っていたのはこのようなことが起こると予感していたからではないでしょうか。
リチャードの部屋にある映像には戦争の映像もありました。リチャードは人間の快楽を求めてしまう愚かさや、怒り、暴力性、そのような側面があることを知っていたはずです。それはいくらプログラムで管理しようと止められないものだと思っていたのではないでしょうか。
リチャードが彼らに教えようとしていたのはそのような人間の本質なのではないでしょうか。リチャードはしきりに善人でいること、善人でいればいつか必ず善が勝つと信じていました。
アリストテレスは、人間はその本性により共同体を形成し、さまざまな仕事を分業して生きる社会的(ポリス的)動物であるといいます。
また、ポリスは共同体を形成し、全ての共同体はなんらかの善を目指して作られており、最善の方法で善を目指そうとする、共同することのできない、必要としないものは全くの獣か神であるといいます。
研究所は秩序が乱れることのないようブルーの薬で快楽や欲望を抑えつけようとしていました。それはリチャードと同じく人間の本能の暴力的な側面を知っており、人間の本質を信用していないとも受け取れます。
30人の子供たちは自らの意志で共同体を形成しているのではなく、与えられたものに従っているだけで彼らの意志は存在していません。
しかし、ブルーの薬を飲むのをやめたことにより初めて彼らは意志を持ち、生を感じ、共同体と対峙するのです。最初に起こったことは一種の父親殺しという通過儀礼ともみれるかもしれません。
『オイディプス王』の例が代表的ですが、神話の世界や映画の中において父親殺しが描かれることは少なくありません。そして最初に指揮官に選ばれたクリストファーに対するザックの嫉妬反発、そして謀反化のような流れは歴史を紐解いても不思議な例ではありません。
30人の子供たち、宇宙船という閉鎖空間で繰り広げられる関係性の縮図は観客に繰り返されてきた歴史、そして今もなお続いている世界という広い共同体での出来事を想起させるのです。
まとめ
宇宙船という閉鎖空間で繰り広げられる若者たちの狂乱を描いた映画『ヴォイジャー』。
若手俳優らが顔を揃えるなかでも特に存在感を放っていたのは本能の赴くままに行動し、力で支配しようとするザックを演じたフィオン・ホワイトヘッドではないでしょうか。
オーディションを経てメインキャストに抜擢された『ダンケルク』(2017)では、役の名前のないある兵士役でありながら観客の視点に近い、戦場を彷徨う等身大の一兵士を演じ、注目を集めました。
『ゴヤの名画と優しい泥棒』(2022)では、主人公ケンプトンの息子役を演じ、父親思いの優しい青年を演じていました。
しかし、本作では今まで見せたことのない、剥き出しの本能、力を求め、弱者を殺しても気にしない横暴なキャラクターを演じています。恐怖ゆえにザックに逆らえない人や、ザックの言葉を信じきっている人などは共同体の集団圧力の怖ささえ感じます。
過去の歴史や、現代社会の縮図を想起させるような怖さもあるスリリングなSFドラマとなっています。