2000年にロシアで実際に起きた原子力潜水艦事故を映画化
『偽りなき者』(2012)、『アナザーラウンド』(2021)のトマス・ヴィンターベア監督が実際の事故を元に、潜水艦クルスクに運命を翻弄された名もなき男たちの実話を描きます。
『レッド・スパロー』(2018)のマティアス・スーナールツ、ダニエル・クレイグ版「007」シリーズのボンドガールを務めたレア・セドゥ、『英国王のスピーチ』(2011)のコリン・ファースなど豪華役者陣が顔を揃えました。
『深く静かに潜航せよ』(1958)から『U・ボート』(1982)、『レッド・オクトーバーを追え!』(1990)、近年では『ハンターキラー 潜航せよ』(2019)など潜水艦映画にハズレなしという言葉があるほど注目されています。
映画『潜水艦クルスクの生存者たち』も極限状態に置かれた男たちのリアルなドラマと、残された家族の悲痛、国同士の攻防戦と目を離せない緊張感の続くエンタメ作となっています。
映画『潜水艦クルスクの生存者たち』の作品情報
【日本公開】
2022年(ルクセンブルク映画)
【原題】
Kursk
【監督】
トマス・ヴィンターベア
【脚本】
ロバート・ロダット
【キャスト】
マティアス・スーナールツ、レア・セドゥ、コリン・ファース、ペーター・シモニスチェク、アウグスト・ディールマックス・フォン・シドー
【作品概要】
『偽りなき者』(2012)、『アナザーラウンド』(2021)のトマス・ヴィンターベアが監督を務め、『プライベート・ライアン』(1998)の脚本を手がけアカデミー賞脚本賞にノミネートされたロバート・ロダットが脚本を務めました。
司令官ミハイルを演じたのは、『名もなき生涯』(2019)、『オールド・ガード』(2020)のマティアス・スーナールツ。
ミハイルの妻役にはダニエル・クレイグ版「007」シリーズのボンドガールを務め、ハリウッドでも活躍するレア・セドゥ。新作は『フレンチ・ ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2022)。
英国の海軍准将デイビッド役は「キングスマン」シリーズや、『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』(2021)など英国を代表する俳優であるコリン・ファースが演じました。
映画『潜水艦クルスクの生存者たち』あらすじとネタバレ
ロシアの北方艦隊に務める海軍軍人のミハイル(マティアス・スーナールツ)は、乗艦員118名を乗せた原子力潜水艦クルスクに乗り込み、軍事演習のために出航します。
最初の会議で魚雷の温度が高いことが報告されますが、特に取り上げられることはありませんでした。その後も温度が上昇し危険視した、乗組員は艦長に発射時刻より先に発射許可を申請しますが、発射許可はおりませんでした。
しかし、その直後魚雷が爆発し、艦内は混乱状態になります。そして数分の間隔をあけて温度の上昇により別の爆弾も爆発、一度目より大きな爆発になりました。
ロシアの軍事演習の動向をチェックしていた英国の海軍准将デイビッド(コリン・ファース)は、地震でも起きたのかと誤解したほどの爆発の威力でした。
ミハイルは各区管に連絡を取りますが殆どは応答がなく……現場に残っている乗組員に、ハッチを閉め、避難するように指示します。
避難して一区画に集まると、ミハイルはパニックになっている乗組員を落ち着かせ、冷静に状況を確認、修理の指示を出します。ポンプを修理し酸素を確保すると一定の時間でハンマーで天井を叩き、生存者がいることを知らせます。
その頃本部では、無人の探索機で生存者の有無と爆発の状況を確認します。全艦のエンジンを止め、何か物音が聞こえないか耳をすましますが音はなく、諦めかけていた頃にハンマーの音が鳴り響きます。
生存者がいることに安堵し、本部は早速救助艦を用意します。
救助艦を用意し始めたロシアの動向を確認したデイビッドは生存者がいると推測し、ノルウェーなどと連携し、救助できる体制を整えていきます。
なぜならロシアの救助艦は3隻、一つは海に沈み、もう一つは売られてタイタニックツアーに使われていたのです。残る一隻は最新のものではなく、救助可能とは思えないからです。
本部に救助艦が到着し、早速救助に向かいます。クルスクの乗組員らも、物音に気づき救助が来たことを喜びます。
しかし、最新式ではない救助艦では全く吸着せず、空気が漏れてしまいます。次第にバッテリーも残ろわずかとなりやむなく諦めて浮上します。
救助が来たと喜んでいたのも束の間、浮上したことに気づいた乗組員らは、絶望に打ちひしがれます。そんな乗組員らをミハイルは、また絶対救助がやってくると鼓舞します。
映画『潜水艦クルスクの生存者たち』感想と評価
2000年に起きた原子力潜水艦事故をもとに映画化した『潜水艦クルスクの生存者たち』。
実際の事件の原因は、魚雷の損傷と結論づけられましたが、後の調査で魚雷の不完全な溶接部分から燃料が漏れ出したと結論づけられています。
劇中では魚雷の温度が上昇している、容態が不安定なので予定より早く魚雷を発射する許可を求める場面があります。
許可はおりず、その後すぐに爆発が起きます。そして爆発による温度上昇により次の爆発が起きます。
後の調査で、司令官の残したメモによって、乗艦していた118名のうち爆発後生存していたのは23名であることがわかります。
本作では、マティアス・スーナールツ演じる司令官ミハイルが、子供と妻に向けて手紙を記す場面が描かれています。
極限状態の中、彼らは生存していたのです。そして生存者がいることもロシアの本部、軍の上層部は知っていました。
そして、ロシアの持つ救助艦が最新設備ではないものであるということも知っていました。
救助艦の吸着部のゴムは長年変えられておらず、使い物にならない状態でした。最初の救助の後、ゴム部分を取り替えバッテリーを充電するために長時間を要しました。
その間も刻一刻と生存者たちが取り残された閉鎖空間では空気が減っていきます。人々の顔には絶望が浮かび、中には無理やりハッチをこじ開けて外に出ようとするものもいました。
比較的浅い海の底にいるとはいえ、深海で生身の人間は生きていられず、ハッチに水が流れ込めば生存者は皆溺れて死んでしまいます。
無理やり外に出ようとするものを抑え、海軍軍人は仲間を見捨てないと必死に鼓舞するミハイル。しかし、次第にミハイル自身も希望を失い始めます。
だからこそ、自分を忘れないでほしいと息子と妻に手紙を遺したのです。
極限状態の男たちの緊迫感が漂う中、本部では機密情報を知られるわけにはいかないと国の事情を優先させ、諸外国の援助を受けようとしません。
家族らに対する説明も言葉を濁すばかりで質問には答えず、海軍軍人は国のために命をかける覚悟はできていると答えます。
涙ながらに訴えるミハイルの妻ターニャ(レア・セドゥ)らを批判し、国を信じていればいいと言っていた、夫も海軍軍人であり、息子も軍人である母親は、次第に国が嘘をついて誤魔化していることに気づき激昂します。
激昂し、上層部に詰め寄る母親を取り押さえ鎮痛剤を打つ場面は、国の圧力の恐ろしさをありありと伝えます。
極限状態にある男たち、そして彼らの身を案じる家族のドラマをしっかりと描きつつ込められる体制への批判は、観客の目をも開かせてくれます。
トマス・ヴィンターベア監督の体制への批判の描き方の見事さはラストのシーンに表れています。
葬式にやってきた軍の上官は、遺族の子らに一人一人握手をしていきます。しかし、ミハイルの息子の番になった時、手を差し出さなかったのです。
握手を拒絶することで明確な非難の意志を示した息子の態度に続き、子供たちは皆握手を拒否します。
自分たちは騙されない、騙した政府を許さないと強い意志が感じられ、希望を感じさせるヒューマンドラマになっています。
まとめ
潜水艦という閉ざされた空間で、生き延びようと様々な手段を尽くすミハイルらの緊迫した空間はなんとか生き延びてほしいと祈らずにはいられません。
国への不信感を募らせていく家族らと対照的に、ミハイルら軍人は最後まで海軍の仲間、国を信じていました。
海軍軍人は最後まで仲間を見捨てない。自分が地上にいる立場だったら絶対見捨てずに救助をするとミハイルは強く信じ生存者たちを鼓舞します。
しかし、みごとにその国に見捨てられます。国は生存者よりも自国の機密がバレることを危惧したのです。
また、劇中では海軍の訓練不足、不十分なまま乗艦してしまった部分も描いています。
生存者の中にいる若い乗組員は、非常用のカートリッジについて簡単な説明しかされず、取り扱い方をきちんと理解していませんでした。
カートリッジは水に濡れると火事を起こし、火事は酸素を奪ってしまいます。
実際の調査で潜水艦クルスクには火事の形跡があり、そのような取り扱いの不注意で火事が起きたのではないかとされています。
そのような乗組員への訓練不足、設備の不足がこのような事件の背景にあることもきちんと描いています。