Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

インタビュー特集

Entry 2022/02/15
Update

映画『オペレーション・ミンスミート』ジョン・マッデン監督インタビュー:実話の奇想天外な作戦を通じて“フィクションが生み出すもの”を描く

  • Writer :
  • ほりきみき

コリン・ファース主演『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』は2022年2月18日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開!

第二次世界大戦時、なんとかナチスを倒したい英国諜報部(MI5)は「高級将校に仕立てた死体に機密文書を持たせ、偽の情報を流す」という前代未聞の欺瞞作戦を実行しました。

発案者はのちに「007」シリーズを書き上げ、ジェームズ・ボンドの生みの親であるイアン・フレミング。“オペレーション・ミンスミート”と呼ばれた作戦は秘密裏に実行され、戦後長らく極秘扱いされてきました。


(C)Haversack Films Limited 2021

まさにスパイ映画のような実話が、コリン・ファース主演で映画化。それが『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』です。

ベストセラーとなった原作小説の映画化権を獲得したプロデューサーのイアン・カニングは『恋におちたシェイクスピア』で一緒に仕事をしたジョン・マッデン監督に作品を託しました。このたび日本での公開を機に、ジョン・マッデン監督にお話をうかがいました。

都市伝説的に知られていた“オペレーション・ミンスミート”


(C)Haversack Films Limited 2021

──“オペレーション・ミンスミート”という実際に実行された作戦のその内容には驚きました。日本ではあまり知られていませんが、イギリスではよく知られた事実なのでしょうか。

ジョン・マッデン監督(以下、マッデン):僕は戦後生まれで当時のことを知りませんが、「死体が関わった作戦があった」ということはUKやヨーロッパで都市伝説的に知られていました。

しかし、バトル・オブ・ブリテンやノルマンディー上陸作戦と違い、ミンスミート作戦がなぜ実行されたのか、どんな内容だったのかということまではほとんど知られていません。

僕としては作戦の展開のその結果を知らない方が多いので、映画として最後までハラハラドキドキしてもらえることはありがたかったです。

小さな部屋で作られた“フィクション”と大きな効果の対比


(C)Haversack Films Limited 2021

──戦争映画といえば、最前線で戦う兵士が描かれることが多いですが、本作は極秘の欺瞞作戦の指揮を執る人々を描いています。「策略・謀略」という題材をエンタメ性をもって描くため、映画化にあたってどのようなことを意識されましたか。

マッデン:策略を計画していく段階を描いた映画だと聞くと、頭で考えている場面が多く、動きが少ないのではないかと思うかもしれません。しかし「死体を架空の将校に仕立て上げ、ヒトラーを騙すために偽文書を持たせ、ナチスの勢力圏内の海岸に漂着させる」という作戦は奇想天外で笑えるじゃないですか。

これに現実味を持たせるよう、でっち上げた架空の高級将校の細かな設定作りに没入していくうちに、登場人物たちは現実が見えなくなる。それが彼らの人間関係を予測もしなかったエモーショナルな方向に進ませてしまう。フィクションとは何なのかということに迫るストーリーテリングの作品になっています。

しかもミシェル・アシュフォードが書いた脚本にはさまざまなトーンがあるので、「戦争映画」だと言われただけでは考えもつかないような豊かさがあります。また小さな部屋で架空の人物というフィクションを作っている人々と、彼らが作ったフィクションがもたらす大きな効果の対比が、戦争の物語としてすごく興味深い。これも映画の構造に持ち込むことにしました。

この物語を映画にするのは自分にとって挑戦になると思いましたが、映画的にユニークな形で戦争の物語を描けたのではないかと自負しています。

主人公2人の間に生まれた兄弟的な絆


(C)Haversack Films Limited 2021

──主人公のユーエン・モンタギュー少佐とチャールズ・チャムリー空軍大尉は経歴も性格も正反対です。しかしモンタギューは弟、チャムリーは兄のことで心に葛藤を抱えており、その複雑な思いが互いの関係と重なっていました。

マッデン:モンタギューはとても気さくで顔も広い。一方でチャムリーは孤立気味で扱いにくく、2人はタイプが全然違う。

しかし、どちらも戦場に行って英雄になりたいと思っているものの、モンタギューは年齢から、チャムリーは身体的な理由から叶わない。さらに2人の人生を複雑にしているものの中核に、それぞれの兄弟の存在がある。そして本心を明かさないところが、実は似ているのです。

この作品はいろいろな物語が複雑に展開していて、それを1つの映画にするというのは、まるで錬金術のような感覚でした。

それでも物語が展開する時のベースにあるのは、クールな関係性である2人の間に生まれる兄弟的な絆。この物語には間違いなくシンメトリーがあり、チャムリーの兄の葬式にモンタギューが行くのも、「すべてのことを経て、今彼らはこういうところにいる」というメタファーになっています。

女性たちの「情報戦」における役割の重要性

映画メイキング写真より


(C)Haversack Films Limited 2021

──へスターとジーンは年齢もタイプも違いますが、この2人の間にも絆が結ばれていきましたね。

マッデン:へスターとジーンも脚色はあるものの、実在の女性です。ヘスターはモンタギューの法廷弁護士事務室で事務職員をしていましたが、とても有能だったので情報部でも彼の下で働くことになりました。作戦の中枢を担う13号室の主要メンバーとして、モンタギューをサポートしました。

そのヘスターの提案により、架空の人物である“英国海兵隊のビル・マーティン少佐”をより本物らしくするために「恋人の写真」を持たせることになります。海軍省勤務のジーンは自らの写真と引き換えに作戦への参加を求め、“パム”と名付けられた恋人の人物像を作っていきました。

ところがチャムリーがジーンに惹かれ、一方でビルとパムの関係がモンタギューとジーンの関係にオーバーラップし始める。

エモーショナルな人間関係にみんながはまっていき、周りが見えなくなっていくということが起きるわけですが、ヘスターは彼らの心理や感情をうまく引っぱっていき、いろいろな意味で神経中枢的な役割を果たします。そしてヘスターとジーンの絆も強いものになっていく。その辺りも意識して描きました。

──ヘスターとジーンだけでなく、本作では諜報機関で働く女性が何人も登場し、「情報戦」における彼女たちの使命感にあふれた働きぶりが印象的でした。

マッデン:男性は戦地で戦い、女性が国内外の通信、暗号の解読などの役割を担う。それが第二次世界大戦当時の現実だったわけです。

ただ、それまで自身の実績を見せる機会のなかった当時の女性たちにとって、それはある意味大きなチャンスでもありました。女性たちの役割の重要性は豊かですし、パワフルです。これにミシェルも興味を持ち、脚本の中で掘り下げた結果が本作でもあるのです。

インタビュー/ほりきみき

ジョン・マッデン監督プロフィール

1949年4月8日生まれ、イギリス・ポーツマス出身。1993年、リーアム・ニーソンとパトリシア・アークエット出演の『哀愁のメモワール』で長編映画初監督。

1997年に監督を務めたジュディ・デンチ主演『Queen Victoria 至上の恋』がアカデミー賞主演女優賞など2部門ノミネート、英国アカデミー賞では作品賞ほか8部門にノミネートされ、主演女優賞ほか2部門を受賞。

1998年の監督作『恋におちたシェイクスピア』では、アカデミー賞作品賞他7部門、ゴールデン・グローブ作品賞(コメディ/ミュージカル部門)ほか3部門、英国アカデミー賞作品賞ほか4部門など多くの賞を受賞している。

映画『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』の作品情報

【日本公開】
2022年(イギリス映画)

【監督】
ジョン・マッデン

【脚本】
ミシェル・アシュフォード

【原作】
ベン・マッキンタイアー

【キャスト】
コリン・ファース、マシュー・マクファディン、ケリー・マクドナルド、ペネロープ・ウィルトン、ジョニー・フリン、ジェイソン・アイザック

【作品概要】
第二次世界大戦時の英国諜報部(MI5)がチャーチル首相に「死体を高級将校に仕立て上げ、偽の文書を持たせてヒトラーを騙す」という欺瞞作戦を提案・実行した実話を映画化。原作は英国の作家ベン・マッキンタイアーが書いたベストセラー『ナチを欺いた死体 – 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』。

作戦を指揮したモンタギューを『キングスマン』のコリン・ファース、モンタギューのバディとして、時に対立しながらも友情を深めていく MI5所属のチャムリー大尉を『エジソンズ・ゲーム』のマシュー・マクファディンが演じた。

作戦成功のカギを握るワケありの女性諜報員ジーンには、『T2 トレインスポッティング』のケリー・マクドナルド。さらに「ダウントンアビー」のペネロープ・ウィルトン、『ホテル・ムンバイ』のジェイソン・アイザックスなど英国の名優が共演。

監督は『恋におちたシェイクスピア』のジョン・マッデン。脚本は「ザ・パシフィック」でエミー賞に輝いたミシェル・アシュフォード。音楽はアカデミー賞15度ノミネートを誇る『007 スカイフォール』のトーマス・ニューマン。

映画『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』のあらすじ


(C)Haversack Films Limited 2021

第二次世界大戦時、1943年、イギリスはナチスを倒すため、イタリア・シチリアを攻略する計画を立てていた。だが敵の目にも明らかな戦略目標であるシチリア沿岸はドイツ軍の防備に固められている。

状況を打開するため、英国諜報部のモンタギュー少佐(コリン・ファース)、チャムリー大尉(マシュー・マクファディン)、イアン・フレミング少佐(ジョニー・フリン)らが練り上げたのが、欺瞞作戦“オペレーション・ミンスミート”だった。

「イギリス軍がギリシャ上陸を計画している」という偽造文書を持たせた死体を地中海に流し、ヒトラーをだますという奇策。彼らは秘かに手に入れた死体を“ビル・マーティン少佐”と名付け、100%嘘のプロフィールをでっち上げていく。

こうしてヨーロッパ各国の二重・三重スパイたちを巻き込む、一大騙し合い作戦が始まった。



関連記事

インタビュー特集

映画『GREEN GRASS生まれかわる命』イグナシオ・ルイス監督インタビュー|日本・チリをつなぐ“遠き地の地震”という記憶ともう一つの“共有できた記憶”

映画『GREEN GRASS 生まれかわる命』は2023年9月22日(金)より池袋HUMAXシネマズ他で全国順次公開中! 日本・チリ修好120周年記念事業として製作が開始され《映画界史上初》の日本・チ …

インタビュー特集

【三木聡監督×六角精児インタビュー】映画『コンビニエンス・ストーリー』成田凌と前田敦子のさりげない気遣い、南雲という“二律相反”で“人間的”なキャラクター

映画『コンビニエンス・ストーリー』は2022年8月5日(金)よりテアトル新宿ほかにて全国公開! 成田凌主演の異世界アドベンチャー映画『コンビニエンス・ストーリー』。若き脚本家が人里離れたコンビニ店に迷 …

インタビュー特集

【中丸シオン×高橋真悠インタビュー】映画『VAMP』キャスト陣が気づいた登場人物たちとリンクしてゆく絆

映画『VAMP』は2019年8月23日(金)より「第6回夏のホラー秘宝まつり2019」にて上映! ホラー映画マニアもホラー映画に疎い映画ファンも、そのホラー映画に対する審美眼と愛に感服してしまうほどの …

インタビュー特集

【谷英明インタビュー】映画『翼の生えた虎』主人公に近しい“当時の自分”をみられる思い出深い作品となった理由

映画『翼の生えた虎』は2022年8月20日(土)より池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開! 冒険小説家を目指していた主人公が現実の厳しさに直面し、傷心を抱えて15年ぶりに故郷へ。そこで出会った親子との …

インタビュー特集

【チェン・ホンイー(陳宏一)監督インタビュー】台湾の恋愛映画『台北セブンラブ』の日本公開に寄せて

”この映画は他の映画とは少し違う台湾映画です” 陳宏一(チェン・ホンイー)監督の長編第三作目にあたる映画『台北セブンラブ』(2014/原題:相愛的七種設計)が5月25日(土)からアップリンク吉祥寺と大 …

U-NEXT
【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学