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Entry 2022/11/05
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映画『エゴイスト』あらすじ感想と評価考察。鈴木亮平と宮沢氷魚の熱演で故・高山真の自伝的小説の世界を実写化|TIFF東京国際映画祭2022-7

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  • 20231113

第35回東京国際映画祭『エゴイスト』

2022年にて35回目を迎える東京国際映画祭。コンペティション部門に『トイレのピエタ』(2015)の松永大司監督最新作が登場しました。

その映画はエッセイストの高山真の同名の小説が原作の『エゴイスト』。男性同士の愛とその行方を描いた映画ですが、このタイトルは何を意味するのでしょうか。

本作は東京国際映画祭における上映が”ワールド・プレミア上映”となり、2023年2月10日(金)より劇場公開が予定されています

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2022』記事一覧はこちら

映画『エゴイスト』の作品情報


(C)2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

【製作】
2022年(日本映画)

【監督・脚本】
松永大司

【キャスト】
鈴木亮平、宮沢氷魚、柄本明、阿川佐和子

【概要】
さまざまなテーマを愛と毒のある切り口で、コラムとして発表してきた高山真。彼の自伝的小説を映画化した作品です。

男性同士の愛から始まる物語に取り組んだのは、性同一性障害を抱えるアーティストを紹介したドキュメンタリー映画『ピュ~ぴる』(2010)を監督し、『ハナレイベイ』(2018)や『アジア三面鏡2018 Journey』(2018)などを手がけた松永大司。

孤狼の血 LEVEL2』(2021)の怪演が話題の鈴木亮平と、『グッバイ・クルエル・ワールド』(2022)など実写映画に加え、『僕が愛したすべての君へ』(2022)『君を愛したひとりの僕へ』(2022)で声優としても活躍の宮沢氷魚が男性カップルを演じました。

流浪の月』(2022)などに出演の柄本明、『HOMESTAY(ホームステイ)』(2022)などに出演の阿川佐和子の、日本を代表する名優が共演した作品です。

映画『エゴイスト』のあらすじ


(C)2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

千葉の田舎町で、14歳で母を亡くし父の義夫(柄本明)に育てられた浩輔(鈴木亮平)。彼は故郷でゲイである自分を押し殺しながら、辛い時期を過ごしてます。

そんな自身を鎧で守るように、自身を衣服や鍛えた肉体で飾り立てることを覚えた浩輔は、成長すると東京に出てファッション誌の編集者として活躍、成功を収めて自由気ままな日々を過ごしていました。

ある日、自身のパーソナルトレーナーとして母子家庭で育った龍太(宮沢氷魚)と出会う浩輔。やがて2人は魅かれ合うようになります。

彼らの関係は深まりました。体の悪い母・妙子(阿川佐和子)を献身的に支える龍太を助けようとサポートを申し出る浩輔。そんな彼の姿勢に戸惑い、心をかき乱された龍太もやがてその思いを受け入れました。

こうして心身ともに互いを深く許し合う仲になる2人。親思いで健気な龍太と共に過ごす内に、浩輔は身を守る鎧を脱ぎ捨て、心を開放し人を愛する喜びを知ります。

ある日、龍太とドライブに出かける約束をした浩輔。しかし、龍太は姿を現しません…。

映画『エゴイスト』の感想と評価


(C)2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

映画ファンを圧倒する怪演と、役作りには肉体改造も辞さない姿勢で知られる鈴木亮平。

俳優としての活動を目指しながらも、芸能活動の第一歩として『MEN’S NON-NO』専属モデルオーディションでグランプリを獲得、同誌専属モデルとしてデビューした宮沢氷魚。

この2人が愛し合う男を演じると聞けば、多くの人が間違いなく興味を抱くでしょう。

松永大司監督は東京国際映画祭で本作上映終了後に登壇し、観客とのQ&Aに応じて自作について語っています。

鈴木亮平を起用した理由について尋ねられ、彼とは自分が監督になる前、そして彼が俳優になる前からの友人だと答える監督。

「私は彼が役者として見せる一面と、プライベートで見せる一面が異なることを知っています」

「(役者から)無いものを引っ張り出すことは出来ません。僕がキャスティングで大事にしているのは、俳優から個性などの持っているもの、役に必要なものを僕が引き出せるかです

「それが僕にとっての演出です。本作の主人公の浩輔に必要な要素を、鈴木亮平は持っていると思いました」

2人の俳優が登場人物になりきり自然に愛し合う姿を演じる


(C)2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

同性愛を扱った本作に興味深々、という方も多いでしょう。しかしセンセーショナルな題材だけに、クリエイターはこのテーマに慎重に向き合わざるを得ません。

本作は自ら望んで監督したものなのか、それとも持ち込まれた企画かと聞かれた松永監督はこう説明しています。

「この映画はプロデューサーから監督しないか、とオファーされた作品ですが、脚本を読むとセクシャリティを扱いながらも家族のあり方、愛のあり方を語る映画でした」

映画の終盤で阿川佐和子さんが演じる妙子が、愛について語るシーンがあります。これを読んで映画化したいと考えました」。

また監督は、この題材に取り組むことを決断した別の理由を語っています。

「私たちが生きる現代の日本社会には、本来は当事者たちの問題を第3者が結論付け、ジャッジを下す。そんな行為が世界を生きにくくしている風潮があります」

当事者間で幸せに思っているなら、社会や他者がそれは身勝手だ、などと言う必要な無いんじゃないか。そう思うことがあったので、それがこの企画への参加のきっかけになりました」

映画製作が始動すると、浩輔と龍太の2人の登場人物のバランスを考慮した結果、鈴木亮平と宮沢氷魚にオファーしたと説明する監督。

「キャラクターの土台を作るディスカッションをクランクイン前に行い、撮影に臨みました」

「毎作品やる事ですが、クランクインの前にリハーサルをかなり行います。シナリオに書かれたシーンではなく、その前後のシーンをやってキャラクター作りを行う。このエチュード(練習)の作業を相当行いました」

つまりセリフを覚える、最初に意図した形に忠実に動くことよりも、キャラクターになりきってその人物はどう考え、どう振る舞うかを重視して準備を進めました。

「セリフを言ってもらうところと、キーワードを言ってもらうところ…キーワードを言うと後は即興で演じてもらう。そういう作り方をしたシーンの両方が、今回の作品に存在します」

「完成した作品の1/4くらいは、シナリオに全くないシーンでその場で作りました」「そういう意味ではフィクションとドキュメンタリーのジャンルを行ったり来たりしている自分の経験が、本作に生かされていると思います

鈴木亮平と宮沢氷魚は、自然なリズムで演技していると観客は感じるでしょう。この状況であれば主人公・浩輔はこう振る舞うだろう。余計な前ふりも無くそんな姿を見せたのは、演じた鈴木亮平と松永監督の共同作業の賜物でしょう。

顔を大きく映すクローズアップのシーンが多いと指摘された監督は、撮影前にスタッフ全員にダルデンヌ兄弟の映画『息子のまなざし』(2002)を見て参考にして欲しい、と伝えて現場に入ったと説明します。

「自分がドキュメンタリー出身ということもありますが、今回の映画は全シーンが1シーン1カットで取られています。カメラマンにも全てを撮らなくていい、と伝えました」

「自分の挑戦として、クローズアップにすることは色んな物を省くことですが…、それをどこまで観客の想像で補うことが出来るか。音だったり、役者の表情で画面に無い物を補う作業は、素晴らしい役者との共同作業なら挑戦できると思ったのです」

無駄の無い画面で淡々と繰り広げられる、他者を思う愛の物語は映画の進行と共に、徐々に観客の心に染み入ってきます。

まとめ


(C)2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

男同士の愛を美しく描いた…それは前半では激しい絡みのシーンで、中盤以降は他者を思いやる姿を通じて描いた『エゴイスト』。

そんな物語のタイトルがなぜ『エゴイスト』なのか…。その意味は映画を見てご確認下さい。

クローズアップのシーンが多いことについて、松永大司監督はその意図をこう説明していました。

「クローズアップが多いのは、映画を観客に客観的に見てもらうより、もう少し身近な世界の出来事、本当に手が届きそうな距離の出来事の物語として描いたからです

鈴木監督が狙い通り映画に登場した人々は、実は我々の近くにいる存在だという実感は、本作をご覧になれば確実に伝わるでしょう。

さて、私はジャンル映画が大好きな人間です。B級映画などジャンル映画ファンは、濡れ場・ラブシーンなどを「良かった」「凄い!」などと無邪気に評価し喜んでいました。

現在は時代と価値観の変化を受け、性描写にも様々な配慮が必要になっています。そういった時代に、本作が描いた「男性同士のラブシーン」の評価は、難しい性格を持つものかもしれません。

しかしジャンル映画を愛するように、そういったシーンの価値を信じる私が本作のラブシーンを評価しましょう。

本作に登場するラブシーンは激しく濃厚で、美しく描かれた見る価値のあるものです。そして、そのシーンはその後のストーリーの展開に大きな影響を与える、意味を持ったシーンです

このシーンを熱演した鈴木亮平と宮沢氷魚、演出した松永監督は正当に評価されるべきです。どうぞ関心のある方は、期待を胸にご覧下さい。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2022』記事一覧はこちら





増田健(映画屋のジョン)プロフィール

1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。

今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn

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