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Entry 2021/11/07
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映画『川っぺりムコリッタ』あらすじ感想と評価考察。富山をロケ地に松山ケンイチがゆるく切ないキャラを演じる|TIFF2021リポート1

  • Writer :
  • 増田健

『川っぺりムコリッタ』は、東京国際映画祭2021のNippon Cinema Nowにて上映!

2021年、舞台を日比谷・有楽町・銀座地区に移し実施された東京国際映画祭。話題の日本映画を集めた企画”Nippon Cinema Now”上映作品の中に、『かもめ食堂』(2006)や『彼らが本気で編むときは、』(2017)の、荻上直子監督の最新作が登場しました。

その作品こそ富山を舞台に描かれた映画『川っぺりムコリッタ』。荻上監督が2019年に発表したオリジナル長編小説を、自ら脚本を書き映画化した作品です。

主演に松山ケンイチを迎え、本年公開が予定されていた本作。今回の東京国際映画祭での上映を経て、2022年の全国劇場公開が決定しました。

【連載コラム】『TIFF2021リポート』記事一覧はこちら

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映画『川っぺりムコリッタ』の作品情報


(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

【公開】
2022年(日本映画)

【原作・監督・脚本】
荻上直子

【キャスト】
松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、江口のりこ、黒田大輔、知久寿焼、北村光授、松島羽那、柄本佑、田中美佐子、薬師丸ひろ子、笹野高史、緒形直人、吉岡秀隆

【作品概要】
“ムコリッタ(牟呼栗多)”とは仏教で使われる時間単位のひとつ。「1/30日=2880秒=48分」を意味します。生と死の間にある時間に、このムコリッタと呼ばれる時間を当てはめてみた、と語る荻上直子監督。

富山県のとある町の川っぺりのそばにあるアパートを舞台に、平凡だが少し奇妙な日常生活を送る人々を描いた、実に荻上監督作品らしい雰囲気が漂う映画です。しかし劇中に登場する人物たちは、様々な過去を背負っていました。主演は『怒り』(2016)や『BLUE/ブルー』(2021)などの、演技力に定評のある松山ケンイチが務めます。

共演は初主演作『マイ・ダディ』(2021)が注目を集めるムロツヨシ、『最高の人生の見つけ方』(2019)において、若き日の吉永小百合の姿を演じた満島ひかり、『護られなかった者たちへ』(2021)の吉岡秀隆、緒形直人ら実力派俳優が出演した作品です。

映画『川っぺりムコリッタ』のあらすじ


(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

富山県のある町にある、”イカの塩辛”工場で働き始める山田たけし(松山ケンイチ)。工場の沢田社長(緒形直人)は山田の過去を承知の上で、彼を従業員として受け入れました。

沢田社長に紹介されるままに、1人娘と暮らす大家の南(満島ひかり)が経営する安アパート「ハイツ・ムコリッタ」で暮らし始める山田。彼は周囲の人間を関わらず、ささやかに生きていこうと決めていました。

風呂あがりに牛乳を飲んで、炊き立てご飯にイカの塩辛のささやかな食事をとろうとした時、家庭菜園で野菜を育ている隣人、島田(ムロツヨシ)が押しかけてきました。ずけずけと部屋に入り込む島田に困惑する山田でしたが、いつの間にか彼を受け入れます。

改めて周囲を見回すと、馴れ馴れしい態度の島田も、訳ありな雰囲気の大家の南も、売れそうにない墓石をセールスする溝口(吉岡秀隆)とその幼い息子も、皆が貧しく少し奇妙な人ばかり。

近くの川っぺりには野宿して暮らす者もいる環境で、慎ましくささやかに生きる人たちに囲まれ、新たな生活を始めた山田はいつの間にか彼らと交流していました。

ある日山田の元に通知が届きます。それは幼い頃に彼を捨て縁が切れたと信じていた、僅かな記憶しか無い父の孤独死を知らせるものでした。気は進まないものの、島田に説得され遺骨を引き取った彼は、父が残した携帯電話に”いのちの電話”への通話履歴が残っていると気付きます。

自分の元から去った父は、孤独に自殺したのだろうか。その後母にも捨てられ、以来1人で生きていた山田の胸中に複雑な思いが沸き上がりました。

それでも島田や周囲の人々と共に、不器用ながらも日々を生きる山田。しかしある日彼がこの町に現れ、”イカの塩辛”工場で働き始めた理由が、親しくなった島田に知られてしまいます。

改めて自らの過去に向き合った山田は、周囲の人々も様々な事情を抱えて生きていることに気付きます。ゆるく、穏やかに「ハイツ・ムコリッタ」で生活する人々の日常は、これからも平穏に続くのでしょうか…。

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映画『川っぺりムコリッタ』の感想と評価


(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

ゆるく生きる人々の日常を描く

ぴあフィルムフェスティバルで高く評価され、『バーバー吉野』(2004)で長編映画デビューを果たした荻上直子監督。フィンランドのヘルシンキを舞台にした映画『かもめ食堂』で、幅広い層から支持され人気を確立します。

ゆるく穏やかな日々を生きる、平凡だが奇妙な人々の姿を温かく描いた荻上監督作品を、日本で最も成功した「癒し系映画」と紹介しても異論は出ないでしょう。映画公開後、”かもめ食堂”はテレビCMで再現され登場するほど人気の存在でした。

そしてヘルシンキの”Ravintola Kamome(かもめ食堂)”は、日本人観光客が集まる場所となりました。”Ravintola Kamome”はパンデミックを乗り越えて今も健在、また日本から多くの人々が訪れる場所になるでしょう。

ゆるく日常を描く作品は昔から人気ですが、「空気系(日常系)」という言葉が使われ出した2000年代から、日本のアニメ・ドラマ・映画に広く登場しています。「空気系」という言葉は、現代日本サブカルチャーの1分野を紹介するものとして、広く世界に知られています。

その「空気系」実写映画・ドラマの第一人者として知られる荻上監督。その魅力は本作でも健在で、期待して鑑賞する方々を充分満足させるでしょう。

奇妙な人々が集う場所として選ばれたロケ地の富山県、そして塩辛工場(および食卓に登場する”イカの塩辛”)は絶妙の存在です。この雰囲気こそ”荻上ワールド”そのものです。

不器用な松山ケンイチ、他人との距離感がおかしいムロツヨシ、どうにもズレた存在の吉岡秀隆、しっかり者のようで何かがある満島ひかり。

彼らを取り巻く人々もまた、平凡なようで奇妙な何かを持っている。しかし彼らは日常を生きている。この独特の空気感が穏やかな富山の風景をバックに見事に描かれました。

脚本を書く段階では、どの俳優を起用するか決めていなかった荻上監督。しかしイタリアのウディネ映画祭で見かけた、松山ケンイチの姿に「こいつしかいねえ!」と確信した、と運命的出会いを本映画祭のQ&Aにて語っています。

日常を生きる人々にエールを送る佳作

荻上直子監督


東京国際映画祭 プロモーショングループ

しかし本作は日常のささやかな幸せを、「平穏」を生きる人々を描いた作品ではありません。

前作『彼らが本気で編むときは、』では、従来と同じく登場人物の日常を描きながらも、LGBTの家族のあり方を問いかける意欲作でした。

この作品を紹介する際に、癒し系・スローライフこそが自らの過去作のイメージと認めながらも、「もはや、癒してなるものか!」と、人生においても映画監督としても第2章の始まりを宣言してみせた荻上監督。

それに続く映画『川っぺりムコリッタ』も、穏やかな風景を持つ一方で氾濫すれば周囲を押し流す「川っぺり」に、仏教用語の「ムコリッタ」を組み合わせたタイトルです。登場人物は死の重みを背負い、時には生の辛さを感じて日々を過ごす人々を描きました。

ゆるい日常は時に笑いを与えてくれますが、同時に何か緊張感をはらんだものとして描かれます。死者への想いを背負って生きる人々。自らの日常は生きるに値するものか、その疑念が時に登場人物を捉えて離しません。

荻上監督の「空気系」映画がもてはやされ、人々の心を掴んだ2000年代と比べると、生き辛さを感じる人々が増えた社会に変貌した日本。悲しい事に誰もがそれを実感しているでしょう。

現代日本の片隅で、貧しく日々を生きる事の意味とは。身近な人の死を背負って生きるには、この世は辛い場所かもしれない。悲しいかな多くの人の心にそんな疑念がよぎります。

それでも、人はゆるく、穏やかに生きて良いのだ。そんな日々に意味はあるのだ。との温かいメッセージが『川っぺりムコリッタ』にあふれています。本作を体験した観客は心をかき乱されるでしょう。その上で、我々は平凡な日々を過ごして良いのだとの、監督からのメッセージを受け散ることでしょう。

荻上監督の人生、そして映画製作の第2章は、着実な歩みを見せているようです。

まとめ


(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

生き辛くなった日本で時に苦悩を抱えながらも、ゆるく平凡な日々を生きて良いのだ、とのメッセージを与えてくれる映画『川っぺりムコリッタ』。

過去の荻上監督作品と比較すると、重いテーマを扱っているのは確かです。それでもなお、観客を優しい気分に包み日常を生きる喜びを思い出させてくれる、監督の言葉に反して「癒しを与えてくれる」逸品です。

本作の劇中に重要なモチーフとして登場する故人の遺骨。笑いの対象にもなりますが、大きな衝撃を与えるシーンにも登場すると紹介させて下さい。

そして「空気系」映画といえば、顔を突き合わせ日常を生きる人々と、その周囲を描くものです。しかし世の中には顔を合わせることなく生きる、様々な人々が周囲に存在しています。

この映画には”いのちの電話”が登場します。そして劇中では離れてしまった人と人をつなぐ、重要な存在として「電話」が登場します。

その描き方は従来の作品とは異なった、実に深い意味を与えられたものでした。『川っぺりムコリッタ』は間違いなく荻上監督の、第2章に位置づけられる作品です。ぜひそれを体験して下さい。

【連載コラム】『TIFF2021リポート』記事一覧はこちら




増田健(映画屋のジョン)プロフィール

1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。

今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn

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