佐藤健が殺人事件の容疑者を熱演する社会派ミステリー
『護られなかった者たちへ』は、作家中山七里の同名小説を『8年越しの花嫁 奇跡の実話』の主演・佐藤健と瀬々敬久監督のコンビで映画化したものです。
東日本大震災から9年後に起った連続殺人事件。震災後の生活苦から生活保護を求める人々が増え、あいつぐ申請上のトラブルも発生します。日本の生活保護制度の欠陥に迫る社会派ミステリー。
佐藤健が容疑者の利根役、阿部寛が利根を追う刑事・笘篠役を演じるほか、キーマンの円山に清原果耶、生活保護を断られて死亡する老女けいに倍賞美津子が扮します。吉岡秀隆、林遣都ら実力派も脇を固めています。
CONTENTS
映画『護られなかった者たちへ』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作】
中山七里
【監督】
瀬々敬久
【脚本】
林民夫、瀬々敬久
【音楽】
村松崇継
【主題歌】
桑田佳祐
【キャスト】
佐藤健、阿部寛、清原果耶、林遣都、永山瑛太、緒形直人、岩松了、波岡一喜、奥貫薫、井之脇、宇野祥平、黒田大輔、西田尚美、千原せいじ、原日出子、鶴見辰吾、三宅裕司、吉岡秀隆、倍賞美津子、石井心咲
【作品情報】
作家中山七里の同名ミステリー小説『護られなかった者たちへ』を、『糸』(2020)『友罪』(2018)、『64 ロクヨン 前編』(2016)、『64 ロクヨン 後編』(2016)などの瀬々敬久監督が映画化しました。
主演を務める容疑者・利根役の佐藤健とは、2017年の『8年越しの花嫁 奇跡の実話』以来となるコンビを復活。共演として、阿部寛が利根を追う刑事・笘篠役を演じるほか、清原果耶、倍賞美津子、吉岡秀隆、林遣都らが脇を固めます。
映画『護られなかった者たちへ』のあらすじとネタバレ
2011年3月、東日本大震災が起こります。宮城県では津波被害から逃れた人々が小学校に避難していました。
家族を心配して駆けつけてきた宮城県警捜査一課の笘篠誠一郎(阿部寛)の姿もありました。教室の中で座り込んでいる人々の中に、妻と息子がいないか捜しますが2人はいません。
笘篠の後ろ姿をいぶかし気に見送っている一人の若者がいます。彼は居場所を求めて校舎内を歩きますが、教室の隅っこで小さくなって座り込んでいる黄色いジャンパーの子供を見つけ、「あれ?」という表情を浮かべました。
若者はそのまま、黄色いジャンパーの子供のそばに座り込みました。
あの日から9年。笘篠誠一郎の妻と子供は、9年前の東日本大震災で行方不明のままです。
笘篠は、家族を護ると大言壮語したものの助けることが出来なかったという自責の念を、仕事に没頭することで紛らせていました。
ある日、仙台市の老朽化したアパートの空き部屋で男の死体が発見されます。その男は手足をがんじがらめに拘束され、餓死していました。
被害者は、三雲忠勝。仙台市青葉区保健福祉センターの課長で、公私ともに善人と評判の人物でした。
笘篠と後輩の蓮田は、三雲の勤める保健福祉センターに聞き込みに向かいます。会社での三雲もやはり、上司からも部下からも信頼され、仕事にも真面目な人物のようです。
三雲の部下の円山幹子(清原果耶)が、保健福祉センターの仕事について教えてくれました。
東日本大震災後、県内の生活困窮者が仙台市に流れ、仙台市の生活保護率は、予算削減にも関わらず上がる一方だというのです。
「本当に生活保護が必要な人には行き渡らず、逆に不必要な人に受給される現実もあります」。円山は、厳しい社会の現状を嘆いているかのようでした。
国民の血税で賄われる生活保護費だからこそ、その運用や可否判断は疎かにできるものではありません。申請者の厳正は、職員にとっても責任ある仕事でした。
第二の事件はそれからすぐに起ります。被害者は、杜浦市福祉保健事務所の元所長・城之内猛。
小屋に拘束されて放置された城之内の死因は、三雲同様、餓死でした。またしても続く善人と呼ばれる死に、警察の捜査は難航します。
一方、9年前に小学校に避難していた若者・利根泰久は、更生保護司の櫛谷貞三の紹介で、鉄工所を訪ねていました。社長は利根に、面白半分に刑務所に入った理由を聞いてきます。
「放火です。対応が悪いので」。「殺人と放火犯はねぇ」としぶる社長でしたが、利根はなんとか仕事をさせてもらえることになります。
利根が思い出すのは、9年前の避難所暮らしです。そこで親身になって利根を気遣ってくれた老女・遠島けいと、黄色いジャンパーの子供、カンちゃんとの出会いがあり、その日々は心温まるものでした。
連続殺人事件の進展がないまま、笘篠と蓮田は、2人の共通点を調べ上げ、8年前に2人が杜浦市福祉保健事務所で同時期に働いていた過去を突き止めました。
生活保護申請問題のトラブルが原因と睨んだ笘篠は、もう一度、円山に聞き込みに向かいます。円山は「ケースワーカーという業務に一緒に同行して欲しい」と、笘篠に提案しました。
ケースワーカーとは、生活保護の申請が真実であるかどうか現地で確認する仕事になります。中には、不正受給者への打切りを告げに伺うこともあります。
今回の連続殺人事件の犠牲者、三雲と城之内もこのケースワーカーをしていたと言います。これは逆恨みを買ったとしても不思議ではない仕事でした。
8年前、この保健生活センターで何があったのか。生活保護の申請者の中にトラブルを起こした人物はいないか。笘篠は捜査を進めます。
笘篠と蓮田は、3人目の犠牲者の可能性がある、元杜浦市福祉保健事務所の同僚で現在国会議員の上崎岳大の行方を探していました。
上崎は、すでに殺された三雲と城之内と同じ時期に杜浦市福祉保健事務所に勤務しており、2人の上司でした。
笘篠の調査によって、杜浦市福祉保健事務所にはトラブルになった案件があり、当局はそれを握りつぶしていたことが判明します。
握りつぶされた案件の中に、遠島けい申請却下もありました。その事件を調べているうちに、利根泰久という男が容疑者として浮上してきました。
映画『護られなかった者たちへ』の感想と評価
自然災害と人的災害
2011年の東日本大震災でおこった津波によって、あっという間に流された多くの町や人々……。それまでの日常生活が跡形もなく消え去ってしまう恐怖の自然災害でした。
映画『護られなかった者たちへ』は、そんな震災後の生活保護をめぐっておこる事件を描いています。
震災後、不正受給者の増加が特に著しくなった生活保護。生活保護申請に行っても、身内がいれば疎遠となっていてもそこへ頼るように言われ、けがや病気で働けなければ診断書を提出し、完治すれば受給を打ち切られと、受給維持の厳しさが伺われました。
お金がなければ、ライフラインは止められ、食べ物も購入できず、餓死するだけです。それがわかっているのに、受給させない例が相次いで起こりました。
本作の主人公・利根は、心の母ともいえる老女のけいにずっと生きていてほしくて、生活保護申請をするようにけいにすすめましたが、結果として生活保護は行われず、けいは餓死します。
生活困窮者を救うべきちゃんとした法制度がありながら、なぜけいが餓死などしなくてはならないのでしょう。利根の怒りは爆発します。
本作では、自然災害の津波で護れなかった命があるのを諭し、反面、人の手によって護れなかった命もあるのではないかと、鋭く問いかけています。
原作との違いを噛みしめる
原作小説との大きな違いは、キーマンである円山が女性で描かれている点でしょう。
保健福祉センターで働く円山。その主な業務は、ケースワーカーとして、生活保護の申請が真実であるかどうか現地で確認することでした。
貧困にあえぐ人々の命の綱の生活保護が、不正に受給されないように調べる調査員ともいえます。
人間としての醜い一面もさらけ出して申請する人々と向き合って対応する円山を女性にすることで、生活保護問題が、日々の生活とより密着したものであるように感じられました。
殺人にいたる動機も、人一倍けいを慕っていた円山の寂しさを思えば、一層深く理解できます。
仕事として生活保護を担当しながら、けいへの想いを胸に抱くという、複雑な立ち位置の円山幹子を演じていたのは、抜群の演技力と、意志の強さを感じさせる凛とした眼差しが評価されている清原果耶。
生活困窮者を護るケースワーカーと、グレーな法の抜け穴によって餓死させられたけいを慕う復讐者という2つの顔を見事に演じ分けていました。
キーマン円山を女性にしたことで、物語が一段と切ないものになり、どんでん返しのある事件の真相に驚きます。
容疑者利根の静と動
阿部寛が演じる笘篠刑事に追われる、容疑者・利根。扮するのは『8年越しの花嫁』や「るろうに剣心」シリーズなどで人気を博した佐藤健。
家族運薄い孤独な利根は、周りがすべて敵だと思っているような冷たい目をしています。ですが、自分がつかまえた幸せは絶対に護り切ろうとする、真っ直ぐな心も持っていました。
自分の護るべき者が分かった時は、捨て身になってでもそれを護るという、アツい熱量を放つ佐藤健の演技が随所で光ります。
佐藤健は、無口で不器用な容疑者の心理も目の動きで見事に表現したと言えます。
唯一胸の内を吐き出すように語ったともいえるのは、笘篠と利根のラストシーンでの告白。
利根の告白は、今回の事件の前日譚となるもので、自分の護るべきものを必死に護ろうとした挙句の切ない結末でした。人の力で出来ることの限界を思わせる事実に胸が締め付けられます。
まとめ
中山七里の同名小説を映画した『護られなかった者たちへ』。
震災の被害者にスポットをあてながら、生活困窮者が抱える生活保護問題を題材にした社会派ミステリーでした。
避難所で知り合った利根と円山とけい。まるで本当の家族のように、お互いを思うようになっていくのですが、けいが生活保護申請したことが事件の引き金となりました。
愛する者を護ってあげたいだけなのに、それがうまく行かなかった!
護られなかった者たちへ語り掛ける、生き残った利根と円山の悲痛な心の叫びが聞えてくるようです。
事件の元となる生活保護制度の欠陥にも触れ、一体、誰のための生活保護なのかと、考えざるを得ない作品でした。