今回ご紹介する『彼らが本気で編むときは、』は、ぜひ、女の子に観てもらいたい映画。
『かもめ食堂』や『めがね』などの荻上直子監督といえば、ファンの方も多いはず。
監督自ら「“荻上直子・第二章”の始まり」と公言して、セクシャル・マイノリティ(LGBT)をテーマに扱いながら、軽妙かつ、ホロリとさせられる作品。
しかも、文部科学省選定作品に選ばれた、少女や少年にもオススメ映画!とは言っても、決して難しい映画ではありませんよ。
少女と男性が、精神的に自立した1人の女性になる姿を描いた作品です!
映画『彼らが本気で編むときは、』の作品情報
【公開】
2017年(日本)
【脚本・監督】
荻上直子
【キャスト】
生田斗真、桐谷健太、柿原りんか、ミムラ、小池栄子、門脇麦、りりィ、田中美佐子、高橋楓翔、込江海翔、江口のりこ、品川徹、柏原収史
【作品概要】
『かもめ食堂』『めがね』でお馴染みの荻上直子監督が、『レンタネコ』から5年ぶりに監督する作品。
第67回ベルリン国際映画祭にて、テディ審査員特別賞を受賞。1987年の創設から邦画としては初受賞の快挙。
トランスジェンダーのリンコと、ネグレクト(育児放棄)された少女トモ、リンコの恋人でトモの叔父であるマキオの奇妙な共同生活を描いたヒューマンドラマです。
映画『彼らが本気で編むときは、』のあらすじとネタバレ
小学5年生トモは、荒れ放題となった部屋で母親ヒロミと2人暮らし。ある日、ヒロミが男を追って何処かへ姿を消してしまいます。
独りきり担ったトモは、叔父であるマキオの家に向かいます。母の家出は初めてではありません。
しかし、頼りにしたマキオには、以前と違い、リンコという美しい恋人と一緒に暮らしていました。それはトモが初めて会う、トランスジェンダーの女性でした。
キレイに整理整頓された部屋から、「おかえり」と、トモを優しく迎え入れるリンコ。食卓を彩るリンコの美味しい手料理に、安らぎと団らんを感じます。
母親ヒロミは決して与えてくれなかった家庭の温もりや、誰よりもトモに愛情を注いでくれるリンコに、戸惑いながらも信頼を寄せていきます。
そのトモの様子に、リンコは、「かわいくて、かわいくて、どうしよう」と、一層愛おしさを覚えていきます。
リンコとマキオの出会いは、リンコが介護士として働く老人ホーム。マキオの母親であろ、トモの祖母である認知症のサユリが入居していました。
献身的に自分の母親を介護するリンコに、マキオが一目惚れ…。
初めは好きになった人が男性であることに悩みましたが、リンコの人としての魅力に触れるほど、「男とか、女とか、もはや関係なかった」とトモにも話をしました。
しかし、一方でリンコには、世間からの理解されずに偏見を受けることもありました。悔しいことがあるたびに、編み物をして心を落ち着かせたリンコ。
そして今は、とある目標に向かい、“煩悩”を編み続けています。やがて、その“煩悩”作りには、マキオとトモも参加するようになります。
映画『彼らが本気で編むときは、』の感想と評価
この作品の見どころの1つ目は、豪華俳優陣のキャスティング。
ジャニーズ所属の生田斗真は、トランスジェンダーという難しい配役に挑みました。初めうちは、彼の演技力はどうなのかと心配もありましたが、乙女心のいじらしさを見せてくれます。
リンコ役を俳優としてのターニングポイントだと考えた生田斗真は、「こんなに悩むんだ、こんなにお芝居って難しかったんだと、改めて思いました」としながら挑み。
実際に、生田斗真の友人のトランスジェンダーの友人から話を聞いたり、荻上監督がこの物語を書こうと思ったきっかけの人物に直接会ったそうです。
生田斗真が、リンコに成りきりたいという気持ちが、トモの母親に成りたい気持ちとシンクロして、素晴らしい演技を見せてくれました。
また、桐谷健太は、何事にも動じることのない恋人マキオ役で好演。彼だからこそ、奥深い懐のある魅力を出せていたのではないでしょうか。
荻上監督のマキオ役のイメージは、自身の旦那だそうですが、それを演じるではないと桐谷健太は脚本を読み考えたそうです。
彼も生田斗真と同じように、身近にいたトランスジェンダーの友人に話を聞いたり、マキオという人物設定に通じるような人を演じるために人間観察をしたようです。
そこからマキオという器の大きい、本当の男らしさを見せてくれました。
さらに、最近の映画を観るたびに、日本人俳優の演技力は著しく成長してきていることを実感しますよね。
子役の中でも配役を得る過酷な競争があるのでしょう。今回は、柿原りんかが、感受性の高くて、不安定な思春期に入る少女を熱演しています。
母親ヒロミが迎えに来てくれない心情を演じ切ったそうで、子役でありながら、“本気で演じる楽しさ”を実感したようです。
これらの俳優陣について、荻上直子監督は、脚本を執筆していた時にイメージ通りのキャスティングが成されたそうで、「自分の想像を超えた演技が見られて幸せ」と語っています。
他の脇を固めた俳優陣もこの作品では大きな存在。トモの母親ヒロミ役のミムラのネグレクトという際どい役柄も丁寧にこなし、リンコの母親フミコ役の田中美佐子も彼女しかない演技を見せています。
リンコの同僚の佑香役の門脇麦は、脚本に書かれたテーマの自分は役割は、“リンコの希望”だと読み抜き人物造形をしています。
そして、どうしても触れておきたいのは、今回が遺作となった、歌手りりィの安定感のある演技力。
本業が歌手であることから、台詞という言葉を自分のものにして、語り諭す演技にかけては、近年では右に出るものはいませんでした。
2015年に『FOUJITA』、2016年に『リップヴァンウィンクルの花嫁』、『湯を沸かすほどの熱い愛』などで印象深い役を演じていましたね。
『彼らが本気で編む時は、』では、りりィの歌声も聴くことができ、素晴らしいですよ。
このような配役を取り揃えた、キャスティング・ディレクターの川村恵に拍手を送りたいですね。
見どころの2つ目は、映画の中に次々と登場する手料理。
トモは母ヒロミの育児放棄のため、用意されたコンビニのおにぎりが食べられない心的ストレス担ってします。
彼女の気持ちを知ってか、それを癒すようにリンコが作る手料理が、とても美味しそうなのです。
可愛いキャラ弁など、モッタイナイから食べられないトモの心境は、映像から温かさが滲み出ていて同感することでしょう。
この美味しそうな料理を担当したのが、フードスタイリストの飯島奈美。作品内に登場する全ての料理やお弁当をカラフルに見せてくれます。
飯島奈美は、荻上監督の『かもめ食堂』『めがね』でも料理を担当。その他にも、NHKの連続テレビ小説『ごちそうさん』や、『南極料理人』『深夜食堂』などでも料理を担当。
また、それとは逆に、トモの心的ストレスではないですが、コンビニのおにぎりを食べる時に、聞こえてくる海苔のパリパリとした乾いた音が、映画を観た後も寂しく耳の底に残ってしまいます。
まとめ
今回の作品を、荻上直子監督は新しいチャレンジとして、とても上質な映画を完成させてくれました。
最後に監督の巧みな演出の少しだけ紹介します。
押入れの襖を挟んで、リンコとトモが糸電話をする場面は、荻上監督の冴えた演出技量を感じられるシーン。
まるで、妊婦の母親がお腹の中いる赤ん坊に優しく語りかけるような様子。そのリンコに対して、トモが無意識に「お母さんに会った」と言ってしまうチョッピリ残酷な言葉にドッキリしてしまいます。
リンコが世間から偏見的な目で見られた際に、心を落ち着かせようと毛糸で編んだ、“108本の煩悩”とは、女流監督としての小道具使いの演出の巧みさではなく、荻上監督の人としての広い視野を感じさせてくれます。
また、海岸シーンの“108本の煩悩”の煩悩を焼き払い儀式の際に、毛糸で作られた“煩悩”を使って、さらりと、トランスジェンダーの身体手術について語る場面は、お見事のひとこと。
一見では、これまでの荻上直子作品とは、線を引いてしまいそうなことを、彼女は簡単にこなしているように見えてしまうほど、実力派の監督ぶりです。
ぜひ、この作品は、いつまでも女の子なあなた、今、小学生の女の子たちには見てほしい映画。
母との関わりで寂しかった少女トモ、過去に辛いことにたくさん経験してきたろう男性だったリンコ。
彼女たちが、1人の女性になるための決意を、そっとお互い送りあった、”タオル地のハンカチ”と、”夜なべして作ったピンク色の毛糸の乳房”。
トモとリンコの女性的な心の柔らかさをすんなりと感じさせてくれることでしょう。
女性への自立を、「カタチなんて、あとから合わせればいい」とした、荻上監督の最新作に拍手を送りたい秀作!
では、なぜ、彼らが本気で棒針を動かして編むのか?。それは何かを完成させることが目的ではなく、本気で無心になれる行為そのものが、無償の愛と似ているからではないでしょうか。
2017年2月25日から全国ロードショー、ぜひ、お見逃しなく!