『皮膚を売った男』は、東京国際映画祭2020のTOKYOプレミア2020にてアジアン・プレミア上映!
コロナ禍の中困難を乗り越え、2020年も無事実施された東京国際映画祭。話題の作品を集めたTOKYOプレミア2020の上映作品の中で、挑発的なタイトルと内容から、ダークホースの様に映画ファンから注目を集めている作品があります。
その映画が『皮膚を売った男』。シリア難民の男が経験する不条理を描きつつ、移民問題の偽善や現代アートの知的欺瞞を暴き、現代社会を鋭く風刺する問題作。
危険な香りを漂わせる題材が、映画ファンのみならず多くの方々の関心を呼ぶ本作。驚愕の内容を紹介させて頂きます。
映画『皮膚を売った男』の作品情報
【製作】
2020年(チュニジア・フランス・ベルギー・スウェーデン・ドイツ・カタール・サウジアラビア合作映画)
【原題】
The Man Who Sold His Skin / L’Homme qui a vendu sa peau
【監督・脚本】
カウテール・ベン・ハニア
【出演】
モニカ・ベルッチ、ヤヤ・マへイニ、ディア・リアン、ケーン・デ・ボーウ、ヴィム・デルボア
【作品概要】
難民としてシリアを脱出した男が、現代アートの巨匠からあるオファーを受けます。それは彼自身が芸術作品となることでした。
こうして誕生した、生きた人間からなるアートが現代社会の不条理をあぶり出します。様々な体験の果てに、男を待ち受けていたものとは…。
監督作『Beauty and the Dogs(Aala Kaf Ifrit)』(2017)が、第91回アカデミー賞外国語映画部門のチュニジア代表に選ばれた、チュニジアの女性監督カウテール・ベン・ハニアの最新作です。
主演は長編映画初出演のヤヤ・マへイニ。共演は世界中で活躍するイタリアの大女優、『男と女 人生最良の日々』(2019)のモニカ・ベルッチ。
『Uボート:235 潜水艦強奪作戦』(2019)や『アンノウン・ボディーズ』(2017)に主演した、ベルギーを代表する男優ケーン・デ・ボーウが、物語の鍵となる人物を演じます。
監督に本作のアイデアを与えた作品を生んだ、ベルギーの現代アート作家、ヴィム・デルボアも出演した作品です。
映画『皮膚を売った男』のあらすじ
2011年シリア。恋人のアビール(ディア・リアン)に結婚を申し込んだサム・アリ(ヤヤ・マへイニ)は、不用意な言動から当局に逮捕されます。
辛うじて難を逃れたサムは、家族の助けを借りレバノンに出国します。そしてアビールは親に紹介された男と結婚し、ベルギーでの生活を始めていました。
難民として暮らしをしていたサムは、ある日偶然現代アートの巨匠、ジェフリー・ゴドフロウ(ケーン・デ・ボーウ)から意外なオファーを告げられます。
それはサムの背中にジェフリーが作品を描き、生ける”アート作品”とならないかとの申し出でした。
この後芸術品として扱われる人生を選べば、大金を得ることが出来てもサムの自由は制限されます。
しかし彼には金も国境を越える手段も無く、愛するアビールに会うために、ジェフリーのオファーを受けることを選ぶサム。
ジェフリーのアシスタント、ソラヤ(モニカ・ベルッチ)の用意した膨大な契約書にサインし、彼は正式にジェフリーの”アート作品”になります。
こうしてレバノンを出国し、ベルギーに到着したサム。早速アピールの家を訪ねますが、人妻となった彼女との再会は苦いものでした。
サムはこの地で、契約に従い美術館で作品として展示されます。
難民としては国境を越えられない人物も、美術品として商品になれば、自由に取引され国境を越えることが出来る。
人身売買ではないか、との問いには世界には余りにも安い価格で取引される子供がいると答え、サムを”アート作品”としたことで生まれる、様々な意味を世間に問いかけたと語るジェフリー。
しかし芸術の名の下に、シリア難民から搾取し大金を稼いだと、彼の”アート作品”は非難の対象にもなりました。
大金と安定した暮らしを得たサムは、自ら望んで選んだ行為だと虐待を否定しますが、シリア人の魂を売った行為だとする批判にも晒されます。
展示品として非人間的に扱われ、アビールとの関係にも苦しみ、精神的に追い詰められゆくサム。
一方でシリアにいる家族は、内戦の激化に苦しみ、サムの送った大金を頼りに暮らしていました。
サムはジェフリーとソラヤに芸術品として管理され、保険調査員(ヴィム・デルボア)には価値を鑑定される存在になります。
ジェフリーはむしろサムが死に、遺された自作の”アート作品”を遠慮することなく、自由に取引できる状況を望んでいるのかもしれません。
こうしてサムは芸術収集家に巨額で売られ、芸術品としてオークションにかけられました。
精神の限界に達したサムは騒ぎを起こし逮捕されますが、夫と別れたアピールの尽力もあり、ようやく自由を取り戻します。
ジェフリーと再会したサムは、アビールと共に危険を顧みず故郷である、イスラム過激派の支配するシリアの都市、ラッカに戻ると告げました。
しかし今や、高額の金で取引される”アート作品”となったサム。内戦下のシリアに戻った彼の身には、いかなる運命が待ち受けているのか…。
映画『皮膚を売った男』の感想と評価
現代社会の不条理をリアルに描く
現代アートになった男の身に起きる様々な出来事を通し、ブラックな視点で世界に蔓延する不条理を描いた問題作『皮膚を売った男』。
不条理を描く映画と聞くと、表現にイメージの飛躍を伴う、アート系作品を思い浮かべるかもしれません。しかし本作はリアルな描写に徹し、もし生身の人間が芸術品となり、売買の対象になればという設定を忠実に描きます。
芸術家ジェフリーが、サムの背にタトゥーしたのはシェンゲン・ビザ。シェンゲン協定が適用されるヨーロッパの諸国の領域であれば、有効期間内は自由の出入りできるビザで、難民にとっては何物にも替え難い存在です。
難民として自由を失ったサムが、”アート作品”として人格を失うと、商品として自由に国境を越え移動できる。そんな皮肉なメッセージを込めた作品です。
映画は冷徹な視点で、理不尽な世界の在り様を暴いていきます。ジェフリーの行為とサムの決断を批判する者も現れますが、ならば現実に存在する難民問題や人身売買にはどう向き合うのか。
そういった諸問題に向き合わず、作品のメッセージ部分だけを偽善的に切り取り、アートとして評価し高額で取引する、上流階級の姿勢とは何なのか。
現実の出来事を、映画の中の出来事と対比することで、世界の残酷な側面をユーモアを漂わせて見せた、将に胸を打つ怪作と呼ぶべき作品です。
監督に影響を与えた現代アート
カウテール・ベン・ハニア監督
映画監督とは、調査し、学び、人間の魂と歴史と哲学と、最新の政治状況について、深い関心を抱くべき存在である、と語るカウテール・ベン・ハニア監督。
ドキュメンタリー映画も数多く手がけてきた、彼女が本作のアイデアを得たのは、現代アート作家ヴィム・デルボアの作品からでした。
それは生きた人間、ティム・シュタイナーの背に施したタトゥーです。「ティム・シュタイナー, ザ・タトゥー・マン」と呼ばれるこの作品は実際に展示され、”アート作品”として売買されました。
その契約にはティム・シュタイナーの死後、背中の作品は剥がされ、額に入れて飾られる、といういう内容も含まれています。これが本作において、重要な鍵になっているのでご注目下さい。
突飛な設定に思える本作ですが、このデルボアの”アート作品”の誕生とその経緯を踏まえているのです。
劇中で描かれる、芸術作品と並べられたサムの姿は、荘厳な印象すら与えます。一方で無価値なものから、巨万の富を産み出すと紹介される、映画の中の現代芸術家ジェフリー。
それは現在のアートの世界への皮肉です。しかし劇中にデルボアの作品、および本人の登場が示すように、その意見にヴィム・デルボア自身も加担しています。
ヴィム・デルボアはバンクシー同様、このような現代のアート界を批判し、同時にそのシステムを利用して作品を発表する、アーティストと言えるでしょう。
こういった虚飾にまみれた世界と、難民問題を見事に対比させた作品を、カウテール・ベン・ハニア監督が生み出しました。
まとめ
世界の現実を冷静な視点で捉え、厳しくも皮肉とユーモアを交えた視点で描いて見せた映画『皮膚を売った男』。
かつて悪趣味映画として世界を席巻した、捏造を交えたドキュメンタリー映画、通称モンド映画。その代表作がヤコペッティ監督の『世界残酷物語』(1962)。原題は「Mondo Cane」、モンド映画の由来となったこのタイトルは、直訳すれば「犬の世界」です。
我が子の様に溺愛され飼われる犬もいれば、打ち捨てられた野良犬も、食べられる犬もいる。この世はそんな不条理な世界だと皮肉を込めて付けられたタイトルでした。
本作は劇映画ですが、モンド映画と同様の視点で世界の現実を切り取り、知的に描いてみせたカウテール・ベン・ハニア監督。このように紹介すると本作を理念先行型のお堅い、告発系の映画だと思いでしょうか。
しかし最後には思わぬ、鮮やかなドンデン返しが待っています。そして本作はエンターテインメントとして、見事に昇華されます。それは単に脚本上で作られた、小手先の展開ではありません。
アート界という社会のシステムを手玉にとり、成功を収めてきた芸術家ジェフリー・ゴドフロウ。社会のシステムから残酷にはじき出され、難民となったサム・アリ。
2人の境遇が交差した果てに到達したラストに、本作を告発系アート映画として鑑賞してきた人は、意外な驚きを覚えるでしょう。