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Entry 2024/11/21
Update

『悪い夏』映画化原作ネタバレあらすじ感想と結末評価。北村匠海主演作は《生活保護》をキーワードに闇落ちする主人公をスリリングに描く

  • Writer :
  • 星野しげみ

染井為人のデビュー小説『悪い夏』が映画化!

このたび、第37回横溝正史ミステリ大賞・優秀賞を受賞した作家・染井為人のデビュー小説『悪い夏』の映画化が決定。主人公を北村拓海が、監督を城定秀夫が務めます

生活保護に関わる人々を通して、社会保障システムの暗部に切り込んだ戦慄のノワールサスペンス映画『悪い夏』は、2025年3月20日(木・祝)に全国ロードショー!

真面目に働いていた市役所勤務の公務員・佐々木が、ふとしたきっかけである犯罪行為に巻き込まれていく姿を描いた小説『悪い夏』。

映画公開に先駆けて、小説『悪い夏』をネタバレありでご紹介します。

小説『悪い夏』の主な登場人物

【佐々木守】
船岡市社会保険事務所・生活福祉課の公務員。26歳の真面目な生活保護受給者のケースワーカー。

【高野洋司】
佐々木の職場の先輩。33歳の既婚者。

【宮田有子】
佐々木の同僚。優秀な女性。

【山田吉男】
佐々木が担当する42歳の生活保護受給者。腰痛、離婚歴あり。

【林野愛美】
高野が担当する22歳の生活保護受給者。シングルマザー。

【金本龍也】
地元のヤクザの構成員。

【莉華】
愛美の友人であり、金本の恋人。

小説『悪い夏』のあらすじとネタバレ

染井為人『悪い夏』(角川文庫/KADOKAWA刊)

千葉県船岡市の社会保険事務所で、ケースワーカーとして働く26歳の佐々木守。生活保護受給者を何人も担当しており、定期的に不正受給をしていないかと彼らの生活を監視するために訪問していました。

担当する山田吉男は、離婚歴のある42歳のもとタクシー運転手。就活中と言いながらも腰痛を理由に働く意欲をなくし、生活保護で暮らしています。

山田にとって、その日の生活ぶりを根ほり葉ほり観察する佐々木は招かれざる客でした。そんな空気は佐々木も感じており、耐えがたいなあと感じながらも勤務する毎日です。

その年の夏は特に暑い日が続いていました。佐々木は同僚の宮田有子から、ある疑惑を聞かされます。それは先輩の高野洋司が、若い女性に受給の打ち切りをチラつかせ、肉体と金銭を要求しているというものでした。

恐喝されているのは、高野が担当する林野愛美。4歳の娘・美空を育てるシングルマザー。

ケースワーカーに内緒で、友人・莉華に紹介された風俗店で働いて収入を得ていたのですが、ある日に愛美が働く風俗店に高野が来店し、不正受給が発覚。高野は報告しない代わりに肉体関係を迫り、おまけに口止め料のように現金2万を要求していたというのです。

真相を確かめるため、佐々木は半ば強引に宮田に連れられ、愛美のアパートを訪ねました。愛美の反応から高野が卑劣な行為を行っていることは明らかでしたが、なぜか彼女は高野の悪事を認めようとしません。

宮田は、愛美が告発すれば生活保護を打ち切られることを恐れている他に、何か隠し事をしていると見抜きました。実は愛美は、佐々木たちが訪問する少し前に、風俗店の店長・金本龍也からある取引を持ちかけられていたのです。

金本は東京に返り咲こうとしている暴力団員でした。愛美から高野の話を聞いていた友人の莉華は、恋人の金本に「愛美が社会事務所のケースワーカーに脅されている」と相談します。

金本は高野をゆすって、身寄りのない困窮者の生活保護申請を通してもらい、受給者たちを囲って金を得ることを思いつきます。

早速金本は、愛美に高野との情事を隠しカメラで撮影するよう指示。逃げられない証拠を作らせた金本は高野を呼び出し、暴力を振るった上で生活保護を求める連中の審査を通すように脅しました。

そして現在。宮田と佐々木の訪問に驚いた愛美は、金本にケースワーカーである宮田と佐々木に、自分と高野の関係を知られてしまったと連絡を入れます。

宮田と愛美のことがすべて同僚の職員にバレてしまっては、高野がクビになるのは時間の問題です。金本は渋々、この計画を諦めることにしました。

一方、佐々木が担当している生活保護受給者・山田は、生活保護受給で得たお金で、金本の経営する店で遊び、金本と知り合って違法薬物の運び屋のバイトまでしていました。

いつしか金本の手下のようになった山田。高野を巻き込んだ計画の失敗を一部始終見ていた彼は、あることを思いつきます。

実は佐々木は、絵を描くことしか興味を示さない愛美の娘・美空に約束した画材を届けたりするうちに、美空以上に愛美に惹かれ、恋人のようになっていました。それを知った山田は、金本に内緒で佐々木をハメて一儲けしようと企んだのです。

愛美に佐々木を誘惑させ、隠し撮りをして脅し、自分の生活受給額を限度いっぱい上げさせ、さらに金も要求しようと企てました。山田はすぐに、愛美へ作戦を教授します。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには小説『悪い夏』ネタバレ・結末の記載がございます。小説『悪い夏』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

それから愛美は、佐々木を家に招くようになり、娘・美空も彼に父親のように懐いていきました。愛美は山田からの指示は忘れていなかったのですが、佐々木との関係に居心地の良さを感じ、隠し撮りも積極的に行いませんでした。

そんな頃、疎遠になりつつある愛美の様子を見に来た莉華に、愛美が佐々木と交際していると気づかれ、金本の知るところとなりました。

金本はすぐに山田を呼びつけ、自分に内緒で計画が進行していたと知り激怒しますが、すぐに佐々木を利用しようと考えました。そして愛美に違法薬物を渡し、佐々木に飲ませて薬漬けにしてしまいます。

薬物中毒になった佐々木は、判断力と思考力を失い、金本が連れてきた生活保護を求める連中の審査を次々と通していきました。一方、佐々木の同僚の宮田は、辞職した高野洋司の行方をなぜか執拗に探していました。

薬物中毒になってしまった佐々木は、愛美の家に住み着いた金本と吉田によって毎日監視される地獄のような日々をおくっています。

そんなある日、佐々木の職場に警察がやって来ました。少し前に、佐々木が生活保護申請を却下した古川佳澄とその子どもが自宅で自殺していたというのです。

自分のせいで、保護を必要としている人が亡くなってしまった……佐々木の心の中で何かのスイッチが切り替わり、気づいた時には愛美のアパートで包丁を手にしていました。

生きていても仕方がないから、愛美と一緒に死のうとしたのですが、ちょうどその時アパートに上がりこんできた莉華を刺してしまいました。

薬物中毒の佐々木が刺したことが分かれば、この場にいる全員が逮捕されるため、救急車は呼べません。

山田はすぐに金本へ連絡をしますが、莉華を刺した後の佐々木はうずくまり、呪文のように何ごとかぶつぶつ言っています。まもなくやって来た金本が近づいても、誰かわからない様子でどこか違う世界にワープしているようでした。

金本はそんな佐々木を蹴飛ばし、床にころがった彼を縛り上げる様に山田へ命令。また莉華を闇医師のもとに運んだのですが、結局彼女は意識が戻らず亡くなってしまいます。

金本が愛美のアパートに戻ると連絡を入れた頃、アパートに警察官のコスプレをした高野と彼を追って宮田が乗り込んできました。実は以前より高野と宮田は不倫関係にあり、宮田はずっと高野の行方を追っていたのです。

家族も仕事も失った高野は、自分をハメた愛美たちに復讐しようと、サバイバルナイフを取り出しました。ですが、そこへ帰ってきた金本と鉢合わせ、揉み合いになりました。

愛美は今まで子どもに愛情を感じたことがありませんでしたが、本能的に娘・美空の手を握り逃げようとします。しかし金本は見逃さず、愛美と美空を蹴り飛ばします。

それを見た山田は、美空と別れた妻との間にできた自分の娘が重なり、怒りにまかせて金本に体当たりしました。山田はその拍子にナイフが腹に刺さり、倒れ込みます。

その時、警察官が部屋に入って来ました。近隣の人が騒ぎに気が付いて警察を呼んだのでしょう。警察官の到着によって騒ぎは終わりを迎えました。

数年後。佐々木は、美空が描いたであろう絵が貼られた壁を見つめながら、引きこもっていました。月に一度送られてくる絵も誰が描いたのか、さっぱりわからない佐々木。それでも大事に飾っています。

佐々木は、あの事件があった夏になると体調を崩し、身体が思うように動かなくなり、寝てばかりの生活を送っていました。

ある日、佐々木のアパートのインターフォンが鳴り、乱暴にドアがノックされました。

「いるんでしょう。わかっているんですよ」社会福祉事務所のケースワーカーがやって来たのです。この手の人間はしつこくて嫌です。

「頼む、いつか必ず復活する。やり直す。だから今だけはそっとしておいてくれ」佐々木の心の叫びは届かず、ドアの外ではケースワーカーがまだ怒鳴っています。

「佐々木さん、いい加減にしなよ。生活保護ってのはなあ、あんたみたいな人間に……」

小説『悪い夏』の感想と評価

第37回横溝正史ミステリ大賞・優秀賞を受賞した小説『悪い夏』は、染井為人のデビュー作。

主人公の佐々木は、生活保護を取り扱うケースワーカーで、不正受給の取り締まりに力を注いでいます。

ですが、佐々木が担当する生活保護受給者をはじめ、育児放棄寸前のシングルマザー、彼女を揺すり肉体関係を迫る公務員、裏社会の住人、生活保護の不正受給をするドラッグの売人など“クズ”と“ワル”しか物語には出てきません。

人間への不信感が募るような本作は、生活保護に関わる人々を通して、社会保障システムの闇に鋭く切り込んだ物語でした。

一部の受給者は、生活保護を受けながら悪事を働いて不正受給を行い、本当に生活保護が必要とする社会的弱者には助けは届きません。理不尽な社会のシステムに怒りを覚えます。

本作で、一筋縄ではいかない社会のからくりの餌食となったのは、26歳の真面目なケースワーカーの佐々木でした。たったひと夏の間に佐々木は優秀な公務員から薬物中毒者に転落。人生を狂わされた佐々木が哀れで、ラストシーンは他人事とは思えません。

社会保障制度を扱った映画といえば、『護られなかった者たちへ』(2021)がすぐに思い浮かびますが、こちらが描くのは社会保障制度を受けられなかった人が起こした悲劇です。

『悪い夏』はその反対で、社会保障制度を請け負うケースワーカーが問題を引き起こしています。どちらにしても、人間が定めた法律の中で人の救済をするには、必ずと言っていいほど抜け穴や落とし穴が出て来るのに気が付くことでしょう。

その落とし穴に落ちてしまった佐々木。早く穴から這い上がれ、引きこもった部屋から外へ飛び出せと、心から願いたくなります。

映画『悪い夏』の見どころ

小説『悪い夏』の映画化にあたって、監督を務めたのは青春映画『アルプススタンドのはしの方』(2020)や『セフレの品格 初恋/決意』(2023)など、幅広いジャンルで活躍している城定秀夫。

また、脚本は『ある男』(2022)で日本アカデミー賞・最優秀脚本賞を受賞した向井康介が担当していますので、社会に潜む問題を提示してくれることでしょう。

そして、闇落ちする公務員・主人公の佐々木を演じるのは、城定秀夫監督作品には初めて出演する北村拓海です。

北村拓海は、城定監督といつかご一緒したいと思っていたと言い、映画については「優しい映画ではありません、かと言って暗い映画でもありません。ただひたすらに生きることに必死な僕らが泥や汗や体をぶつけ合って、なんか泣けたりなんか笑えたりします」と、映画の見どころを語っています。

仕事熱心な佐々木は、その真面目さゆえに底なしの落とし穴に足を踏み入れ、ずぶずぶと落ちていきます。北村拓海が演じる“ぶざまに落ちて行っても必死に生きようとする佐々木”に大注目です。

映画『悪い夏』の作品情報


(C)2025 映画「悪い夏」製作委員会

【日本公開】
2025年(日本映画)

【原作】
染井為人『悪い夏』(角川文庫/KADOKAWA刊)

【監督】
城定秀夫

【脚本】
向井康介

【キャスト】
北村拓海

まとめ

染井為人のデビュー作小説『悪い夏』をご紹介しました。

ひと夏の間に、優秀なケースワーカーが薬物中毒者になるという転落の物語の中で、生活保護受給をめぐる問題の数々をとてもリアルに描き出した小説でした。

弱者を助けるための生活保護を悪用しようとする腹黒い輩が、利益を得るためにあの手この手と、やりたい放題。それはヤクザばかりでなく、公務員側にもいて、まさにワルとクズしかいないという現実にうんざりさせられます。

映画ではもう少し爽やかなラストが用意されているといいのですが……映画への期待は高まります。

映画『悪い夏』は2025年3月20日(木・祝)に全国ロードショー!




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