Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2020/05/02
Update

映画『アルプススタンドのはしの方』あらすじと感想レビュー。青春を忘れた大人たちに観てもらいたい会話劇

  • Writer :
  • 山田あゆみ

映画『アルプススタンドのはしの方』は2020年7月24日(金)より、シネマカリテほか順次全国ロードショー

映画『アルプススタンドのはしの方』は、兵庫県の東播磨高校の演劇部が第63回全国高等学校演劇大会で文部科学大臣賞を受賞したのち、全国の高校で上演され続け、浅草九劇での舞台化が反響を呼んだ名作戯曲を映画化した作品です。

監督は、『味見したい人妻たち』(2003)でデビューし、ピンク大賞の新人監督賞を受賞した城定秀夫。脚本を務めたのは奥村徹也。コメディ作品を多く上演し、その笑いのセンスとテンポの良さは本作の魅力の一つです。

映画『アルプススタンドのはしの方』は、それぞれ悩みを抱えながら自分を見つめ直す高校生たちの姿から、勇気と癒しをもらえる青春映画となっています。

映画『アルプススタンドのはしの方』の作品情報


(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee

【公開】
2020年(日本映画)
 
【原作】
東播磨高校の演劇部教師 籔博昌による戯曲
 
【監督】
城定秀夫

【キャスト】
小野莉奈、平井亜門、西本まりん、中村守里、黒木ひかり、目次立樹
 
【作品概要】
監督を務めたのは城定秀夫。『味見したい人妻たち』(2003)でデビューし、ピンク大賞の新人監督賞を受賞。

その後『ガチバン』(2008)や『静かなるドン 新章』(2009)など映画作品をはじめ、数々のビデオ作品で監督、脚本を務めています。2017年から2019年までピンク大賞の作品賞を連続受賞し、100タイトルをも越える作品の監督を務める実力者です。

最近では、俳優佐藤二朗の演劇ユニット「ちからわざ」の舞台劇を、山田孝之主演で映画化した『はるヲうるひと』(2020公開予定)に、脚本協力で携わっています。

脚本を務めたのは奥村徹也。2014年に劇団献身を旗揚げし、コメディ作品を多く上演しています。その笑いのセンスとテンポの良さは本作の魅力の一つとなっています。

『アフロ田中』(2012)や『君が君で君だ』(2018)の監督を務めた松井大吾が率いる劇団ゴジゲンのメンバーとしても活躍中です。

舞台の映画化である本作は、安田あすは役の小野莉奈、田宮ひかる役の西本まりん、宮下恵役の中村守里がメインキャストとして続投しており、息の合った演技を見せています。

そこに、男子生徒役として絶妙なスパイスを加えているのが、藤野富士夫役の平井亜門。『左様なら』(2019)や『レイのために』(2020)などに出演している期待の若手俳優の一人です。

映画『アルプススタンドのはしの方』のあらすじ


(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee

夏の甲子園大会の観客席。吹奏楽部や応援団が賑わう中、人があまりいない隅の方に座った演劇部員の安田と田宮。事情により演劇の大会に出られなかった2人には、ぎこちなさが漂っていました。

野球のルールがよくわからない安田と田宮が何とはなしに観戦しているそばで、元野球部の藤野が腰を下ろし、いつの間にか3人で戦況を見守るようになります。

その少し離れた場所にいた宮下は、成績優秀ながら人付き合いが下手で遠慮がちに試合を見ていました。強豪校との試合で苦戦する母校の野球部を見つめながら、それぞれの本音がこぼれはじめます。

映画『アルプススタンドのはしの方』の感想と評価


(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee

アルプススタンドだけで見せる75分間のドラマ

本作は甲子園の試合を一切見せることなく、観客のセリフと目線だけで試合運びを伝えます。はじめは全く野球に興味がなかった女子高生がしだいに興奮して観戦する姿は臨場感に溢れています。

また、はじめはルールも分からなかった女子高生が会話の中で少しずつルールを覚えていくので、普段野球を見ない人でも理解できるようになっています。

解説というほど堅くなく、興奮交じりの実況術がとても巧みで思わず目の前にマウンドが見えるような気がしてしまうのです。

登場人物それぞれの背景や悩みを描きつつ、甲子園の一試合のなかでクライマックスを迎える凝縮された75分間は無駄がなく見事です。

諦めて生きている大人たちに刺さる

本作の主人公は高校生ですが、これは青春時代を既に通りすぎた大人たちに向けられた映画といえます。

自分の能力の限界を勝手に決めて諦めてしまったり、自分よりできる他者と比べて頑張っても無駄だと投げ出したりすることは、社会生活を送る大人たちにとってよくあることではないでしょうか。

沢山の壁にぶつかって失敗や挫折を繰り返すうちに良くも悪くも学んでしまう。それでも、自分が今できることを精一杯することで、他の誰かに対してではなく自分を納得させることができるということを本作は思い出させてくれます。

単純に爽やかな青春映画ではなく、社会を生き抜く大人たちへのエールと受け取ることができる映画です。

そして本作では、「できる」側の心境にも触れているところがポイントです。あるキャラクターが思わず叫んだセリフは正論過ぎて頷かずにはいられません。

このキャラクターの他にも様々な立場の人物が登場するので、観る人によって違った捉え方ができる作品になっているといえます。

まとめ

画像:コミカライズ版作者・森マシミによるイラスト


(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee

『アルプススタンドのはしの方』は、劣等感やコンプレックスで身動きが取れなくなっている大人たちに、深呼吸する余裕と挑戦する勇気を与えてくれるような映画です。

アルプススタンドの隅っこで汗をかき、それぞれの思いに胸を震わせる彼らの顔に爽やかな風が当たるのを見ていると清々しい気持ちになるでしょう。

また、3 月19日から無料WEB漫画サイト“やわらかスピリッツ”誌上で森マシミによって、本作のコミカライズ版が連載されているのも注目です。  

映画『アルプススタンドのはしの方』は2020年7月24日(金)より、シネマカリテほか順次全国ロードショー。(*当初予定だった6月19日より変更)


関連記事

ヒューマンドラマ映画

映画『サラバ静寂』吉村界人(ミズト役)演技評価と感想

“音楽が禁止された世界で、音楽に出会ってしまった若者たちはどこへ向かうか” 映画『サラバ静寂』の公開日は、2018年1月27日(土)より、渋谷ユーロスペースほか順次全国公開! 静かなるノイズ映画『サラ …

ヒューマンドラマ映画

映画『晩春』ネタバレ解説と考察評価。結末までのあらすじで解く、娘の結婚に“複雑な父の思い”

「なるんだよ、幸せに」小津作品の中でも特に傑作と名高い作品『晩春』を観る 映画『晩春』は、小津安二郎の1949年の作品で、小津作品の中でも『東京物語』(1953)などと並ぶ最高峰の一つとして高く評価さ …

ヒューマンドラマ映画

映画『リバーズ・エッジ』あらすじとキャスト。小沢健二の主題歌発売日も

岡崎京子の原作漫画が行定勲監督の手によって映画化! 二階堂ふみ、吉沢亮、森川葵ら若手実力派が岡崎ワールドを体現。 主題歌を担当するのは岡崎京子の盟友である小沢健二。 2月16日(金)より公開の『リバー …

ヒューマンドラマ映画

映画『浜の朝日の嘘つきどもと』あらすじ感想と評価解説。ロケ地福島で高畑充希×タナダユキが描く社会と“創作”の関わり

映画『浜の朝日の嘘つきどもと』は2021年9月10日(金)より全国ロードショー! 閉館の危機に瀕した映画館の存続をめぐって、さまざまな人の思いが交錯する姿を描いた『浜の朝日の嘘つきどもと』。 福島県に …

ヒューマンドラマ映画

『ムーンライト下落合』あらすじとキャスト!柄本佑監督作に加瀬亮出演!

『美しい夏キリシマ』や『フィギュアなあなた』、また『追憶』などの映画で出演で知られる俳優である柄本佑。 その柄本佑が自ら監督を務めた短編映画『ムーンライト下落合』は、11月11日(土)より渋谷ユーロス …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学