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Entry 2022/11/07
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映画『同じ下着を着るふたりの女』あらすじ感想と評価考察。韓国社会の女性たちの対立と葛藤を描く|東京フィルメックス2022-1

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  • 20231113

東京フィルメックス2022『同じ下着を着るふたりの女(原題)』

2022年で23回目を迎え、10月29日(土)から11月6日(日)まで開催された東京フィルメックス。コンペティション部門に2021年の釜山国際映画祭で、ニューカレンツ賞他を受賞し話題となった作品が登場しました。

その映画こそ『同じ下着を着るふたりの女(原題)』。今まで描かれる事が少なかった、韓国の女性たちのある姿を描いた作品です。

本作の何が韓国、そして世界各国の映画祭で評価されたのでしょうか。その背景について解説します。

【連載コラム】『東京フィルメックス2022』記事一覧はこちら

映画『同じ下着を着るふたりの女(原題)』の作品情報


【製作】
2021年(韓国映画)

【原題】
같은 속옷을 입는 두 여자 / The Apartment with Two Women(英題)

【監督・脚本】
キム・セイン

【キャスト】
イム・ジホ、ヤン・マルボク、チョン・ボラム、ヤン・フンジュ、イ・ユギョン、クォン・ジョンウン、チェ・ギョンジュン

【概要】
2014年に短編映画『Submarine Sickness』を発表して以来注目を集める、キム・セイン監督の長編映画第1作。

主演は新人のイム・ジホ、その母親を短編映画『Before my mom becomes 60』(2018)や『Fanning』(2020)、『Return Home』(2020)のヤン・マルボクが演じます。

主人公の同僚ソヒを演じたのは『ザ・スノッブ』(2019)に出演のチョン・ボラムで、監督と撮影監督のムン・ミョンファンと来日し、共に東京フィルメックスでの本作上映後に登壇しました。

映画『同じ下着を着るふたりの女』のあらすじ


20代なっても手狭なアパートの一室で、母スギョン(ヤン・マルボク)と暮らす娘イジョン(イム・ジホ)。彼女は無神経で傍若無人、時に暴言を浴びせてくる母を嫌っているようでした。

スギョンの方も娘が自分に恨みを募らせていると悟っており、時には暴力まで振うありさまです。そんなある日怒りに任せて車を急発進させたスギョンは、イジョンをはね飛ばします。

自分を入院させる事故を起こしながら、罪を認めず責任を逃れようとした母の態度に怒ったイジョンは、争いを法廷の場に持ち込みました。

それでも母の元から離れられなかったイジョンは、職場の同僚ムン・ソヒ(チョン・ボラム)の優しさに触れ、ついに母と暮らす家から出ました。今までの人生からの解放を望み、ソヒと暮らすことを夢想するイジョン。

憎み合い人生に疲れながらも、互いに依存する関係から抜け出せない女たち。この物語はどのような結末を迎えるのでしょうか…。

映画『同じ下着を着るふたりの女』の感想と評価


母と娘の深刻な関係を描いた作品です。あらすじを聞いた方は、これは「毒親」の話だと理解したことでしょう。

しかし映画を見た者は単なる「毒親」の話、それでも関係を断ち切れない「悪しき共依存」の話に終わらない、程度の差はあれ身近に存在する物語だと感じるはずです。

上映終了後のQ&Aに出演のチョン・ボラム、撮影監督のムン・ミョンファンと共に登壇したキム・セイン監督は、本作を企画した理由をこのように説明してくれました。

「以前短編映画を作った時に、完全に人を愛することもできず憎むこともできない、「アイロニカル(皮肉っぽい)」な関係を描いて探求したいと思いました

「韓国社会で「アイロニカル」な関係の極みは何かと考えた末に、それは親子の関係、母と娘の関係ではないかと気付いたのです」

「韓国の映画やドラマでは、母と娘の関係を美しく描いたものが多数です。しかし私が経験した、また見聞きした母と娘の関係は異なると感じました。母と娘の関係の違う形を描きたいと考えました」

韓国に母娘が否定的感情をむき出しにする作品は少なく、「この気持ちは私だけの感情なのか。(観客に)共感してもらえなかったらどうしよう」と不安を抱いたと告白した監督。

そこで精神科医でもある医学博士・斎藤環の書籍や、田房永子のコミックエッセイ「母がしんどい」など、日本の文献も参考にして本作を完成させたと説明しました

こうして韓国映画には珍しい、いがみ合いながらも離れられぬ女たちを描いた映画が誕生します。本作は登場する男たちが無力で存在感が薄いのもまた、韓国映画には珍しいと言えるでしょう。

キャスティングのこだわりがリアルな人物像を生んだ


本作で一番強烈なキャラクターは、主人公の母スギョンでしょう。冒頭のシーンで彼女の性格は露わになりますが、その感情のまま振る舞う姿は時におかしく、時に哀れにも見えます。

複雑な一面を持つ登場人物のキャスティングについて、セイン監督はこう説明します。「本作に登場する母親スギョンは、一歩間違えると観客に抵抗感を与えるキャラクターです。観客に嫌われぬように、演じる俳優が元々持つ魅力で抵抗感を相殺して欲しいと考えました」

「そして演じたヤン・マルボクにお会いした時、彼女から若々しいエネルギーと共に愛おしさを感じました。彼女ならスギョンをしっかり表現してくれると期待しお願いしたのです」

「(そのスギョンに翻弄される)娘イジョンはセリフよりも、目で多くを語る人物です。演じたイム・ジホに会った時に、本当に目の奥が深く澄んでおり、目で色んな感情を表現できると方と考えこの役に起用しました」

この愛憎渦巻く主人公母娘に関わる人物がムン・ソヒ。イジョンに親しく接するものの、やがて離れる姿勢は本作を鑑賞する観客の感想を代表したものでしょう。

ムン・ソヒのキャラクターには重要なキーワードがあります。それは「適切な優しさ」です。完全にはイジョンを突き放さないが、完全に受け入れることもない。自分の一線をしっかり守っている人を演じてもらいたいと思いました」と語った監督。

そして「チョン・ボラムに会った時に、優しい人物と感じただけでなく、何か芯が通っているような人だ、私が描くムン・ソヒに近い人物だと考え、この役をお願いしました」と話しました。

そのチョン・ボラムは「最初に監督から言われたのは「適切な優しさ」という言葉です。しかしその言葉を難しいと感じます。シナリオを読み役作りを始めた時、一定の線を守るのは本当に難しいと思いました」

「なぜムン・ソヒというキャラクターは、イジョンを完全に理解できず受け入れる事も出来ず、自分を守るためにイジョンから離れてしまうのか。そこで監督に彼女は以前、どういう人生を歩んできた人ですかと質問したのです」

「監督からソヒもイジョンと同じく、母との対立を経験し家を出て何とか自立して生きている人物だと聞きました。そこで私はイジョンのキャラクターも理解したいと思い、イジョンが母と対立する理由を考えてソヒの役作りをしました」と説明しています。

監督が選んだ俳優たちが、詳細な役作りを行い演じた成果は映画を見てご確認下さい

まとめ


新人監督キム・セインが、女性たちの複雑な感情の動きとその関係を描いた『同じ下着を着るふたりの女』。

この映画は監督自らが書いた脚本や、役を演じるのに相応しいと選ばれた俳優の力だけで完成した訳ではありません。

セイン監督が観客がリアルに感じるように、こだわって作り上げた映像の力も大きな要素です。撮影に手持ちカメラを使用した理由を聞かれた監督はこう説明しました。

撮影に手持ちカメラを使用した理由は、登場人物の感情とそれに沿って流れるストーリーを持つ映画の形を取りたかったからです

「カメラを遠くから構えて(物語を)遠くから見るのではなく、登場人物の流れ・動きに沿って展開する映画にしたい。近い所で密接に臨場感を生かして撮りたい考えた結果、手持ちカメラでの撮影の方が合うと思い撮影監督に提案しました」

一方撮影監督のムン・ミョンファンは、映画の中の停電シーンを「私が見ても息苦しいシーンになった」と観客に説明します。

「本来もっと明るいシーンだったが、監督から観客の映画体験を重視したいと要望が出され、私も賛同して観客の没入感を重視した、暗い画面を作成しました」と撮影の舞台裏を語りました。

様々な意図と狙いをもって完成した本作は、あなたの心を揺り動かすでしょう。私は母スギョンがある楽器を演奏する姿に彼女の精神的な幼さ、彼女が幸せで健全な少女時代を過ごせなかった光景を想像しました。

本作を見たあなたは、それぞれの登場人物の背後にどのような人生を想像するでしょうか。そんな深みを持つ映画だと紹介させていただきます。

【連載コラム】『東京フィルメックス2022』記事一覧はこちら

増田健(映画屋のジョン)プロフィール

1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。

今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn







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