東京フィルメックス2022『ダム』
第23回東京フィルメックス(2022年10月29日(土)~11月6日(日)/有楽町朝日ホール)のコンペティション9作品のひとつとして上映された『ダム』。
「リアリズムとイマジネーションを融合させた芸術的で詩的なこの作品は、腐敗やグローバル化の危険性に対する人間のどうしようもない闘いを隠喩的に表現している」と評され、【スペシャル・メンション】を授与されました。
監督は、ベイルート生まれでパリ在住のビデオアーティストであり、映画作家であるアリ・チェリ。
『ダム』は、ナイル川の大規模ダムの建設に携わる職人の男の物語が寓話的に描かれたチェリ監督の長編映画第一作。彼の短編映画『The Disquiet』『The Digger』とともに三部作をなします。
いずれも監督のルーツや関心のある地域を舞台に選び、地域の特性を活かした作品作りを目指したものです。
レンガ職人の男が泥で作る不思議な建造物が独自の生命を獲得していく物語『ダム』をご紹介します。
【連載コラム】『東京フィルメックス2022』記事一覧はこちら
映画『ダム』の作品情報
【日本公開】
2022年(フランス、スーダン、レバノン、ドイツ、セルビア、カタール合作映画)
【英題】
The Dam
【脚本・監督】
アリ・チェッリ
【出演】
マヘル・エル・ハイル ほか
【概要】
『ダム』は、2022年・第23回東京フィルメックス・コンペティション部門で、「スペシャル・メンション」となりました。
ビデオアーティスト兼映画作家のアリ・チェッリが監督を務めています。
アリ・チェッリは、ロンドンのナショナル・ギャラリーでアーティスト・イン・レジデンス(2021/22)、第59回ベネチアの美術ビエンナーレ(2022)で銀獅子賞を受賞。
映画の方では、短編作品『Disquiet』や『The Digger』はさまざまな映画祭で上映され、『ダム』は革命下のスーダンで撮影された彼の劇映画第一作です。
映画『ダム』のあらすじ
ナイル川のほとりのどこか。
大規模ダムが近くにある村で、川で生まれた泥と水でレンガを作る職人の男がいました。
朝早くから夕方まで、彼は一心不乱に作業をします。
やがて彼が作り続ける不思議な泥の建造物が、独自の生命を獲得していきます。
映画『ダム』の感想と評価
レンガ作りから男の人生を反映
映画冒頭「強大なダムの影で働く男、その人生は泥で形作られる」というフレーズが現れ、砂漠に浮かんだ船のような巨大な砂の塊が映し出されます。
その横を一台のバイクが走り、動物がゆうゆうと往来する道を通り抜けます。
ナイル川の建設中のダムのほとりの草ぶきの小屋からは音楽が流れ、朝ごはんを作る様子が映ります。
なんとも物静かで平和な様子のナイル川の朝。そこで主人公の男性は泥でレンガを作り、ダムの建設作業をしていました。
単純な作業に単調な日々。それでも職人の彼は一心不乱に泥をこねます……。
まずこの作品で目を引くのは、主人公が泥からレンガを作り出す様子でしょう。
監督のアリ・チェッリは、造形の芸術家ですから、建造物に関しては細部まで丁寧に描き出されています。
砂漠の国スーダンの大自然も余すところなく映し、ダム建設やそこで働く男の作業状況など、物語の奥にある‟作ること”への愛がたっぷりと盛り込まれた作品です。
監督が語る作品への思い
『The Disquiet』『The Digger』とともに三部作をなす『ダム』。その共通する主題は「大地」だとチェリ監督は語ります。
地理的に暴力行為があった地域を選んで映画を作ります。そこには、暴力があったという要素がストーリーを作り、新たに生まれた歴史が存在していますから……。
また作品では、泥は継続することや積み上げることの例えとして表し、泥を使ったシーンを多く取り入れました。
撮影は、2017年から準備を始めたのにも関わらず、2019年にクーデターが起き、大統領が追放されて国の政権が崩壊しました。
撮影隊も帰国を余儀なくされ、やっと再開のめどがつくと今度はコロナ禍。いつ現地に戻れるか分からない状況のなか、構想を練り直したそうです。
こんな苦労を重ねて作り上げた本作は、最初はドキュメンタリーだったのが、中断した分を演じて撮影したりしたので、後半はフィクション作品と言えると監督は言葉を繋いでいます。
ナイル川のほとりのダム作りをする物語には、監督の強いこだわりや想いが込められているのです。
まとめ
第23回東京フィルメックス・コンペティション部門出品作品『ダム』をご紹介しました。
アーティストのアリ・チェッリ監督の記念すべき初めての劇映画作品でもある本作は、受賞作品に準ずる作品とされる「スペシャル・メンション」に選ばれています。
革命下のスーダンで撮影され、ナイル川にダムを作る職人の活動を映し出した『ダム』。
創造の世界が現実化するこの作品では、腐敗やグローバル化の危険性に対する人間の闘いまでもが炙り出されています。
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星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。