連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第16回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、社会問題をテーマにしたサスペンスなど、さまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」、今年も全27作品を見破して紹介、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第16回で紹介するのは、ベルギーを舞台にしたノンストップ・パニック映画『ドント・ストップ』。
ブリュッセルの高校で無差別テロ事件が発生。多くの負傷者の救おうと救急車が呼び集められました。
しかし1台の救急車が搬送した負傷者の正体は、自爆ベストを身に付けたテロ実行犯の1人でした。周囲に死をもたらす危険を抱えた救急車が、白昼の大都会を走り抜けます。恐るべき事態はどのような結末を迎えるのでしょうか。
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CONTENTS
映画『ドント・ストップ』の作品情報
【日本公開】
2022年(イタリア・ベルギー合作映画)
【原題】
The Shift
【監督・脚本】
アレッサンドロ・トンダ
【キャスト】
クロチルド・エム、アダモ・ディオニージ、アダム・アマラ、ヤン・ハメネッカー、スティーブ・ドリエセン、ミリエム・アクヘディオ、ジャメル・バレク、モスタファ・ベンケロム
【作品概要】
ベルギーを舞台に無差別テロの恐怖を通じ、現代社会の様々な側面を描いたパニック・サスペンス映画。イタリア映画界で助監督を務めていたアレッサンドロ・トンダの、初長編映画監督作となる作品です。
主演は『ショコラ 君がいて、僕がいる』(2016)、『女の一生』(2016)、Netflixドラマ『Lupinn ルパン』(2021~)のクロチルド・エム。
『暗黒街』(2015)、『ドッグマン』(2018)のアダモ・ディオニージ、Netflixドラマ『マリアンヌ 呪われた物語』(2019~)のアダム・アマラらが共演している作品です。
映画『ドント・ストップ』のあらすじとネタバレ
その日の朝、バスには大勢の高校生たちが乗っていました。彼らはベルギーの首都、ブリュッセルにある聖ドミニク高校に通学する生徒たちでした。
バスから降りた多くの生徒たちは、いつも通り校舎に入っていきました。しかし突然、銃声が響き渡ります。
イスラム原理主義に染まった学生でしょうか、1人の若者が周囲の学生を狙って無差別に発砲します。生徒たちは逃げ惑い、次々と撃たれて倒れます。そして銃を持つ男の側には、もう1人若者が立っていました。
そして爆発が起きます。周囲の生徒たちも、テロの実行犯のそばに立っていた若者も傷付いて倒れます…。
同じ頃、救急隊員のイザベル(クロチルド・エム)は同僚のアダモ(アダモ・ディオニージ)と休憩をとり、談笑していました。
イザベルの夫はチュニジア人で、アダモは中東からの移民のようです。そして2人は救急車に乗り込みます。
すると本部から”コード・レッド”、緊急事態を告げる無線が入ります。聖ドミニク高校で爆発、負傷者が多数発生した模様。詳細は不明だが、どうやらテロ事件らしいとの連絡でした。
まだ休憩中でしたが、2人は負傷者の救護に向かいます。アダモが車を運転しますが、スマホで息子のカリムに連絡する不安そうな表情のイザベル。
テロの現場は彼女の息子の通学路にあたる場所でした。イザベルは息子の無事を確認しようとしますが、応答はありません。
仕方なく彼女は夫に電話して状況を伝えます。やがて救急車はテロの現場となった高校に到着しました。
現場には多くの警察車両、救急車が到着し混乱状態に陥っていました。ストレッチャーを用意し現場の校舎に向かうイザベルとアダモ。
生存者は呆然とした表情で校舎から外へ逃れていました。犠牲者と負傷者はまだ多数残されています。そして2人は意識の無い1人の若者を手当します。
この負傷者の容態は悪く、2人はドクターヘリに乗せようとします。しかしもう搬送者を乗せるスペースは無いと断られ、やむなく負傷者を自分たちの救急車に乗せる2人。
負傷者は16歳の少年だと無線で本部に報告し、どこの病院に向かうかの指示を求めますが、大量の負傷者の発生ですぐには決まりません。テロ実行犯は子供まで殺すのか、と口にして憤るアダモ。
走る救急車の中で少年を手当てするイザベル。彼女のスマホにカリムから連絡が入ります。息子の無事を喜び、イザベルは父が迎えに行くまで動かぬよう告げました。
イザベルが救護していた少年は意識を取り戻し、アブデルの名をうわ言のように口にします。少年を落ち着かせると、治療を続けようと服をハサミで切り開いたイザベル。
彼女は息を飲みました。少年は自爆ベストを身に着けていたのです。運転中のアダモもその事実を聞かされ動揺します。
少年を落ち着かせようと話しかけるイザベル。しかし彼は自爆ベストの起爆装置を握りしめました。
爆発すれば救急車の3人だけでなく、周囲の市民も巻き添えになるでしょう。イザベルは少年を刺激しないように、慎重にふるまうしかありません。
その頃、警察の対テロ本部は情報の収集に努めていました。イスラム過激派を監視していたものの、今回の事件の全体像は掴めずにいました。
しかし事件の生存者の証言から、無差別に発砲した後自爆した犯人は、アブドルという生徒だと判明します。
そしてアブドルが発砲する前に、校舎の扉を閉め避難を妨害した共犯者がいると判明しました。容疑者として浮上したのはエデン・プーファル(アダム・アマラ)という、同じ高校に通う生徒でした。
現在、エデンの所在は判明しません。対テロ本部の主任警視は、エデンの交友関係やSNSを調べるよう部下に指示します。
負傷者として救急車に乗せられたエデンは、起爆装置を示し救急車のサイレンを切れと要求します。傷の手当てが必要だ、病院に行く必要があると説得されても、頑なに拒絶するエデン。
自分のスマホが無いと気付いた彼は、イザベルのスマホを渡せと要求します。それを手にすると、エデンはどこかに電話します。しかしかけた相手は出ませんでした。
ブリュッセル市内には警察による検問が設けられていました。警官の姿に緊張するエデン。しかし自爆されてては大きな犠牲が出ます。
アダモはサイレンを鳴らし、救急搬送中を装い検問を通過します。エデンはユーセフ(モスタファ・ベンケロム)という人物に連絡しようと望んでいました。
ユーセフは見知らぬ番号からの連絡を警戒していましたが、ついに電話にでました。彼の指示で自爆テロを決行したエデンからの電話に驚くユーセフ。
生き残ってしまったエデンは、これからどう行動すべきか迷い彼の指示を求めたのです。ユーセフは彼を神の意志に従えと励まし、多くの人を犠牲にできる競技場に向かえと命じます。
ところが救急車に呼びかける本部からの無線が入ります。応答せねば怪しまれると説明したアダモは、エデンの前で無線を掴みました。
救急車の不自然な動きや、受け答えするアダモの態度は本部に不審がられますが、彼は何とか納得させました。なぜ本部が救急車の動きを把握しているとエデンに聞かれGPSが付いていると答えざるを得ないアダモ。
警察本部では、事件の黒幕としてマークしていたユーセフを追求していました。1年程前から失業し、その後思想が過激化したとのでは、と分析されるユーセフ。
彼はサッカーのコーチをしていました。それが若いテロ実行犯との接点だと思われます。一方イザベルは救急車に積まれた医薬品を使用し、何とか事態を打開できないか考えていました。
警察は行方不明のエデンの身柄を確保すべく、彼の両親に事情を説明します。当初息子をテロ犯と信じなかったものの、やがて恐ろしい現実を受け入れる父親。
イザベルは負傷しているエデンに、点滴など薬の追加が必要だと説明します。しかし警戒を緩めぬエデンは彼女の足を刺し、薬を投与するならまず先に自分自身に使い、安全だと証明しろと命じます。
本部から救急車に無線が入ります。動きを不審がる本部に、ガソリンを入れていたと説明しごまかしたアダモ。すると本部は近くで発生した、交通事故の現場に向かって欲しいと指示しました。
事故現場に向かうとユーセフから指示されたテロは実行できません。しかも事故現場には警察関係者が多数いるでしょう。しかしここで指令を拒否すれば救急車は疑われます。やむなく事故現場に向かうことを許すエデン。
警察に息子との関係を聞かれたエデンの父は、最近息子とはろくに話をせず、口論ばかりしていたと認めます。エデンの交友関係についても判らない、と力なく答えます。
テロ対策室の刑事は父の証言は信用できない、何か知っているはずと、さらなる追求を求めます。その意見を退け、エデンの両親に事件解決の協力を求める対策本部主任。
救急車はトンネル内の交通事故現場に到着しました。周囲には警官や消防士がいます。自分の存在に気付かれれば自爆しようと、エデンは身構えます。
しかし救護活動をせねば警官に疑われます。本部に到着を無線で報告すると、自爆ベストを付けた少年の許可を得て、救護隊員は車外に出ました。
隙を見て通報しようかと相談する2人。しかし負傷者を搬送しようとすれば、車内のテロ実行犯に警察が気付くでしょう。この場所で爆発が起きると多くの犠牲者が出ます。運を天に任せ、救護活動に向かいます…。
映画『ドント・ストップ』の感想と評価
キアヌ・リーブスの『スピード』(1994)のような、ノンストップ・アクション映画を想像した方は、大筋では同じでもシリアスな展開に驚かれたかもしれません。
イスラム原理主義者によるテロ、を題材にした作品です。冒頭の描写は「移民として暮らす方々への偏見を助長しないか?」、と心配するほどリアルで凄惨です。
しかし物語が進むにつれ、事件の背景が見えてくると共に様々な側面が見えてきます。本作はフィクションですが、さまざまなテロ事件とそれを生むヨーロッパ各国の事情が露わになる、社会派の側面が見えてきました。
起こりうる現実を突き付け、最初に観客に強いショックを与え感情を揺さぶり、その後時間をかけて事件を生む様々な側面を見せる。これぞフィクションの物語が持つ力といえるでしょう。
この映画の興味深い点は、ベルギーを舞台にした物語を、イタリアの映画監督が撮ったという事実です。映画に描かれた題材がヨーロッパ各国に共通するもの故に、それでも何の違和感も疑問も抱かせないとも言えます。
映画のクライマックスの舞台はブリュッセルのモーレンベーク地区。移民が多く暮らすエリアで多くの人々が日常生活を営む場所ですが、同時に犯罪多発地域としても知られています。
そして2015年11月に発生し、死者130名以上を出したパリ同時多発テロ事件の実行犯が、この地区の出身者であることが注目を集めました。
アレッサンドロ・トンダ監督は、本作を準備に取りかかるまでブリュッセルを知らず、モーレンベーク地区もテロ事件で聞いただけの場所だった、と語っています。
臨場感を追求する撮影技法の数々
この映画のアイデアの元は、ボランティアとして救急車に乗っていた私の父です、とインタビューに答えているトンダ監督。
自分のようなごく普通の人間が救急隊員として働いた時に、どのような状況に遭遇するだろうか。しかし同じ設定を持つ娯楽映画は無数に存在する。この設定にテーマ性を与えるには、特別なアプローチが必要だったと説明していました。
当初からジャンル映画、それもスリラー映画の製作を意識していたが、単なる娯楽映画に終わらない深みを与えなかった。同時にイスラム教は、テロやテロリストを意味するものでは無いと伝えたかった、と語っています。
他の映画を参考にせず、現実をベースに本作を作りたかったと話した監督は、ニュースやYouTubeの動画にインスパイアされて本作を作ったと証言していました。
ドキュメンタリー的な映像を目指し、準備期間中は警察官や消防士、テロ事件の被害者たちに話を聞き、冒頭の学校襲撃事件の描写は、リアルを求め警察関係者のアドバイスに脚本を合わせることが重要だった、と振り返る監督。
強烈な印象を残す冒頭シーンの臨場感は、このような作業を経て完成したものです。
その後は救急車の中という空間、ソリッドシチュエーションで展開する本作。リアリティの追及を目指した結果、セットを使用せず本物の救急車の中での撮影が行われました。
映画を見た方なら実感できたと思いますが、本作は多くのシーンが実際の道路上で撮影された作品です。撮影に使うルートを事前に設定し、当局の許可を得る必要があったと監督は解説しています。
車内の3✕2メートルに過ぎないスペースに、3人の出演者とスタッフを配置しての撮影は困難です。撮影に必要な、しかし映画には不要なものが画面に映らないよう、様々な工夫が必要でした。
360度あらゆる方向から撮影し臨場感を演出したい、しかし空間は限られている。そこで行われたのが、救急車の屋根にレールを取り付け、そこにカメラをセットしあらゆる方向からの撮影を可能にする方法でした。
なんといっても一番活躍するのはハンディカメラによる撮影です。本作においてカメラは常に登場人物、そしてストーリーに密着している必要があった、と語る監督。
そしてライティングも出来るだけ人工の照明を避けて、可能な限りリアルな映像を作ることに拘わりました。当たり前のように見えた劇中のシーン、その当たり前に見える光景を生むために、様々な工夫が行われていたのです。
リアルな演技を引き出したキャスティング
トンダ監督は本作の出演者は、カメラマンと密着した距離で照明やアングルなどの効果に頼らずに、自分自身でキャラクターの感情を表現する必要があったと説明しています。
自分は監督として、演出する自分の狙いを出演者に伝えた。しかし俳優たちは無理に演じるのではなく、自然体でいる必要があったと言葉を続けます。このような状況で、役柄を演じられる俳優を見つける必要があったと語る監督。
男性救命士アダモを演じたアダモ・ディオニージは、過去に共に仕事をして良く知っていたが、他の出演者を求めてパリ、ベルギーのリエージュやブリュッセルで何度もキャスティングを繰り返します。
その中で自爆ベストを着けた少年エデンを演じた、アダム・アマラを発見します。彼は街角で出会った本物の少年だ、と監督はインタビュアーに話していました。
彼の中に本物らしさ、そして怒りと恐れと繊細さを見い出した、と説明する監督。確かに彼が意図したものが、劇中に登場する少年から見い出せます。
これは救急車に乗る3人以外の人物、自爆テロを起こした少年の両親や、警察関係者の姿からも感じられます。ドキュメント調の映像の中に登場人物の心の動きが見える、実在感を与える描き方だと評して良いでしょう。
それでも自爆ベストを着けたテロリストを乗せた救急車が、こんなに長時間警察の目を逃れ、ベルギーの首都ブリュッセルを右往左往できるのか、という疑問を覚えた人もいるでしょう。
しかし救急車の中での出来事こそ、本作をスリラー映画として製作し、その上で通常のジャンル映画以上の深みを持たせようと望む監督が創作した展開です。
自爆テロに参加した、社会に大きな不満を抱いた少年。しかし迷いを抱えて何かに頼ろうとする彼の姿は、観客に様々な思いを抱かせたでしょう。
まとめ
リアルで臨場感ある映像でテロ事件を描き、その後のサスペンス展開を通じて現在の世界の多くの国、多くの場所、多くの家庭が抱える問題を描いた映画『ドント・ストップ』。
想像していた映画と異なりましたか?しかしラストシーンに至るまでの展開の中で、様々な事を考えさせらたでしょう。
少年は狂信の結果、自爆テロを起こしたのではありません。現在置かれた環境への不満、将来が見通せない絶望が、彼を凶行に駆り立てたのです。
そう理解するとイスラム原理主義者に限らず、社会に対して屈折した不満を抱く者の中から、同じ行為に走る者が現れる事実に気付かされます。我々の身近にそんな事件が起きていなかったでしょうか。
このような事態の当事者になった父親は苦悩します。その姿に共感または恐ろしさを覚えた方もいるでしょう。
またテロ対策班の主任以下、事件に比較的冷静に対処している警察関係者の姿も、リアリズムを追及した結果でしょうか、興味深いものがありました。
同時にそんな彼らが2人の救命士の身元を知ると、テロリストの協力者ではないかと疑う姿に、この問題の根深さが垣間見えます。
「私たちが違いを恐れている限り、何も解決することはできません。私たちは互いを、理解する事を学ばねばなりません」、とインタビューに答えているアレッサンドロ・トンダ監督。
その言葉に同意しつつも、異なる民族どころか自分の息子すら理解出来ない。それが我々人間です。この映画はジャンル映画のスタイルから、その事実を突き付けているのです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回の第17回は、閉ざされた村に潜む人狼は誰だ!おなじみ人気ゲームの世界を映画した推理トーク&バイオレンスホラー『人狼ゲーム 夜になったら、最後』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)