Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2018/09/04
Update

映画『ブエノスアイレス』感想考察と評価あらすじ。 ドキュメンタリー摂氏零度から浮かぶ作品の真実とは|偏愛洋画劇場13

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

連載コラム「偏愛洋画劇場」第13幕

香港の映画監督、ウォン・カーウァイ。

若者たちの刹那的な青春や恋人たちの胸の痛みを繊細に描き出すカーウァイ監督の作品は、世代を超えて愛され続けています。

今回ご紹介するのは香港から遠く離れた土地、アルゼンチンのブエノスアイレスを舞台に同性愛者カップルの激しい愛を描いた『ブエノスアイレス』

様々なトラブルを経て出来上がった名作を今回は改めて考察します。

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

映画『ブエノスアイレス』のあらすじ


©1997, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

香港のちょうど裏側にあるアルゼンチン、ブエノスアイレスを旅するゲイのカップル、ウィンとファイ。

愛し合っているもののしょっちゅう喧嘩する2人は“やり直す”ために旅行をしていましたが、“イグアスの滝”を見に行く途中再び喧嘩をし、別れてしまいます。

旅費がなくなったファイは金を稼ぐためタンゴバーでドアマンの仕事に就きます。そこへ白人男性とともにウィンが現れます。

後日、ファイの家へウィンがやってきます。ウィンは何度も復縁を持ちかけますが突き放すファイ。

ある日愛人に怪我を負わされたウィンが転がり込んできて、2人は再び一緒に暮らすことになります。両腕を怪我して何もすることができないウィンを、ファイはどこか嬉しそうに甲斐甲斐しく世話をします。

しかし怪我が癒えたウィンは出歩くようになり、ファイは独占欲からウィンのパスポートを隠してしまいます。

ファイは、転職した中華料理屋で、台湾からの旅行者の青年チャンと知り合い、親しくなります。そんなファイの元からウィンは去っていきます。

旅費が貯まったチャンは南米最南端の岬に行くことを決め、そこで代わりに悩みを捨ててくるからと言い、ファイにテープレコーダーを渡します。

ファイは口を開きますが何も言葉は出てこず、ただ涙を流すだけでした。

その後ファイは、より稼ぎの良い食肉工場に転職し、旅費を貯めてイグアスの滝へ旅立ちます。

香港への帰途、チャンの実家が営む屋台へ寄り、ファイはチャンの写真を1枚盗みます。

「会いたいと思えば、どこだって会うことができる」ファイはそう確信するのでした。

ウィンを演じるのはウォン・カーウァイ監督の他作品にも出演、夭折した香港の伝説的スター、レスリー・チャン。

人を翻弄する天性の魔性と、どこかへ消え去ってしまいそうな儚さを持つウィンのキャラクターは、レスリー・チャンその人そのもののように感じられます。

ファイを演じるのは同じくカーウァイ作品に多く出演、『レッドクリフ』で知られる世界的俳優のトニー・レオン。

トニー・レオンは当初ファイの役をできないと断ったそうですが、カーウァイ監督に「亡き父の恋人をアルゼンチンに探しに行く物語だ」と説得され承諾。

ところが現地についてみるとストーリーは大きく書き直されていたそうです。

ドキュメンタリー映画『ブエノスアイレス 摂氏零度』

本作上映後、撮影過程を映したドキュメンタリー映画『ブエノスアイレス 摂氏零度』が制作、公開されました。

そのドキュメンタリーには大幅にカットされたシーンが含まれているのですが、実はファイの妻や女医をめぐる三角関係が描かれていたりと、女性キャストも登場する予定だったことが分かるのです。

また撮影時レスリー・チャンはコンサートの予定も控え香港に帰国。物語の収拾をつけるために新しいキャストを加え完成させられた本作は、撮影背景や偶然が重なってできたユニークな名作なのです。

『恋する惑星』(1994)、『天使の涙』(1995)など、ウォン・カーウァイ監督作品は複数の登場人物が接点を持ち、道が交錯している群像劇が特徴的です。

もともとはそのようなストーリーになるはずだった『ブエノスアイレス』も、シーンが大胆にカットされ主要登場人物が3人になったことにより、恋人たちの姿がより情熱的に浮かび上がった作品だと言えます。

イグアスの滝が示すもの


©1997, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

『ブエノスアイレス』には“液体”が印象的に登場します。

ファイとウィンが目指したイグアスの滝、ファイが物思いに耽る川、ファイが洗い流す食肉工場での牛の血。

水は高低差があれば流れ落ち、川をゆっくりと流れるものですが、この映画に登場する液体は違います。

イグアスの滝は滝壺から水蒸気が上に立ち上り、ファイが川で乗ったボートはその場所を回っているかのように映され、牛の血は洗い流そうとしても地面に残ったままです。

この“液体”の描写はファイとウィンの関係を表しているのではないでしょうか。

途中で離れ離れになり、イグアスの滝にも1人で赴くファイ。しかし部屋で1人むせび泣くウィンの姿が途中で挟まれ、ファイの元を去ったウィンはまだ彼を想い続けていることが分かります。

物語最後「会いたければ、どこへだって会いに行ける」とつぶやくファイ。

チャンと知り合い、彼の実家の屋台に立ち寄り、彼の写真を手に取ったことから、ファイはチャンの元へ行くのではと連想させますが、ウィンとファイは再び出会うことを“液体”の描写は示しているのではないでしょうか。

2人の関係は下へ落ちてもまた上へと登るイグアスの滝のように、同じ場所で止まっているものだからです。

またカーウァイ監督は、ドキュメンタリー映画『ブエノスアイレス 摂氏零度』でこのように語っています。

「摂氏零度の元には東西南北も昼も夜もない。そこでは人々が彷徨っている…」

ウィンとファイは離れようともまた互いを求め、2人だけの“摂氏零度”の世界で彷徨い続けているのでしょう。

『恋する惑星』でも遠くに飛び立つ恋する人を待ち続け、時を超えてまた出会うといった描写がありました。

どんなに離れていようと愛情の元には世界は囲われたもの、どこへだって会いに行くことができるといったカーウァイ監督のメッセージが『ブエノスアイレス』には切なくも美しい形で描かれているように感じます。

まとめ


©1997, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

独占欲や嫉妬、嫌いになりたくてもなれない、離れれば恋しく、近いと憎い。

タンゴのリズムにのせてカラーとモノクロが交錯する映像、ブエノスアイレスの雑多な町並みや美しいブルーのイグアスの滝。

愛おしくも苦しい一組のカップルを描いた『ブエノスアイレス』と、ドキュメンタリー映画『ブエノスアイレス 摂氏零度』。

映画の世界に閉じ込められた永遠の恋人たちの姿をぜひご覧ください。

次回の『偏愛洋画劇場』は…

次回の第14幕も、オススメの洋画をご紹介します。

お楽しみに!

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

ロマン・ポランスキーの映画『毛皮のヴィーナス』 彼女は魔女か、それとも女神か|偏愛洋画劇場6

連載コラム「偏愛洋画劇場」第6幕 今回取り上げるのは『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)、『戦場のピアニスト』(2002)でおなじみ、80歳を過ぎた今も精力的に創作を続ける巨匠ロマン・ポランスキーに …

連載コラム

『愛してるって言っておくね』ネタバレあらすじと感想。実話結末の解説でアカデミー賞最優秀短編賞受賞作が描いた“家族の愛”とは|Netflix映画おすすめ35

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第35回 『トイ・ストーリー4』(2019)の共作者でもあった俳優ウィル・マコーマックが手掛けたNetflixオリジナル短編映画『愛してるっ …

連載コラム

映画『細い目』あらすじと感想レビュー。ヤスミン・アフマド監督が描く偏見や差別を超えたラブストーリー|銀幕の月光遊戯 42

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第42回 映画『細い目』(2004)が、2019年10月11日(金)より、アップリンク渋谷、アップリング吉祥寺他にて全国順次公開されます。 2009年に51歳で他界したマレ …

連載コラム

映画『フィードバック』ネタバレ感想とレビュー評価。カメ止めと似て非なる仕掛けの“生放送”ラジオ番組サスペンス|未体験ゾーンの映画たち2020見破録26

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第26回 世界各国の様々なジャンルの映画を集めた、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブ …

連載コラム

映画『シン・仮面ライダー』解説考察。庵野秀明エヴァシリーズでのオマージュを深掘りを2023年公開前に読み解く【邦画特撮大全92】

連載コラム「邦画特撮大全」第92章 今回の邦画特撮大全は、前回記事に引き続き『シン・仮面ライダー』を紹介します。 2021年4月3日、「仮面ライダー」生誕50周年企画発表会見での庵野秀明監督による映画 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学