Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/06/12
Update

映画『パニック・イン・ミュージアム』ネタバレ感想とラスト結末あらすじ。モスクワ劇場占拠テロ事件からロシア社会を読み解く|未体験ゾーンの映画たち2021見破録39

  • Writer :
  • 20231113

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第39回

世界各地の埋もれかけた様々な映画を発掘・紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第39回で紹介するのは『パニック・イン・ミュージアム モスクワ劇場占拠テロ事件』。

様々な民族を抱えた社会主義国家・ゾビエト連邦は崩壊し、それを引き継いだロシアは今も民族紛争を抱えています。世界を震撼させたテロ事件も発生し、その一つが『TENET テネット』(2020)冒頭の、オペラハウス襲撃シーンのモデルになりました。

そのテロ事件をロシアで映画化した作品を紹介します。果たしてドキュメント調のリアルな作品か、エンタメ重視のアクション映画か、プロパガンダ色の強い作品なのか。

アクション・戦争映画ファンなら、登場する武器や装備に興味があるでしょう。マンガ「ゴルゴ13」に描かれるような国際情勢に関心のある方も、関心と注目を寄せる作品を紹介いたします。

【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら

映画『パニック・イン・ミュージアム モスクワ劇場占拠テロ事件』の作品情報


© Корпорация РУССКАЯ ФИЛЬМ ГРУППА © Кинокомпания СТАРТФИЛЬМ 2018

【日本公開】
2021年(ロシア映画)

【原題】
Последнее испытание / THE LAST TRIAL

【監督・脚本・製作】
アレクセイ・ペトルヒン

【出演】
イリナ・クパチェンコ、イリナ・アルフェロバ、アンドレイ・メルズリキン、ミクハイル・エブラノフ、アナ・チュリナ、エレナ・ザクハラワ

【作品概要】
テロリストに占拠された劇場で、実行犯・特殊部隊そして人質たちが緊迫した駆け引きを繰り広げます。息詰まる攻防を描いたサスペンス・アクョン映画です。アレクセイ・ペトルヒンが監督した映画『Училка』(2015)の続編で、『Училка』に主演したイリナ・クパチェンコが本作でも重要な役を演じます。

イリナ・クパチェンコは旧ソ連で、アンドレイ・コンチャロフスキー監督作の『貴族の巣』で映画デビューし、同じ監督が「チェーホフの戯曲を映画化した『ワーニャ伯父さん』(1971)でソーニャ役を演じています。

以降ソ連・ロシアを代表する女優として活躍を続けています。彼女を軸に映画を見ると、通常のテロ事件を扱うアクション映画とは異なるメッセージが受け取れる作品です。

映画『パニック・イン・ミュージアム モスクワ劇場占拠テロ事件』のあらすじとネタバレ


© Корпорация РУССКАЯ ФИЛЬМ ГРУППА © Кинокомпания СТАРТФИЛЬМ 2018

今は職を辞した老歴史教師アッラ・ニコラヴェナ(イリナ・クパチェンコ)が1人で暮らすアパートを、在職した高校の卒業生たちが訪ねてきます。

元11Aクラス(ロシアの義務教育は11年制。アッラは最終学年の11年生/17歳のクラスを受け持っていた)の女子たちは卒業生が舞台に立つ、ミュージカル「ロミオとジュリエット」のチケットを持っていました。

今日誕生日を迎えた、敬愛する元女教師アッラを観劇に招待したのです。彼女が最後に指導した11Aクラスの卒業生たちは、他にも多くの者が劇場に来る予定でした。感慨にふけるアッラ。

モスクワ市内の劇場、文化宮殿「ミール」の支配人は本日初演の「ロミオとジュリエット」について、TVクルーの取材を受けていました。リハーサルが続く劇場に大道具を積んだトレーラーが向かっています。

開園が近づいた劇場にアッラの元教え子たちが集まり、久々の再会を楽しんでいました。アッラは11Aの卒業生に歓迎されます。その姿を高級車で乗り付けた男が見ていました。

車に乗った非番の特殊部隊員カディシェフ大佐(アンドレイ・メルズリキン)や、妊娠中の妻レナ(エレナ・ザクハラワ)と2人の子供と共に安全運転で向かう男サーシャなど、多くの人々が劇場を目指します。

アッラは劇場前で校長のアグネッサ(アナ・チュリナ)と話し、旧交を温めます。アッラの教え子のシャイロは、尊敬する元教師の彼女に誕生日プレゼントを渡します。同じ頃、劇場にトレーラーが到着していました。

劇場のロビーに入ったアッラは、現役の文学教師ナタリア(イリナ・アルフェロバ)を紹介されます。アッラと過去に何かあったらしいナタリアは、指導中の高校生たちを引率していました。シェイクスピア劇に関心を待たず、騒ぐ生徒に苦労している様子のナタリア。

カディシェフ大佐の車はパンクしていました。先に劇場に入った同伴予定のアグネッサに電話し、間に合わず入場出来なければ外で待つと伝えたカディシェフ大佐。

ロビーのバーではチェチェン出身の若い男2人が。1人の女性に声をかけていました。それに気付いた連れの男が怒り出し、ちょっとしたトラブルになります。

女性トイレにはヒジャーブ(スカーフ)を付けた、イスラム教徒らしい女性も複数いました。チェチェンで紛争が続きモスクワでもテロが頻発し、その姿は見る者に緊張を与えていました。

客席では教師のナタリアが、騒ぎを止めない生徒たちに手を焼いていました。教育者として投げやりな態度の彼女に冷たい視線を送るアッラ。

アッラの前に現れたナタリアは、今は教職を退いた彼女を理想主義者と非難します。確かに自分の生徒は問題児でいさめる事も出来ずにいるが、青少年を取り巻く社会環境を問題にしたアッラも、結局教え子を救えなかったとナタリアは告げました。

長年教師を務めた2人に深い確執があるようです。場内で劇場の支配人や演出家と握手を交わす高級車で現れた男は、貴賓席に向かうVIP客を眼で追っていました。

開園の時間が迫り劇場は閉ざされますが、車で劇場向かっていた家族4人はギリギリで入場できました。その直後に現れたカディシェフ大佐は入場を断られます。

開演の直前、支配人の元に男が手下と共に現れます。アガマットと呼ばれた男は武器を取り出し、部下は支配人を射殺しました。

ミュージカル開演と共に、大道具を積んだトレーラーから武装した覆面姿のテロリストたちが現れます。出入口に鍵をかけ、警備員や劇場の職員を制圧し捕らえて監禁するテロリストたち。

場内に自爆ベストを付けた女たちが立ちます。劇場を制圧したテロリストたちは舞台に乱入し、発砲をすると観客は悲鳴を上げました。

観客席の妊娠中のレナは抗議しますが、テロリストは彼女の夫サーシャを殴り倒します。テロリストが妊婦と子供は解放すると告げると、家族に逃げるよう強く言い聞かせるサーシャ。

道化役の俳優2人が事件に気付かずロビーに現れ、1人がテロリストに射殺されます。黄金のニワトリの衣装の俳優は慌てて逃げ出しました。

テロリストのリーダー、アガマットは人質に席を立たぬよう命じます。逃げようとした男が射殺されると、観客たちは抵抗を断念します。

アルメニア人とパスポートを持つ外国人、イスラム教徒も解放するとアガマットが叫ぶと、チェチェン人のコメディアン2人は自分が残るので、ロビーで知り合った若い女性を解放して欲しいと頼みました。

なぜお前たちはロシア人と闘わない、と言うアガマットに復讐は神の仕事だと答える2人。その勇気を認めたアガマットは要求を認めます。逃げることを渋る女を、元教師のアッラが説得して去らせます。

イスラム教徒だと名乗ったシャイロもアガマットと直接交渉し、自分が残る代わりに恋人を逃がしました。しかしロシア人男性からの同様の申し出は受け入れません。

解放すべき人物を逃がしたテロリストたちは、残る観客を銃で脅し一か所に集めます。そして人質たちに3分時間を与え、家族や親しい人に連絡する許可を与えるアガマット。

多くの人々に事態を伝えさせ家族に騒がせる事で、ロシア政府を動かしチェチェン独立派の要求を飲ませる企てでした。

舞台でロミオとジュリエットを演じる、高校の卒業生の俳優は将来を約束する仲でした。何としても生き延びて一緒になろうと誓います。

ナタリアの引率した女生徒がオセチア人と知ると、アガマットは解放しようとします。しかし彼女は自分はクリスチャンで、友人の残して行けないと訴えますが、ナタリアの説得で劇場から出ました。

もう一人のテロリストの指導者、セイフィは捕らえて別室に監禁したロシア政府の要人に要求を伝えます。

多くの人質が家族に連絡する中、元教師のアッラは警察に通報しテロリストの人数や状況を正確に伝えました。その冷静な行動を拍手して讃えるアガマット。

劇場の外のカフェに、入場出来なかった非番のカディシェフ大佐がいました。劇場正面ではTVレポーターが撮影中です。

パトカーから降りた警察官は劇場正面に立つ覆面姿の男に気付きます。テロリストは発砲しパトカーを蜂の巣にしました。

それを撮影した映像が速報でTVに流れます。カフェでそれを見たカディシェフ大佐は、スマホを置いたまま外へ飛び出します。

ニワトリの衣装を着た俳優は、衣装を脱ぎ捨てテロリストの目を逃れ劇場の屋上に出ました。シャイロに命じ人質のスマホを回収させるアガマット。

指示に従いスマホを集めたシャイロは、密かに1台隠し持ちます。屋上から非常階段で地上に逃れた俳優に駆け寄るカディシェフ大佐。

彼は相手が逃れた人質で、屋上から脱出したと聞き出します。彼からスマホを借りアグネッサにかけますがつながりません。

アグネッサが提出しなかったスマホが鳴り、気付いたテロリストは彼女を殴り倒します。カディシェフは屋上に登り出入口を探します。

劇場の前にFSB(ロシア連邦保安庁)特殊部隊の車両や隊員が集結します。指揮官は状況を分析しますが、全ての出入り口は防犯カメラで監視され、うかつに手出しできない状況でした。現在交渉人のセルゲイが向かっていると報告されるFSB指揮官。

単身劇場内に忍び込んだカディシェフ大佐は、すのこ(ステージの上にある、照明などの道具を吊るす天上部)で逃げた俳優が脱ぎ捨てたニワトリの衣装を見つけます。そこに1人のテロリストがやって来ました。

テロリストはカディシェフが入った屋上の通用口に、監視カメラを設置して封鎖します。支配人室のテロリストのリーダー、セイフィは何者かと電話で話します。

ナタリアの引率した生意気盛りの高校生たちも、今は怯えて動揺していました。ナタリアは生徒たちの解放を望みますが、場内で人質を見張るテロリストのリーダー、アガマットは拒絶します。

生徒たちはもう子供ではない、そして教師のナタリアは生徒に年長者を敬うよう教えていないと告げるアガマット。

甘やかされた子供を導くには、アッラーの神と両親と教師の導きが必要だと、イスラム教の教義を持ち出したアガマットは、生徒への厳しい指導を怠り、その結果尊敬されていないと文学教師ナタリアを批判します。

それを聞いていた元歴史教師のアッラは、皆が沈黙する中アガマットに冷静に抗議します。敬虔なムジャヒディンである自分の行動は全て神の意志だと言うアガマットに、ならば神の慈悲を示せと人質への待遇改善を求めるアッラ。

観客席のアガマットと連絡をとりあう支配人室のセイフィ。2人がテロリストのリーダー格で、セイフィは外部からの指示でアガマットと協力するよう命じられていました。そして彼は事件を計画した者から、アガマットたちが知らぬ使命を与えられたようです。

身元を隠すためにニワトリの衣装を身に付け、テロリストの目を避けつつ場内の様子を伺うカディシェフ大佐。

劇場の外ではTV局のクルーが中継を行っていました。解放されたアッラの教え子の女は、治安部隊の一員となった同級生に再会します。アッラが最後に教鞭をとった11Aクラスの生徒たちは、それぞれの人生を歩み始めていました。

カディシェフはテロリストに発見され、銃撃を受け逃げ出します。その様子を監視カメラでみていたセイフィは、相手は隠れていた俳優だと判断しいて部下に追わせます。

人質の中に要人がいたことから、特殊部隊の指揮所にロシア連邦警護庁(ロシア版シークレットサービス)の幹部が現れます。指揮所の幹部たちは事態は複雑化したと感じていました。

トイレに逃げ込んだカディシェフは、テロリストの1人と格闘します。そしてトイレからニワトリの衣装を着た死体を引きずり出す、覆面姿のテロリストが現れます。人質たちに愚かな行動をした俳優は死んだ、と告げるアガマット。

それはイスラムの聖戦士を名乗る者の、市民への不当な攻撃だと冷静に指摘するアッラ。アガマットがイスラム教徒に対する十字軍の横暴を例に挙げると、アッラはチェチェンを含むコーカサス地方のイスラム系住民が、ナチスに協力した歴史を指摘します。

イスラムの神学の意味と、民族対立の歴史の意見をぶつけ合うアッラとアガマット。周囲の人質もテロリストも固唾を呑んで議論を聞いていました。

特殊部隊司令部に交渉人のセルゲイが到着しました。膠着状態と混乱に司令部は苛立っていましたが、今日はもう誰も死なせないとつぶやくセルゲイ。

テロリストのセイフィは、外部からの事件を最大限政治的に利用しろと指示されていました。そして報酬に関する話題も口にします。

人質たちは疲れ果て、アッラとアガマットは先程交わした議論の意味を考えていました。改めてアッラにイスラム教徒にとってのジハード(聖戦)の意義を話すアガマット。

ロシアがジハードを行うムジャヒディンを、テロリストと宣伝していると指摘すると、本来のジハードは神に従いより良き人間を目指す、精神的な闘いで破壊活動ではないと告げるアッラ。

2人の議論は結論に至りませんが、アガマットは歴史教師アッラの深い知識と思慮深い態度に感銘を受け、これからも教育者として若者を指導して欲しいと語りかけます。

アガマットはイスラム教徒でないアッラに、特別の敬意を払い解放しようとしますが、彼女はそれを断り残ると言いました。

彼女の態度に1人のテロリストが動揺します。ロビーに出て覆面を取ったその男デニス(ミクハイル・エブラノフ)は、やり場の無い怒りをぶつけていました……。

以下、『パニック・イン・ミュージアム モスクワ劇場占拠テロ事件』のネタバレ・結末の記載がございます。『パニック・イン・ミュージアム モスクワ劇場占拠テロ事件』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


© Корпорация РУССКАЯ ФИЛЬМ ГРУППА © Кинокомпания СТАРТФИЛЬМ 2018

特殊部隊司令部は、事件を起こしたのはチェチェンからロシア軍撤退を要求する、チェチェン独立派と確認し対応に苦慮します。

劇場内ではチェチェン紛争を巡る歴史を、元歴史教師のアッラとテロリストの実働部隊のリーダー、アガマットが議論していました。

アフガニスタン紛争から続くロシアとムジャヒディンとの戦いの歴史は、多くの教え子が戦場に赴いたアッラにも、苦い記憶だと認めます。

議論はチェチェン紛争以前のスターリンの弾圧、第2次大戦時ナチスに協力したチェチェンのイスラム勢力と、より深く紛争の歴史を探るものになりました。

スターリンの民族弾圧と強制移住をアガマットが指摘すると、アメリカですら第二次大戦中は日系人を強制収容所に送ったと語るアッラ。

憎悪の応酬を繰り返す人々の振る舞いは、時の流れと共に新たな視点で評価されるとアッラは主張します。

特殊部隊が送った白旗付きのラジコンカーを、見張りのテロリストは射撃し破壊します。交渉の糸口は見えません。

外部からの連絡を待つもう1人のテロリストのリーダー、セイフィは事態は計画通りに推移していると判断します。彼はアガマットの部下のテロリスト、デニスが教師を嫌っていることも知っていました。

セイフィは建物を人質ごと爆破すると同時に地下の壁に穴を開け、脱出ルートを確保し逃亡する計画を準備していました。しかしデニスが地下を確認すると、見張りのテロリストが殺されています。

アガマットとセイフィが今後の行動について話している時に、その報告が入ります。現場に応援を送る中、アガマットの部下はセイフィは密かに何者かと交渉しており、それにはドルで支払われる大金が動くと報告します。

アガマットはTVの報道で外部の動きを確認します。一方監禁中の政府要人の前に現れ大金を払えば人質を解放する、お前は交渉をまとめた英雄になれる、と持ち掛けるセイフィ。

その夜、特殊部隊の交渉人セルゲイは白いハンカチをかかげ、単身劇場の正面玄関に向かいます。ロビーに入った彼は覆面姿のテロリストと話します。

今は攻撃はしない、監禁に耐えられない人質を何人か解放すれば、水や食料を提供するというセルゲイに、全ての出入り口はカメラで監視していると示し、無益な攻撃をするなと告げるテロリスト。

セルゲイは覆面姿のテロリストの1人が、指でサインを送っていると悟ります。その意味は「682」。指揮所に戻った彼は、それがカディシェフ大佐のコード番号と気付きました。

テロリストは人質に命じ、皆に水を配らせます。それを任されたミュージカルの演出家は、テロリストと議論するアッラの態度は人質を危険にさらす行為だと非難します。

興奮した彼を教え子のシャイロが取り押さえますが、騒ぎを起こした2人をテロリストは殴り倒しました。

動いて殴られる人質が他にも現れ、緊張に耐えかね笑い出す者も出ました。狂気じみた笑いが人質たちの間に広がります。発砲して笑い声を静め、大人しくしていれば生き延びられると告げるアガマット。

TVのニュースでロシア寄りのチェチェン共和国政府の要人が、今回のテロ事件を非難し犯人に投稿を呼びかけます。アガマットはTVを消しました。

ロミオ役の男優は、公演後渡すつもりだった婚約指輪をジュリエット役の女優に渡し、2人はキスを交わしました。

文学教師のナタリアとアガマットはTVやインターネットの発達が、政治的メッセージを持つテロを誘発したかを議論していました。解放された人質は自分のスマホに、その映像が送信されていると気付きます。

ジハードの意義を語るアガマットに、イスラムの教えは殺人を禁じていると指摘する元歴史教師のアッラ。自分は祖国を離れたこの地でも傭兵ではなく、誇りあるジハード戦士として闘っていると語るアガマット。

その会話を特殊部隊司令部も傍受していました。シャイロら人質の隠し持ったスマホや携帯電話が貴重な情報源になりました。アッラとアガマットの議論は紛争は誰に責任があり、真の犠牲者は誰で、どう解決すべきか白熱します。

元教え子の兵士や解放された人質が、中にいる元歴史教師アッラの人となりを特殊部隊司令部要員に説明します。暴力に知識と理性で立ち向かうアッラに感銘を受ける指揮官たち。

アガマットは部下の覆面をしたテロリストの中に、治安部隊の人間が潜入したと気付いていました。カディシェフが解除した爆薬の起爆装置を再設定させると、無線でこのような行為はするなと警告するアガマット。

カディシェフはトイレで殺したテロリストと入れ替わり、覆面を利用し内部で妨害工作をしていました。しかし気付かれてアガマットの部下デニスに撃たれ、カディシェフは地下の資材置き場に転落します。

事件をどう解決させるか悩む特殊部隊司令部。アガマットはアッラと神学について議論を交わし、彼女にさらに深い敬意を抱きました。

アガマットが今後の作戦行動を確認すると、セイフィは上層部から指示があるまで動くなと伝えます。事件にアメリカが介入しようと動き事態はさらに複雑化します。

教え子の女子に執拗に迫るテロリストをアッラが注意しますが、そのテロリストは銃の台尻でアッラを殴りました。

それに怒った人質の男サーシャはテロリストに飛び掛かります。発砲音を聞き場内に戻るアガマット。

サーシャは銃で撃たれ、テロリストが落とした自動小銃をアッラが握り、周囲のテロリストたちは彼女に銃口を向けていました。

銃を捨てろと言うアガマット。アッラはどんなに彼が立派なイスラム戦士として振る舞っても、戦争に便乗し悪事を振る舞う者はいると言い武器を捨てます。

アガマットは言い訳する部下を怒り、負傷した勇敢なサーシャは敬意を払い解放する、彼を運ぶ役割の6人の女性も一緒に解放すると言いました。

アッラとナタリアの教え子の女子6人が選ばれ、重傷のサーシャと共に場内から去ります。

テロリストに撃たれ落下したカディシェフ大佐は廃材の上に落ち、それがクッションとなり無事でした。洗面所で傷と顔を洗った時に緊張の糸が切れたのか、思わず涙を流すアッラ。

洗面所から出たアッラは、敬虔なイスラム教徒として礼拝するアガマットを目にします。

廃材置き場から逃れたカディシェフは一室に入りますが、そこに人質から回収した大量のスマホが保管されていました。

カディシェフを探していたアガマットの部下は、別室に監禁されていた政府要人を見つけアガマットに報告しますが、セイフィに射殺されます。

カディシェフは入手したスマホで劇場内の様子を司令部に報告しますが、現れたテロリストのデニスと格闘し電話は途切れます。部隊に突入準備を命じる指揮官。

デニスを倒したカディシェフは痛み止めを射ち、テロリストが交信に使う無線機を持ち移動します。アガマットは連絡のあった地下に向かい、そこで射殺された部下を発見します。

ナイフで刺されたデニスは意識を取り戻し、止血するとカディシェフの後を追います。そしてアガマットの前にセイフィが現れます。彼は自分を利用し、今回の人質事件で身代金を得ようとしたと悟るアガマット。

誇りあるジハード戦士として、チェチェン独立の為に闘う彼にとって許し難い行為です。2人は撃ち合いになり格闘し、アガマッドはナイフでセイフィの首を斬り殺害します。

そこに現れたカディシェフと格闘になり、カディシェフがアザマットを倒しました。自分がここで行った聖戦はセイフィらの私欲に利用されたと知って、アザマットは闘いを継続する意志を失っていました。

自分はかつて恩師から、イスラムの教えを忠実に守る人々の素晴らしさを教わったと語るカディシェフは、アザマットに無線電話を渡します。

正しい聖戦を行えず、それに部下を巻き込んだと恥じたのか、アザマットは外部からの説得に応じ、神の罰を受けると言い降伏しました。自分はいなかった事にして、アザマットが自ら投降したことにするカディシェフ大佐。

立ち去るカディシェフに爆弾の起爆装置を渡したアザマットは、祈りの言葉を唱え続けます。

テロリストのデニスは傷付いた体で劇場内に現れました。彼もかつてアッラが務める高校で学んだ、彼女の教え子でした。しかし彼は素行不良で学校から放逐させられていました。

アッラに見棄てられた結果人生が歪められ、テロリストになった彼はアッラに銃を向けます。かばおうとした教え子のシャイロが撃たれ、次いでアッラも撃たれます。

2人を撃ったデニスに、アッラは最後まで問題を起こした彼をかばい、警察にも何度も足を運んだと真実を告げるナタリア。教え子の将来を心配し、尽力した教師は彼女だけだと告白しました。

自分たち他の教師が、教え子のお前を見棄てたと語るナタリアに、動揺しながら銃を向けるデニス。

しかしナタリアの教え子たちが彼女をかばい立ち上がります。デニスが引き金を引けずにいる中、銃声が鳴り響きます。場内に現れたカディシェフがテロリストを次々撃ち倒しました。

デニスは俳優を盾にしますが、自分の振る舞いを恥じたのか人質を離し、自らを撃って倒れます。カディシェフは倒れているアッラに駆け寄ります。

カディシェフもアッラの教え子でした。彼女を搬送しようとしますが、アッラの元11Aクラスの生徒たちがその役目を引き受けます。共に観劇するはずのアグネッサを見つけて駆け寄るカディシェフ。

運ばれる際に元教え子のデニスの身を案じるアッラ。彼女が目にしたのは舞台で倒れたデニスの体でした。

場内に特殊部隊員が突入し人質は解放されました。舞台上にデニスの遺体だけがとり残され、セットは崩れ落ちます。

救急車に乗せられるアッラの周りに、元生徒たちが集まります。同じくストレッチャーに乗せられた、負傷した教え子のシャイロに手を振るアッラ。

開演前にチェチェン人のコメディアンともめた男は、待っていた彼らと握手を交わします。多くの者が家族や愛する人と無事再会しました。

アグネッサ校長と現れたカディシェフ大佐を、特殊部隊司令部の面々や交渉人のセルゲイが出迎えます。指でサインを交わすカディシェフとセルゲイ。

私たちの「先生」に捧げる、との言葉を映して映画は終わります……。

映画『パニック・イン・ミュージアム モスクワ劇場占拠テロ事件』の感想と評価


© Корпорация РУССКАЯ ФИЛЬМ ГРУППА © Кинокомпания СТАРТФИЛЬМ 2018

1991年ソビエト連邦が崩壊しつつある中、独立を宣言したチェチェン。ロシアはそれを認めず軍事行動を開始、1994年第一次チェチェン紛争が開始されます。

終結後も周辺地域を巻き込んだ緊張状態は続き、1999年ロシアは軍事行動を再開、第二次チェチェン紛争となります。この際欧米各国はロシアによる弾圧だと非難しました。

ところが2001年アメリカで同時多発テロが発生すると、対テロ戦争への支援が欲しいアメリカはロシアに対する姿勢を軟化させ、イスラム過激派に対する世界の見方も大きく変わります。

第二次チェチェン紛争勃発時ロシア首相だったウラジーミル・プーチンは、大統領代行を経て2000年に大統領に就任します。「強いロシア」の復活を目指したプーチン大統領は、この紛争を対テロ戦争の一部と位置づけ、徹底的な軍事行動を実施します。

圧倒的な軍事力に敗れたチェチェン独立派は、テロ活動で対抗します。そして2002年10月に発生したのが”モスクワ劇場占拠事件”でした。

この事件はロシア連邦保安庁の特殊部隊が突入し解決しますが、その際非致死性の無力化ガスを劇場内に散布します。このガスによって、900名以上いた人質の内129名が死亡する悲劇が起きました…。

その衝撃的展開を今も記憶している方も多いでしょう。この事件が本作のモデルであり、『TENET テネット』のオペラハウス襲撃シーンに影響を与えました。

事件を振り返ると、本作の展開とは大きく違っていると気付くでしょう。そして旧知のように振る舞う登場人物たち、主人公の先生とテロリストの徹底討論に、多くの方が違和感を覚えたでしょう。

実は本作、とある映画の続編として作られた作品です。

このアクション映画、実は熱血教師モノです

参考映像:『Училка(The Teache)』(2015)

前作の映画は『Училка』、「先生」の意味を持つ題名の作品です。40年間歴史を教えてきたアッラ先生は、無軌道に振る舞う若者たちに教訓を与えようと、教室に銃を持ち込み生徒たちを監禁します。

事件を通じ世代間の意識の違いや、ロシア社会の抱える問題が露わになります。事件の解決に現れた特殊部隊のカディシェフ大佐も、かつてアッラ先生に教えられた生徒でした。『Училка』の予告編をご覧頂くと、前作の登場人物が本作に集結していると確認できます。

とはいえ先生が教室に銃を持ち込んで、生徒に教訓を与える過激さはドラマ『女王の教室』(2005~)で天海祐希が演じた鬼教師どころの騒ぎではありません。

生徒に殺し合いをさせる『バトル・ロワイアル』(2000)のビートたけし、生徒を全員殺そうとする『悪の教典』(2012)の伊藤英明よりマシ、というのは冗談ですが実に凄い設定です。

しかしこの作品はロシアで高く評価されました。社会主義から資本主義へ体制が変わり、ネットやSNSなど生活環境も激変する中、若者と良心的な老教師の対立を通し現代ロシアを描いた、問題提起型の学園ものと評されたのです。

ドラマ『3年B組金八先生』(1979~)よりも、個々の生徒と社会問題に真剣に向き合うアッラ先生。映画とはいえありえない教師像ですが、ロシアの大女優イリナ・クパチェンコが演じたことで、説得力あるキャラクターとして確立しました。

日本に例えると吉永小百合がこの役を演じ、テロリストと激論を交わすようなものです。『パニック・イン・ミュージアム~』の印象が変わってきましたか?

作品の中で議論し、社会問題の考察を深める映画


© Корпорация РУССКАЯ ФИЛЬМ ГРУППА © Кинокомпания СТАРТФИЛЬМ 2018

本作は”モスクワ劇場占拠事件”の設定を頂きながらも、再現に重きを置いた映画ではありません(一方で本作の人質役エキストラには、医師の勧めで参加した実際の事件の被害者もいました)。

劇中で議論を戦わせて問題を観客に提起し、考えさせる機会を与える重厚な作品です。現在アクション・歴史映画は世界的に娯楽性を重視し、ストーリーや登場人物を簡略化し単純な善悪ものにした作品が増えていますが、本作は真逆の姿勢で作った意欲作と呼べるでしょう。

そもそもロシア文学はドストエフスキーの著作のように、登場人物が議論したり自問自答して、様々な問題を読者に示し考えることを促す作品を数多く輩出してきました。

本作はその系譜である「考えさせる映画」と呼んで良いでしょう。テロリスト側に究極の「知的で良心的なテロリスト」を用意して、議論を深める相手として登場させます。

映画をご覧の方は、ネタバレあらすじで紹介しきれないアッラ先生の深い意見に、納得と同時に違和感も覚えるでしょう。

これが「知的で良心的なロシア人」の世界観だ、と興味深く認識することもできます。もっともロシアで公開される映画を審査する人々に配慮した意見でもあるはずです。

一方で映画を堅いだけの作品にしないよう、テロリスト側にハリウッド映画的な金目当ての悪党も配しています。そして孤軍奮闘するカディシェフ大佐はアクション映画の主人公そのもの、娯楽映画として楽しめる作品にもなっています。

まとめ


© Корпорация РУССКАЯ ФИЛЬМ ГРУППА © Кинокомпания СТАРТФИЛЬМ 2018

実際のテロ事件を基にした、実は学園ドラマをテロ事件の現場で描いた作品の『パニック・イン・ミュージアム モスクワ劇場占拠テロ事件』。

鑑賞する前は単純なアクション映画か、プロパガンダ的性格の強い映画を予想していただけに、劇中で展開される熱い議論に驚きました。その誰もが感じる違和感の正体を解説してきました。

本作と『TENET テネット』には、テロ事件以外にも共通点があります。それは対比される赤色と青色。『TENET テネット』は順行する時間の世界を赤色、逆行する時間の世界を青色で表現しています。

『パニック・イン・ミュージアム~』にもミュージカルのポスターなど、様々な場面で対になる赤色と青色が登場します。これは異なる価値観を象徴するものであり、視覚からも異なる意見と立場の対立を描きました。

最後に。本作の原題『Последнее испытание(THE LAST TRIAL)』を直訳すると、「最後のテスト(試練)」です。

前作でアッカ先生の起こした事件で成長した登場人物たちが、教室から場所を移した劇場でテロ事件に遭遇しました。究極の危機的状況に遭遇した時、現代ロシア社会の抱える問題や宗教的価値観の対立などに直面した時、どう振る舞うのか試される映画を意味したタイトルです。

それは鑑賞した我々に対しても配られた、「最後のテスト」とも言えるでしょう。

次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…


(C)K.A.O.S., an Entertainment Co., Ltd.

次回第40回はゾンビに支配された終末世界を親子が愛車で激走する!ゾンビサバイバル・アクション映画『アンデッド・ドライバー 怒りのゾンビロード』を紹介します。お楽しみに。

【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら






関連記事

連載コラム

映画『ブエノスアイレス』感想考察と評価あらすじ。 ドキュメンタリー摂氏零度から浮かぶ作品の真実とは|偏愛洋画劇場13

連載コラム「偏愛洋画劇場」第13幕 香港の映画監督、ウォン・カーウァイ。 若者たちの刹那的な青春や恋人たちの胸の痛みを繊細に描き出すカーウァイ監督の作品は、世代を超えて愛され続けています。 今回ご紹介 …

連載コラム

映画『VS狂犬』感想と考察評価レビュー。シッチェス映画祭2020ファンタスティックセレクションからウイルスによって凶暴化した介護犬と戦う少女|SF恐怖映画という名の観覧車126

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile126 サバイバルにおいて生死の境を分けるのは知識の有無であると言われています。 しかし、時に知識の力を遥かに凌駕するのは本人の「生きる意志」。 …

連載コラム

映画『スターフィッシュ』ネタバレあらすじ感想と結末の評価考察。世界を救うためのミックステープを集める少女を“冒険的な映像”で描く【未体験ゾーンの映画たち2022見破録14】

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第14回 映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。 傑作・珍作に怪作、野心的な表 …

連載コラム

『とおいらいめい』感想解説と考察評価。SFディストピア映画のテーマを瀬戸内のロケ地撮影にて“地球最後の日に生きる家族の姿”|2022SKIPシティ映画祭【国際Dシネマ】厳選特集7

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022国際コンペティション部門 大橋隆行監督作品『とおいらいめい』 2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映画産業の変革の中で新た …

連載コラム

映画『菊とギロチン』感想と解説。女相撲を題材に2018年を代表するベスト作品|映画と美流百科8

連載コラム「映画と美流百科」第8回 今年2018年は映画史に残る邦画が、たくさん公開されています。カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した『万引き家族』や、都内2館の上映から全国ロードショー …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学