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Entry 2021/08/06
Update

羊たちの沈黙|ネタバレあらすじと考察感想。意味解説は“怖い”猟奇殺人犯という記号とサスペンス作法

  • Writer :
  • タキザワレオ

映画史に残るサイコスリラーの『羊たちの沈黙』。

連続殺人事件を任されたFBI訓練生クラリスが、9人の患者を惨殺して食べた獄中の天才精神科医レクター博士へ協力を仰ぎ、女性を狙う猟奇殺人犯バッファロービルの捜査に挑む傑作サスペンス『羊たちの沈黙』。

本作は、第64回アカデミー賞主要5部門を独占した映画史に残るサイコスリラーの金字塔であり、今なお続編やスピンオフ作品が制作され続けています。

ジョナサン・デミ監督がとりまとめ、主演にジョディ・フォスター、共演はスコット・グレン、テッド・レビンほか。1991年度アカデミー賞の主要部門を総なめにした傑作サスペンスをご紹介します。

 

映画『羊たちの沈黙』の作品情報


(C)1991 ORION PICTURES CORPORATION.. All Rights Reserved

【公開】
1991年(アメリカ映画)
 
【原題】
The Silence of the Lambs

【監督】
ジョナサン・デミ
 
【キャスト】
ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス、スコット・グレン、テッド・レヴィン、アンソニー・ヒールド、ケイシー・レモンズ

【作品概要】
トマス・ハリスのベストセラー小説『ハンニバル・レクター三部作』の二作目にあたる同名小説を、ジョナサン・デミ監督が映画化。1991年度アカデミー賞の主要部門を総なめにした傑作サスペンス。

2001年に本作のニュープリント版が公開された後、『ハンニバル』(2001)『レッドドラゴン』(2002)『ハンニバル・ライジング』(2007)と続編がほぼ立て続けに3作公開されるほど、サー・アンソニー・ホプキンスが本作で演じたハンニバル・レクターは映画史に残る人気キャラクターになりました。

主演は『告発の行方』のジョディ・フォスター。共演はスコット・グレン、テッド・レビンほか。

映画『羊たちの沈黙』のあらすじとネタバレ


(C)1991 ORION PICTURES CORPORATION.. All Rights Reserved

FBIアカデミー女性訓練生として優秀な成績を持つ FBI研修生のクラリス・スターリングは、大勢の男性訓練生と互角に渡り合うほど血のにじむ様な努力を積み重ね、卒業後にジャック・クロフォードが主任を務める行動科学課で働くことを熱望していました。

訓練も修了に差し掛かっていた頃、クロフォードは彼女に連続殺人犯「バッファロービル」の人物像を見出すべく、殺人犯として投獄中の精神科医、ハンニバル・レクター博士の協力を仰ぐよう指示します。

刑務所の看守、フレデリック・チルトン博士からもレクターの異常性について念を押されながら、クラリスは独房越しにレクターとの面会を果たします。

洞窟のようなれんが造りの独房は、横並びに他の囚人も収容されていましたが、その中でもレクターの監房のみガラス張りで一際異彩を放っていました。

クラリスがクロフォードの部下と分かると、レクターは彼女に身分証の提示を要求します。軽いやりとりから彼女を見初めたレクターは、FBIの協力を了承しました。

ニュースで事件を知っていたレクターは、バッファロービルの名前の由来について、クラリスに尋ねます。

クラリスは「生皮を剥ぐ連続殺人鬼だから」と答えた後、殺人鬼の心理分析をするための質問事項を渡しました。

クラリスが帰り支度をすると、レクターの隣に収容されているミルズのうめき声が聞こえました。手首を噛んだと言う彼にクラリスが注目した瞬間、ミルズはクラリスに自身の精液を投げつけたのです。

レクターは、クラリスを呼び戻してミルズの無礼を謝罪した後、自身の患者であったモフェットの元を訪ねるよう助言しました。

刑務所を出たクラリスは幼少期に警官であった父親が家に帰ってくる様子を回想します。

警察の仕事から帰り、家ではクラリスにとっての父親を全うしていた父の姿を思い出した彼女は、刑務所の駐車場でひとり涙を流していました。

その後もクラリスFBI本部での訓練を重ねていました。

レクターの犯行記録に目を通しているとクロフォードから連絡が入り、ミルズが死亡したことを知らされます。レクターに一日中詰られた挙句、舌を噛み切って自殺したそうです。

その後クラリスはレクターの地元ボルチモアにあるモフェットの貸倉庫を探し当てます。

中の倉庫を調べるとそこにあったのは高級ドレスをまとったマネキンとホルマリン漬けになった生首でした。

生首の正体はレクターの元患者のベンジャミン。レクターはクラリスに対し、変身願望のある患者として実験台にされたとだけ説明しました。

そこへクロフォードからバッファロービルの犯行と思われる新たな遺体発見の連絡が入ります。

クロフォードとともにウェストバージニア州のエルク川へ向かいます。いずれの犯行も三日間生かしてから殺し、異なる河川に沈めるという手口に共通点がありました。

クラリスはバッファロービルを30〜40代の白人の男性と推察します。

そしてクロフォードにレクターのもとへ行かせたのはバッファロービル捜査のためかと尋ねるものの、本当の目的をレクターに勘づかれたくないクロフォードはクラリスからの質問の答えをはぐらかしました。

葬儀場で州の保安官から遺体発見時の様子を聞くクロフォードとクラリス。

クロフォードは「性的暴行の話は女性の前では遠慮してくれ」と言い、クラリスを省いて保安官と話していました。

クラリスは葬式に目をやりながら、自身の父の葬式を回想します。

その後バッファロービルの犯行とされる女性の遺体が葬儀場に運び込まれ、クラリスは検死を始めます。

河に沈められていたため体内に木の葉や土が詰まっていないか、口の中を確認すると、意図的に押し込まれたとされる蛾の繭を発見しました。

その後、昆虫学者に繭の正体を調査してもらった結果、蛾の正体が背中に骸骨のような模様のあるアケロンティア・ステュクス(メンガタスズメ)であることが判明しました。

その頃、行方不明になっていたルース・マーティン上院議員の娘キャサリンが、バッファロービルによって誘拐されたという報道が入ります。

議員からの依頼を受けたクラリスはレクターのもとへ出向き、バッファロービル捜査への正式な協力を要請しました。

協力した暁には情状酌量として砂浜での優雅な休暇を過ごすことができるとレクターに説明するクラリス。

レクターはクラリスの個人情報を交換条件として提示し、捜査協力を了承しました。

レクターはクラリスに子供の頃の最悪の思い出を尋ねます。

クラリスは田舎の警察署長であった父の死について語りました。

クラリスと情報交換をした後、チルトンはレクターに「マーティン上院議員からの依頼は嘘であった」と明かします。

クラリスの依頼とはクロフォードの差金で、実際に議員からの依頼は取り付けていなかったのです。

チルトンはレクターからバッファロービルの本名はルイスであると聞き出し、メンフィスにてレクターの議員との体面を取り付けました。

全身を拘束された状態でメンフィス国際空港へ到着したレクター。

マーティン上院議員に対し、バッファロービルの本名がルイス・フレンドであることを明かしました。

そして帰りがけの上院議員に向かってレクターは「ドレスを大事にな」とだけ言い残しました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『羊たちの沈黙』ネタバレ・結末の記載がございます。『羊たちの沈黙』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


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その後署に戻され、拘留中となったレクターもとへクラリスが面会に来ました。

レクターは自身をはめようとしたクラリスを軽くたしなめます。

クラリスはレクターが明かしたバッファロービルの本名はアナグラムで適当につけた嘘であったことを突き止めていました。

バッファロービルの行動原理は性的欲求や突発的な暴力ではなく、極度の切望であり、追い求めるものを手に入れられないジレンマであるとレクターは説きます。

クラリスはその答えを求めるも、レクターは彼女のトラウマ、父親が死んだ後の事を追及してきました。

里親の元から逃げ出した日のことを語るクラリス。

ある日、子供が叫んでいるような悲鳴を聞いたクラリスは、納屋へそっと近づいて中を覗きました。それは子供ではなく殺される子羊の悲鳴でした。

それを見て逃げ出したのかと尋ねるレクター。

クラリスは否定します。子羊を逃がそうとしてゲートを開けたのに、子羊たちは怯えて走れなかったのです。

幼いクラリスは子羊の一頭を抱えて走り出しました。

結局、子羊を助けることはできずクラリスは保安官に保護され、子羊は牧場主の元へ連れ戻され屠殺されてしまいました。

今でもクラリスはその時の子羊の悲鳴が聞こえると言います。

レクターはキャサリンを救い出せば子羊の悲鳴に悩まされる事はないと諭しました。

トラウマについて全てをさらけ出したクラリスは改めてバッファロービルの本名をレクターに問いました。

しかし彼は答えようとせず、クラリスは後からやってきたチルトンによって連れ出されてしまいます。

レクターの檻から離れるクラリスに対し、レクターは彼女にだけ分かるようサインを出しました。

元いた独房からチルトンのボールペンをこっそり持ち出していたレクターは夕食を運びに来た看守2人の目を盗み、手錠を解きます。

隙を見て看守のひとり、ペンブリーに手錠をかけるレクター。もう1人の顔を食いちぎり、催涙スプレーを吹きかけました。

手錠で身動きの取れないペンブリーを警棒で撲殺したレクターはラジカセから聞こえるピアノの旋律に身を揺すりながら、優雅に檻から脱走しました。

1階で待機していた警官たちは5階から聞こえた銃声に反応しました。エレベーターは5階から3階へ止まりました。階段で3階へ向かう警官たち。

エレベーターを見るとそこには誰もいませんでした。レクターのいた檻には臓物を抉り出され吊し上げられた看守の死体が飾りつけられていました。

建物周辺を派遣された警官隊と救急車が囲みます。レクターに殴打された警官がストレッチャーに乗せられエレベーターで1階まで運ばれます。

3階以上は確認済みでレクターは2階に潜んでいると報告する警官。するとエレベーターの天井から血が漏れてきました。

エレベーターは1階へ到着し、ペンブリーは救急車へ乗せられます。地上の警官隊がエレベーターの天井に向けて銃を構えていました。

2階から確認すると腹這いになったレクターの姿がうっすらと見えました。ハッチを開けるとそこにいたのは、レクターの服を着せられたペンブリーの遺体でした。

当のレクターはペンブリーの制服を着て救急車にて現場からの脱出に成功していました。

その後レクターはメンフィス国際空港にて旅行者を殺害し、衣服を奪ったとの報道が入ります。

レクターのヒントをもとに、バッファロービルの第一被害者は友人だった可能性に気付いたクラリスはオハイオへ向かいました。

第一被害者、フレデリカの父親のもとを訪れたクラリスは被害者宅で裁縫道具とドレスを発見。

バッファロービルは大柄な女性の皮膚を使用しドレスを作っていたことに気が付きます。

クラリスがクロフォードに連絡すると、FBIはメンガタスズメの輸入経路から容疑者とされるジェーム・ガム逮捕に向かったと言いました。

クロフォード率いるスワット部隊は、イリノイ州にあるガムの自宅へ突入するもそこには誰もいませんでした。

クラリスがフレデリカの裁縫仲間から聞いたリップマン夫人の情報をもとに夫人宅へ赴くと、玄関から出てきたのはバッファロービル、本名ジャック・ゴードンでした。

ジャックは「リップマン夫人はもうここには住んでいない」と言い、フレデリカとの面識についてはぐらかした答え方をしました。

部屋の中を飛ぶメンガタスズメが目に入った途端、クラリスは銃を構えジャックに突き付けました。

部屋の奥へと逃げ込むジャックのあとをクラリスが追いかけます。キャサリンの安否を確認した後、ジャックを探すクラリス。

家の電気が落とされ、暗視ゴーグルを着けたジャックが静かにクラリスへと近付きます。

クラリスへ銃を向けるジャック。クラリスは即座に後ろを振り返り、ジャックを射殺しました。

その後クラリスは正式FBI捜査官となります。入隊式後のパーティにてクロフォードと握手を交わすクラリス。

クラリスのもとへかかってきた電話の主はレクターでした。

レクターはクラリスに「子羊の悲鳴は鳴り止んだのか」とだけ尋ね、電話を切ります。

電話を切ったレクターは、万全の警備をつけ、背後に警戒するチルトンの後をゆっくりと追いかけました。

映画『羊たちの沈黙』の感想と評価


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女性捜査官の物語

高度な知能と独自の美学を持つカリスマ的殺人鬼、ハンニバル・レクターが登場する映画作品は本作以前に『刑事グラハム/凍てついた欲望』(1988)が公開されました。

同作は『羊たちの沈黙』のヒットを受けて『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』と改題され、主人公の元FBI捜査官ウィル・グレアムの活躍がマイケル・マン監督によって描かれました。

犯人の心理を分析し、異常犯罪を読み解き真犯人を割り出すプロファイリングを有名にした映画作品であり、レクターとのやりとりから犯人像を推察する本作のクラリスは、そこへさらに行動科学というロジックを持ち込み、動機を読み解くというミステリー要素を映画に持ち込む役割を果たしていました。

監督のジョナサン・デミは、本作を手掛けるにあたり「サスペンス映画でありながら女性主人公が性的な危険に犯されることがない」脚本に関心を持ったと本作公開当時のヴィレッジ・ヴォイスのインタビュー(1991年2月19日)にて語っていました。

本作にとって主人公クラリスが女性であることは物語上の必然があり、キャラクターの物語としても女性を主人公としたことに意味がありました。

観客は女性主人公の視点を通して、客体化された女性像を擬似体験することが出来ます。

FBI本部のエレベーターに乗った彼女は周囲の男性訓練生よりも一回り以上背丈が低く、仕事で刑務所を訪問した際には男性の囚人、そして刑務官からの執拗なセクハラを受け、捜査の一員であるにも関わらず、女性である事を理由に性犯罪の会話から外されてしまいます。

犯人逮捕をはじめとし、肉体労働を前提としたFBIの男性社会的な環境で、女性捜査官が受ける抑圧が、意図的に描かれています

象徴的なのはFBIのトレーニングシーン。

2人1組で片方がレスリングマットでもう片方の攻撃を受け止めるこのスパーリングでは、体格が2倍大きい男性のペアからの猛攻撃を女性のクラリスが受け止めるという訓練模様が描かれます。

彼女が任務に呼ばれ練習を抜けると、今度は別の女性訓練生がスパーリングの相手役に充てがわれるのです。

女性が男性社会で受ける重圧を視覚的に表現したこのシーンに代表される演出が随所に散りばめられており、犯人逮捕を描いたクライマックスシーンでも、アクション面での整合性と兼ね合いながら「女性であることがハンディキャップとなる限定的社会」を視覚的に表現していました。

そんな彼女にとってのメンターとして、メンタル面での助言を行うレクターはある種、父性を持ったキャラクターと捉える批評も数少なくありません。

警官であった父親を失い、その後のトラウマを経て同じく警察の道へと進み、捜査中に出会った精神科医レクターから、トラウマからの脱却を学び、晴れて捜査官として一人前になるという物語を切り取って、クラリスの父親への切望をファザーコンプレックス、もしくはエレクトラコンプレックスと読み解くことも出来なくはありません

しかし後半のクラリス1人でのバッファロービル宅突入は、デミがリアリティよりもドラマ性を重視したが故の展開であり、プロセスよりも「女性捜査官が女性被害者を救済する」という結末を重視したクラリスの物語は、そのプロセスがレクターによってであれ、犯人によってであれ、過去の呪縛から解放されることに重点が置かれていました。

レクターが居なければクラリスは捜査官になれなかったかもしれません。

しかし彼女はレクターとの会話の中で自分が女性であるが故、男性からの視線を集めることに自覚があると明かしました。

彼女が捜査官として女性であるというハンデを負いながらも、それらを折り込んだ上でトラウマから脱却したいという確かな意思がありました。

映画史に残るカリスマ的異常犯罪者ハンニバル・レクターばかりが本作の批評で取り上げられがちですが、主人公の物語をもとに本作のあらすじを追っていくと、クラリスがあらゆる不自由に苛まれながらも、女性捜査官として大成する物語として秀逸なことが分かります。

したがって、前述したデミの発言は、女性が客体化されないことを指していたのではなく、「本筋には一切影響しないモノとしてしか女性が配置されない」などのベクデル・テスト的な趣旨での発言だったと推察出来ます。

猟奇殺人犯の記号


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ジェンダーバイアスの観点で本作が問題視されているのが、猟奇殺人犯バッファロービルの人物描写でした。

「男性器を股の下にはさみ、女性の身体になりきる」「女性の皮膚を剥ぎ、女性の身体を奪うことで女性になろうとする」など本作公開後にこういったバッファロー・ビルの描写がトランスフォビア(嫌悪)にあたるという批判を受けたのです。

具体的な問題についてはNetflixのドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド』にてその描写の不十分さ、劇中でのエクスキューズの至らなさが詳細に説明されています。

名作とされるサイコスリラー、サスペンス作品を振り返って見ると、猟奇殺人犯やサイコパスを描く際に性的倒錯者として女装をする男性を描いてきた映画は数多く、それだけをまとめた映画史を構築できるほどです。

本作もその作品群のうちの一つであり、バッファロービルを演じたテッド・レヴィンは脚本の段階でこの人物造形は同性愛嫌悪にあたるのではないかという危惧を監督のデミとも共有していました。

その後デミは批判を受け入れ、次作の『フィラデルフィア』(1993)にて同性愛差別に対する補完(釈明)をしたという贖罪がなされますが、ここにも誤解が生じてしまいます。

劇中のクラリスとレクターの会話にて、バッファロービルはトランスジェンダーではない(出生時の性別に違和を感じている訳ではない)と説明されます。

「彼の犯罪の攻撃性は性的倒錯に原因があるわけではない」と。

バッファロービルのプロファイリングにおいて、このような分析では、変態とされるキャラクター描写のために男性による女装、変身願望を描いたことへの説明がなされていません。

トランスジェンダーに対して排除的なラディカルフェミニストが主張するような「女性の身体を奪い、女性として振る舞う男性」という言説で、本作のバッファロービルは、トランスジェンダーと異性装趣味を混同し、異常者の異常性を表現するクリシェとしてのジェンダー表象を無自覚に消費しまっています。

サスペンスの技巧

主人公クラリスの物語、昨今議論されている犯人の描き方の問題に触れましたが、やはり本作で最も観客の注意を引いてしまうのはアンソニー・ホプキンス演じるハンニバル・レクターでしょう。

人食いでありながらも知性に溢れ、品格すら感じさせるその佇まいはアンソニー・ホプキンスその人の威厳によるものであることは、『刑事グラハム/凍てついた欲望』(1988)に登場するブライアン・コックス版レクターと比較すれば一目瞭然です。

前半のクラリスとの穏やかな会話では静の動きを表現しており、移送中の拘束状態からはレクターの本質とも言える獰猛さが表出しています。

レクターの野蛮ながら知能犯ぶりが窺えるのが一連の逃走シーン。

5階へ登ったエレベーターが3階で止まることで、下で待機していた警官たちの注意をひき、極端に飾り付けた遺体に意識が向いている隙に負傷した警官になりすまし、警官に脱出を手伝わせるという大胆さ。

エレベーターの天井のトリックと現場を離れる救急車とがクロスカッティングでスリリングに描かれると同時に、警官の顔面を殴打し、顔の判別を不可能にさせた意図がここで明らかになるという種明かし。

行き当たりばったりの犯行で見せるその余裕ぶりはレクター独特のカリスマ性と美学を感じさせます。

また何度も引用するようですが、本作が女性捜査官の視点で描かれたこともサスペンスにおいて深い意味があります

終盤の電気が落とされた暗い室内で、クラリスの背後を捉えたバッファロービルの視点は、女性への視線を上手く切り取ったカットです。

それまで女性側の視点から自分を見る男性の視点を描いていた本作が反対側の視点をも取り込むことで、見られている恐怖と第三者の視点から見て、当人は見られていることに気付いていないと言う恐怖の両側面を描き出しています。

これは描写につける演出ひとつで(日本で言うところの)「志村うしろ」的なギャグ描写になってしまいますが、一歩間違えばギャグになってしまうというこのスリリングな演出こそが、観客の恐怖を極限まで引き立たせる絶大な効果を生み出しているのです。

まとめ


(C)1991 ORION PICTURES CORPORATION.. All Rights Reserved

アカデミー賞を5部門も受賞した本作はサイコ・スリラージャンルの金字塔となり、今なお続編やスピンオフが作られていることから、後世に絶大な影響を及ぼしました

それはハンニバル・レクターというキャラクター一発が当てたヒットではなく、女性捜査官によるサスペンスの巧みさであったり、ハワード・シャアが手掛けた情緒豊かな音楽、撮影監督タク・フジモトの巧みなカメラワークなど、あらゆる要素が結合し大ヒットに繋がりました。

ヒット作としての影響力を鑑みてか、その後本作の猟奇殺人犯の心理描写の至らなさなど、様々な問題点が挙げられた作品の一つでもあります。

しかしながらエレベーターの脱走シーンやプロファイリングをもとにした捜査など、映画史に残る名シーンの数々やジョナサン・デミの映画監督としての総合力の高さを感じさせる作品でした。


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