『ポゼッサー』は2022年3月4日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー!
第33回東京国際映画祭2020「TOKYOプレミア2020」で上映され、これぞ傑作とSF映画ファンをうならせた『ポゼッサー』。
カルト的な人気を持つデヴィッド・クローネンバーグ監督の息子、ブランドン・クローネンバーグの長編第2作である本作は、ファンからの注目と期待の中で誕生しました。
父の作品を意識しつつ、新たな世代の映像手法を用いて描かれた評されている意欲的な作品です。SF映画ファンを自認する方は、見逃してはいけません。
CONTENTS
映画『ポゼッサー』の作品情報
【日本公開】
2022年(カナダ・イギリス映画)
【原題】
Possessor
【監督・脚本】
ブランドン・クローネンバーグ
【出演】
アンドレア・ライズボロー、クリストファー・アボット、ジェニファー・ジェイソン・リー、ショーン・ビーン、ガブリエル・グラハム、ロッシフ・サザーランド
【作品概要】
サンダンス映画祭2020でワールドプレミアムで上映され最優秀監督賞を獲得、シッチェス・カタロニア国際映画祭では最優秀作品賞と最優秀監督賞を受賞した作品です。
ブランドン・クローネンバーグの長編映画第1作『アンチヴァイラル』(2012)に次ぐ、待望の2作目となる作品は様々な映画祭と、世界のSF・ホラー映画ファンから高い評価を獲得しました。
主演は『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2017)や『ナンシー』(2018)、『ニューヨーク 親切なロシア料理店』(2019)のアンドレア・ライズボロー。
共演は『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017)、村上龍原作の『ピアッシング』(2018)のクリストファー・アボット、『ロード・オブ・ザ・リング』(2001)やドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』(2011~)のベテラン俳優ショーン・ビーン。
デヴィッド・クローネンバーグ監督作『イグジステンズ』(1999)に主演、『ヘイトフル・エイト』(2015)でアカデミー賞とゴールデングローブ賞の助演女優賞にノミネートされた、名優ジェニファー・ジェイソン・リーも出演しています。
映画『ポゼッサー』のあらすじ
パーティ会場でとある弁護士が、コンパニオンによってナイフで殺害されました。自殺を図ろうとして果たせぬ言動の怪しいコンパニオンは、駆け付けた警察官により射殺されます。
事件が終わった後、とある場所で装置につながれた女タシャ・ヴァス(アンドレア・ライズボロー)が目覚めます。彼女は第三者の脳に入り込み、その人物の意識と行動を支配する”ポゼッサー(所有者・占有者)”として活動していました。
上司のガーダー(ジェニファー・ジェイソン・リー)の指示で、暗殺対象に近い人物の意識を精神融合装置で乗っ取り、任務遂行後は殺害の実行犯であるその人物を、自殺に見える状態で始末する。ヴァスはこの任務を完璧に果たす優れたエージェントです。
任務完了後ヴァスは死亡した殺害犯の肉体から精神を“離脱”させ、ガーダーから感覚テストを受けて、正常な精神状態で自らの肉体に復帰したか確認されます。その後、自分の夫と息子の待つ家庭に帰ることを希望するヴァス。
自らも”ポゼッサー”であった上司ガーダーの懸念にも構わず、ヴァスは自分の家庭へと戻りました。しかし彼女は家族に隠れて密かに行う罪の意識と、他人の精神と1つの肉体を共有した記憶の影響からなのか、徐々に精神の安定を蝕まれているようでした。
そんなヴァズにガーダーは次の任務を命じます。暗殺対象は大手IT企業の社長ジョン・パース(ショーン・ビーン)。彼の娘エヴァの恋人、コリン・テイト(クリストファー・アボット)の精神をまず乗っ取ります。
ヴァズは彼の体を操りジョンとエヴァを殺害、コリンを自殺させてその肉体から“離脱”する。経験豊富な”ポゼッサー”、ヴァスには簡単な任務のはずでした。
しかしコリンの精神に入り込んだエヴァは、いつもと異なる奇妙な感覚に襲われます。それでも暗殺を成功させようと、計画通りに犯行を実行しようと行動するヴァス。
ところが暗殺は計画通りに行われず、ヴァスはコリンを自殺させ肉体から“離脱”することにも失敗します。精神融合装置につながれた彼女の肉体は、危険な拒絶反応に襲われました。
自らは望まぬ犯罪に手を染めたと動揺するコリンの精神と、任務を果たし“離脱”しようと望むヴァスの精神は、1つの肉体の中でせめぎ合います。そして上司のガーターと彼女たちが所属する組織は、事態を収拾しようと行動を開始します。
やがて2つの精神に支配されたヴァズは、思わぬ行動に出ました。誰もが想像しなかったSFノワール映画は、どのような結末を迎えるのでしょうか…。
映画『ポゼッサー』の感想と評価
父の作風に挑むブランドン・クローネンバーグ
映画に限らず、ある分野で著名な活動をした人物を親に持つ子供にとり、親と同じ分野に進むのは大きなプレッシャーとなるものです。
異なる分野に挑む人物が多いのも当然、映画監督の子供が映画監督になる例もありますが、親とは異なるテイストの作品を作る事が多いと思われます。…もっとも親世代とは製作環境が大きく変わった、これが異なる作風になる一番の原因かもしれません。
巨匠フランシス・フォード・コッポラの娘ソフィア・コッポラは、父と異なる作風の映画で評価を高め、今や彼女は2世監督であると意識しない映画ファンも多くなっています。
映画監督初期の時代にデヴィッド・クローネンバーグと共に働き、『デビッド・クローネンバーグの シーバース』(1975)の製作を務めた、『ゴーストバスターズ』(1984)などのコメディ映画監督として有名なアイヴァン・ライトマン。
彼の息子、ジェイソン・ライトマンも『JUNO/ジュノ』(2007)や『マイレージ、マイライフ』(2009)、『タリーと私の秘密の時間』(2018)など、父と異なる作風の映画で実績を重ねます。そして2022年日本公開の『ゴーストバスターズ/アフターライフ』で、ついに父の映画の続編に挑みました。
しかしブランドン・クローネンバーグは、意識して父と同じ作風の映画を監督していると信じられています。前作『アンチヴァイラル』では人間の肉体と精神の変化を、父の初期作品同様の無機質な映像と爬虫類感覚の演技、そして特殊メイクを駆使して描きました。
この父の作品からの強い影響は、今回紹介する『ポゼッサー』からも強く感じられます。
舞台は2008年のパラレルワールドのトロント?
参考映像:ブランドン・クローネンバーグ監督『ポゼッサー』TIFF2020トークサロン
本作監督のブランドン・クローネンバーグは、コロナ禍の中開催された東京国際映画祭2020の、オンラインで実施されたTIFFトークサロンで本作について多くを語っています。
父デヴィッド・クローネンバーグの映画から多くの影響を受けたのか、父のスタイルを継承しているのか。本作に登場したセリフは、その意志の表明か。本作を鑑賞した観客からは、このような質問が多く寄せられていました。
しかし本人は、客観的に見れない父の映画は意識していないし、興味も抱いていない。私の作品は衝動的に湧き出た、自らの内なるものを映像化したもの、と答えるブランドン監督。
映画に登場する印象的なシーンには、撮影を進める中で作り上げたシーンも存在する。脚本で「悪夢」とだけ表現されたものを、親友でもある撮影監督カリム・ハッセンら長年組んだ製作チームと現場で作り上げた。
幻覚シーンなどはCGを使用せず、インカメラで完成させたと説明した監督。硬質かつ無機的な映像と、激しい暴力がもたらす生々しさが両立した、本作の製作舞台裏をこのように説明しています。
ちなみにカリム・ハッセンは、自身が撮影だけでなく監督・脚本も務めている、知る人ぞ知るカルトホラー映画『大脳分裂』(2000)を手掛けた人物です。彼とブランドン監督が親友と聞いて、妙に納得させられました。
激しい暴力描写も父の作品からの影響ではなく、主人公ヴァズの内なる衝動を描いた結果だ、彼女が「殺し」を自らの手で、肉体的に実感したいからだ。そして観客に彼女の体験を追体験させる狙いで描いた、と説明しています。
SFである本作は、リアルだが現実ではテクノロジーはそこまで発達していない世界、あまり遠い未来ではない世界を舞台にした。設定としてはパラレルワールドの、2008年のカナダのトロントでの出来事だと教えてくれました。
確かに近来の物語でありながら、登場する車や建物などはどこか古風で、SF映画の傑作『ガタカ』(1997)を思わせる雰囲気が漂います。
私はSF小説、『ブレードランナー』(1982)など数多くの小説が映画化されたフィリップ・K・ディック、ジョージ・ロイ・ヒル監督の『スローターハウス5』(1972)の原作者カート・ヴォネガットのSF小説が好きだ、と語るブランドン監督。
SFが好きというより、SF的手法で現実世界を誇張して描いた作品が好きだと説明しています。本作を鑑賞した方はこの説明に納得すると同時に、これは父のデヴィッド・クローネンバーグと同じ、自作映画へのアプローチだと考えるでしょう。
監督本人は父からの影響を否定していますが、父と同じものに関心を抱き、同じ手法で映画を創造しているのは明らかです。やはり彼は父のDNAを受け継いだ映画監督だ、と評して問題ないでしょう。
クローネンバーグ家の系譜に連なるSFスリラー
他人の意識に入り込み、その人物を支配する。その結果、支配する側の人物のアイデンティティーも変容する。
押井守監督の『攻殻機動隊』(1995)や『イノセンス』(2004)、キアヌ・リーブスの代表作『マトリックス』(1999)やクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』(2010)などが描く世界です。
デヴィッド・クローネンバーグ監督作品を鑑賞した方であれば、彼が『スキャナーズ』(1981)や『ヴィデオドローム』(1983)などで、繰り返し描いたテーマだとご存じでしょう。
激しい暴力描写と人体破壊を繰り返し描く、それを(CG不在の時代の必然ですが)特殊メイクで表現する、これが父の映画の特徴でした。
『ポゼッサー』に重要なアイテムとして登場する銃も、デヴィッド・クローネンバーグ監督ファンなら『ヴィデオドローム』や『イグジステンズ』を想起するでしょう。
そして『ポゼッサー(所有者・占有者)』というタイトルに注目すれば、人の意識を支配する寄生生物を描いた『シーバース』が思い浮かびます。本作の劇中には、それを意識したかのようなセリフも登場します。
アイデンティティーの喪失と変貌を、俳優の演技力で表現した作品に注目すれば、ジェレミー・アイアンズ主演の『戦慄の絆』(1988)と本作の共通項を指摘できます。つまり、クローネンバーグ映画ファンは『ポゼッサー』を見逃せません。
本作で”ポゼッサー”、精神を支配する側の女を演じるアンドレア・ライズボローと、彼女に支配される男を演じた、クリストファー・アボットの演技もまた見どころです。
この両者の2つの人格の切り替えと、変貌を遂げた姿に注目して下さい。ブランドン・クローネンバーグ監督は2つの人格の切り替えの際には、映像の中にそれを示すサインがあると説明しているので、鑑賞の際はご注目下さい。
まとめ
世界のSFファンから絶賛されている映画、『ポゼッサー』についてクローネンバーグ監督親子を通して解説してきました。
父デヴィッドの作品は男性的である、と呼べるものです。それは男性が主人公の作品が多いだけではなく、暴力描写も性的描写も男性目線の描写が多い、と指摘できるからです。
対して『ポゼッサー』は女性の視点を持つ映画です。主人公が女性というだけでなく、女性の秘めたる暴力性や、女性視点で描く男性の「性」を取り上げ方が、父の作風とは大きく異なっていました。
これらのシーンは暴力描写と共に、本作のR18+指定に大きく影響したものと思われます。どうが覚悟(期待?)の上でご鑑賞下さい。
この表現は時代の要請に応じたものか、それとも父と息子が扱うテーマの違いであるのか。これはぜひブランドン・クローネンバーグ監督次回作を拝見した上で、確認したいものです。
本作を準備するにあたり、脳を操作する科学技術をリサーチしたと語るブランドン監督。
本作劇中には微弱な電流を脳に流すことで、行動の遠隔操作を可能にする脳の埋込みチップを発明し、世間を震撼させたホセ・デルガード博士の、闘牛を利用した実験映像が登場していました。
現代から見ても、当時も倫理的に問題があるとされたこの実験は、「脳にチップが埋め込まれる」「脳と思考が電波で支配される」という、都市伝説や妄想の定番の一つとして広く認識されています。
映画『ジュラシック・パーク』(1993)の原作者マイケル・クライトンは、博士の実験を元にSFスリラー小説「ターミナル・マン」を著し、1972年に発表しました。
この小説を映画化した作品が、『電子頭脳人間』(1974)。全編に流れる冷たく硬質的なタッチと悲劇的展開が、今もSF映画ファンの記憶に残る作品です。
『ポゼッサー』の冷徹な映像と、いきなり爆発する暴力描写に『電子頭脳人間』との共通点を感じとりました。
父親の映画との共通点を通じ『ポゼッサー』を解説してきましたが、ブランドン監督の関心は古典的SF作品に向いており、その世界を古典的映画手法で映像化する。それこそが監督の真のこだわりかもしれません。
『ポゼッサー』は2022年3月4日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー!。