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映画『ナンシー』ネタバレ感想と考察。サイコスリラーとしての高評価はサンダンス映画祭でもお墨付き|未体験ゾーンの映画たち2020見破録54

  • Writer :
  • 増田健

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第54回

「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第54回で紹介するのは、孤独を抱えた人々を描く、サスペンス・スリラー映画『ナンシー』。ドキュメンタリー番組『Welcome to the DPRK 』を監督した、クリスティーナ・チョーが監督・脚本を務めた作品です。

SNSの匿名性が引き起こす様々な事件が、大きな社会問題なっています。その1つがなりすまし行為。自分が都合よく偽って創造した、架空の人間となって振る舞うことです。

自らが置かれた生活環境から逃れたいのか、なりすまし行為に溺れた1人の女が、自分の容姿は30年前に、5歳で行方不明になった少女の容姿に似ていると気付きます。

その後彼女のとった行動は周囲の人間と、彼女自身にどのような影響を与えるのでしょうか。

【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020見破録』記事一覧はこちら

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映画『ナンシー』の作品情報


(C)2017 Nancy the Film, LLC

【日本公開】
2020年(アメリカ映画)

【原題】
Nancy

【監督・脚本】
クリスティーナ・チョー

【キャスト】
アンドレア・ライズボロー、スティーブ・ブシェミ、ジョン・レグイザモ、アン・ダウド、J・スミス=キャメロン

【作品概要】
サンダンス映画祭で脚本賞を受賞し、映画批評サイト”ロッテン・トマト”で支持率86%を獲得した、ミステリー仕立ての人間ドラマ。韓国系アメリカ人女性で優れた短編映画を手がけ、北朝鮮で密かに撮影を試み、実像を描こうとしたドキュメンタリー番組『Welcome to the DPRK 』を監督した、クリスティーナ・チョーが監督・脚本を務めた作品です。

彼女の才能を見込んだ、映画『007』シリーズで有名なバーバラ・ブロッコリが製作総指揮を務めた異色のインディーズ映画で、主演はスティーブ・ブシェミと『スターリンの葬送狂騒曲』(2017)で共演し、『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2017)に出演しているアンドレア・ライズボロー。ブシェミにジョン・レグイザモら、名優が脇を固める作品です。

様々な映画祭で賞を受賞した作品で、埼玉県川口市のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018でも上映され、国際コンペティションの最優秀作品賞を獲得した作品です。

映画『ナンシー』のあらすじとネタバレ


(C)2017 Nancy the Film, LLC

自宅のトイレでスマホをいじる女ナンシー・フリーマン(アンドレア・ライズボロー)。彼女は不自由な体を持つ母ベティ(アン・ダウド)の付き添いをしていました。

そして5歳の時に行方不明になった実娘の映像と共に、レオ(スティーブ・ブシェミ)とエレン(J・スミス=キャメロン)のリンチ夫妻の姿が紹介されます。

朝、目覚めたナンシーはネットがつながらないとこぼします。クロスワードパズルに夢中な母は、お前はネット中毒だとつぶやき、それよりボサボサの髪をとくよう言いました。

殺伐としたテーブルで、ナンシーはコーンフレークの朝食をとります。生活保護を申請中の母娘は、侘しい接活をしていました。飼い猫のポールを抱き寄せるナンシー。

彼女は仕事に向かいます。今日初めて向かう職場は斡旋された歯科医で、彼女はそこで受付業務を任されます。

職場では会ったばかりの同僚に、北朝鮮に旅行したことがあると言い出すナンシー。どうやって入国したのか不審がる相手に、彼女はスマホに保存した写真を見せて納得させました。

彼女が家に帰ると、母親は送られてきた赤ちゃん人形の案内広告を不審がっていました。子供ならまだ持てるとベティは言いますが、誤魔化して答えようとしないナンシー。

部屋にこもったナンシーは、ネットを通して知り合った男ジェブ(ジョン・レグイザモ)とチャットを交わしていました。

自分の娘を失ったショックを抱えていた男ジェブは、彼女からの相談に真摯に応じ、ぜひ直接会って話したいと告げます。ナンシーは返事を送りますが、ネットの接続が途切れます。

ジェブとスマホでのメールのやりとりを終え、明日会うことになったナンシー。ベットの中のナンシーの表情は幸せそうでした。

翌朝、母ベティに朝食を用意するナンシー。彼女がベティに病院に行くよう勧めても、母は頑なに拒否し機嫌を損ねます。

ジェブに会う前に、彼女は化粧を施します。そして車に乗り込むと、彼女はお腹に詰め物をあてがいます。妊婦を装ってジェブに会おうとしているナンシー。

待ち合わせに指定した店で、ジェブは彼女を待っていました。ナンシーに対し”ベッカ”と呼びかけたジェブ。彼は直接会えたことを非常に喜んでいました。

ジェブは、ナンシーが先天的に病気を持つ子供を産むべきか悩んでいる妊婦、”ベッカ”を装って書いたブログを読み、その内容に共感して会いたいと申し出たのです。

彼は幼い娘ジョーイを亡くし、そのショックから立ち直れなかった妻と別れていました。ジェブは自分の経験からベッカの境遇に共感し、励ましていました。

自分からのメッセージを受け取り、出産を選んでくれたとベッカの決断を喜んだジェブ。優しく気付かう言葉をもらい、ひと時の充実を味わったナンシー。

しかし勤務先の彼女は、語るべき話題も無く孤独を噛みしめていました。

自宅に帰ったナンシーは買ってきた寿司を母に勧めますが、ベティは体に悪いと言い食べようとしません。口うるさい母にウンザリしますが、それでも彼女は母ベティに寄り添います。

翌朝ナンシーが、母に声をかけても返事がありません。彼女が母の寝室に入ると、ベティは息をしていませんでした。

病院に母を搬送しましたが、医師はナンシーに母は睡眠中に長年患っていたパーキンソン病の影響で、脳梗塞を発症し亡くなったと告げます。

彼女は葬儀の準備を進め、寂しくなった家で久しく付き合いの無い、母にゆかりのある人物に訃報を伝えて回ります。おかげでジェブとのやり取りは減りました。

ようやく落ち着いた頃、ナンシーはスーパーで偶然ジェブに出会います。彼にベッカと呼びかけられると、避けるように逃げ去ろうとするナンシー。

寄ってきたジェブは、彼女のお腹が小さいことに気付きます。何があったかと聞かれ、妊婦を装っていたが、実は赤ん坊はあなたに会う前に死んでいたと、ナンシーは答えます。

そんなことをした理由を聞かれ、あなたを失望させたくなかったと答えるナンシー。胎児が病気だったのは過去の話だと告げ、すべて嘘だったと告白します。

しかしジェブは妊婦を装って現れた彼女の行為は、裏切りであり病的だと感じます。ナンシーがあなたが好きだと告げても、軽蔑の目を向けて去って行ったジェブ。

荒れ果てた自宅で、猫のポールと共に孤独を噛みしめていたナンシーは、TVが報じるニュースにふと目をやります。それは30年前、目を離した僅かな隙に娘ブルックが行方不明になってしまった、リンチ夫妻について報じるものです。

夫妻は娘が生きていることに僅かな望みを抱きながらも、姿を消した娘の思い出のためにもと、10年前から大学奨学金制度を始めていました。

ニュースはそうやって生きてきたリンチ夫妻と、彼らの娘について紹介していました。ナンシーは何かを思いつき、自分の出生証明書を調べます。

ブルックの30年後の姿を想像して作成し、公開した画像があると知るとパソコンで確認し、それを拡大して印刷するナンシー。

それを切ると、彼女は自分の顔に当てました。容姿には確かに似た雰囲気があります。ナンシーは自分の表情を、写真のものに似せてみました。

彼女はネットで事件の詳細や、夫妻やブルックの経歴について調べ始めます。そしてナンシーは、リンチ夫妻の家に電話をかけます。

彼女は電話に出たエレン夫人に、自分はナンシー・フリーマンだと名乗り、ニュースを見て気付いたが、自分こそ30年前に行方不明になった、ブルックではないかと思うと告げました。

突然の話に驚くエレン。育ての母に誘拐されたのかもという話を聞かされ、彼女はいたずらと思って電話を切りますが、再度鳴り響いた電話のベル。

自分はブルックに似ている、そしていつも母に嫌われているように感じていた、と訴えるナンシー。しかしあなたの娘である、確実な証拠がある訳ではないと告げます。

その話を聞いたエレンは、ナンシーの写真を送って欲しいとスマホの電話番号を告げました。

ナンシーが汚れた自宅のゴミを片付けていると、エレンから電話がかかってきました。送られた写真を、夫レオに見せ相談したと彼女は話します。

夫は警察に任せるべきだとの意見でしたが、その前に1度直接会うと決めたと告げるエレン。

数時間後には会えると告げると、ナンシーは荷物をまとめて猫のポールを連れ、両脇に雪の積もる道を車で走り抜け、リンチ夫妻の自宅へと向かいました。

リンチ夫妻は彼女の到着を心待ちにしていました。ナンシーとエレンはぎこちない笑顔を交わし、レオは握手で彼女を迎えます。

レオが猫を入れたキャリーバッグを預かり、夫妻は邸内に彼女を案内します。夫人はナンシーのために手料理を用意して待っていました。

猫にアレルギーのあるレオは、預かった猫を外に出そうか迷いますが、雪の積もる野外には出さず、サンルームに放すことにします。

夫妻はナンシーに、固い表情の笑顔を見せます。申し訳ないが自分たちはショックを受け、大変動揺している。それでも警察に任せる前に、直接会いたいと思ったと話す夫妻。

レオがいくつか質問します。いつ誘拐されたと気付いたかと訊ねられ、まだ確信は持っていないと答えるナンシー。

最後に覚えていることを訊ねられ、あなたの手を握っていたことは覚えていると答えます。うやむやな回答ですが、あの年頃では記憶も定かでなかろうと話すレオ。

レオは心理学者だと説明し、自分は比較文学の教授だと告げるエレン。2人の疑問に対し、ナンシーは事前に用意した言葉を告げました。

自分は死んだ母から、父は産まれる前に姿を消したと聞かされていたと話すナンシー。数年前インドで働こうとパスポートを取ろうとした時、必要な出生証明書が無かったと話します。

母は証明書は叔母の家にあると言っていたが、結局それは手に入らなかった。そして母が病気で倒れた後に、実は本当の子供ではないと打ち明けられたと説明しました。

エレンから母との絆を感じたことがあるかと訊ねられ、言葉に詰まったナンシーはトイレを貸してほしいと言います。緊張のあまり彼女は吐いてしまいます。

彼女を気遣ったエレンが、トイレのドアをノックして具合を尋ねました。姿を現したナンシーを、優しくテーブルへと案内するエレン。

3人は食事を共にします。こういう事は早く進めた方がいいとレオは告げ、明日DNAの検査技師が来て、彼女のDNAの鑑定といくつかの質問を行うと説明します。

夫妻の邪魔はしたくないと、ナンシーが帰ると言うと、エレンは泊まっていくように言いました。レオは苦い表情を見せますが、ナンシーをブルックの部屋に案内するエレン。

部屋はブルックが使っていた、そのままの状態で残されていました。レオはこれを片付けるべきだと言ったとエレンは伝えます。彼女はその部屋でナンシーと一緒に寝ようと言います。

その間にレオはナンシー・フリーマンの名を検索して、果たしてどのような人物か知ろうと試みていました。

ブルックの部屋で、ナンシーの横に寝たエレン。彼女は昔、娘とこうして過ごしていたと話し、今もブルックがどこかで生きていて、成長していく姿を想像していたと告げます。

自分を見てがっかりさせたかも、と呟いたナンシーに、どうしてそんなことを言うの、と語るエレン。2人は視線を交わし、そしてエレンは目を閉じました。

天井を見つめていたナンシーは、もう一度エレン夫人の表情を伺います。

以下、『ナンシー』のネタバレ・結末の記載がございます。『ナンシー』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

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(C)2017 Nancy the Film, LLC

翌朝。外には雪が舞っていました。ナンシーが目覚めた時には、もうエレン夫人の姿はありませんでした。

彼女は改めて、5歳で姿を消したブルックの部屋を眺めます。多くのぬいぐるみや写真が置かれた部屋で、少女が残した手紙や工作を手に取って眺めるナンシー。

朝食を準備する妻を気遣うレオ。エレンは夫が心配していることに気付いていました。

連れてきた猫のポールに餌を与えようとしたナンシーは、隣室のリンチ夫妻の会話を耳にします。彼女の存在に気付いた2人は話を止めます。

ナンシーが入ってくると、平静を装うエレン。彼女は夫に、写真部屋に案内して子供時代のブルックの写真を見せるよう提案しました。

屋根裏部屋はレオが趣味で使う、暗室をかねた写真部屋でした。彼は優しい言葉をかけ、ブルックが4歳の頃の写真を見せます。

写真に写る湖を示し、よく行った場所だが覚えているかと彼は尋ねますが、ナンシーは何も答えられません。その内に何かが、君の記憶を刺激するだろうと告げるレオ。

彼は写真を撮ろうと言い、ナンシーをカメラの前に座らせます。カメラを向けられると落ち着かないのか、視線が泳いでしまうナンシー。彼女は写真に慣れていないと侘びます。

3人が朝食を取っていると来客が現れます。それはレオが手配したDNA検査の技師でした。

技師は検査の前にいくつか質問をしました。一週間前に亡くなった母は、誘拐を告白したかと訊ねられ、遠い従兄弟から養子にもらったと聞かされたと答えるナンシー。

彼女はその従兄弟の名も住所も知らない、と答えます。質問を終えた技師は、リンチ夫妻とナンシーの、DNAサンプルを採取しました。

レオから結果がいつ判明するかと聞かれ、技師は2~3日中には判明すると答えましたが、今回は特殊な事情を考慮して、出来るだけ急がせると付け加えました。

技師は去っていきました。結果が出れば恐らく親子でないと証明されるでしょう。ブルックになりすまそうとした、ナンシーの胸中に何が渦巻いたのでしょうか。

気まずい空気を変えようと、気分転換を提案するレオ。3人は家を出て美術館に入りました。

エレンが受付に向かった時、レオはナンシーに話かけます。妻は長い間、心の底からブルックが現れる日を待ち続けている、と告げたレオ。

レオも同じ気持ちですが、彼はそれ以上に妻の傷付く姿を見たくない、と胸中を打ち明けます。20年前に娘として現れた人物は、結局違ってエレンを深く悲しませました。

ナンシーはエレンに、レオは自分を疑っていると話しますが、夫の心は殻に閉じこもっているだけだ、と告げるエレン。

3人は車に乗り、沈黙したまま家へと帰りました。

帰宅した後、昔夫妻とブルックがこの家に引っ越した時、娘が釘を踏み怪我をした話題になります。レオはナンシーにどちらの足で踏んだか尋ねますが、彼女は答えられません。

ナンシーは靴を脱ぎ素足を見せますが、傷痕はありません。成長と共に消えたかも、ということになりますが、エレンの顔には失望の色が浮かびます。

その夜エレンの本棚に、シャーリー・ジャクソン(ホラー映画『たたり』『ホーンティング』の原作小説を著した女流作家)の著作を見つけるナンシー。

エレンはその本を使い、大学で講義していました。その横には彼女自身が書いた本もあり、ナンシーは素直に驚きます。

しかしその本を著して以来、何も書いていないと言うエレン。あなたの失踪について、そして回顧録に小説、色々と書こうとしてが、全て挫折したと打ち明けます。

ナンシーが自分にも書いたものがあると言うと、ぜひ読みたいというエレン。見せれるようなものではないと断りますが、エレンの熱意に負け承知するナンシー。

3人は少し打ち解けてきた様子です。エレンはレオに、ナンシーがメールで送って来た小説を印刷するように頼みます。その文章にレオも目を通しました。

その間、ナンシーとエレンはワルツを踊っていました。印刷を終えたレオが現れると、エレンは夫とも機嫌よく踊ります。

ナンシーが家の外で煙草を吸う間に、夫妻は印刷した文章を読んでいました。不安そうな顔のナンシーに、あなたには才能があると告げるエレン。

この文章は、ジョーン・ディディオン(アメリカの女流作家・エッセイスト。映画『スター誕生』や『アンカーウーマン』の脚本を執筆)に似てるとエレンは言いました。

彼女の記した小説の題名を挙げ、読んだことがあるかと訊ねるエレン。ナンシーが無いと答えると、執筆を止めないよう言い、エレンは編集者を探してあげると告げます。

少しひいき目はあると言いながらも、ナンシーに諦めないように励ますエレン。

1人部屋にいたナンシーに、エレンはブルックが毎晩聞いていたオルゴールを渡します。ナンシーは彼女に、先程褒めてくれた言葉について訊ねます。

ナンシーの書いた文章は粗削りで、文法の誤りもあるが、物語を語る術を身に付けていると、エレンは具体的に説明します。

どこで学んだと聞かれ、ナンシーは深く学ぶ機会は無かったと告げます。男を引き込み酔った母がよく本を読んでと頼み、母が眠るまで読み聞かせたと告げるナンシー。

エレンは彼女の体を抱きしめました。ナンシーは1人になるとスマホを操作して、自分を偽って書いていたブログを削除します。

まだ夜明け前ですが、彼女は煙草を吸おうと家の扉を開けました。ところがそこから猫のポールが逃げ出します。ナンシーは林の中で猫の名を叫びますが、姿を見失いました。

リンチ夫妻も現れ、暗い時間に猫を探すのは困難で、おそらく餌の時間に帰ってくると諭します。諦めきれないナンシーですが、夫妻に謝ると家に戻ります。

猫を心配し眠れないナンシー。同じ様に眠れず写真部屋に入ると、大きく引き伸ばしたナンシーと幼いブルックの写真を並べて、食い入るように見つめるレオ。

翌朝レオは猫の餌を用意しますが、ポールは姿を現しません。ナンシーは林の中で、ポールの名を呼んで猫を探し求めます。

ナンシーを心配し、彼女の名を叫んで探すエレン。その頃ナンシーは林の中で、偶然ツリーハウスの跡を見つけました。

先に家に引き返したナンシーに、エレンが追いつきました。今は狩猟シーズンで、地味な色のコートを着て林に入ると、誤って撃たれる危険があると彼女は注意します。

また雪が降り始めます。ナンシーは以前、森の中にツリーハウスがあったかを訊ねます。それを聞き動揺する夫妻。過去にブルックにツリーハウスを作っていたのです。

私はそこで遊んだ記憶がある、と言い出すナンシー。リンチ夫妻の娘でありたいと思う気持ちが、とっさに偽りを口にさせたのかもしれません。

すると猫のポールも帰ってきました。猫アレルギーを我慢し、今後は彼女の部屋にポールを入れることを認めたレオ。

エレンに一緒に散歩に行こうと言われ、束の間ナンシーは幸せであったかもしれません。

しかし電話のベルが鳴りました。電話に出たエレンは、DNAの検査技師と話しているようです。ナンシーは身を隠し会話に耳を澄ませます。

結果が判明したようで、それを聞かされたエレンは泣き始めました。ナンシーは判っていたはずの現実を、改めて突きつけられました。

コートを着たナンシーの前に、エレンが現れます。彼女もコート身に付けると、ナンシーと共に家を出ます。雪の降る中、黙って歩いてゆく2人。

エレンはブルックとよく来た水辺に着くと、ナンシーに娘が失踪した日を話します。ブルックはショッピングモールのペットショップで、欲しかった子猫の姿を見つけました。

彼女はエレンの手を放し、そこへ走って行きました。エレンがペットショップに着くと、娘の姿はありません。彼女はモール中を必死に探し再びペットショップに戻ります。

それから2度と、彼女が娘の姿を見ることはありませんでした。泣き崩れるエレンを、あなたのせいでは無いと慰めるしかないナンシー。

2人は歩き出しますが、周囲が騒がしくなります。慌てた男が1人現れ、野生動物と間違って人を撃ったと説明します。

エレンはスマホで狩猟事故の発生を通報します。ナンシーは倒れた男の体を止血すると、眠らないように声をかけ続けます。その姿を黙って見守るエレン。

エレンは搬送される車の中で、黙ってナンシーの手を握りました。

その夜、自宅に戻って夕食を共にした時に、エレンは事故に遭遇した際の、ナンシーの落ち着いた態度と処置を、詳しく誇らしげにレオに話します。

レオも話を好意的に聞いていました。恐らく撃たれた若者も助かるだろうと話し、身近な人もいつ奪われてしまうか、予想もつかないと語るエレン。

だからこそ、今ある関係を大切にしなければならない、エレンはそう言葉を続けます。ナンシーはただ黙って話を聞いていました。

笑顔でデザートを持ってくるというエレン。レオはナンシーに、これからどうしたいか訊ねます。もう遅いので、眠らせてもらいますと告げるナンシー。

そのナンシーを抱きしめキスをし、何があってもあなたを愛していると告げるエレン。思わず涙ぐんだナンシーは、話さなければいけない事実があると言います。

しかし彼女の言葉を遮り、それはあなたの過去で、私たちはあなたのためにここに居る、共に乗り越える事が出来ると話すエレン。その言葉の意味はレオも理解していました。

エレンは続きは明日話す事にするので、今日は休みなさいと優しく告げます。その言葉に従ったナンシー。

部屋で1人、ブルックの写真を見つめながら煙草を吸うナンシー。彼女は眠りにつかず、頃合いを見計らうと荷物をまとめ、猫のポールを連れて静かに部屋を出ます。

車に乗って去って行く彼女の姿を、2階の窓からレオが黙って見送っていました。

闇の中、車を1人走らせるナンシー。彼女は泣いているような、笑っているような、複雑な表情をしていました……。

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映画『ナンシー』の感想と評価

参考映像:『Welcome to the DPRK』(2017)TVドキュメンタリーシリーズ

本作が長編劇映画デビュー作となるクリスティーナ・チョー監督は、様々な短編映画を製作し、高い評価を得た人物で、本作の製作直前には北朝鮮の潜入取材を試み、その姿と撮影のてん末を描いたドキュメンタリー、『Welcome to the DPRK』を発表しています。

本作でナンシーが「北朝鮮に行った」と主張した真偽はともかく、監督がこのような作品を製作していたと思うと、少し愉快な取り上げ方だと思います。

ドキュメンタリーの製作経験のあるチョー監督ですが、それ以前に製作した短編映画は様々なジャンルのフィクション作品で、自ら創作した物語を描いています。

彼女が描いた物語はドキュメンタリーを手がけた人物ならではの、現実を鋭く見つめた視線を基に紡がれました。『ナンシー』は彼女の奇妙な経験を出発点に製作されました。

自分を偽る人間の姿を描く


(C)2017 Nancy the Film, LLC

ロックフェラー一族だと詐称し世間や配偶者を騙し、あげくに誘拐や殺人を起こした人物、クリスチャン・カール・ゲルハルトシュライターの刑事事件。

作者J.T.リロイの衝撃の実体験を描いた小説は、アーシア・アルジェント監督作『サラ、いつわりの祈り』(2004)として映画化されました。その後2006年に、実はJ.T.リロイとはローラ・アルバートが創作した人物だったと、ニューヨークタイムズに暴かれた一件。

こういった自らを詐称する人物に興味があり、それをテーマに脚本を執筆していたチョー監督。ところがその最中に、大学で彼女に執筆を指導した教授が、実は学校や学生、家族にも経歴を詐称していた事実を知らされます。

その人物は教師としては非常に優れた人物で、自分だけでなく多くの生徒に、間違いなく素晴らしい影響を与えてくれた、と語るチョー監督。しかしこの驚くべき出来事は、彼女の執筆中の脚本に大きな影響を与えました。

この体験と、アンチヒーロー型の女性を主人公にした映画を作りたい、という彼女の願いが合わさって、『ナンシー』として結実したのです。

ワークショップ映画として生まれた作品


(C)2017 Nancy the Film, LLC

短編映画の受賞経験や、ドキュメンタリー制作の実績を持つチョー監督。彼女は映画製作を支援する団体の協力を得て、そのワークショップ映画として『ナンシー』を監督しました。

といっても日本のワークショップとは異なり、製作費は支援団体が立ちあげた企画に、賛同したプロデューサーが出資する形で製作されました。

しかし通常の商業映画製作より、制約のある製作環境であることは間違いありません。スタッフの多くは無名の人物(但し短編映画など、商業映画以外で実績を積んだ、将来映画界で活躍を目指す人物です)で、製作スケジュールも厳しいものでした。

こういった作品に、賛同した著名な映画俳優が出演する事実こそ、ハリウッド映画界の懐の深さでしょうか。インディーズ映画に理解のある人物が、数多く出演しています。

というものの、俳優の拘束できる時間には限りがあります。撮影現場で俳優がリハーサルする時間は殆どありません。チョー監督は出演者に、事前に脚本と登場人物の設定である経歴を送り、準備してもらった上で撮影に参加してもらいました。

本作のスティーブ・ブシェミ、ジョン・レグイザモらの演技は、そうやって生まれたと思うと、彼らのプロ意識と、後進の育成に協力する姿勢が感じとれないでしょうか。

撮影に結果として長期間…これも製作環境のもたらした制約の結果でした…となりました。チョー監督は主演のアンドレア・ライズボローは結果として、まるで4本の映画に出演したようなものだったと振り返っています。

それが思わぬ事態を与えました。夏に撮影するつもりの映画が、冬に撮ることになったのです。そして映画の画面に登場する、空から舞い落ちる雪は偶然がもたらした産物でした。

それが画面に与えた美しさは、ご覧頂ければお判りになると思います。映画製作の全てを計画し制御できない事も、時には悪くないことだと、チョー監督は語っています。

まとめ


(C)2017 Nancy the Film, LLC

優れたインデイペンデント映画である『ナンシー』。その製作背景を中心に紹介させてもらいました。自らを詐称し利益を得ようとする人物は、過去にはクリスティーナ・チョー監督が興味を持った詐欺師のような、劇的でドラマ性のある奇妙な人物たちでした。

ところがSNSが普及した現代は、誰もが自分を偽ることが可能で、そういった人物が当たり前のように存在しています。なりすまし行為や、本作では描かなかった匿名での非難・中傷など、様々な問題がネットの世界に渦巻いています。

チョー監督はナンシーの行為を断罪もせず、そしてなりすまし行為の中に、どこまで真実があったのか明確にしません。彼女にどこまで悪意と計画性があり、どこまでが切ない願望であったのかは、見る者により解釈が別れるでしょう。

それをサスペンス映画の謎解きのように、明確にして欲しかった人や、ご都合主義でもハッピーエンドを求めた人には、不満の残る展開だったかもしれません。

今後の展開を観客に委ねるラストには、モヤっとさせられるでしょう。しかし出るところに出れば必ずバレると判っていても、自分を偽らざるをえない、SNS時代の人間を描いた物語と解釈すれば、深く心に響いてくるはずです。

クリスティーナ・チョー監督は、2019年から始まった新シリーズのTVドラマ『The Twilight Zone』に参加しています。

そこで彼女は、ロッド・スターリングが脚本を書いた「トワイライトゾーン(ミステリーゾーン)」オリジナルシリーズの「疑惑」、2002年版シリーズの「メープル・ストリートの悪夢」を、現代的にアレンジしたエピソード「Not All Men 」を監督しています。

チョー監督は今後も様々なジャンルで活躍し、ひねりのあるドラマを見せてくれると思いますので、どうかご注目下さい。

このインディペンデント映画を支えた団体、製作者、俳優たちの存在を思うと、やはりアメリカの映画製作を支える裾野は、日本より遙かに広く深いのだと実感せざるを得ません。

次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…

さて、次回が最終回となる「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。急遽クロージング上映となった誰もが認める駄作『ザ・ルーム』の、待望されながもやむなく実施されなかった「スプーン上映」について紹介します。

そして独断と偏見で選ぶ、”fontBold”「未体験ゾーンの映画たち2020」ベスト10を発表させて頂きます。お楽しみに!

【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020見破録』記事一覧はこちら




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