直木賞作家・島本理生の小説を松井玲奈主演で映画化
顔の左側に大きなアザのある女性アイコは、ある日アザのある人々のルポタージュ本の取材を受けたことからアイコを取り巻く環境は少しずつ変わっていきます。
映画化の話に戸惑うアイコでしたが、監督の飛坂と出会い、彼の作品に触れたアイコは次第に飛坂に惹かれていきます。
アザがあることで自分の世界を閉ざしていたアイコが少しずつ不器用ながらも前に進み出そうとする姿を描きます。
監督を務めたのは、『Dressing UP』(2012)や『蒲田前奏曲』(2020)の安川有果。
脚本は、『アルプススタンドのはしの方』(2020)、『女子高生に殺されたい』(2022)の城定秀夫が手がけました。
アイコ役には、『幕が下りたら会いましょう』(2021)の松井玲奈、飛坂役には、『愛なのに』(2022)の中島歩が務めました。
映画『よだかの片想い』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
島本理生『よだかの片想い』(集英社文庫刊)
【監督】
安川有果
【脚本】
城定秀夫
【キャスト】
松井玲奈、中島歩、藤井美菜、織田梨沙、⻘木柚、手島実優、池田良、中澤梓佐
【作品概要】
映画『よだかの片想い』は、『勝手にふるえてろ』(2017)、『寝ても覚めても』(2018)、『愛がなんだ』(2019)、『本気のしるし』(2020)を手掛けたメ〜テレと制作会社ダブがタッグを組み、“へたくそだけど私らしく生きる”等身大の女性のリアルをつむぐ映画シリーズ(not) HEROINE moviesとして制作されました。
(not) HEROINE movies第一弾は、6月に公開された『わたし達はおとな』(2022)でした。第三弾として、三浦透子が主演を務める『そばかす』が12月に公開予定です。
今までも映画化されてきた島本理生の恋愛小説を、本作が長編2作目となる安川有果監督が映画化、脚本はピンク映画から商業映画まで幅広く手がける城定秀夫が手がけました。
主人公アイコ役には、原作小説に惚れ込み、アイコを演じてみたいと切望していたという松井玲奈が演じ、飛坂役には『グッド・ストライプス』(2015)の中島歩が演じました。
映画『よだかの片想い』のあらすじとネタバレ
理系の大学院に通う顔にアザのあるアイコ(松井玲奈)。
ある日、出版社に勤める友人・まりえ(織田梨沙)から、顔にアザや怪我のある人のインタビューを集めたルポタージュ本を出版するので取材を受けてみないかと誘われます。
悩んだものの取材を受けることを決めたアイコにまりえは、表紙になってほしいと頼みます。
写真を撮ってみて、アイコが気に入らなければ使わないというまりえの言葉にアイコは承諾します。
照明版を使った慣れない撮影に緊張するアイコの姿を、たまたま通りがかった映画監督の飛坂(中島歩)が目にします。
笑顔を浮かべるわけでもなく、緊張した面持ちと強い眼差しでこちらを見つめるアイコの表情を捉えた本が出版されると、アイコの研究室でも話題になります。
そんな時まりえから、映画化の話が来ているとアイコに連絡があります。映画化なんて…と戸惑い、自分の知らないところで話が進んでいることにアイコは怒ります。
アイコが嫌だったら映画化はしないといいつつも、映画監督の飛坂がアイコに興味を待っているから食事でもどうかと言っていると言います。
渋っていたアイコですが、食事に行くことを承諾します。
緊張しながら食事に向かうも、肝心の飛坂は遅れてくるといい、プロデューサーはそういう人なのですみませんといいます。
そこにやってきた飛坂は、気取らない気さくな話ぶりでアイコの写真を見て、綺麗に着飾って笑うのではなく、緊張と恥ずかしさを感じつつも、きっとこちらを見据えていて強い人なのだと思ったと言います。
アイコの人柄に関心を持ったという飛坂の話を聞いてアイコは泣き出してしまいます。戸惑いながらも大丈夫です、と伝えアイコはお店を飛び出してしまいます。
飛坂がアイコを追いかけて謝ると、落ち着き始めたアイコは飛坂の映画を見た方がないと言います。すると、作品のリンクを送るから連絡先交換しようと飛坂は言いアイコは連絡先を交換します。
帰宅し、飛坂の映画を見たアイコは衝撃を受け、見て感じたことをメッセージに送ろうとするもうまく伝えられずやめてしまいます。
そしてまりえに映画化の話はどうなっているかと聞き、会う機会があれば映画を見た感想を伝えたいと言います。
すると、まりえは直接メールしたらいい、喜ぶと思うと伝えます。アイコは緊張しながらも映画を見たことを伝えると飛坂に食事を誘われます。
お店に入ると飛坂は日本酒が好きだと本に書いてあったと言い、何が好きか聞きます。あまり銘柄には詳しくないというアイコに飛坂はおすすめのお酒をすすめます。
アイコの終電の時間まであまりないことを知ると飛坂は「走れる?」と聞き、頷いたアイコの手を握って走り出します。
そして別れ際に会ったら渡そうと思っていたとプレゼントを渡します。
渡されたプレゼントは手鏡でした。アザを気にして髪型もお化粧も気にしてこなかったアイコは手鏡を持たず、鏡も嫌っていました。
そんなアイコに手鏡を送り、アザを通してではなくアイコを見てくれる飛坂にアイコは恋愛感情を抱きはじめます。
映画『よだかの片想い』の感想と評価
顔の左側に大きなアザのある女性・アイコ(松井玲奈)が主人公の映画ですが、アザを主体に描くのではなく、恋を通して一人の女性の成長を描きたかったと安川有果監督は言います。
また、火傷を負ったミュウ先輩(藤井美菜)に化粧をしてもらったアイコが、淡い光に包まれ、ミュウ先輩とサンバを踊る姿はシスターフッドを感じさせるような清々しいラストシーンになっています。
恋をしてその嬉しさを知ったと同時に、もっと求めてしまう、自分だけのために…という思いを抱き、苦しむ恋の痛みも知ったアイコ。新たな世界に飛び込んでいく強さと自信を兼ね備え、大きく羽ばたくその姿を美しくとらえています。
以前のアイコは、新たな環境に飛び込みことを恐れ、自分で自分を檻の中に閉じ込めるかのようにして生きていました。
お化粧もファッションを楽しむことも、アイコにとっては自分とは無縁なものでした。過去のトラウマから治療をすることも選択肢には入れていませんでした。
選択肢が増え、世界が広がったからこそ、あえてすぐ治療には踏み切らず、このアザがあってよかったとアイコはミュウ先輩に言ったのです。
それはアザだけでなく、今までアイコが生きてきた世界も肯定していると言えるのです。
アイコにとって飛坂は遠い世界の存在でした、しかしそれは飛坂にとってもそうだったのではないでしょうか。
映画ではあまり描かれていませんが、原作小説では飛坂は複雑な家庭環境で育ってきた孤独を抱えていました。飛坂はスキャンダルによって地位を失った名優の息子でした。
飛坂の映画への思い、そして誹謗中傷に晒されるという立場などから飛坂は自分をきちんとみてくれる存在を欲すると共に、アイコの真っ直ぐさに向き合うことに恐怖も感じていました。
アイコは、自分のアザについて意識し始めたのは小学生の頃だと言います。授業で琵琶湖が出てきた際、クラスメートがアイコのアザをみて琵琶湖だと言い始めたのです。
皆の視線が自分に集まって恥ずかしかったけれど少し嬉しい気持ちもあったと言います。しかし、担任の先生がどうしてそんな酷いことを言うのだと生徒を叱ったことでアイコは“酷いこと”、自分のアザは“酷い”のだと思うようになります。
普段怒らない担任が怒ったことにショックを受け、それからクラスメートがアイコを腫物扱いするようことにもショックを受けたと言います。
アイコにトラウマを与え続けてきたのは、そのように可哀想だと同情し、恐怖の目で見られることでした。それは親に対してもそうで、自分の存在が親を苦しめてしまうことにアイコは悩んできました。
アイコは自分のアザがトラウマなのではないのです。飛坂に対して、私の左側にいてほしいと感じ、飛坂への思いを真っ直ぐにぶつけるアイコ。
不器用ながらも芯の強さを感じさせるアイコは、他者の目により自分自身を閉ざしていたのです。飛坂に恋をすることで本来の自分を取り戻し、檻の中から飛び立っていくようなアイコの姿は清々しく、安川有果監督の光を印象的に使った美しい映像美と相まって惹きつけるような存在感を放ちます。
また、儚さの奥に真の強さを感じさせる松井玲奈の存在感が、よりアイコを魅力的に映し出します。
まとめ
安川有果監督は、『蒲田前奏曲』(2020)で、女優のオーディションにおけるセクハラの問題を題材に映画に描き、『Dressing UP』(2015)では、ぬいぐるみとひとり遊びをし、うまく周りに馴染めない少女が自身の母と自身にまつわる秘密を知ってしまう…というホラー要素も感じさせる映画を描いてきました。
『よだかの片想い』においても、女性の連携や、アイコの潜在的な恐怖をホラーテイストで描いていたりと安川有果監督らしい演出を感じさせる映画になっていました。
また、『グッド・ストライプス』(2015)や『偶然と想像』(2021)、『愛なのに』(2022)などで魅力的な役を演じてきた中島歩の演技も見どころの一つです。
映画化したいという気持ちがあってアイコに近づいたことも否定せず、それでも今は違う、アイコさんは分かってくれていると思ったと弱さも隠さないどこか狡さのある役を魅力的に演じています。
更に、『暁闇』(2019)や『うみべの女の子』(2021)で印象的な役を演じてきた青木柚がアイコの後輩役を演じ、飛坂とは少し違うけれど、きちんとアイコと向き合っている存在として出てくるのも印象的です。