75歳以上が自ら生死を選択できる制度が施行された近未来の日本を描く
是枝監督がエグゼクティブプロデューサーをオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018)で短編『PLAN75』を手掛けた早川千絵監督が自ら長編映画化しました。
少子高齢化が一層進んだ近未来の日本で、満75歳から生死の選択権を与える制度〈プラン75〉が国会で可決、施行されます。
少子高齢化、そして生死の選択とセンセーショナルな題材に切り込んだ本作は、第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、初長編作品に与えられるカメラドールのスペシャルメンションを受賞しました。
夫と死別し、一人慎ましく生きる78歳の角谷ミチを倍賞千恵子が演じ、少子高齢化が一層進んだ近未来の日本で生きること、「プラン75」という制度に対する当事者の葛藤を重厚な演技でみせます。
「プラン75」申請窓口で働くヒロムを磯村勇斗、その日が来るまでサポートするコールセンタースタッフの瑶子に河合優実など新鋭の役者陣が顔をそろえます。
映画『PLAN 75』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
早川千絵
【出演】
倍賞千恵子、磯村勇斗、たかお鷹、河合優実、ステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美
【作品概要】
監督を務めたのは、本作が初長編作となる早川千絵監督。是枝監督がエグゼクティブプロデューサーをオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018)で短編『PLAN 75』を手掛け、キャストを一新して監督自ら長編化しました。
生きるということを見つめ、体現している角谷ミチを倍賞千恵子演じ、早川千絵監督は「この映画に命を吹き込んでくれた」と絶賛しています。
他のキャストに『東京リベンジャーズ』(2021)の磯村勇斗や、『愛なのに』(2022)の河合優実、『燃えよ剣』(2021)のたかお鷹などが顔をそろえます。
映画『PLAN 75』のあらすじとネタバレ
2025年。増えすぎた老人が国の財政を圧迫し、皺寄せがきていると恨む若者によって老人が襲撃される事件が相次いでいました。
そのことを受け、政府は75歳以上の老人が死を選択することができる制度、通称〈プラン75〉を国会で可決されます。反対の抗議も起き、様々な議論をよんだものの日本の高齢化社会の問題解決の糸口になるのではないかとの声も広まりました。
ホテルの清掃員として働く角谷ミチ(倍賞千恵子)は夫と死別し、一人慎ましく暮らしていました。
ある日、ともに清掃員として働く同年代の女性らと健康診断に行くと、〈プラン75〉のCM広告が流れています。
“未来を守りたいから”
生まれる時は選べないから死ぬ時は自分で選べたら安心だ、何の迷いもなかったと広告内で高齢の女性がインタビューに答え、CMの最後には皆であなたの最期を手伝いますと流れます。
ハッとした表情で広告を見つめるミチの横を通り越して、広告の流れているモニターに一人の高齢の男性が近づき、電源を切ります。病院や役所など至る所に〈プラン75〉を推奨する広告が貼られているのです。
健康診断を終え、カラオケに向かったミチたちでしたが、中の一人がリゾートホテルのパンフレットを取り出します。
〈プラン75〉を申請するともらえる10万円で最期に贅沢をしたいというのです。孫のためになら腹を括れると話す女性でしたが、夫と死別し子供もいないミチと稲子(大方斐紗子)は複雑な反応をします。
稲子の家に泊まったミチは、稲子に娘のことを聞きます。連絡もないし、孫の顔も見たことがないと稲子は言い「寂しいだけが人生だ」と言います。
いつものようにホテルの清掃をしていた稲子とミチでしたが、突然稲子が倒れ、病院に運ばれます。その後、ミチとともに働いていた高齢女性2人も高齢を理由に解雇されます。
突然職を失ったミチは、家の立ち退きも迫られています。不動産屋を何軒も回っても高齢のミチに部屋を貸してくれる人はなく、家賃を2年分先払いをしたら家を貸すという条件を突きつけられてしまいます。
新たな職も見つからず、見つかったのは夜の交通整備の仕事でした。寒空の中立っている仕事は高齢のミチにはこたえます。
退院した稲子に電話もかけるも、応答がなく不安になったミチは稲子の家を訪ねます。しかし、そこには異臭が漂い、机に突っ伏したままの稲子の姿がありました。
映画『PLAN 75』の感想と評価
満75歳から生死の選択権を与える制度というセンセーショナルな話題に早川千絵監督が切り込もうと思った背景には、障がい者施設の殺傷事件など生きることに理由を求め、生きる価値を問われるような現代社会の在り方、生産性を求めたり、差別的な発言をしたりといった不寛容さが加速する現代社会に対する危機意識があったと言います。
後期高齢化社会が問題化し、不寛容さが加速する一方で、定年の年齢を引き上げ、労働人口を増やそうとする動きもあります。
本作で、主人公ミチは最初ホテルの清掃員として働いています。健康診断の際、同僚の稲子が、「こういうところに来るのは肩身が狭いね、いつまでも長生きしたいみたいで」と言っています。
そのような言葉から〈プラン75〉が施行された社会において、長生きすることは歓迎されるべきことではないのです。
また、稲子の家にミチが泊まりにきた際も、今日は用心棒がいるから泥棒も来ないと稲子が言います。老人の一人暮らしは誰かに襲われる危険性を孕んでいるのです。
冒頭老人を襲撃する若者の姿が描かれ、〈プラン75〉が施行されたことをアナウンスするラジオでも老人の襲撃事件が相次いでいると言っています。
78歳のミチや同僚らがホテルの清掃員として働くのは、生活のためであり、自分が社会において必要で、無価値な存在ではないとアピールするためでもあるのです。
職も家も失い孤独なミチに対し手を差し伸べる存在はなく、ミチに残された選択肢は〈プラン75〉しかないと突きつけるかのような残酷さ、その背景には自分のことは自分で処理すべきという社会の風潮も感じられます。
仕方がないと受け入れて、残された選択肢である〈プラン75〉を申請せざるを得ないミチの孤独は、決して他人事ではありません。
更に、年月を重ね、女優として深みを増した倍賞千恵子のしっかりとした佇まいや表情が映画のもつメッセージを説得力を持って訴えかけます。
まとめ
近未来のディストピアの日本を舞台に、満75歳から自らの生死を選択できる〈プラン75〉に翻弄される人々の姿を描いた映画『PLAN 75』。
〈プラン75〉の当事者であるミチの視点だけでなく、申請窓口のヒロムやコールセンターの瑤子など若者世代の視点も描き、〈プラン75〉に対する若者世代の等身大の悩みをリアルに映し出します。
彼らはいずれ自分も生死を選択しなけらばならず、生死を選択した人々の処理もしなければならないのです。
また、マリアという外国人労働者を登場させることで、更に現代の日本が抱えている問題を浮き彫りにしています。
難民申請が不認定となってしまった在日クルド人の少女とその家族を描く映画『マイスモールランド』(2022)など、外国人労働者や難民の問題にも目を向けなければならないことを考えさせられます。