Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2020/09/24
Update

ママ虫(マムチュン)の意味と真相。原作者の体験談から映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は完成した

  • Writer :
  • 石井夏子

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開。

チョ・ナムジュによる小説『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国の1982年生まれの女性で最も多い名前“ジヨン”を主人公に配しながらも、女性の生きづらさと社会問題に向き合ったベストセラーです。

この小説を原作とした映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が、2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほかにて全国公開となります。

本作内で、非常に印象的な言葉として「ママ虫」という強烈な侮蔑用語が登場します。実はこの「ママ虫」こそが、チョ・ナムジュが原作小説を書くきっかけとなった言葉でした。

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』の作品情報

(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

【日本公開】
2020年(韓国映画)

【原作】
チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』斎藤真理子訳(筑摩書房刊)

【原題】
82년생 김지영 

【英題】
Kim Ji-young: Born 1982

【監督】
キム・ドヨン

【キャスト】
チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン、コン・ミンジョン、キム・ソンチョル、イ・オル、イ・ボンリョン

【作品概要】
映画『トガニ 幼き瞳の告発』(2011)、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)と共演が続くチョン・ユミとコン・ユが、3度目の共演にして初の夫婦役を演じています。

韓国で130万部突破し、社会現象を巻き起こした大ベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』を原作として、短編映画で注目され、本作が長編デビュー作となるキム・ドヨンが監督を務めました。

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』のあらすじ

(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

1982年生まれのキム・ジヨンは、夫のデヒョンと幼い娘アヨンと3人暮らし。

妊娠を機に勤めていた広告代理店を退職し、現在は専業主婦として家事と育児に追われる日々を過ごしています。

公園でコーヒーを飲んでほんの束の間の休息時間を過ごそうとしても、居合わせたサラリーマンたちに陰口を叩かれ、夫の自宅に帰省しても、大量のご飯作りの手伝いをさせられ、休む暇なんてありません。

ジヨンには、すこし変わった言動が見られるようになってきました。急に別人が憑依したようになってしまう時があるんです。それに気づいたデヒョンは彼女を気にかけていました。

正月は、毎年恒例でデヒョンの実家に向かいます。台所でひとり料理をするジヨンと、リビングで寛ぐ義母たち一家。

ジヨンは突然、彼女の母ミスクのような口ぶりで、「娘に会わせて。ジヨンが気の毒だ」と泣きながら訴えます。

(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

デヒョンは慌ててジヨンとアヨンを車に乗せ、実家を飛び出しました。行き先はジヨンの実家。ジヨンは道中で眠ってしまいます。

ジヨンの実家では、両親と姉のウニョン、弟のジソクが出迎えてくれました。

母のミスクは苦労人で、若い頃は兄弟たちの学費のために工場で働き、進学して先生になりたいという夢を諦めたことがありました。そのため、娘であるジヨンとウニョンには自由に生きて欲しいと願っています。

ウニョンは学校の先生として自立していますが、独身であるという理由で親戚から嫌味を言われることも。父方の祖母から甘やかされて育ったジソクは、自分勝手に生きています。

目が覚めたジヨンは、義実家での出来事を全く覚えていませんでした。

心配になったデヒョンは、ひとりカウンセラーに相談しに行くものの、本人と直接話してみないと診断できないと言われてしまいます。

デヒョンは、「憑依」のことは告げずに、ジヨンにカウンセリングに行くようさりげなく勧めますが、ジヨン本人は真剣に取り合いません。

ですが、ジヨンの症状はますます進行してしまい…。

著者のチョ・ナムジュの執筆のきっかけとなった「ママ虫」

(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

原作小説『82年生まれ、キム・ジヨン』著者のチョ・ナムジュは、キム・ジヨンよりも3歳年上の1978年生まれ

梨花女子大学社会学科を業後は、社会派番組のトップ「PD手帳」や「生放送・今日の朝」などで時事・教養プログラムを10年間担当しました。

その経歴による観察眼からか、小説はキム・ジヨンという人物のドキュメンタリーのような不思議な手触りを感じさせ、だからこそ他人事ではないキム・ジヨンの人生を描くことに成功しています。

チョ・ナムジュが『82年生まれ、キム・ジヨン』を執筆したのは、子育て中のこと。執筆のきっかけとなったのが、知らない男性から浴びせられた「マムチュン(ママ虫)」という侮辱だったんです。

彼女はその時に感じた怒りと悲しみを、ジヨンを取り囲むひとつの出来事として織り込みました。

「ママ虫」と言われたことで、それまでうつろだった現在のキム・ジヨンが大きく感情を動かすのにはこうした理由があるんです。

「ママ虫」とは?

(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

学歴も仕事のキャリアもありながら、妊娠と子育てのために退職し、専業主婦となったキム・ジヨン。

原作小説でも、映画でも、キム・ジヨンを大きく蝕んでいったのは、他者の心無い言葉でした。

小説では、娘をベビーカーに乗せ、たった1500ウォン(約150円)のコーヒーを公園で飲もうとした彼女のことを、たまたま居合わせたサラリーマンたちが「ママ虫」だと仲間内で揶揄します。

彼らが本当にジヨンに向けて言ったのかどうかはわかりませんが、ギリギリの精神状態だったジヨンにとっては、その言葉の刃は深く心に突き刺さりました。

映画でも「ママ虫」という言葉が、とても印象深く使われています。

ママ虫とは、韓国語で맘충(マムチュン)と言い、「ママ」という意味の맘(マム)と、「虫」という意味の충をあわせたネットスラング

コーヒーショップ、レストランなどで、騒ぎ回る子どもを放置する迷惑な母親や、夫の稼いだお金で遊び回っている母親を侮辱する言葉です。

韓国では、特定の層や集団をさげすみ「虫」と呼ぶことがあるそう。日本でも「おじゃま虫」「弱虫」など、「虫」を使ったネガティブな言葉がたくさんありますが、それ以上に韓国語の「虫」は、とても語感が悪く、嫌な印象を与える言葉なんです。

まとめ

(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

街で見かけた見知らぬ人の言動が目に付くこともあります。

スマホばかりで子どもに目を向けない親、大きな声で話すお年寄り、ぶつかっても謝らずに走り去る人…。

でも、もしかしたら、大切な連絡が来たのかもしれない。小さな声では聞こえづらいのかもしれない。お腹が痛くてトイレを探していたのかもしれない。

本作の「ママ虫」のエピソードは、世界を自分の色眼鏡で見ていないかと投げかけてくれます。

他者のことを思いやり、想像力を働かせれば、この社会はもっと住みよくなるのかもしれません。

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開です。







関連記事

ヒューマンドラマ映画

池脇千鶴&三田りりや映画『十年』から「その空気は見えない」感想レビュー【十年 Ten Years Japan】

2018年11月3日(土)テアトル新宿、シネ・リーブル梅田他全国順次公開される、映画『十年 Ten Years Japan』。 是枝裕和監督が才能を認めた、5人の新鋭監督たちが描く、十年後の日本の姿が …

ヒューマンドラマ映画

映画『よりよき人生』ネタバレ感想と結末までのあらすじ。ラストの逃避行の賛否について解説

セドリック・カーン監督と主演ギョーム・カネのヒューマンドラマ、映画『よりよき人生』。 『倦怠』『ロベルト・スッコ』などで知られるセドリック・カーン監督が、『戦場のアリア』『フェアウェル さらば、哀しみ …

ヒューマンドラマ映画

倉田健次映画『藍色少年少女』あらすじと感想。子どもたちの姿が心を動かす作品を生んだ

映画『藍色少年少女』は2019年7月26日(金)より、アップリンク吉祥寺にてロードショー! 今後映画製作を予定しているシナリオを対象とする、2009年サンダンス・NHK国際映像作家賞のグランプリを受賞 …

ヒューマンドラマ映画

映画『ある殺人、落葉のころに』三澤拓哉を支えるウォン・フェイパン(黄飛鵬)とは

日本と香港の若き才能が集いクランク・インした映画『ある殺人、落葉のころに』。 冬空の下、神奈川県の大磯で行われるロケーション現場では、三澤組のスタッフたちの間に日本語、英語、中国語の掛け声が飛び交って …

ヒューマンドラマ映画

映画『枝葉のこと』あらすじと感想レビュー。二ノ宮隆太郎監督紹介も

第70回ロカルノ国際映画祭や第47回ロッテルダム国際映画祭に出品され、海外でも好評を博した二ノ宮隆太郎監督の映画『枝葉のこと』。 シアター・イメージフォーラムにて2018年5月に公開。 劇場デビュー作 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学