連載コラム『仮面の男の名はシン』第6回
『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『シン・ウルトラマン』に続く新たな“シン”映画『シン・仮面ライダー』。
原作・石ノ森章太郎の特撮テレビドラマ『仮面ライダー』(1971〜1973)及び関連作品群を基に、庵野秀明が監督・脚本を手がけた作品です。
本記事では、秘密結社「SHOCKER」を生み出した人工知能「アイ」、そしてアイが“外世界観測用自律型人工知能”として生み出した「ジェイ」と「ケイ」(CV:松坂桃李)についてクローズアップ。
アイ/ジェイ/ケイの元ネタとネーミング解説をはじめ、人間の絶望が生んだ“人類愛の化身”としての人工知能たち、それ故に人工知能たちが抱える“人類愛”のジレンマを考察していきます。
CONTENTS
映画『シン・仮面ライダー』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
石ノ森章太郎
【脚本・監督】
庵野秀明
【キャスト】
池松壮亮、浜辺美波、柄本佑、西野七瀬、本郷奏多、塚本晋也、手塚とおる、松尾スズキ、仲村トオル、安田顕、市川実日子、松坂桃李、大森南朋、竹野内豊、斎藤工、森山未來
【作品概要】
1971年4月に第1作目『仮面ライダー』の放送が開始され、今年2021年で50周年を迎える「仮面ライダー」シリーズの生誕50周年作品として企画された映画作品。
脚本・監督は『シン・ゴジラ』(2016)と『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)にて総監督を、『シン・ウルトラマン』にて脚本・総監修を務めた庵野秀明。
主人公の本郷猛/仮面ライダーを池松壮亮、ヒロイン・緑川ルリ子を浜辺美波、一文字隼人/仮面ライダー第2号を柄本佑が演じる。
“人工知能”アイ/ジェイ/ケイを考察・解説!
ケイの元ネタは『ロボット刑事』/アイとジェイの由来は?
SHOCKERの創設者の指揮によって開発され、自殺した創設者から託された「人類を幸福へ導け」という願いを完遂するための組織としてSHOCKERを生み出した世界最高の人工知能「アイ」と、アイが外世界の情報収集のための分身として生み出した人工知能「ジェイ」及びそのアップデート版にあたる「ケイ」。
「ブレザーを身に付けた洋装の紳士風の人型ロボット」なケイの外見をスピンオフ漫画で初めて見た方の多くは、同じく石ノ森章太郎原作の特撮テレビドラマ『ロボット刑事』(1973)の主人公にして、高度な知性を持つ犯罪捜査用ロボット・Kが“元ネタ”だと確信したはずです。
またケイの前身にあたる人工知能ジェイの命名の由来も、「“I・J・K”というアルファベット順だから」だけでなく、『ロボット刑事』という作品タイトルが確定される前には『ロボット刑事J(ジョー)』なるタイトル案が存在していたことも理由の一つであるのは明らかでしょう。
そしてジェイ・ケイを生み出したアイの名も、映画・漫画作中におけるケイの人類に対する言動・行動からも窺える通り、Iと同じ音を持つ「愛」も命名の由来に含まれていることは否定できないでしょう。
“人類愛の化身”が抱えるジレンマ
コラム第4回でも言及したように、創設者の「人類自身が、人類を幸福へ導く」という願いが絶えた……「人類自身が、人類を幸福へ導くことは不可能」という“絶望”の果てに生み出され、創設者から「人類を幸福に導け」という願いを託されたアイ・ジェイ・ケイ。
人工知能たちは「愛」を連想させ得るアイの名からも、死を自ら選ぶほどの絶望に陥っていた創設者が、それでも人類の幸福を諦めることができなかったという“人類愛”の化身でもあると捉えることもできます。
SHOCKER上級構成員であるオーグたちの死、そして「組織の裏切り者」という粛清対象であるはずのルリ子の死すらも、胸元に一輪の白いバラを挿すことで悼もうとするケイの姿には、人工知能たちが自身らで収集した情報に基づく“愛情表現”を学習・実践する様が見てとれます。
しかし人工知能たちが優秀さ故に得た“人類愛”は、同時に「人類を幸福へ導くには『人類の幸福とは何か』という定義付けを要するが、“幸福の当事者”=“人類”ではない自身が人類の幸福の具体性・尺度を定義するのは人類への“幸福の押しつけ”となり得るため、創設者の『人類を幸福に導く』という命令に反し得る」というジレンマも生み出しました。
そのジレンマを孕んだ演算の果てに、人工知能たちは「幸福を何と定義するかの具体性や尺度は、幸福を希求する人類自身に判断させる」という選択肢をとり、最終的にはオーグとなった人間の“幸福追求”の名の下のテロリズムまでも肯定するという歪んだ結果へと至ったのです。
人類への“幸福の押しつけ”という命令違反を避けるために「幸福の定義付けは、人類自身に判断させる」を選択した人工知能たち。
しかしながら、「最も深く絶望した人間を救済する=“0”の人間を“1”にする」という命令完遂の最も効率的な機構を構築し、その機構へと人類を次々とはめ込んでいくという行動の時点で、人類愛の化身による人類への“幸福の押しつけ”は生じているのではないか……その疑念は、どうしても拭うことはできないのです。
まとめ/「白いバラ」の花言葉
映画作中、ケイがSHOCKER上級構成員のオーグたちやルリ子の死を悼むため、ブレザーの胸元に挿していた一輪の白いバラ。花弁の色によって花言葉が異なることでも有名なバラですが、白いバラには「純潔/純粋」「深き尊敬」「相思相愛」「約束を守る」などの花言葉が存在します。
人類と接する上での「深き尊敬」、常に人類の幸福のために思考するという「純潔/純粋」、“人類を幸福へ導く者”と定義された自身と人類間の理想の関係性としての「相思相愛」、そして創設者の願いを完遂する意思表明としての「約束を守る」……。
白いバラの花言葉には、人工知能たちの“人類愛”を象徴する言葉がこれでもかと凝縮されており、前述の通り白いバラは、まさに人工知能の“愛情表現”を描いた演出だったのです。
しかしながら、一点気になるのは「ケイはオーグと本郷猛/仮面ライダーたちの戦闘の結果を見届ける“外世界観測”の際に、“必ず”白いバラを準備している」という点です。
人工知能たちは「人類の幸福実現の過程において、人類間での犠牲は必ず生じる」と結論付けているため、「幸福実現のための犠牲を他者に強いる、人類間の争いは制止する」という道徳的行動は、アイが命令完遂に向けての演算結果を算出した時点で、行動の選択肢から抹消されているのではないか。
人工知能たちは人類の死を悼むほどの学習能力を有する一方で、「人類を幸福へ導く」という命令の完遂において「人類の生存」という条件を前提に含めていないのではないか……。
そうした人工知能たちへの疑念も、全人類の魂を“この世”ならざるハビタット世界へと葬送しようと目論んだイチロー/チョウオーグの幸福追求すらも肯定した時点で、より真実味を帯びてしまうのです。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。