連載コラム『のび編集長のモヒカン・シニン考察録』第1回
映画サイト「Cinemarche」編集長、映画配給レーベル「Cinemago」宣伝、そしてモヒカン詩人(シニン)な河合のびが、映画・ドラマ・アニメ・漫画あらゆるエンタメ作品を飛躍・妄想まみれで考察・解説する連載コラム『のび編集長のモヒカン・シニン考察録』。
第1回でご紹介するのは、2025年10月31日(金)全国公開を迎えた山田裕貴×佐藤二朗のリアルタイム・サスペンス映画『爆弾』です。
本記事では映画『爆弾』のネタバレ言及を交えながら、連続爆破事件の《始まり》を生んだベテラン刑事・長谷部有孔が、なぜ不祥事を起こすに至ったのかの理由・意味を考察・解説。
長谷部と正体不明の爆破予告犯・スズキタゴサクの間にある共通点から、長谷部ひいては全ての人間の心中に埋め込まれている《爆弾》の正体を探っていきます。
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CONTENTS
映画『爆弾』の作品情報

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
【日本公開】
2025年(日本映画)
【原作】
呉勝浩『爆弾』(講談社文庫)
【監督】
永井聡
【脚本】
八津弘幸、山浦雅大
【主題歌】
宮本浩次
【キャスト】
山田裕貴、伊藤沙莉、染谷将太、坂東龍汰、寛一郎、片岡千之助、中田青渚、加藤雅也、正名僕蔵、夏川結衣、渡部篤郎、佐藤二朗
【作品概要】
呉勝浩の同名ベストセラー小説を『キャラクター』『帝一の國』などの永井聡監督が実写映画化。
『ゴジラ-1.0』『木の上の軍隊』の山田裕貴が天才肌の刑事・類家役として主演を務め、『新解釈・三國志』などのコメディから『あんのこと』『さがす』などのシリアスまで演じ分ける佐藤二朗が謎の男・スズキタゴサクを怪演。
伊藤沙莉、染谷将太、坂東龍汰、寛一郎、片岡千之助、中田青渚、加藤雅也、正名僕蔵、夏川結衣、渡部篤郎と豪華キャストが共演。さらに主題歌を「エレファントカシマシ」の宮本浩次が担当した。
映画『爆弾』のあらすじ

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
東京都中野区・野方署で事情聴取を受ける、身元不明の中年男。
偽名にしか思えない「スズキタゴサク」を名乗る男は、酔った勢いで酒屋の自動販売機を蹴り飛ばし、止めに入った店主を殴るなどの乱暴を働いたことで逮捕され、野方署に連行された。
聴取する刑事・等々力に「逮捕される以前の記憶がない」「自販機の弁償代と酒屋店主の治療代を払いたいが、金がないので貸してくれ」と語る中、スズキは急に「刑事さんの役に立ちますから」「自分には霊感があり事件の予知ができる」と言い出す。
「今日の午後10時に秋葉原辺りで、何か事件が起きる」……等々力は当初、スズキの《予知》を全く信じていなかったが、その時刻通りに秋葉原で爆破事件が発生した。
さらにスズキは「あと3回、1時間ごとに爆発が起こる」と新たに予告する……。
映画『爆弾』長谷部の“不祥事”の意味を考察・解説!

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
手がかりは“絶頂・射精”した男
野方署で誰からも尊敬されていたベテラン刑事・長谷部有孔。
彼の「事件現場で自慰行為をした」という不祥事が、カウンセリングの担当医を通じてマスコミにリークされ、過剰な報道の果てに長谷部の自殺と遺された一家の離散を招いたことが、映画『爆弾』作中で発生した連続爆破事件の《始まり》となりました。
職場でコンビを組んでいた後輩であり、自慰行為に耽る姿を目撃した刑事・等々力に対しても、映画作中の長谷部は「分からないんだ」と自らの奇行の原因・理由を明かすことはありませんでした。
なぜ人格者そのものであった長谷部が、奇行というべき行為に走ってしまったのか……その想像の手がかりとなるのは、同じく映画作中で《快感の絶頂と射精》に至った姿が描かれた人物・スズキタゴサクです。
一切無関係だったはずの長谷部の息子・辰馬たちの連続爆破テロ計画を、わずかな情報をもとに乗っ取り《連続爆破事件の真犯人》を見事に演じた驚異的な知能と話術で、対峙した類家を含む全ての人々を翻弄し続けた無邪気で邪悪な男・スズキ。
彼が《快感の絶頂と射精》に至ったのは、捜査中に爆弾で左足を失う重傷を負った矢吹の仇討ちのため、同じ交番に勤務する同僚・倖田が取調室を襲撃し、スズキを殺めようとした場面。その際にスズキは、倖田から向けられる激しい憎悪を「他者から強く《欲望される》ことへの幸福」と認識し、それに伴う快感の果てに絶頂・射精したのです。
警察官の存在理由を満たす“現場”

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
「他者から強く《欲望される》ことへの幸福」……それは時に「自己承認欲求」とも言い換えられる通り、何の意味も価値もなくこの世に生を受けた人間が、自らの存在理由という巨大な空白を埋めるために不可欠な欲望であり、ほとんどの人間が求めずにいられない欲望です。
そして、人間が生きる上で不可避な欲望を満たしたい飢餓感は、周りの人間の出世を積極的に後押しする……他者が持つ「出世」という名の自己承認欲求を満たしてばかりで、自分の自己承認欲求は後回しにしていた《危うい》優しさの持ち主だった長谷部の心中にも、汚泥のように溜まり続けていたはずです。
ところで「警察官」にとって、その自己承認の欲望を最も満たしてくれる「自らを強く《欲望してくれる》他者」とは誰でしょうか。その相手とは、もはや人間ではないもの……たとえば「現場」ではないでしょうか。
映画作中でも描かれていた通り、警察官が仕事を行うのは常に「現場」です。通報先でも交番でも取調室でも、連続爆破事件でも殺人事件でも傷害事件でも投身自殺による駅構内での電車事故でも、そこにあるのは、現場。現場という存在が、警察官という存在も成り立たせる……。
前述の通り、長谷部は人格者であり、優しい人間でした。だからこそ、心中に巣食い暴れ続ける「他者から強く《欲望される》幸福」の飢餓感を、スズキのように誰かを犠牲することで満たす選択は、どうしてもできなかった。
その果てに、少なくとも誰かに迷惑をかけずに済み、生きた人間以上に「警察官」である自らの承認欲求を満たしてくれる相手……「現場」を見つけ、長谷部の心中で溜まり続ける「他者から強く《欲望される》ことへの幸福」の飢餓感を慰めるようになったのではないでしょうか。
まとめ/心中の爆弾、怯え続ける人生

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
現場で被害者が死亡している事例は少なくなく、亡くなった被害者を悼む人間も同様に存在します。その時点で、長谷部が思い至ったであろう「誰かに迷惑をかけずに済む相手=現場」という論理は、容易に瓦解することは言うまでもありません。
一方で映画作中では、警察官として働く人々が「こんなくだらない世界で、何のために自分は存在しているのか?」というスズキがニヤニヤと尋ねてきそうな問いと葛藤しながら、日々の過酷な仕事を続けている姿も描いています。
優秀過ぎる人間がゆえにこの世界で自らの能力を存分に発揮できずにいる類家、聞き込み捜査中に遭遇した警察官を見下す唾棄すべき相手も《善良な市民》として接しなくてはならない矢吹・倖田……。
「自分は何のために存在しているのか?」という問いに悩み続け、やがて心が壊れていく。それは警察官という職業を生きる人々にとどまらず、自我を持った時点で絶えず「他者から強く《欲望される》こと」への幸福の飢餓感を抱えることになる全ての人々に訪れ得る結末でもあります。
誰もが心の壊れる可能性がある不条理な世界で、たまたま長谷部という1人の人間の心が、爆ぜて、破れてしまった。明日香に精神的に裏切られたことで絶望の極みへと至ったスズキのように「もう、いいや」となってしまった。
誰もが心中に、この世に生を受けた時点で、存在理由を満たしたい欲望という爆弾を埋め込まれ、いつ爆発するのか分からない日々を、怯えをひた隠しながら送っている。そんな現実を象徴する物語として、長谷部と彼が起こした不祥事が描かれたのです。
次回の“モヒカン・シニン”の考察録もお楽しみに……
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編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身。2019年に日本映画大学を卒業。映画評を寄稿する一方、映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として、『ザ・エクソシズム』『Kfc』のキャッチコピー作成なども行う他、『獄舎Z』『トレジャー・アイランド』の字幕監修を手がける。2025年公開のタン・チュイムイ監督・主演作『野蛮人入侵(原題)』では、日本公開版タイトル『私は何度も私になる』を命名した(@youzo_kawai)。

(C)Cinemarche

































