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映画『ハープーン船上のレクイエム』ネタバレ感想と結末あらすじ。ラストどんでん返しの修羅場を描いた海洋密室サスペンス|未体験ゾーンの映画たち2021見破録29

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  • 20231113

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第29回

公開が危ぶまれる世界各国の、様々な映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第29回で紹介するのは『ハープーン 船上のレクイエム』。

船の上という密室空間。第三者がいない場所でむき出しになる人間関係、それをあざ笑うかのように広がる海という大自然。

ソリッド・シチュエーションという言葉が生まれる以前から、閉鎖環境で起きるドラマを描く舞台として、船は度々映画に登場してきました。

今回乗り合わせるのは訳アリ男女3人組。地上で揉めていた連中が船に乗り、引き起こしたのはドタバタ劇か、はたまた惨劇か。極限のサスペンス映画の登場です。

【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら

映画『ハープーン 船上のレクイエム』の作品情報


(C)2019 BOAT MOVIE PRODUCTIONS INC.

【日本公開】
2021年(カナダ映画)

【原題】
Harpoon

【監督・脚本】
ロブ・グラント

【出演】
マンロー・チェンバース、エミリー・タイラ、クリストファー・グレイ

【作品概要】
金持ちだがキレやすい男、その親友のツイてない奴、2人と微妙な関係の女。3人が船の上で繰り広げる騒動をコミカルに、緊張感たっぷりに描くサスペンス映画。

監督・脚本はロブ・グラント。ドキュメンタリー&モキュメンタリー映画『Fake Blood』(2017)、4Kのポケット・シネマ・カメラで撮影したホラー映画『ALIVE.』(2018)など、ユニークな作品を手掛ける人物です。

出演は自転車版「マッドマックス」映画としてファンに知られる、『ターボキッド』(2015)に主演したマンロー・チェンバース。

ドラマ『コード・ブラック 生と死の間で』(2015~)にシーズン2から出演のエミリー・タイラ、ドラマ『ザ・ミスト』(2017~)などに出演のクリストファー・グレイと共演した作品です。

映画『ハープーン 船上のレクイエム』のあらすじとネタバレ


(C)2019 BOAT MOVIE PRODUCTIONS INC.

古代ギリシャの哲学者・アリストテレスは友情には3つある、と説きました。1つ目は自分にとって利益となる、役に立つ人物との実用的な友情。2つ目は共に愉快な時間を過ごす、楽しみを分かち合う相手との友情。

3つ目は相手に純粋な敬意を抱いて生まれる、築くのに時間はかかるが長らく続く完璧な友情。アリストテレスはこれを、最高の友情と呼びました。

海の上に漂う、上空から見えるよう甲板に大きく「SOS」と描いたトレジャーボートの中では、どんな友情物語が繰り広げられたのでしょうか……。

先立つ日、ヨナ(マンロー・チェンバース)は自宅を引き払うべく、1人で荷物を片付けていました。彼には良い関係ではなかった、写真からして実に不愛想な両親がいました。

両親との関係を正そうと、ワイナリーのツアーに誘ったヨナ。ところがその道中の交通事故で両親は死亡します。そして両親には多額の負債がありました。

銀行は負債を回収すべく、貯金と家を取り上げます。ヨナに残ったのは僅かのお金。ヤケになった彼は売春婦と過ごしますが目覚めた時、女は金と共に消えていました。

とことんツイてないヨナが遺品をまとめていると、親友のリチャード(クリストファー・グレイ)から電話がかかって来ます。今からそっちに向かう、と告げた彼は怒り狂ってます。

ヨナとは対照的に、裕福な両親から甘やかされ育ったリチャード。彼の口座には常に6ケタ数字が並ぶ金が振り込まれていました。

リチャードは父からキレやすい性格を受け継ぎます。ある時彼は、パスワードが思い出せないとの理由で、ノートパソコンを大画面薄型テレビに投げつけ、ブチ壊します。

ヨナの家に現れると、いきなり彼を殴ったリチャード。何が何だか判らないヨナが呼んでも一方的に殴り続けます。そこに現れたのがサーシャ(エミリー・タイラ)。

厳格な軍人の家庭に育ち、看護学校を卒業したサーシャはリチャードの恋人で、ヨナの友人です。彼女の声でようやく手を止めたリチャード。騒ぎでヨナの両親の遺灰用骨壺は倒れ、中身がこぼれていました。

顔が血塗れのヨナが理由を聞くと、お前たちが浮気したからだと言うリチャード。証拠の2人のメールのやり取りを見たという彼に、呆れて箱を投げ渡すサーシャ。

2人は誕生日を迎えるリチャードのために、プレゼントとして水中銃を購入していました。その相談のやり取りのメールを見て、彼は2人が浮気していると信じたのです。

第1章 ~Even Stevens~(『Even Stevens(おとぼけスティーブンス一家)』は、2000年より放送されたコメディドラマ)

過ちに気付いたリチャード。こうして3人の親友は、本能的に身に付けた役割に戻ります。許しを乞うリチャード、受け入れるヨナ、それを恋人そして母親、そしてレフリーとして見守るサーシャ。

様々な物を買い込むと、所有するトレジャーボートに自分で運びこみ、2人を船に招待するリチャード。仲直りの印に日帰りクルーズ航海に誘います。

必死に言い訳するリチャードを、2人が一発ずつ殴ることで許すことにしたヨナとサーシャ。こうして友情を取り戻した3人を乗せ、船は出発しました。

沖合で船を止めると、ヨナは遺灰を海に撒きます。両親との別れを終えたヨナは、親友とその恋人と共に乾杯します。海に向けゴルフボールを打ち、釣り竿をたらし海上のレジャーを満喫する3人。

ヨナはリチャードと2人になると、なぜ自分とサーシャの関係を疑ったか尋ねます。メールを読んだにしても、浮気の結論に飛びつくには何か疑念があったのでは、と聞きました。

時々ヨナと彼女の間に何かある様に感じていた、と告白するリチャード。去年お前が引き起こしたトラブルが、サーシャの心境に影響を与えたのだと指摘するヨナ。

リチャードには耳の痛い話のようです。彼はサーシャの元に移動し、誕生日プレゼントに貰った水中銃を海に発射してみせます。ヨナの釣り竿には魚がかかりました。

サーシゃと話したリチャードは、彼女が話す2人だけで会った理由がヨナの言い分と異なると気付きます。2人とも真実を隠し、自分を騙そうとしていると気付いたリチャード。

彼は水中銃を魚を釣り上げたヨナに突き付けます。2人の話す内容が違うぞ、と追及したリチャードをサーシャは背後から瓶で殴り気絶させました。

2人は関係がバレたと悟ります。殴るのはやり過ぎと責めるヨナを、彼はあなたを銛(ハープーン)で撃とうとしたと言うサーシャ。銛では無く水中銃だ、とヨナは指摘しますがどうでもいい話です。

そんな会話をしているとリチャードが目覚め、ヨナを殴り海に叩き落とします。その彼に水中銃を突き付けるサーシャ。

ヨナは船に上がりますが、サーシャの隙をつき水中銃を握るリチャード。引き金を引いても構造上発射されません。リチャードは彼女ともみ合い、誤って水中銃から発射された銛は、ヨナの左の手のひらを貫通します。

激怒するリチャードから逃げたサーシャは、船の無線で助けを求めます。しかしキレたリチャードが現れ無線を壊し、彼女の首を絞めます。彼女の意識が薄れた時、銛を抜いたヨナがリチャードを殴り気絶させました。

もはや彼を始末するしかないと考える2人。しかしヤバイ世界の大物で、息子を落第させようとした教授を密かに始末した、リチャードの父を敵に回せば命が無いのは確実です。

しかしリチャードを生かしては、ただで済まないのも確実。そこで意識の無い彼を、ヨナは船べりに置きます。自然に落ちて溺れ死ねば、事故だから殺しで無いと主張するヨナ。

この方法なら罪悪感も無いし嘘発見機にかけられても大丈夫、とヨナは妙な理屈を並べます。呆れながらも、ヨナと一緒に舷側でスクワットをして船を揺らし、リチャードを落そうとするサーシャ。

馬鹿げた行動ですが、リチャードは海に落ちてくれました。ところが大人しく沈まずに、息を吹き返したからたまりません。

悪態をつくリチャードに2人は水中銃を向けますが、船を動かすエンジンキーが無いと知って焦ります。自分が握るキーを見せ、勝ち誇って笑うリチャード。

彼を殺せばキーは海の底です。リチャードは船の上の2人に提案します。武器になる物を全て海に投げ捨てれば、船に戻ってやると。

水中銃にゴルフクラブに釣り竿、キッチンの刃物類に信号弾、酒瓶にオール、さっき釣った魚も大物だからと、海に投げ捨てさせたリチャード。

それを確認してリチャードは船に戻ります。陸に戻れば2人をどう料理するかと、ヨナとサーシャを監視できる場所に座らせ、船を操縦しようとします。

ところがエンジンが始動しません。壊した無線機も使用できず、3人は故障した船と共に海を漂うハメになりました。

怒った3人は誰が誰を傷付け、殺そうとしたと先程の修羅場を責め合います。浮気は誤解と認めて殴らせた、それが実は真実だったなら、その分殴らせろと迫るリチャードの言葉に、負傷した左手を机に置くヨナ。

傷を負った彼の手を、思い切り殴るリチャードに今度はサーシャがキレました。全ては1年前の振る舞いが原因だと、責め始めます。

1年前リチャードは別の女に手を出し、妊娠させます。相手は子供は産むとリチャードに告げ、金を得ようとしました。

一時の過ちとして、サーシャが彼の振る舞いを許します。しかし妊娠中の女が殺されたとのニュースを聞き、彼女は動揺します。

自分は手を下していないと言うリチャードですが、彼女の疑念は晴れません。争いを止め黙りこむ3人。

様々な物を投げ捨てた結果、残る食料は僅かです。日帰り航海のつもりだったので、飲み水もありません。釣った魚を捨てるのでは無かったと後悔しても無駄です。

問題は食料より水不足、海水を蒸留する手段も無し。水無しで人間は長く持たないと説明するサーシャ。

陸に向かって泳ぐに遠すぎます。リチャードは映画『ジョーズ』のラストで船を失った主人公2人は泳ぎますが、助かりっこ無いと指摘します。

航路に近いから、90%の確率で船が見つけるとの彼の言葉を、ヨナとサーシャは半信半疑で信じるしかありません…。

第2章 ~5日たっても、貨物船は通過せず~

…とのタイトルが出ましたが、実のところ3人は不運の連続に見舞われていました。迷信深いベテランの船乗りは、彼らが様々な過ちを犯しジンクスを破ったと指摘するでしょう。

まず金曜日に出航した事。週末前の船の出入りが少ない時を選んだのです。キリストが十字架にかけられた金曜日は、船乗りたちが忌み嫌う日です。

左足から船に乗りこんだリチャード、サーシャの赤毛も船乗りなら縁起が悪いと感じたはず。そもそも聖書に出てくる、巨大な魚に呑まれた予言者ヨナの名も歓迎されません。

船から様々なものを投げ捨てた時にアホウドリの像を捨てたのも、黒いバックを持ち込んだのも、食べ物としてバナナを持ち込んだのもタブーでした。

その報いなのか水を確保できる雨も降らず、船は大西洋を沖へと流されていきます。

この極限状態の中、彼らの「友情」はどのように働くのでしょうか…。

以下、『ハープーン 船上のレクイエム』のネタバレ・結末の記載がございます。『ハープーン 船上のレクイエム』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

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(C)2019 BOAT MOVIE PRODUCTIONS INC.

残っていたゴルフボールを、空を飛ぶカモメに投げて落そうと試みるリチャード。運負けせの行為で、水中銃を捨てた事が悔やまれます。

しかし投げた一球が見事命中、カモメは船の中に落ちました。早速カモメから血を抜くと容器に溜め、飲もうと試みるリチャード。

彼はこの行為を映画『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』から学びました。原作小説『パイの物語』は、エドガー・アラン・ポーの小説からアイデアを得た、と告げるサーシャ。

その小説「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」は、船が沈没し4人の男が大海をボートで漂流、飢えと渇きの極限状態に陥る話です。

小説の中で男たちは生きるためクジを引き、リチャード・パーカーという人物が食べられます。小説が書かれた約50年後、イギリスで全く同じような状況の海難事故が発生しました。

そして同じような経緯をたどり、食べられた人物の名はリチャード・パーカーでした(1884年のミニョネット号事件)。

物語の教訓はカモメの血を飲んでも足りない、誰かが犠牲になる必要があること。リチャードを見つめるヨナとサーシャ。

話を聞いていたのかどうか、容器に溜めたカモメの血を飲むリチャード。続いてサーシャが、最後にヨナが飲みました。

しかしヨナは吐いてしまいます。リチャードは今さらながら、船の進水式で使ったスコッチが残っていたと思い出し、3人は口直しに飲みます。

3人は争う気力を失ったようです。スコッチの瓶には3人の名が記されていますが、ヨナの名を消したリチャード。

酔った勢いでリチャードは寝る相手として自分とヨナの、どちらが良かったかサーシャに尋ねます。リチャードだとの返事に彼は喜び、ヨナは抗議の声を上げます。

ベットでのヨナはソフト過ぎるようで、その話題で盛り上がる3人。あの最中のサーシャの表情についての男2人の意見が一致し、今度は彼女が抗議しました。

行為中のリチャードは酷い汗っかきだと告げるサーシャ。3人は愉快な気分になりますが、ヨナが手の傷の痛みを訴えます。見ると傷口は化膿していました。すぐ海水で洗えと指示するサーシャ。

ヨナが出て行くと、本音を語り尽くしたと信じた彼女は、リチャードに妊娠させた女を殺したのは彼か、彼の父かと尋ねます。リチャードは固い表情で否定しました。

幾日たったでしょうか。上空から見えるようSOSと記した、彼らのトレジャーボートはまだ海の上を漂っていました。その夜ヨナは激しい痛みを訴えます。

彼の左手は、水中銃で撃たれた傷口からかなり上まで傷んでいました。抗生物質の投与が必要ですが、船に薬品はありません。

感染拡大を止めるには腐敗した血を抜くしかありません。しかし危険物を海に投げ込んだ結果、ナイフすら残っていない状況です。

サーシャは酒瓶を割り、刃物の替わりにします。腕を上げて無事だとアピールしたものの、痛みに耐えかねるヨナ。

壊死が広がり毒素が混ざった血が心臓に回り、脳に達すれば確実に死ぬと説明するサーシャ。その彼女の耳元で、ヨナが何かをささやきました。

何を話したか聞いたリチャードに答えず、彼からベルトを受け取ったサーシャは、ヨナの腕を縛り血管を切ろうとします。

切開前に容器を持ってきたリチャード。彼の血も飲もうと考えますが、血液は有毒の可能があると告げるサーシャ。

腕を切られたヨナは悲鳴を上げて暴れ、リチャードは彼の血を集めます。ヨナは落ち着きを取り戻し、サーシャは集めた血を飲ませず取り上げ捨てました。

処置を終えた後も助けが来る気配は無く、ヨナの体調は悪化します。敗血症の可能性があると言うサーシャに、彼が死んだら食べるべきか相談するリチャード。

サーシャはあなたも、ヨナも同類の人物だと告げました。切開手術前にヨナが彼女にささやいた言葉は、そのガラス片を自分では無く、リチャードに向けろだったと教えます。

その夜、痛みにうなされるヨナの声で2人は眠れません。叫び声を上げたヨナを、サーシャが落ち着かせました。

震えが止まらないヨナは、誰かをリチャード・パーカーに選ぶ時が来たと言います。何か食べて体力を付けない限り、自分は限界だと訴えます。

リチャードは死が近いヨナが、3人対等の条件のくじ引きで犠牲者を決める提案した事を、誇りも誠実さも無い恥知らずな行為と怒ります。すると自分の浮気を責めたリチャードが、サーシャに謝罪した後も浮気を続けていたと暴露するヨナ。

知らなった事実を聞き憮然とするサーシャに、リチャードはヨナが自分のために行った行為の方がが恐ろしいと告げました。

動揺するサーシャに3人の関係を守るため、リチャードの子を身ごもった女には去って欲しかったと話すヨナ。

別れてくれと女を説得したが聞いてもらえなかった、彼女が死んだのは不幸な事故だった、とヨナは説明します。

ヨナはそんな理由で、リチャードに指示されず自分の判断で彼女を殺していました。サーシャにはそんな彼の言動が、実に恐ろしく感じられました。

恵まれた環境で暮らすリチャードのような人間は、自分のような人間を利用するだけだ。それに比べて自分の両親は、何も残してくれなかった。ヨナは今まで抱えていた不満をぶつけます。

自分のような恵まれない人間は、何でも与えてくれる人間に見棄てられないように、相手の望むことを先回りして行う。自分はリチャードに何も尋ねず、彼の望みを実行した。

お前の様な人間には、どうして自分がそのように振る舞うかは理解できないだろうと、リチャードに対して叫ぶヨナ。

2人の男の醜い面を思い知らされたサーシャは、犠牲者を決めるクジを引く時が来た、と告げます。

用意した3本の棒の内、短い1本を引いた者が2人を生かす犠牲者となります。リチャードが用意したクジをまずサーシャが、次いでヨナが引きました。

短い1本を引いたのはサーシャです。彼女はガラス片を握ります。彼女を犠牲に出来ないと言うヨナに、これは皆で同意した事だと告げるリチャード。

自分の手首を切れないサーシャ。リチャードは彼女を殺す人間をクジで決めようと言います。今度はヨナが用意したクジを、リチャードに引かせます。

彼女を殺す役目はヨナに決まります。最後までツイていない彼は力なく笑い、やはりリチャードは自分の手を汚さないと言いました。

割れたビンを掴んだヨナはいきなりリチャードを襲い、彼の首を刺すと喉を切り裂きます。怯えるサーシャに顔を近づけ、腹は空いているかと尋ねるヨナ。

彼女の手を引いたヨナは、船の階段の板を外し、隠していたビスケットを取り出します。呆然とするサーシャに彼は種を明かします。

海に落ちたリチャードの要求で船から危険物を捨てた時、ヨナはビスケットを密かに隠したのです。そしてベットの下から、船を動かす部品のヒューズを取り出したヨナ。

同じ時にヨナは船のヒューズボックスを開け、部品を外していました。その結果リチャードが船に戻り操作しても、エンジンは動かなかったのです。

あの出来事は私たちに、誰にもバレず嘘発見器に引っかからない方法で、リチャードを始末するチャンスを与えてくれた、とヨナは言葉を続けました。

サーシャが遭難者が生きるために犠牲にした男、リチャード・パーカーの話を持ち出したのも都合が良かった、と語るヨナ。

くじ引きで彼女が犠牲に選ばれても、リチャードは気にもかけなかった。それどころか君を死なせようとした、それがリチャードという男だ。

君はかつて自分と一緒に逃げようと言った。今なら彼がクローゼットに隠している大金も手に入る。

恐ろしい計画を成し遂げたヨナは、鬼気迫る表情で彼女に語ります。その言葉に従うしかないサーシャ。

一緒に家に帰ろう。当局には遭難した絶望的状況でクジを引き犠牲者を決めた後に、船を動かすヒューズを見つけたと説明しよう、とヨナは提案しました。

彼女が了解すると、ヨナはエンジンを動かします。電気が灯り船が動き出す中、サーシャは必死に考えを巡らせます。

港への航路に船を乗せると、ヨナは甲板のサーシャの元に現れます。寄ってきた彼をいきなり殴りつけ、海に落としたサーシャ。

船に乗るには不吉な名を持つヨナは、犯した罪に相応しい報いを受けます。スクリューに巻き込まれたヨナの体はバラバラになりました。

しかしサーシャの身にも、船に乗る赤毛の人物を見舞うジンクスが訪れます。操作に慣れない彼女は船を急発進させ、激しい揺れにバランスを崩して海に転落します。

大海の只中にサーシャを残したまま、無人のトレジャーボートは去って行きました。

ミニョネット号事件の犠牲者となり、17歳で死んだリチャード・パーカーの墓碑を映して、この映画は終わります。

映画『ハープーン 船上のレクイエム』の感想と評価


(C)2019 BOAT MOVIE PRODUCTIONS INC.

本作に登場する”リチャード・パーカー”のお話や船乗りのジンクスなどを、淡々とナレーションしているのは、イギリスのコメディドラマ『Fleabag フリーバッグ』(2016~)の出演などで知られる、個性派コメディアンのブレット・ゲルマン。

知る人知る、トンデモない存在感を持つ彼のナレーションが、本作のブラックユーモアを増幅させています。

ナレーションで物語を説明することは、一般には映画やドラマの技法としては安易なテクニックであると、広く認識されているのはご存知でしょう。

監督のロブ・グラントはインタビューで本作に登場するナレーションは、登場人物たちが持つバックストーリーを紹介するのに必要なものだ、と語っています。

奇妙な偶然が映画のストーリーを後押しする

参考映像:『マグノリア』(1999)

本作の編集の過程で、3人の登場人物がなぜこのような行動をとるのか、それを説明することが非常に重要だと監督は気付きます。彼らの選択と行動は馬鹿げている、と観客から冷ややかに受け取られる事態を避ける必要があります。

グラント監督が参考にしたのが、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』。ナレーションは物語が奇妙な方向に進んでいく、奇妙な出来事が起きることを暗示し、映画の展開を後押しする力がありました。

『マグノリア』は冒頭で本編とは関係ない、実際に起きた奇妙な偶然についてナレーションで紹介します。そして観客は群像劇の果てに登場する、空からカエルが降って来るラストを受け入れたのです。

古くからの友人として、仲良く振るまう3人の男女。美しい友情の背後には甘えや打算、力関係から生じる忖度じみた行動がありました。これらが生まれる背景を、名調子のナレーションが紹介します。

ブラックコメディで閉鎖空間のサスペンスでもあり、”リチャード・パーカー”のエピソードを下敷きにした特殊な設定の本作。しかしこの人間ドラマにより、多くの人に身近に感じられる物語になりました。

緊迫のシーンは激寒のカナダで撮影された


(C)2019 BOAT MOVIE PRODUCTIONS INC.

本作に出演したマンロー・チェンバース、エミリー・タイラ、クリストファー・グレイの3人は、撮影前に3日間のリハーサル期間を得ることができました。

リハーサルを終えると共に食事をし、酒を飲んで話し交流を深める中で築いた絆が、撮影時に役に立ったとマンロー・チェンバースは話しています。

エミリー・タイラは同じインタビューで、撮影前にランニングをして肉体に倦怠感を与え演技に持ち込み、クリストファー・グレイも同様にジムに通い、自分の中の緊張感や攻撃性を高めて撮影に臨んだと話しています。

本作の船内シーンはカナダのカリガリーで用意したセットで、-30℃を記録した真冬の時期に撮影したと監督は話しています。

撮影に使用するトレジャーボートは、セット撮影時にはまだ見つかっていません。セットと合致する船が見つかる事を期待しつつ、船内シーンは時系列に沿って撮影されました。

そして船内シーン撮影と同じ週、プロデューサーが船を確保します。船内シーンが終わってから、今度は船外シーンを中央アメリカの国ベリーズの、サン・ペドロで時系列に撮影します。

インディーズ映画で撮影の延期が起きれば、それは多くの場合製作中止を意味する。今回は全てが最高の形で進行した、と監督は振り返っていました。

まとめ


(C)2019 BOAT MOVIE PRODUCTIONS INC.

とぼけたブラックユーモアを漂させつつ展開する『ハープーン 船上のレクイエム』。それがある時点から、鬼気迫る光景に変わるのは見物で、その後皮肉なラストを迎えます。

見応えあるソリッド・シチュエーションです。実は気に入らない奴とはいえ、始末するためにここまでする? とっさにリスクの大きな、この悪だくみを思いつく? という疑問は残りますが。

ここは一つ、耐えに耐えて金持ちのボンボンにすり寄って生きていたツイてない男の、必死の知恵が生んだ執念の行為だと好意的に解釈してあげましょう。

美しく広大で心地良い海の上を、醜い人間関係が露わになる修羅場に変えた本作。撮影裏話を聞き極寒のカナダでの撮影後に、暖かい楽園で外のシーンを撮ったと思えば、なるほどこれが心底楽しそうに見える訳だと納得させられました。

次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…

(C)Full Frame Features

次回第30回は18歳の誕生日を迎えた娘の体を奪いに何者がやって来る。ホラー・ファンタジー映画『MARK OF THE WITCH』を紹介します。お楽しみに。

【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら




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