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Entry 2020/06/22
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『アングスト』元の事件から映画を推察。ラストに向けシリアルキラーの独白と不安が加速する|サスペンスの神様の鼓動33

  • Writer :
  • 金田まこちゃ

サスペンスの神様の鼓動33

こんにちは「Cinemarche」のシネマダイバー、金田まこちゃです。

このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。

今回ご紹介する作品は、1980年にオーストリアで実際に起こった、ショッキングな一家惨殺事件を映画化した『アングスト/不安』です。

1980年1月に、殺人鬼ヴェルナー・クニーセクが起こした一家惨殺事件を、殺人鬼の心情に迫る形で映画化した実録スリラー。

殺人鬼K.の独白を中心に構成された本作は、1983年の公開当時、その異常すぎる内容から、1週間で上映が中止され、ヨーロッパ全土で上映禁止になったという問題作です。

主演は、1981年の映画『U・ボート』のアーウィン・レダー。

監督は『アングスト/不安』が、唯一の監督作となっているジェラルド・カーグル。

本作は2020年7月3日(金)よりシネマート新宿ほか全国にて順次公開されます。

【連載コラム】『サスペンスの神様の鼓動』記事一覧はこちら

映画『アングスト/不安』のあらすじ


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion
昼間の住宅街を黙々と歩くK.。

彼は、突然ある家を訪ね、老婦人を銃殺します。

K.は逮捕され、刑務所に収監されますが、10数年の刑期を勤め、出所前に3日間の外出を許されます。

しかしK.は何も改心しておらず、新たな獲物を求めて街を彷徨い始めます。

刑務所に収監されていた間、K.の殺人衝動は増幅しており、殺人を心から求める、危険な狂人が野に放たれてしまいました。

やがてK.は、一軒の民家に狙いを定めますが…。

映画『アングスト/不安』特集記事はこちら

サスペンスを構築する要素①「心情が理解できてしまう危険な独白」


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion
1980年にオーストリアで実際に起こった、一家惨殺事件に迫った実録スリラー『アングスト/不安』。

本作は犠牲者となった一家側の視点ではなく、一家を襲う殺人鬼K.の視点で描かれており、K.の独白が中心になっているという点が特徴です。

K.は映画開始冒頭、いきなり老婦人を銃殺するのですが、その目的は不明で、映画を鑑賞している観客は何が起きたか理解できないでしょう。

その後ナレーションで、K.の幼少期からのエピソードが紹介され、突然動物を殺害したことなど、異常性に満ちた過去が次々と明かされます。

そして、10数年の刑期を務めたK.が外出する事を許され、街に出る所から本作のストーリーは動き始めますが、K.は全く更生しておらず、逆に刑務所にいる間に殺人衝動が増幅しています。

その為、一歩外に出た瞬間からK.が考えているのは殺人の事だけです。

街で出会った人をどう殺そうか考えるK.の独白が続き、序盤は殺人に興奮しているK.の様子が伝わります。

K.の興奮は伝わりますが、その衝動は全く理解できるものではありません。

しかし、K.の独白は、やがて自身の過去に触れていく内容となります。

母親や妹、義理の父親などについて語られるK.の独白を聞いていると、次第に暴力でしか自身を守る術が無かったK.の悲しい過去が明らかになります。

「もし、自分がK.と同じ境遇だったら」と考えると、暴力に頼るしかなくなったK.に、少しづつ同情するようになり、映画序盤では全く理解できなかったK.の暴力衝動が、少し理解できるようになってしまうのです。

殺人でしか他者や社会への自己表現方法を持てなくなったK.に、だんだん感情移入するようになっていき、中盤で起きるさまざまな事態をK.の目線になって見ている事に気付きます。

序盤では全く理解不能だったはずのK.の行動が、次第に映画を観ているこちら側も共感するようになってしまう。

これが『アングスト/不安』の持つ、作品の危険な魅力となっています。

サスペンスを構築する要素②「加速する異常性と突き放されるラスト」


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion
本来なら到底理解不能な殺人鬼の心情に、気付けば感情移入するようになっていくという、危険な魅力を持った映画『アングスト/不安』。

ですが、それは作品中盤までの話。中盤以降、自身の欲求を満たす為に必死になっていくK.は、異常性が加速していきます。

それまで、同情する部分もあったK.の独白は、次第に狂った世界へと突入し、K.の目線になって見ていた観客を突き放してきます。

近年の大ヒット映画、『ジョーカー』(2019)では、それまで主人公のアーサー・フレックに共感していた観客達を一気に突き放すラストシーンが印象的でした。

『アングスト/不安』のK.は、それとは対照的に、徐々に観客を置いていく言動が多くなり、後半に進むにつれて理解不能になっていきます。

そしてK.の興奮が最高潮に達する衝撃的なラストシーンに、共感できる人は誰もいないでしょう。

サスペンスを構築する要素③「悪という欲求に迫る」


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion
殺人鬼K.の危険な独白を中心に構成された『アングスト/不安』。

本作が製作された経緯として、監督のジェラルド・カーグルは、K.のモデルとなった殺人鬼ヴェルナー・クニーセクの「動機」について、誰も言及していなかった為と語っています。

ヴェルナー・クニーセクが1980年に起こした一家惨殺事件は、決して入念に計画された犯行ではなく、外出を許された事で衝動的に起こしたもので、作品中のK.のように興奮に駆られた犯行なのです。

では、ヴェルナー・クニーセクが更生する為に過ごしたはずの、刑務所での10数年は何だったのでしょうか?

何故、外出が許可されてすぐに犯行に及んだのでしょうか?

ジェラルド・カーグルは、これらの疑問に迫る為、殺人鬼K.の独白が中心となる作品を製作しました。

本作はK.の独白を通して、人間の中に潜む「悪」という欲求に迫っています。

映画『アングスト/不安』まとめ


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

本作で、K.のモデルとなった殺人鬼ヴェルナー・クニーセクは、一家惨殺事件で収監された後も、病気を装い看護婦を人質にとって脱獄を企てた、本当に危険な人物で、「悪」と呼ぶしかない存在です。

では、この「悪」という部分は、生まれながらに特定の人物だけが持っている特別な感情なのでしょうか?

K.の独白を聞く限りですが、もしK.が、幸せな家庭に生まれていれば、「悪」の感情が芽生える事もなく、殺人鬼になる事も無かったかもしれません。

ですが、K.が本当の事を言っているとも限らない為、全ては自身の「悪」を正当化する為の嘘かもしれません。

『アングスト/不安』は、映像表現が過激で、公開当時は嘔吐する観客が後を絶たず、アメリカではXXX指定を受け、配給会社が逃げたという「異常な作品」として話題です。

しかし、ジェラルド・カーグルは、ただ不快な作品を作りたかった訳ではなく、全ては人間の中に芽生える「悪」の感情に迫る為の表現です。

製作から37年の月日を経て、日本初公開となる本作の危険な魅力に触れながら、「悪」の存在について考えてみてはいかがでしょうか?

本作『アングスト/不安』は2020年7月3日(金)よりシネマート新宿ほか全国にて順次公開です。

映画『アングスト/不安』特集記事はこちら

次回のサスペンスの神様の鼓動は…

次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに。

【連載コラム】『サスペンスの神様の鼓動』記事一覧はこちら



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