Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2022/06/09
Update

『もうひとつのことば』感想評価と解説。ラブコメディを爽やかに描きながらもTOKYOを見る“もうひとつの視点”は意味深い|銀幕の月光遊戯 88

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第88回

映画『もうひとつのことば』は 2022年7月22日(金)より池袋HUMAXシネマズにて劇場公開

パラレルワールド・シアター』(2018)で劇場デビューを果たした堤真矢が、監督、脚本、編集を務めた映画『もうひとつのことば』。

2020年夏の東京を舞台に、英会話カフェで出逢ったふたりの男女のうそと真実が織りなす軽妙で魅惑的な会話劇です。

門真国際映画祭2021・審査員特別賞をはじめ国内外の映画祭で入選・入賞を果たすなど高い評価を受けています。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

スポンサーリンク

映画『もうひとつのことば』の作品情報


(C)2021 Tick Tack Movie

【公開】
2022年公開(日本映画)

【監督・脚本・編集】
堤真矢

【キャスト】
菊池真琴、藤田晃輔、中山利一、連下浩隆、新井敬太、山田良介、澤麻衣子、小高えいぎ、前田薫平、藤岡有沙、風さり、伊藤梢、高草木淳一、水野大絆、 佐々木しほ、Antonio Angelov、Ellen Reiter

【作品概要】
英会話カフェで出会った一組の男女を描く軽妙な会話劇。門真国際映画祭で映画部門審査員特別賞を受賞するなど、国内の映画祭で高い評価を受けた作品。

監督を務めたのは『パラレルワールド・シアター』で知られる堤真矢。主役の2人を菊池真琴、藤田晃輔が演じている。

映画『もうひとつのことば』のあらすじ


(C)2021 Tick Tack Movie

2020年夏、少し人通りの戻り始めた東京。

カフェの一角でワンコインで気軽に英会話が楽しめる「ワンコイン英会話カフェ」に、数名の男女が参加していました。

仕事や経歴など噓をついて会話に参加し、ささやかな承認欲求を満たす女性、ミキと、アメリカでの活動を志すも渡航を制限されている俳優の青年、健二は、会話の流れから意気投合し、共に「別人になりきって英会話カフェに参加するゲーム」に興じるようになります。

 そのゲームのルールはふたつ。
 「お互いの人生に立ち入らない」ことと、「日本語では嘘をつかない」こと。

心地よい距離感を保ちながら、カフェでの英会話やそこで出会った人々との時間を楽しみ、停滞していた自分の現実から束の間の逃避を楽しむ二人でしたが…

スポンサーリンク

映画『もうひとつのことば』の感想と評価


(C)2021 Tick Tack Movie

英語を話す時は違う自分

「ワンコイン英語カフェ」という題材がまずユニークです。

日本語なら、初対面では敬語になったり、互いに探り合うところから始まりそうですが、「英語カフェ」では、職業や恋人の有無などしごくプライベートなことにも遠慮なくどんどん突っ込んで会話が展開して行きます。言語が違うとまるで人間の性格まで変わってしまったかのようです。

主人公のミキは、都内に何箇所もある英語カフェ会場を回っては、名前も職業も偽って別の自分になることを密かに愉しんでいます。「英語カフェ」という非日常的な空間が別人になりすますにはうってつけの場所なのでしょう。

他人と親しくなるのを拒絶していた彼女ですが、いつしか俳優志望の青年・健二と一緒に組んで別人になりきるゲームを始めることに。ちょっとしたスリルを味わえる体験はとても愉快で、2人の距離はぐっと縮まりますが、虚実を混ぜ合わせた会話による思い込みや思い違いが2人の心を揺らし始めます

日本語と英語の2か国語を使った会話劇はセンスに溢れ、まるでハリウッドのスクリューボールコメディーを見ているかのよう

見終わって、なんだかほっとするような温かみに溢れた作品に仕上がっています。

2020年のコロナ禍の東京の風景を映す


(C)2021 Tick Tack Movie

新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、オリンピックが一年延期になった2020年の東京が記録されているという点でも本作は極めて重要な作品です。

塀がめぐらされた国立競技場や、規制が緩和され少し街に人が戻り始めた頃の浅草の風景などは勿論のこと、未曾有の感染症に襲われたことと先が見えないことから来る不安感、失業や新たな職探しの難しさ、ステイホームによる孤独感、テレワークという新しい働き方とその弊害といったコロナ禍に起こった諸問題が映し出されています。

本作はコロナ禍になる前に企画されていたものだそうですから、「現代人における他者との関わり」という作品本来のテーマがコロナ禍という状況が加わることによってさらに鮮明なものになったと言えるのかもしれません。

とはいえ、本作のスタイルはあくまでも軽やかです。ミキ役の菊池真琴と健二役の藤田晃輔は、英語は流暢に話せるけれど、どこか生き方が不器用な似た者同士を好演。爽やかな印象を残します。中山利一扮する英語ガイドなど、2人を囲むキャラクターたちもそれぞれユニークです。

彼らを観ていると、誰かと話したり、触れ合うことはやっぱり楽しいものだなと改めて思わされます。人と人との付き合いは煩わしいことも多いけれど、それでもやっぱり人間っていいな、面白いなと思わせてくれるのです。

まとめ


(C)2021 Tick Tack Movie

劇中、ミキと健二は、英語ガイドの男性に導かれて東京を観光して回ります。それは東京観光の王道ともいえる「おなじみの風景」なのですが、自分たちが日本に観光にやって来た外国人だったらという設定によって「もうひとつのことば」ならぬ「もうひとつの視点」が生まれます

どんなに見慣れた風景でも、ちょっと視点を変えてみてみると、まったく違ったものが見えてくる、つまらないと思っていたものが、魅力的に見えさえしてきます。

コロナ禍であることは勿論のこと、停滞感溢れる社会で生きていると感じた時に、一筋の光明をもたらすヒントがここには隠されているようです。

映画『もうひとつのことば』は2022年7月22日(金)より池袋HUMAXシネマズにて劇場公開

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら



関連記事

連載コラム

映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』評価解説。海外の“ジョーシキ”を略奪せよ!|だからドキュメンタリー映画は面白い16

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第16回 あのマイケル・ムーアが、ドキュメンタリー作家から“侵略者”に転身!? 『だからドキュメンタリー映画は面白い』第16回は、2016年公開の『マイ …

連載コラム

ベルイマン映画『沈黙』解説ネタバレと感想考察レビュー。”神の沈黙三部作”ラスト最終章で描かれる“空虚な心”|電影19XX年への旅8

連載コラム「電影19XX年への旅」第8回 歴代の巨匠監督たちが映画史に残した名作・傑作の作品を紹介する連載コラム「電影19XX年への旅」。 第8回は、『叫びとささやき』や『仮面/ペルソナ』など、数多く …

連載コラム

『歌ってみた 恋してみた』あらすじ感想と評価解説。上埜すみれ演じるサブカル女子が高円寺で繰り広げるファンタジックな成長|インディーズ映画発見伝22

連載コラム「インディーズ映画発見伝」第22回 日本のインディペンデント映画をメインに、厳選された質の高い秀作を、Cinemarcheのシネマダイバー 菅浪瑛子が厳選する連載コラム「インディーズ映画発見 …

連載コラム

映画『ばるぼら』あらすじと感想。二階堂ふみがヌードの濡れ場で稲垣吾郎を相手に手塚漫画に挑む|TIFF2019リポート23

第32回東京国際映画祭・コンペティション作品『ばるぼら』 2019年にて通算32回目となる東京国際映画祭。 令和初の開催となった本映画祭は、2019年10月28日(月)に無事開会の日を迎え、11月5日 …

連載コラム

映画『泣く子はいねぇが』あらすじ感想評価と考察解説。ロケ地秋田でなまはげを通じて父親と大人になる意味を描く|シニンは映画に生かされて20

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第20回 2020年11月20日(金)より新宿ピカデリーほかにて全国公開の映画『泣く子はいねぇが』。是枝裕和監督が率いる映像制作者集団「分福」の企画協力のもと制作 …

U-NEXT
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【KREVAインタビュー】映画『461個のおべんとう』井ノ原快彦の“自然体”の意味と歌詞を紡ぎ続ける“漁師”の話
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学