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『あまねき旋律(しらべ)』インド・ナガランドの自然と音楽を堪能する|映画と美流百科9

  • Writer :
  • 篠原愛

連載コラム「映画と美流百科」第9回

今回 取り上げる映画は、インドの山間部にある村々で古くから受け継がれてきた“歌”を追った音楽ドキュメンタリー『あまねき旋律(しらべ)』です。

この作品はインド東北部のナガランド州を舞台に、そこに住むナガ族の歌声や日常に密着し、撮影開始から公開まで6年を費やしています。

本作は、山形国際ドキュメンタリー映画祭のアジア千波万波部門にて、奨励賞と日本映画監督協会賞を受賞して話題となりました。

2018年10月6日(土)よりポレポレ東中野ほかにて全国順次公開予定の作品と、そこに描かれているナガランド州についてご紹介します。

【連載コラム】『映画と美流百科』記事一覧はこちら

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映画『あまねき旋律(しらべ)』のあらすじ


© the u-ra-mi-li project

舞台は、インド東北部のミャンマーとの国境近くに位置するナガランド州ペグ県。

村人たちは、棚田の準備・田植え・稲刈り・脱穀・運搬などの作業をグループごとに行いますが、作業の間はいつも歌を歌っています。

女性、男性を問わずに掛け合いながら歌われるその歌は「リ」と呼ばれ、季節・友愛・仕事・苦い記憶など、生活のすべてが表現され、1人が声を発するとそれに呼応するかのように他の誰かが歌い出します。


©Cinemarche

インド南部出身で、共同監督を務めたアヌシュカ・ミーナークシとイーシュワル・シュリクマールが、棚田の雄大な風景、移り変わっていく季節、人びとの生活や農作業の一部始終を淡々とカメラに捉えた作品です。

映画『あまねき旋律(しらべ)』の注目ポイント

ナガランドとその歴史


© the u-ra-mi-li project

本作の舞台となったナガランド州は、インド東北部にある8州の1つでミャンマーとの国境近くに位置します。

インパールの北側にあり州都コヒマは、第二次大戦中にかのインパール作戦で日本軍が侵攻し激戦となった場所といえば想像しやすいでしょうか。

ナガランドは“ナガの土地”という意味ですが、ナガ族は1部族ではなく主要なものだけでも16の民族があり、それぞれの文化や風俗、時には言語も異なります。

20世紀半ばからインドからの分離独立を目指す紛争が激化し、現在も断続的に続いていて“アジアで最も長い独立戦争”といわれています。

全編が美しい「リ」という歌に彩られた本作ですが、唯一インド軍の兵士が出てくるシークエンスは全くの無音になります。

これは現在の状況を何もせずにただ見ているだけである観客に、沈黙する傍観者であることの居心地の悪さを突き付けてくる瞬間でもあります。

失われたかつての風習


© the u-ra-mi-li project

険しく急な斜面に作られた棚田での作業は、機械が入りにくいためすべて人の手で行われています。

この厳しい環境であえて暮らしてきたのには何らかの理由があるはずだと、映画を観ながら考えていたのですが、それは予想外の“首狩り”という風習でした。

部族同士の闘争と首狩りの風習のため、敵から身を守るように山頂に村を作ってきたというのが有力な説なのです。

インドからの弾圧や首狩りは、ナガランドを語る上でよく出てくるキーワードなのですが、本作では前者はほんの少しだけ登場するのみ、後者はまったく触れられていません。

それはナガランドのことはインターネットでも知ることができるので、情報ではなく心を動かすものを提供したいという監督たちの考えからでした。

キリスト教と歌


© the u-ra-mi-li project
現在のナガランドでは首狩りは行われていません。その大きなきっかけとなったのがキリスト教の伝来でした。首狩りは蛮行として禁じられたのです。

ほんの数十年前まではアニミズム信仰が広まっていたこともあり、大地に豊饒をもたらすとの考えのもと首狩りが行われていたようです。

現在のナガランドで主に信仰されているのはキリスト教のバプテスト教会で、20世紀の半ばにアメリカの宣教団によりもたらされ、住民の90%が信仰しています。

ナガランドは“世界で唯一のバプテスト教会が主流の州”なのですが、もともと声を合わせて歌う文化があったため、賛美歌から抵抗なく入信が拡がったのでした。

ノスタルジックな風景と近代化


© the u-ra-mi-li project

山深い里の段々畑が季節によって色を変えてゆく様、こだまする美しい声の波紋、重なる雨音、緑を濃くし蜘蛛の糸にからむ雨粒など、本作では自然とそこに寄り添う音の美しさが収められています。

この豊かな自然に囲まれて住む人たちは、日本人と同じモンゴロイドで顔つきが似ているため、親近感を覚えます。

まるで数十年前の昭和の日本を見ているように感じましたが、着ている服の極彩色を見るにつけ、やはりチベットやブータンに近い地域なのだと思い直した次第。

機械化されていないすべてが手作業の稲作で、稲穂の束を踏みつけて脱穀する様子には、日本では江戸時代から千歯こきが使われていたのに…と違和感を覚えましたが、一方で道端には今時の車が停まっていたり、若者の手にはスマートフォンがあったりするのにも違和感を覚えるという、両極端なふり幅が興味深い。

世代によって教育にも差があり、今の子供たちは学校に通っていますが、高齢の老人たちの中には学校に通っておらず文字が読めない人もいます。

ある老女が、「3年前まで歌を歌っていたが、思い出せなくなってきた。もし教育を受けていたら、今頃歌詞を見ながら歌えていたかもしれない」と語っていたのが印象的でした。

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まとめ


© the u-ra-mi-li project

本作は、人はなぜ共に歌うのか?、人はなぜ労働しながら歌うのか? という問いかけをしてきます。

日本にも、かつては同じように士気を高揚させるための労働歌がありました。

掛け声としての歌であれば『ヨイトマケの唄』における「エンヤコラ」や、もっといえば餅つきの合いの手さえも、その役割を担っていたのではないでしょうか。

いくつかの掛け声のはじまりすら、本来は呪術的な意味が込められていたのではないかと考えられます。

絵画のはじまりが狩りの成功を祈願した壁画であったように、歌も豊作を祈るまじないの1つの形だったのではないかと。

ナガ族の「リ」には、スキャットのように言葉ではない音の連続がバリ島のケチャを思わせる瞬間があり、モンゴルのホーミーや仏教の声明などに見られる倍音と似た響きを感じる時もあります。

このなんとも魅力的な「リ」という歌は、歌い継がれてきたナガランドの風景と一緒になって初めて、聞き手に伝わってくる。

そんな考えのもとに作られた『あまねき旋律(しらべ)』を、ぜひ堪能してみてください。

次回の『映画と美流百科』は…

次回は、2018年11月10日(土)から公開の『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』をご紹介します。

ロシアの文豪トルストイの作品が、どのようにアレンジされているのでしょうか?

お楽しみに!

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