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Entry 2021/03/14
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シンエヴァンゲリオン考察|ループ説解説=“否定”という庵野秀明の贖罪ד決別”という再会の願い【終わりとシンの狭間で8】

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『終わりとシンの狭間で』第8回

1995~96年に放送され社会現象を巻き起こしたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』をリビルド(再構築)し、全4部作に渡って新たな物語と結末を描こうとした新劇場版シリーズ。

そのシリーズ最終作にして完結編となる作品が、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァンゲリオン』)です。

本記事では『シン・エヴァンゲリオン』作中にて、「エヴァ」シリーズの物語世界を巡る様々な考察の中でも、特に有力な仮説としてファン間で議論されてきた「新劇場版=テレビアニメ版・旧劇場版のループ後世界説」の真相を解説。

カヲルが口にした「繰り返しの円環の物語」という言葉の真意、そしてシンジが最後に選択した“決別”という行為から、ループ説の実態と創作者・庵野秀明の“願い”を探っていきます。

【連載コラム】『終わりとシンの狭間で』記事一覧はこちら

映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作品情報


(C)カラー

【日本公開】
2021年3月8日(日本映画)

【原作・企画・脚本・総監督】
庵野秀明

【監督】
鶴巻和哉、中山勝一、前田真宏

【総作画監督】
錦織敦史

【音楽】
鷺巣詩郎

【主題歌】
宇多田ヒカル「One Last Kiss」

【作品概要】
2007年に公開された第1作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、2009年の第2作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、2012年の第3作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』に続く新劇場版シリーズの最終作。

庵野秀明が総監督が務め、鶴巻和哉・中山勝一・前田真宏が監督を担当。なおタイトル表記は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の文末に、楽譜で使用される反復(リピート)記号が付くのが正式。

映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』ループ説の考察・解説

ループ説の実体は「物語の終わらない“手直し”」

「新劇場版」シリーズの物語世界にとっての“虚構”の世界が展開されるマイナス宇宙内、『Q』終盤に搭乗した第13号機のエントリープラグの中で死亡したことで、第13号機にその魂が残っていたカヲル。

彼が“大人”として精神的成長を遂げたシンジとの対話で口にした「繰り返される円環の物語」という言葉は、『シン・エヴァンゲリオン』公開以前から取り沙汰されていた仮説「新劇場版=テレビアニメ版・旧劇場版のループ後世界説」をより有力なものとしました。

しかしその一方で、「ゴルゴダオブジェクトの作用により現実世界とつながったマイナス宇宙」=「現実と虚構が接続された世界」の中でシンジが願ったのが新世界の創造(ネオンジェネシス)……かつて造物主らの手によって“創作”され、世界に無数の傷と歪みという“混沌”をもたらしたエヴァの物語からの“決別”であると捉えた場合、「繰り返される円環の物語」とループ説には一つの実体が見えてきます。

「繰り返される円環の物語」。それは「エヴァ」シリーズの物語世界自体ではなく、総監督・庵野秀明をはじめとする作り手たちにとっての「エヴァ」シリーズ作品のことであり、「物語」と表現された世界の「ループ」とは、「作り手による“手直し”」を指しているのではないでしょうか。

「創作物の補完」という庵野秀明の“呪い”

「新劇場版」シリーズは、その制作当初からそれまでの既存の「エヴァ」シリーズの「リメイク(再生)」ではなく「リビルド(再構築)」にあたる作品とされてきました。

ゼロからの創造としての「リメイク(再生)」ではなく、既に組み立てられた構成物を一度解体し、その上で再度の組み立てを試みる「リビルド(再構築)」。それはまさしく、一度は発表された創作物をよりよいものにしようと試みてしまう“手直し”=創作物に対する“補完”の行為です。

それまで作り続けてきたものに「完成」という言葉を用いること……その創作物にこれ以上の創作意欲を注げなくなり、たとえ作品として不完全な部分や欠点が存在していたとしても修正ができなくなることへの葛藤と苦痛。創作という行為を一度でも経験したことがある人間ならば、誰しも心あたりがあるはずです。

ましてや庵野秀明は、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』やその後の「旧劇場版」シリーズにおける物語の“結末”……創作物としての物語が「終劇」という名の“完成”を迎える時を描くことに悩み、そのたびに想像を絶するほどの葛藤と苦痛を味わってきた人間です。

庵野秀明にとって、エヴァという創作物に対する“補完”の行為は、創作者としての捨てがたき欲望を通り越し、幾度エヴァの物語を終わらようと試みても決して解放されることのなかった、もはや“呪い”と呼べる代物と化してしまっていた……それは庵野秀明を追い続けてきたエヴァファンにとっては、自明の理といっても過言ではないでしょう。

「エヴァの否定」という創作者としての“贖罪”

エヴァという創作物に対し、延々と繰り返される“補完”。それこそが「エヴァ」シリーズの物語世界を「繰り返される円環の物語」たらしめている最大の原因であり、ループ説の一つの実体を形作っていました。

また、エヴァの物語を巡る庵野秀明の創作者としての“呪い”は、「新劇場版」シリーズにて「エヴァの呪縛」という言葉が登場した真の理由、そして主人公シンジの“罪業深き人間”の姿ともつながっていきます。

自らが犯した罪から逃避し、過ちを繰り返してしまうシンジ。それは「エヴァ」シリーズを生み出したことで図らずも世界に“混沌”をもたらしたにも関わらず、創作物の“補完”を繰り返してしまう庵野秀明の“罪業深き人間”像と重なります。

そして「新劇場版」シリーズならびに「エヴァ」シリーズの最終作『シン・エヴァンゲリオン』にて、シンジと庵野秀明という二人の“罪業深き人間”は自らの罪業に対する贖罪を試みます。それが、「エヴァの存在する世界」の否定です。

そもそも「創作」という行為には、「フィクション(虚構)ゆえに、現実世界には実際に存在しないもの=現実世界には本来存在しない/本来存在しなくてよいものを生み出している」という決して引き剥がすことのできない真実が潜んでいます。

庵野秀明はその真実に則り、「エヴァの存在しない世界」を願ったシンジを通じて、「エヴァの存在する世界」を「本来存在しなくてもよい世界」と肯定。長きに渡って“補完”に固執し続けてきた自身の創作物を、エヴァの物語を生み出してしまったという罪に対する“責任”として、自ら否定してみせました。

それこそが、庵野秀明が創作者として覚悟し選び抜いた、自身の罪業に巻き込んでしまった全てのファン、そして「エヴァ」シリーズの物語世界の登場人物たちへの贖罪の形だったのです。

「エヴァとの決別」という人間としての“願い”

そして、庵野秀明にとっての「エヴァの呪縛」……創作者としての“呪い”もまた、シンジによる新世界の創造(ネオンジェネシス)にて、「エヴァの否定」という贖罪と共に行われた「エヴァとの決別」によって“願い”へと転化しました。

その“願い”とは、「エヴァとの再会」に他なりません。

自身の罪業に対する贖罪として「エヴァの存在する世界」を否定しても、なお「また会いたい」という想いを抱いてしまう。それは決して創作者としての“呪い”によるものなどではなく、子を育んできた親の愛情にも似た“願い”としか言いようがありません。

また『シン・エヴァンゲリオン』作中、シンジらのかつての同級生であり、ニアサードインパクトから生き残り14年の時を経て“大人”であり“親”となっていたヒカリは、「さようなら」という挨拶の意味を「また会うためのおまじない」だと、余りにも心が幼い……まるで“赤ん坊”のようなアヤナミに語ります。

“願い”を他者に、世界に伝えるための言葉としての「さようなら」。決別、そしてそれと表裏一体である「いつの日かの再会」という人間の意志/意思が込められたその“お呪い(おまじない)”は、人間の想いも願いも見失ってしまった“呪い”とは似て非なるものです。

「さようなら、全てのエヴァンゲリオン。」

『シン・エヴァンゲリオン』を象徴するその言葉は、庵野秀明という“人間”、そして彼の贖罪を目撃しエヴァとの決別を迎える全てのファンが、いつの日かエヴァと再会するための“お呪い(おまじない)”でもあったのです。

まとめ

ゲンドウがシンジの心の中に在りし日の妻ユイの姿を見出し、悲願であった彼女との再会を果たした場面。そして、“大人”として成長したシンジが、自身の願いと意思と向き合った時に初めて、自身の心の中にずっと存在していた母ユイの魂、父ゲンドウの願いの真実を知った場面。

庵野秀明が、全てのファンにとってもそう在ってほしいと思う「エヴァとの再会」という願い。その“願いの実現”がどのようなものなのかは、彼の心情が常に強く反映されてきたシンジ・ゲンドウ父子がそれぞれにたどり着いた、“再会”と“決別”の場面が全てを語っています。

かつてエヴァを生み、創作者としての“呪い”に翻弄されながらも“子”を育て続けてきた庵野秀明。そして彼と同じく、エヴァを育て見守り続けてきた全てのファンたち。

エヴァを愛し続けてきた人々の“願い”は、果たして叶うのでしょうか。

それはいつの日か、しかし必ず分かるはずです。

次回の『終わりとシンの狭間で』は……

次回記事では、『シン・エヴァンゲリオン』のネタバレあり考察・解説第五弾として、作中にて「エヴァ」シリーズの真実と新たな謎を語ったカヲルをピックアップ。

「渚司令」という呼称はもちろん、加持との関係性やヴィレ設立の真相など、さらなる謎を生み出したその素性を探っていきます。

【連載コラム】『終わりとシンの狭間で』記事一覧はこちら







編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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