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Entry 2021/03/16
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シンエヴァンゲリオン考察|渚司令/カヲルの正体は加持との意志×生命の書ד語り部”ではない幸せに【終わりとシンの狭間で9】

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『終わりとシンの狭間で』第9回

1995~96年に放送され社会現象を巻き起こしたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』をリビルド(再構築)し、全4部作に渡って新たな物語と結末を描こうとした新劇場版シリーズ。

そのシリーズ最終作にしてエヴァの物語の完結編となる作品が、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァンゲリオン』)です。

本記事では『シン・エヴァンゲリオン』作中にて、「エヴァ」シリーズの真実と新たな謎を語った「渚カヲル」をピックアップ。

「渚司令」という呼称はもちろん、作中登場した「生命の書」の作用と意味、加持との関係や反ネルフ組織「ヴィレ」設立の真相など、さらなる謎と彼の正体を探っていきます。

【連載コラム】『終わりとシンの狭間で』記事一覧はこちら

映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作品情報


(C)カラー

【日本公開】
2021年3月8日(日本映画)

【原作・企画・脚本・総監督】
庵野秀明

【監督】
鶴巻和哉、中山勝一、前田真宏

【総作画監督】
錦織敦史

【音楽】
鷺巣詩郎

【主題歌】
宇多田ヒカル「One Last Kiss」

【作品概要】
2007年に公開された第1作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、2009年の第2作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、2012年の第3作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』に続く新劇場版シリーズの最終作。

庵野秀明が総監督が務め、鶴巻和哉・中山勝一・前田真宏が監督を担当。なおタイトル表記は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の文末に、楽譜で使用される反復(リピート)記号が付くのが正式。

映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』カヲル考察・解説

やはり「渚司令」はヴィレ司令だった?

『シン・エヴァンゲリオン』にて再登場を果たしたカヲル。それは『Q』作中でエヴァ第13号機のエントリープラグ内で絶命した際、彼の魂が第13号機内に取り込まれたためと想像することが可能ですが、それ以上にファンの多くが気になったのは「渚司令」ではないでしょうか。

「ゴルゴダオブジェクト」によって現実と虚構が接続され、各人の記憶に基づいて世界が描かれてゆくマイナス宇宙内にて、“カヲル自身の記憶”が呼び寄せたのであろう加持が口にした「渚司令」。その呼称を聞いた時、無数のエヴァ考察記事・動画を見てきた誰もが「やはり、カヲルこそがヴィレの司令だったのだ」と確信を持たれたはずです。

2009年の『破』劇場公開時に上映され、シンジが目覚めるまでの「空白の14年間」を描いているとされる『Q』予告にて、ゲンドウのそれと酷似した“司令服”をカヲルが身につけていたことから生じた「カヲル=ネルフ司令代理」説。

そしてその仮説に加えて、『Q』以降のミサトはあくまでも空中戦艦「AAA ヴンダー」の艦長、ヴィレ結成に携わっているとされる加持も「司令」とは作中一度も呼称されていないため、“ヴィレの司令”という存在の言及自体がなかったことから生じた「カヲル=ヴィレ司令」説。

それらの仮説は、『シン・エヴァンゲリオン』作中で登場した「渚司令」という言葉によってより一層複雑化。「空白の14年間」におけるカヲル・加持双方の暗躍をふまえた上での「カヲル=ネルフ司令代理→ヴィレ司令へ」説など新たな仮説も登場しています。

“意思/意志”を尊び、残す選択を続けてきたカヲル

しかし「渚司令」の正体を探るために何よりも肝心なのは、「ヴィレ(WILLE)」という言葉の意味であり、カヲルが『Q』での絶命前にも口にしていた“意志/意思”ではないでしょうか。

『シン・エヴァンゲリオン』作中、加持は「渚」という名字について「“渚”とは、海と陸の狭間。」「第1使徒であり第13使徒となる、人類の狭間をつなぐあなたらしい名前だ。」と語っています。

この加持のセリフの中に含まれる「人類」は、アダムから生まれた人類アダムスとリリスから生まれた人類リリン、或いは人類補完計画を遂行せんとするネルフとそれを拒むヴィレという、二つの視点から捉えた“互いの存亡を賭け対立する人類”を指しているといえます。

テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』では、ゼーレによってネルフに派遣された“人造の使徒”にして「自由意志」を司る天使をモチーフとした「第17使徒タブリス」として登場し、最後には「リリンの未来」のためシンジに殺されることを選んだカヲル。そして『Q』における言動からも、生命の実ではなく、知恵の実を口にしたが故に生まれた“意志/意思”とそれを宿すリリンを、カヲルは常に尊重してきました。

“意志/意思”を尊び、それが残る結末を常に選ぼうとしてきたカヲル。「地球上に存在する種の保存と存続」という真の目的のため自らを犠牲にしたリリンの一人・加持とも重なるその姿は、生命の同一化=“意志/意思”の消失を拒み、“意志/意思”の名の下戦い続ける「ヴィレ(WILLE)」の司令にふさわしいものといえるのです。

「生命の書」と“天国/幸福”に到達する方法という“地獄”

連載第5回(ラスト結末解説)連載第8回(ループ説考察)でも触れた通り、エヴァという“繰り返される円環の物語”を、幾度の死を経てもなお認識し続けてきたカヲル。それは「生命の書」に、自身が書き込んだシンジの名と共に、その名を連ねているが故の結果と彼は作中で語っています。

「新劇場版」ならびに「エヴァ」シリーズの最終作とされる『シン・エヴァンゲリオン』にて突如登場し、名を書き込むことで“繰り返される円環の物語”を認識できる=転生を含め一切の記憶を保持できるようになる作用を持つ「生命の書」。

その“元ネタ”は、『新約聖書』の最後に記された聖典「ヨハネの黙示録」などで言及され、“神の国=天国”を永遠に過ごせる者の名が記されているという「命の書」が有力とされています。

“繰り返される円環の物語”の中で、一切の記憶を保持したまま生死を重ねるというトライアンドエラーを続けたら、いつかは“天国”と呼べるような自身にとっての“幸福”へと到達できる。それは確かに「理論上では必ず“天国/幸福”に到達できる方法」ではありますが、同時にその過程は“地獄”そのものといって過言ではないでしょう。

シンジがカヲル同様に「生命の書」に名を連ねながらも、『シン・エヴァンゲリオン』終盤まで“繰り返される円環の物語”の記憶を自覚していなかった理由も、そうした“地獄”のごとき“天国/幸福”の道程を進みゆく覚悟からの逃避にあったのかもしれません。

“意志/意思”の物語の「語り部」を演じ続ける

そもそも、カヲルはなぜ「生命の書」にその名が記されていたのでしょうか。自らその名を記したのか、それとも別の何者かによって記されたのか……その詳細は『シン・エヴァンゲリオン』作中でも明らかにされていません。

しかし、エヴァの世界が“物語”であること、そして「“繰り返される円環の物語”を認識する存在」は「エヴァという“物語”の進行状況を最も把握している存在」でもあることをふまえると、カヲルが「生命の書」にその名が記されていた理由の一つ……エヴァの物語の“語り部”としての彼の姿が見えてきます。

『新世紀エヴァンゲリオン』では「第17使徒タブリス」として、コミカライズ版では「第12使徒タブリス」として、そして「新劇場版」シリーズでは「ヴィレ司令であり、第1の使徒から第13の使徒へと落とされた者」として。

形は違えどもカヲルが「エヴァの物語の“主人公”シンジの心に迫る他者」の役割を延々と務めてきたことは、「定められた円環の物語の中で、演じることを永遠に繰り返さなければならない」という彼自身のセリフが証明しています。

そして総監督・庵野秀明が「新劇場版」シリーズ製作にあたって発表した「所信表明」にもある通り、エヴァの物語が「わずかでも前に進もうとする、意思の話」の物語でもあるのだとすれば、登場人物の一人でありながらもエヴァの物語世界を“物語”として認識し、その物語において最も重要な主題の一つ“意志/意思”を尊び、それが残る結末を常に選ぼうとしてきたカヲルは、まさにエヴァの物語において“語り部”という役を演じてきた存在に他ならないのです。

語り部の願いは「主人公のためのハッピーエンド」という呪いへ

エヴァの物語における“語り部”を演じてきたカヲル。その中で彼が目指し続けてきた「シンジの幸せ」とは、言うなれば「主人公のためのハッピーエンド」といえます。

そしてそれ故にカヲルは、“物語”を認識できる=転生を含め一切の記憶を保持できるようになる作用を持つ「生命の書」にシンジの名を記し、ある意味では“物語”の本来の展開に反する形で、シンジを“天国/幸福”の道程へとのせました。

しかし“天国/幸福”という地獄のような道程は、むしろシンジを自身の幸福から逃避させてしまうという無情な結果に。そしてカヲル自身も、まるで“物語”の造物主たちからのしっぺ返しかのように、『Q』終盤にて手痛い失敗を迎えることになります。

それが、「ネブカドネザルの鍵」を用いて“この世の理を超えた情報”=現実世界の人間では本来認識できないはずの“物語”の情報を“自身の体”=いわゆる「キャラクター設定」に書き加えてしまったゲンドウによって行われた、“登場人物”としてのエヴァの世界……“繰り返される円環の物語”そのものへの介入が起こした、カヲルの予期せぬ「一時退場」でした。

「生命の書」がもたらす“天国/幸福”に到達するための地獄をシンジに課してまで、「シンジの幸せ」を叶えようとしたカヲル。それは、「生命の書」の力で地獄と化した“繰り返される円環の物語”の中で、幾度となく演じ続けてきた語り部としての“呪い”……「物語の主人公が幸せになれば、語り部である自身も幸せになれる」という、カヲルが本来願うべきだった自分自身の幸せとシンジにとっての幸せが長き時を経て曲解され、癒着してしまった結果生まれた“呪い”に駆られた行動だったのです。

そしてその“呪い”の有り様を、『破』ラストにて口にした「今度こそ“君だけ“は幸せにしてみせるよ」というシンジに対するセリフが全てを端的に表していたのです。

まとめ

語り部の役を演じ続ける中で生じてしまった「語り部のための主人公のための幸せ」というねじれた“呪い”に囚われてしまっていたカヲル。だからこそ彼は、自身が尊重していたはずのシンジの“意志/意思”に反する形で「生命の書」の中にシンジの名を記してしまったのでしょう。

しかし、シンジ自身が「エヴァの存在しない世界」=「みんなが幸せに暮らせる世界」こそが自らの幸せであると気づいたことで、カヲルは自己の過ちの本質をようやく知り、“繰り返される円環の物語”というエヴァの物語における語り部の役からの解放、自身をいつまでも“地獄”に縛り付けていた“呪い”から解放されるに至ったのです。

それこそが、第1使徒アダム(新劇版では「第1の使徒」)の魂を持ち、「アダム」「タブリス」「渚カヲル」と様々な名で呼ばれながらも語り部の役を務めてきた“僕”がようやく到達することができた、スイカ畑の中にあった“僕の幸せ”だったのです。

次回の『終わりとシンの狭間で』は……

次回記事では、『シン・エヴァンゲリオン』のネタバレあり考察・解説第六弾として、シンジたちが再会を果たしたトウジ・ケンスケ・ヒカリたち、そして「第三村」についてピックアップ。

「第三村」にて、シンジに成長をきっかけをもたらしたトウジとケンスケの“大人”としての姿、「空白の14年間」で生まれたケンスケのアスカとの絆、ヒカリがアヤナミに教えた“おまじない”に込められた本当の“願い”をより深く探っていきます。

【連載コラム】『終わりとシンの狭間で』記事一覧はこちら







編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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