連載コラム『のび編集長のモヒカン・シニン考察録』第4回
映画サイト「Cinemarche」編集長、映画配給レーベル「Cinemago」宣伝、そしてモヒカン詩人(シニン)な河合のびが、映画・ドラマ・アニメ・漫画あらゆるエンタメ作品を飛躍・妄想まみれで考察・解説する連載コラム『のび編集長のモヒカン・シニン考察録』。
第4回に取り挙げるのは、第1回と第2回に続き、山田裕貴×佐藤二朗のリアルタイム・サスペンス映画『爆弾』。
本記事では映画『爆弾』のネタバレ言及を交えながら、ラストシーンでスズキと対決した刑事・類家が口にしたセリフ「最後の爆弾は見つかっていない」の真の意味を考察・解説。
スズキが最後の爆弾の行方を黙秘した目的を指摘した類家が《自ら》仕掛けてしまった爆弾の正体と、続編で起こりうる爆弾の《爆ぜ方》を探っていきます。
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CONTENTS
映画『爆弾』の作品情報

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
【日本公開】
2025年(日本映画)
【原作】
呉勝浩『爆弾』(講談社文庫)
【監督】
永井聡
【脚本】
八津弘幸、山浦雅大
【主題歌】
宮本浩次
【キャスト】
山田裕貴、伊藤沙莉、染谷将太、坂東龍汰、寛一郎、片岡千之助、中田青渚、加藤雅也、正名僕蔵、夏川結衣、渡部篤郎、佐藤二朗
【作品概要】
呉勝浩の同名ベストセラー小説を『キャラクター』『帝一の國』などの永井聡監督が実写映画化。
『ゴジラ-1.0』『木の上の軍隊』の山田裕貴が天才肌の刑事・類家役として主演を務め、『新解釈・三國志』などのコメディから『あんのこと』『さがす』などのシリアスまで演じ分ける佐藤二朗が謎の男・スズキタゴサクを怪演。
伊藤沙莉、染谷将太、坂東龍汰、寛一郎、片岡千之助、中田青渚、加藤雅也、正名僕蔵、夏川結衣、渡部篤郎と豪華キャストが共演。さらに主題歌を「エレファントカシマシ」の宮本浩次が担当した。
映画『爆弾』のあらすじ

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
東京都中野区・野方署で事情聴取を受ける、身元不明の中年男。
偽名にしか思えない「スズキタゴサク」を名乗る男は、酔った勢いで酒屋の自動販売機を蹴り飛ばし、止めに入った店主を殴るなどの乱暴を働いたことで逮捕され、野方署に連行された。
聴取する刑事・等々力に「逮捕される以前の記憶がない」「自販機の弁償代と酒屋店主の治療代を払いたいが、金がないので貸してくれ」と語る中、スズキは急に「刑事さんの役に立ちますから」「自分には霊感があり事件の予知ができる」と言い出す。
「今日の午後10時に秋葉原辺りで、何か事件が起きる」……等々力は当初、スズキの《予知》を全く信じていなかったが、その時刻通りに秋葉原で爆破事件が発生した。
さらにスズキは「あと3回、1時間ごとに爆発が起こる」と新たに予告する……。
映画『爆弾』類家ラストシーンのセリフを考察・解説!

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
類家自らが起動させた《爆弾》
警察と大衆を翻弄し、天才的な頭脳を持つ取調官・類家にすら屈辱的な敗北を与えたものの、証拠は不十分な状況ながら「爆破予告の真の目的は、警察に自らを『連続爆破事件の真犯人』と信じ込ませるためだった」という真相は類家に見抜かれたスズキタゴサク。
移送の直前での野方署の刑事・等々力との会話で、スズキは爆弾をめぐるゲームについて《引き分け》と口にしましたが、『爆弾』ラストシーンでは原作小説同様、事件の《その後》を語る類家の「最後の爆弾は見つかっていない」というセリフによって物語は締めくくられました。
連続爆破事件の本来の首謀者・辰馬らが製造した爆弾は、製造現場に残された薬品等の調べから「製造できるのは20個が限界」という情報が判明した中、『爆弾』作中では19個が発見または爆発。残りの1個と思われたスズキが辰馬の母・明日香に託した爆弾もフェイクと判明しました。
「最後の爆弾はどこにあるのか」「そもそも最後の爆弾は存在するのか」……ずば抜けた嘘の才能を持つスズキだけが行方を知る最後の爆弾について、類家は「最後の爆弾が見つからない限り、今回の爆破事件に関わる全ての人間を、永遠にゲームの中に閉じ込められるから」というスズキの悪意に満ちた動機を指摘しました。
その指摘こそが、爆弾を起動させるスイッチであるのにも気づかずに。
《敗北の記憶》という爆弾が爆ぜる時

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
スズキの「優秀過ぎる人間」という評価通りの頭脳の持ち主であるがゆえに、類家が映画作中でも1・2を争うレベルで激しい自己承認欲求に囚われた人間であることは、スズキの「刑事さん」呼びに対して毎回「類家だ」と訂正する点からも十分に理解できます。
そして「事件によって人々が傷つくことを防ぐ」という警察官の使命よりも「謎を完全に解き明かす」という行為に執着する姿からも、類家は彼自身が想像しているよりもはるかにスズキに似ていること……目的のためならば、他者が傷つく選択も可能な人間であることは言うまでもありません。
そんな類家にとっての「全ての謎を《完全に》解き明かすことができなかった」という敗北が、彼の自尊心にどれほどの傷を残したのかは、「優秀過ぎる人間」ではない人間からすれば想像を絶するものであり、「優秀過ぎる人間」か、あるいはそれに似た人間……スズキの言う「くだらない人間」にしか分からないものでしょう。
そして、類家の「全ての謎を《完全に》解き明かすことができなかった」という敗北を最も象徴する未解決の謎こそが「最後の爆弾の行方」であり、スズキが最後の爆弾の行方を隠匿した目的を類家が理解した時点で、現実に実在するのかも怪しい、しかし類家の心中にはハッキリと存在する《爆弾》が仕掛けられてしまった……「最後の爆弾の行方」という謎が解明されない限り、永遠に拭うことのできない《敗北の記憶》がより深く刻まれてしまったのです。
爆発する。そんな至極当然な爆弾の性質が、類家の心に仕掛けられた《敗北の記憶》という爆弾にも当てはまるのだとしたら、それはどのような形で爆発するのか。
自尊心が強く、なおかつ「全ての謎を《完全に》解き明かす」という行為に執着する類家が、敗北の記憶を放置する人間だとは到底思えない。もし《雪辱》の機会が訪れたら、《敗北の記憶》という爆弾は類家の心とともに爆ぜ、他者が傷つく選択も可能なほどに手段を選ばない人間でもある彼に、恐ろしい選択をさせるのではないか……。
それは、あまりにも容易く想像できる、類家の心に仕掛けられた爆弾の最悪の顛末といえます。
まとめ/爆弾が爆ぜ、立ち昇る煙が《再開》の合図

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会
映画終盤、「辰馬殺害後の明日香がスズキに頼ったのは『辰馬の罪を被り、娘・美海を守ってほしいから』ではなく『自首を勧めてほしかったから』ではないか?」という想像を綺麗事だと切り捨てたスズキに対し、類家は「俺は逃げないよ」「残酷からも、綺麗事からも」と答えました。
そのセリフは一見すると、同類であるはずのスズキと類家の間には目に見えないが、確かに《一線》が存在することを象徴した言葉と捉えられますが、同時に「『残酷からも綺麗事からも逃げない』という責任を負う覚悟があるからこそ、どんな選択も可能」という責任、あるいは覚悟という言葉に秘められた《危うさ》を象徴した言葉とも受け取れます。
そんな危うさを持った人間である類家の心に、類家自らが爆弾を仕掛けてしまう……そんな展開に辿り着くことも理解した上で、スズキは最後の爆弾の行方を頑なに明かさなかったのではないでしょうか。
全ては、類家の心に仕掛けられた爆弾が爆ぜ、立ち昇った煙を合図に、くだらない世界と人々を巻き込んだ楽しいゲームを再び開始するために……。
新たなる“モヒカン・シニン”の考察をお楽しみに……
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編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身。2019年に日本映画大学を卒業。映画評を寄稿する一方、映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として、『ザ・エクソシズム』『Kfc』のキャッチコピー作成なども行う他、『獄舎Z』『トレジャー・アイランド』の字幕監修を手がける。2025年公開のタン・チュイムイ監督・主演作『野蛮人入侵(原題)』では、日本公開版タイトル『私は何度も私になる』を命名した(@youzo_kawai)。

(C)Cinemarche


































