連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第24回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が2022年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、異色の設定で描いたホラー映画など、さまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」。今年も全27作品を見破して紹介して、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第24回で紹介するのは、ハンガリーのホラー映画『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』。
第一次世界大戦終了後の世界は、死の影に色濃く覆われていました。そんな時代に故人を偲ぶ”遺体写真”を撮影する男がいました。
彼は無数の死者が待つ村を訪れます。そこで彼は何を目撃するのでしょうか…。
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CONTENTS
映画『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』の作品情報
【日本公開】
2022年(ハンガリー映画)
【原題】
Post Mortem
【監督・脚本】
ピーター・ベルゲンディ
【キャスト】
ヴィクトル・クレム、 フルジナ・ハイス、 ガブリエラ・ハモリ、 ユディット・シェル
【作品概要】
第一次世界大戦は終わったものの、”スペイン風邪”と呼ばれるインフルエンザ・パンデミックが猛威を振るう時代。遺体写真家のトーマスは、埋葬されない多数の死者がいる寒村を訪れます…。
アカデミー賞国際長編映画部門のハンガリー代表作となった異色ホラー映画。本作の監督はハンガリアン・フィルム・ウィークで8部門受賞、国際エミー賞にもノミネートされた『Trezor』(2018)を監督したピーター・ベルゲンディです。
主人公トーマスを演じるのはハンガリーのテレビドラマ、映画で活躍するヴィクトル・クレム。その相棒の少女アナをフルジナ・ハイスが演じます。
ミステリードラマ『ザ・ミッシング』(2014~)のスピンオフドラマ、『バティスト アムステルダムに潜む闇』(2019~)のシーズン2に出演したガブリエラ・ハモリ、ハンガリーの著名な舞台女優として活躍しているユディット・シェルが共演しています。
映画『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』のあらすじとネタバレ
1918年。第1次世界大戦をオーストリア=ハンガリー帝国軍の兵士として戦ったトーマス(ヴィクトル・クレム)は、戦場で敵の砲撃を受け吹き飛ばされます。
仰向けに倒れた彼は意識を失った時、自分を見つめる少女(フルジナ・ハイス)の顔を見ました。
戦闘が終わるとトーマスの体は、戦死者を葬る穴に投げ込まれます。そこで息を吹き返した彼に、戦場を撮影していた老人が気付きました。
老人はトーマスを介抱します。トーマスは死後の世界から蘇ったのでしょうか…。
6ヶ月後、長かった戦争は終わりました。ハンガリーのある場所で移動カーニバルが開かれ、人々で賑わっていました。
あるテントの前に、死後の世界が知りたくないかと口上を述べる男がいました。男はトーマスを助けた老人です。
老人の前に集まった聴衆の中に、1人の少女がいました。カーニバルの一角に、”遺体写真”の看板を見つける少女。
看板の後ろにあるテントの中に、生前の姿を残そうと両親が持ち込んだ、若い娘の遺体を撮影するトーマスがいました。終戦後もスペイン風邪のパンデミックで、多くの人が命を落としていたのです。
少女は死後の世界を聞かせるテントの中に入り込みます。老人のテントとトーマスのテントは隣接していました。
老人は集まった観客に死後の世界を語って聞かせます。それは目の前に美女が浮遊する、欲望も痛みもない美しい世界だと演説する男。
撮影を終えたトーマスは、テントに入り込んだ少女に気付きます。少女はトーマスに、自分の村に死体が沢山あると教えます。
興味を示したトーマスに、幽霊の写真も撮れるかと少女は尋ねました。それは無理だと答えたトーマス。
その時、誰もいないのにテントの入り口が動きます。村で死者たちが待っていると告げて少女は外に出ました。
外の光を背にした彼女を見たトーマスは、その顔は臨死体験をした時に見た少女と同じだと気付きます。
旅支度し始めたトーマスは、老人が語る死後の世界の話は自分の体験を脚色し過ぎだと指摘しますが、老人は気に留めません。
トーマスは週末には帰ると老人に告げ、撮影道具一式を持ち出発しました。
村人たちが村に戻る馬車の荷車に、トーマスと少女の姿がありました。スペイン風邪で多くの死者が出たが、まだ大地が凍り埋葬できない死体が無数にある、と村人は語ります。
私ははトーマスと名乗ると、ここでの読み方は違うが良い名だ、と男が答えます。トーマス、と彼の名を口にした少女。
馬車は村に到着しました。大きな納屋に埋葬を待つ死体が集められているようです。
村人たちは馬車から降りました。その時トーマスは少女の名はアナだと知ります。アナは叔母の住む家に走って行きました。
アナの叔母は体が不自由で、車椅子で生活していました。知る者の無い村でどうするか戸惑うトーマス。
馬車で話しかけた男が、マルチャ(ユディット・シェル)の家なら部屋が空いている、と案内を買って出ます。マルチャは数日の宿泊を了承しました。
トーマスは食事を用意するマルチャに出身を尋ねられ、自分はドイツ人だと答えます。
宿の外で煙草を吸っていたトーマスは、犬が見えない何かとじゃれている姿を目撃します。そしてアナを見かけ声をかけるトーマス。
彼女は村の墓地に向かっていました。ついてきたトーマスに埋葬された親族の墓を示すアナ。
多くの者が死に、若い男は戦争か帰って来ません。アナはトーマスに都会の話をねだります。
その夜、宿で眠っていたトーマスは物音で目覚めます。マルチャと思い声をかけますが、返事はありません。
奇妙な音の正体を調べるトーマス。マルチャは眠っていました。突然、天井を駆け抜ける足音が響きます。
ハシゴを登って天井裏をのぞくと突然ランプの火が消えました。中に入っても誰もいません。
天井裏から降りると入口の扉が独りでに閉じます。眠りについたトーマスを、現れた黒い影が見つめます。
翌朝、トーマスはマルチャに昨夜物音がしたと告げます。暗闇を恐れているのか、と訊ねるマルチャ。
トーマスは村人から、撮影と現像に使える家を提供されました。その際村人からマルチャは元教師で、アナは両親はおらず叔母と暮らし、彼女が具合の悪い叔母を世話する状態だと教えられます。
家に撮影を待つ遺体が運ばれます。トーマスは遺体をイスに座らせ硬直した体にポーズを取らせます。指が動いたのは自然な反応だったのでしょうか。
蓄音機で音楽を流しながら遺体を器具で固定し、化粧を施し髪をとき撮影します。ある者は故人と並んで写真に納まります。
首が伸びた男性の遺体は縊死したのでしょうか。首を衣服で隠した故人と撮影した女性は、生前の夫にまた会えたとトーマスに感謝しました。
幼い息子の遺体を抱いてカメラに向かう家族もいます。ノックの音が響き、玄関のドアを開けたトーマス。
そこにはアナが立っていました。トーマスのやっている事を知っていると言う彼女は死体に物怖じしません。
私は産まれた時死んでいたと告げるアナ。彼女は首にへその緒が巻き付いた状態で生まれ、蘇生させられたのです。
自分はカーニバルの老人と違い、本当の死後の世界を知っている。アナが語った時、背後で死体が動いたのかもしれません。2人が振り向いた時には何もないように見えました。
普通子供は死を恐れるが、死んで生まれた私は怖くない。私が怖いのは幽霊だと語るアナ。
ストーブの炎が突然強くなるなど奇妙な気配が漂います。やがてアナは帰って行きました。
アナを見送ったトーマスは、彼女が村の少年ラチカと言葉を交わす姿を目撃します。少年はスペイン風邪を防げると信じる者が被る覆面をしています。
2人は冗談を言いラチカが覆面を外すと、それを見た母親がすぐ覆面を被せ息子の手を引き連れ帰ります。叔母の家に戻るアナを追うトーマス。
窓から家の中の様子を伺うと、アナは叔母の食事を手伝っていました。手にした男女の人形で遊んでいますが、それはトーマスの臨死体験の光景に似ています。
トーマスに気付いた叔母の視線が刺さります。彼は家に戻り暗室で現像作業を行いました。
ところが彼の撮影した写真は、全て背後にくっきりとした影が映っていました。写真を見て考え込むトーマス。
彼は椅子に腰かけた遺体に手持ちカメラを向け、何度かシャッターを切ります。影の映った辺りに恐る恐る手を伸ばした時、外から悲鳴が聞こえます。
見ると村人たちが走っています。トーマスが後を追うと家が火事になっていました。
村人たちは扉を破り、その家の中に入ります。トーマスたちが目にしたのは、不自然に荒れた室内の暖炉から煙が吹き出し、しかも足が突き出ています。
トーマスはそれをカメラに収めます。引き出そうとして無理と悟り、煙突を壊し始めた村の男。
壁が崩れると苦悶に満ちた犠牲者の顔が現れ、女たちが悲鳴を上げます。そして煙突の中から滑り落ちてきた死体。
なぜこんな事が起きたのでしょうか。この出来事をトーマスが撮影した写真に不審な影が映っていました。
やってきたアナは、「彼ら」は至る所にいると訴えます。村には幽霊が無数におり、写真は人の目に映らぬ「彼ら」を捉えたのでしょうか。
アナとトーマスは、遺体が座る部屋で勝手に物が倒れて落ちる光景を目にします。ポルターガイスト現象を見て逃げ出すアナを追うトーマス。
トーマスは少女を抱き落ち着かせようとしますが、アナはトーマスに去るよう告げ、「彼ら」は怒っているが私たちのせいだと言って駆け出しました。
宿に戻ったトーマスはマルチャに影の映った写真を見せ、意見を求めますが彼女は口を開きません。やがて「彼ら」はもう長い間、この村にいると語るマルチャ。
いつから異変が起きたと問うトーマスに、子供すら戦争に駆り出され多くの命が散った、村に残った者もスペイン風邪で多数亡くなった、と彼女は告げます。
そして大地は凍り死者は埋葬出来ない。これ以上何を恐れる必要があるのかと語るマルチャ。
明日村を出ると告げたトーマスに、マルチャはあなたは村を救わず、ただ混乱を悪化させたと指摘します。
その夜ベットに入ったトーマスの体は、何かの力で宙に浮きます。夜明けを待たず荷物をまとめ、馬に乗って去ろうとする彼に気付くアナ。
彼女はトーマスの名を叫んで駆け寄ってきます。構わずトーマスは馬を走らせました。
野宿した時に、影が映る写真を眺めたトーマスはアナの声を耳にしました。そして彼は、宙を舞い悲鳴を上げるアナを目にします。
それは夢でした。目覚めたトーマスは村に引き返します。宿に戻ったトーマスをマルチャは迎え入れ、帰還を喜び彼に抱きついたアナ。
トーマスとアナは村に起きる怪異の原因を暴こうとしますが、2人に不審の目を向ける村人もいます。
アナがトーマスに引き合わせた村の住人イルスは、何かが屋根を走り、誰もいないのにため息と冷気を感じ、独りでにハシゴが倒れたと語りました。
ケレステスという住人は奇妙な出来事は冬に始まり、ある夜幽霊が現れ足首を掴んだ。その次の日に壁にカビが発生したと教えます。
幽霊は誰だと思うとの問いに、夫や2人の兄弟など多くの人を失い誰か判らないと答えるケレステス。
2人の村人はエミに会うよう告げました。外に出たトーマスに、アナは自分のために村に戻ったのと尋ねます。彼が認めるとアナは笑顔になりました。
エミの家に向かう途中、2人はある家に屋根裏の入り口にかかったハシゴを見つけます。それを登り屋根裏に入るトーマスとアナ。
屋根裏部屋はホコリまみれで、煙突の壁に穴が開いています。異様な声と気配を感じ、2人はそこから出ました。
2人が訪ねたエミ(ガブリエラ・ハモリ)は戦争前に判事の屋敷で働いていました。その判事の妻は幽霊を信じていたと語るエミ。
ある時、判事は体調を崩し死に瀕します。その時判事の妻は降霊師を使って幽霊を召喚し、夫を死ねせぬように頼みます。
それが効いたのか判事は死の淵から回復しました。しかしその後、屋敷で奇妙な現象が起きるようになりました。
神父がお祓いをしても怪奇現象は収まりません。結局数年後判事が亡くなると、怪異は収まったと語るエミ。
幽霊は話題にされるのを嫌う、私は彼らのうめき声を聞いたとエミは話します。彼らはうめきささやく、それは人間のものではないと語るエミ。
彼女の紹介で2人はユトカの家を訪れます。彼女の夫の”遺体写真”をトーマスは撮影していました。
ユトカは地下室で幽霊の口笛を聞き、その後壁から水がしたたり、全てが濡れる経験をしていました。
トーマスとアナは地下室に降ります。トーマスは幽霊が呼びかけても返事はありません。
しかし地下室にうごめく黒い影があります。トーマスが地下室から出ると、扉が独りでに締まってアナは閉じ込められ、トーマスは何かの力でイスに座らされます。
アナに影が迫り彼女の体は宙に浮き、トーマスはイスから立ち上がれません。2人の体に幽霊が働きかけ、声にならぬ激しい感情をぶつけているようでした。
霊から解放され家から出て来た2人を、ユトカは不思議そうな顔で見つめます。彼女の夫の遺体はどこにあるか尋ねるトーマス。
遺体は村の納屋にありました。そこには埋葬できない村人の遺体が無数に並んでいます。アナは遺体は誰なのかトーマスに教えます。
多くはスペイン風邪の犠牲者です。司祭も死に後任はおらず、村人は主のいない教会で祈っていました。
遺体を写真に収め、1つ1つ調べるトーマス。凍死体や縊死体もありますが、いくつかの遺体の胸に打撲したような傷があると気付きます。
それはトーマスが戦場で見た、爆発の圧力で生じる傷跡です。幽霊には空気を動かし圧力を加え、人に危害を加えることが可能だと悟るトーマス。
しかし自分たちは危害を加えられていません。幽霊が空気を動かすことが可能なら、声を発するのも可能だとトーマスは思い至ります。
改めて写真を現像した彼は、幽霊は死者に引き付けられると推測します。「彼ら」の姿を写真に収め、その声を蓄音機を使って録音すれば、「彼ら」の正体と目的が判るはずだと考えたトーマス。
その時、現像液の中に漬けられた黒い影が映る写真から、この世のものでは無い者が発する叫び声が響き渡りました…。
映画『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』の感想と評価
今からほぼ100年前、スペイン風邪(もっと相応しい呼び方を模索する動きもありますが、長い歴史を持つ名称を使用します)のパンデミックが人類を襲いました。
『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』の製作者たちも、まさか本作で描いたパンデミックの恐怖が、こんなに身近に到来するとは思わなかったでしょう。
ホラー映画を愛する人々にはもっと恐ろしい話かもしれませんが、政権交代以前のハンガリーでホラー映画は、ブルジョア的であるとの理由で迫害され、製作されなかったと説明するピーター・ベルゲンディ監督。
1964年生まれの監督は社会主義体制下の祖国を知る人物です。当時、幸運にも「ホラー映画史上の最大のヒット作」を8㎜フィルムで入手し見ることが出来た、とインタビューで答えています。
本作に影響を与えた作品として、他のインタビューで『エクソシスト』(1973)、『ハロウィン』(1978)、『シャイニング』(1980)の名を挙げています。このいずれかの作品を8㎜フィルムで見たのでしょうか。
このような歴史を持つ、映画産業の規模も小さいハンガリーでのホラー映画製作は大変です。企画を思いついた直後は憤りを覚える出来事も多かったが、最終的に国立映画研究所から支援を受け、8年間かけ本作を完成させたと語る監督。
本作は幽霊話にしようと決め、クリエイティブ・プロデューサー共にヴィクトリア朝時代に流行した”死後写真(Post-mortem photography)”と、第1次大戦後の過酷な時代を結び付けた話を企画した、と監督は答えています。
“死後写真”あるいは”遺体写真”と言えばアレハンドロ・アメナーバル監督作、ニコール・キッドマン主演の『アザーズ』(2001)にも登場しており、ホラー映画ファンならご存じの方も多いでしょう。
『アザーズ』も戦争を背景にした作品です。ホラー映画に漂う恐怖や絶望感は、殺人鬼に幽霊やモンスターだけが作るのではありません。
ハンガリーの歴史を背景に恐怖を描く
第1次世界大戦後オーストリアとハンガリーの同君連合国家体制は崩れ、1920年に結ばれた講和条約でハンガリーは領土の7割以上、人口の約6割を失いました。
『ポスト・モーテム~』は1919年が舞台のお話。死者があふれ幽霊が彷徨う、絶望感漂う世界が描かれていますが、現実のハンガリーはこの後さらに過酷な状況に陥り、苦難の歴史を歩みます。
主人公のトーマスは村人から外国人と認識され、自身をドイツ人と名乗ります。おそらくオーストリアのドイツ系の人物でしょう。
軋轢もあったでしょうが、それなりに多民族が共存していた最後の年の物語です。その年は戦争の影が色濃く残り、スペイン風邪が猛威を振るっていました。
当時の出来事は、今もハンガリー人にとって本当に辛いものだ。今日まで幽霊のように私たちを悩ませ続ける、真の恐怖だと語るベルゲンディ監督。
様々な言語が飛び交い、他民族との交流を描く本作で、主人公の名のトーマスはハンガリー風ならトマスだ、とネタになっています。
このトーマスの名を聞き、ホラー小説家ディーン・クーンツの「オッド・トーマス」シリーズを思い出した方はいませんか。
幽霊を見る能力を持ち、幽霊の訴えを聞き未解決殺人事件を解決する主人公トーマスの活躍を描く作品です。第1作「オッド・トーマスの霊感」は、『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』(2013)として映画化されます。
『ポスト・モーテム~』がこの小説と映画から直接影響を受けた訳ではないようですが、同じ名で同じ能力を持つ主人公だ、と気付かされました。
そして映画で”オッド・トーマス”を演じたアントン・イェルチンは、2016年に27歳で事故で早逝し、映画ファンに衝撃を与えました。ホラーファンなら『ポスト・モーテム~』という作品に、様々な死の影を読み取るでしょう。
死があふれ出た日常
改めて映画の内容を振り返ります。本作は地味な男性と幼い少女のバディ・ムービー。多くの男性観客が好む設定の作品でしょう。
この相棒たちの関係は極めて真面目。周囲から理解されず孤立した、死の世界を知る者同士の良き信頼が築かれています。この描写に多くのSF・ホラー・ファンタジー映画ファンは好感を抱くのではないでしょうか。
臨死体験した者がその後、現実世界で様々な影響を受ける。『フラットライナーズ』(1990)など多数の映画で描かれたテーマです。
しかし本作に登場する幽霊は実に堂々と行動し、そのあげく白昼堂々実力を行使します。このシーンは本作の見せ場と紹介して良いでしょう。
一つ間違えばギャグになる非常識かつ不条理なシーンですが、本作は緊張感と恐怖を維持したまま展開します。これは冒頭から「何か」が現実に存在している、その描写を積み重ねた結果でしょう。
死の影が漂い、死者と共存せざるを得ない人々の営みを丁寧に描いた結果、怪奇現象が日常と共存する世界がリアルに感じられる映画が完成しました。
ハンガリーでは幽霊を日本人のように信じる人は少ないものの、魔女や悪魔といった妖怪じみた存在を身近に感じる方は多いようです。
本作の「幽霊が身近に存在する」感は日本的、それが「魔女のように実力を行使する」のは東欧的だとすれば、この2つが融合した作品こそ『ポスト・モーテム~』と呼べるでしょう。
この奇妙な世界を暗く沈んだリアルな映像で表現しています。この技術力こそ『サウルの息子』(2015)を産んだハンガリー映画の持つ力です。
まとめ
死が身近に存在し幽霊が彷徨う世界と、そこで起こる怪異を臨場感を持って描く『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』。
本作の世界観を存分に味わって下さい。男と少女が活躍する謎解き心霊映画としても楽しめます。
現実に死後の世界が存在し、そこに行けない霊がこの世にいる…のか判りませんが、そんな世界をリアルに感じさせてくれる、これぞ映画の持つ力でしょう。
多くのホラー映画で幽霊たちは暗闇に潜みもったいぶって現れ、突然ビックリ箱のよう登場するのが定番です。
一方でそんな定石を崩すホラー映画も多数あります。「未体験ゾーンの映画たち」で上映された『テリファイド』(2017)はその例で、この作品には心霊現象を隠す意図が全くありません。
その結果観客は恐怖感を通り越し、緊張の先にある笑いも誘われる、何ともユニークな映画です。黒沢清監督の『LOFT ロフト』(2005)や『叫』(2006)も、白昼堂々起きる怪異に呆然とするやら逆ギレするやら、奇妙で大変な作品です。
一方で黒沢監督は『回路』(2001)や『散歩する侵略者』(2017)のように、怪異が日常にあふれ出して侵食する、そんな映画も手掛けています。
『ポスト・モーテム~』も同様に幽霊が白昼に現れ日常を破壊し、人々を恐怖に陥れるホラー映画としてお楽しみ下さい。
しかし、本当に日常を侵食する恐ろしいものとは感染症の恐怖であり、大量の死をもたらす戦争と、希望の持てない未来への絶望感です。本作はその恐怖にも満ちています。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回第25回は製作30周年と、故パトリック・スウェイジ生誕70周年を記念して、4Kデジタルリマスター版でリバイバル上映されたヒューマンドラマ『シティ・オブ・ジョイ』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)