連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第18回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。
傑作・珍作に怪作に限らず、ヒューマンドラマを含む様々な映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」、今年も全27作品を見破して紹介、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第18回で紹介するのは、韓国映画『優しき罪人(つみびと)』。
交通事故で両親を失った少女は、とある事情から加害者の元を訪れます。その結果彼女は、どのような思いを抱く事になるのでしょうか。
許しと癒し、贖罪をテーマにしたドラマが現代韓国を舞台に描かれます。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2022見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『優しき罪人』の作品情報
【日本公開】
2022年(韓国映画)
【原題】
영주 / Youngju
【監督・脚本】
チャ・ソンドク
【キャスト】
キム・ヒャンギ、キム・ホジョン、ユ・ジェミョン、タン・ジュンサン
【作品概要】
学業を捨て弟を1人で世話する少女。しかし弟を救うために両親を失う原因となった、交通事故の加害者の元を訪れます。遺族と加害者の交流を描くヒューマンドラマ。
監督・脚本はチャ・ソンドク。韓国芸術総合学校で映画を学び、短編・中編映画を監督。『荊棘(ばら)の秘密』(2016)にはスクリプターとして参加しています。
主演は『神と共に 第一章:罪と罰』(2018)と『神と共に 第二章:因と縁』(2018)、『無垢なる証人』(2019)のキム・ヒャンギ。
『キマイラ』(2021~)など数多くの韓国ドラマで活躍しているキム・ホジョン、『ビースト』(2019)や『声もなく』(2020)のユ・ジェミョン、『愛の不時着』(2019~)で主人公を慕う北朝鮮新兵を演じたタン・ジュンサンが共演した作品です。
映画『優しき罪人』のあらすじとネタバレ
2人で食事中、ヨンジュ(キム・ヒャンギ)は弟のヨンイン(タン・ジュンサン)に、もし父と母のどちらかが戻るなら、どちらが良いかと訊ねました。
私はお父さん、と話すヨンジュ。言葉少ない弟に、食事・洗濯などお前の身の回りはしっかり世話をするし、大学にも通わせると伝えますが、ヨンインは今一つ無関心です。
姉の話よりも、食事しながら眺めるスマホの動画に夢中のヨンイン。そんな弟をヨンジュはからかいます。姉弟は仲良く慎ましく暮らしていました。
ある日、姉弟が住むアパートに叔母と不動産業者たちがやって来ます。この家に2人が住み続ける事はできない、売れる可能性がある内に売るべきだとヨンジュに説明する叔母。
しかし物件の見積もりを始めた不動産業者にヨンインが掴みかかります。亡き両親と共に暮らした家を売るなど、ヨンインには耐えられない行為でした。
結局業者たちは引き上げます。叔母はヨンジュにもうすぐ20歳になるのに現実が見えていない、まだ子供だど言ってアパートを売るよう説得します。しかしもう子供では無く、親代わりに振る舞う叔母も必要無いと告げるヨンジュ。
ここは私たちが昔から住んでいる家だ、と叔母の提案を拒絶するヨンジュ。その態度に叔母は怒りますが、彼女の決意は変わりません。
ヨンジュは弟を家に残し出勤します。スーパーの夜勤を終えた彼女は、誰もいない家に帰ると料理し始めました。出来上がった食事を両親の遺影の前に並べるヨンジュ。
ところがヨンインは暗くなっても帰って来ず、電話をかけてもつながりません。すると彼女のスマホに警察から連絡が入ります。
ヨンインは友人たちと窃盗事件を起こし、警察に補導されていました。ヨンジュたち呼び出した保護者に、処罰が下されるまで少年たちは鑑別所に収監される、被害者に払う示談金を準備するようにと告げる警察。
かろうじて生活しているヨンジュに、示談金を払う余裕はありません。やむなく叔母を訪ね、金を借りれないかと頼みます。
しかし家を売る話を拒絶しながら、都合が悪くなると助けを求めて来るとは、となじる叔母の態度は冷たいものでした。
お前たちの両親が交通事故死した時の示談金も少額で、もう援助する金は無いと言い放つ叔母。
やむなく金融ローンのチラシに記された番号に電話するヨンジュ。相手は先に利子を払えば必要額を融資すると告げました。
そこで彼女は指定された口座に要求された金額を振り込みます。しかし肝心の融資金は振り込まれません。再度電話するとつながらず、ヨンジュは詐欺に遭ったのだと気付きます。
彼女は帰宅すると悔しさと絶望感に捕らわれ、うめき声を上げました。不動産屋に連絡し家を売る事を考えたものの、ふと思い直し電話を切るヨンジュ。
亡き両親に供えた酒を慣れぬまま飲んだ彼女は、両親が死んだ交通事故の裁判記録に目を通します。それには事故の加害者への判決が軽すぎないか、と申し立てる上申書が付いていました。
判決書に記された住所をメモすると、翌日その場所へと向かったヨンジュ。
その家のインターフォンを鳴らしても反応はありません。裏に回り様子を見ていると、家から女性が出て来ます。ヨンジュはその後をつけました。
その年配の女性は商店街にある豆腐屋で働いていました。店の主人に届けた弁当を2人で食べています。見たところ2人は夫婦でしょうか。
彼女はしばらく様子を伺います。何か告げたいものの、言い出せずにいました。その後店の脇で休んでいた主人に、バイトを募集していないか尋ねたヨンジュ。
翌日からヨンジュは、スンイル豆腐店で働き始めます。店はサンムン(ユ・ジェミョン)とヒャンス(キム・ホジョン)夫婦が切り盛りする個人店でした。
早速豆腐作りの手ほどきを受けるヨンジュ。仕事が一段落すると、3人はヒャンスが用意した昼食を共に食べます。
サンムンは体調を崩し薬を飲んでいますが、それでも煙草を手放せない様子でした。
ヒャンスはヨンジュを連れ配達に回り、取引先にヨンジュを紹介します。そして勤務を終えて帰る彼女に、家で食べるよう豆腐や総菜を持たせたヒャンス。
しかしヨンジュは帰り道でそれを棄てます。家に帰った彼女の元には、鑑別所から出頭するようにとのメールが送られてきました。
翌日鑑別所に行き、担当者から様々な証明書を要求されたヨンジュ。今はバイト中で定職がなく、支援してくれる保護者も無いなら、判決前に300万ウォンを示談金として用意するのが良いと告げられます。
示談金を払えば弟は少年院に入らずに済みます。面会したヨンインに、安心して姉に任せていれば良いと告げるヨンジュ。
しかし手元に金はありません。その夜、ヨンジュは迷った末に家を出ると、スンイル豆腐店に忍び込みます。
彼女は勤務中に見た、ヒャンスが店の売り上げを入れた缶の容器をこじ開けます。丸めた札束を手にした時、彼女は物音に驚いてそれを落しました。
シャッターを開け、酔ったサンムンが店に入って来たのです。泣いている様子で、店内のヨンジュに全く気付かないサンムン。
ヨンジュは落とした金を拾うと、目の前にはサンムンがいました。怯えるヨンジュを抱きしめると、「スンイル、悪かった」とサンムンは詫びます。
彼女は自分はヨンジュだ、とサンムンに呼びかけますが、酔った彼は気付きません。ようやく相手がスンイルでは無いと悟った時、彼は突然倒れました。
驚いたヨンジュは店から走って逃げ出します。その後店に救急車が到着し、サンムンを搬送していきます。その光景を見守るヨンジュの姿がありました。彼女が通報したのでしょうか。
救急車が出発するとヨンジュも立ち去ります。翌日彼女はヨンインの元に差し入れに訪れますが、姉弟の間に会話はありません。
その帰り道、ヨンジュはスンイル豆腐店の様子を見に行きます。そこには臨時休業の張り紙がありましたが、彼女に気付いて声をかけてくるヒャンス。
ヒャンスはヨンジュを自宅に招き入れます。そこには人工呼吸器が付けられた、寝たきりで反応の無い彼女の息子、スンイルが眠っていました。
スンイルの体を拭きながら、父親はすぐに退院すると呼びかけるヒャンス。彼女は息子を見守って欲しいとヨンジュに頼み、部屋から出て行きます。
その後ヒャンスは数年前のこの時期に、夫のサンムンは交通事故を起こして懲役になったと教えます。重大な事故でこの時期になると夫は酒に溺れ、自殺未遂を図ったこともあると告げるヒャンス。
今回、夫の発見が遅れていたら大変な事になった。通報してくれたヨンジュに感謝してると語るヒャンス。彼女はヨンジュが盗みに入った事をとがめません。
そしてヨンジュが金に困っていると気付かなかった、とヒャンスは詫びます。その言葉を聞いて、自分の振る舞いを謝ったヨンジュ。
彼女に金の入った袋を渡すと、後で働きながら返してくれれば良い、と告げたヒャンス。あなたが良い娘である事は、この私が一番知っていると語りかけました。
その夜、逃げるように帰宅したヨンジュは、渡された金が思わぬ大金だと気付きます。亡き両親と弟と4人で写した写真を眺めつつ、彼女は複雑な思いに囚われます…。
映画『優しき罪人』の感想と評価
参考映像:短編映画『消えた夜(Vanished Night)』(2011)
心に染み入るお話です。良心的なお話ですが「その後」を見せないラストを、美しいと感じる人もいれば物足りない、と感じた方もいるでしょう。
本作を監督したのはチャ・ソンドク。第24回東京国際映画祭の提携企画、「コリアン・シネマ・ウィーク 2011」の”韓国女性映画監督作品ショーケース” で上映された、『消えた夜』を手掛けた人物です。
この作品は「第13回ソウル国際女性映画祭」の”アジア短編コンペティション部門受賞作品”の1本として、「コリアン・シネマ・ウィーク 2011」に招待されました。
女性映画監督として活躍が期待されるチャ・ソンドクが手掛けた、初の長編映画である『優しき罪人』。彼女は本作を「自伝的な話ではありません。小さいが普遍性を持つ、観客に余韻を与える映画です」と説明しています。
自伝的では無いと断っている理由は、監督自身も10代に交通事故で両親を失うという、辛い経験をしている故でした。
監督自身の喪失体験が映画を生んだ
やがて成長すると、ふと加害者の顔が気になったと語るチャ・ソンドク監督。韓国芸術総合学校の映像院映画科に入学後、本作主人公のヨンジュのように彼らに会いたいと思った、と当時を振り返ります。
これをフェイクドキュメンタリーや、劇映画にする事も考えたが結局できなかった。それを実行する勇気も無かったし、どうして良いか当時は判らなかったと告げる監督。
それから10年経ち長編映画を作ろうとした時に、監督は改めてこの題材に向き合います。関連する書籍を読み、家族の喪失を経験した人々に会ってインタビューをします。
取材を通じてこの題材の底辺を広げ、個人的な体験を普遍性を持つ物語に成長させます。誰もが人生で「哀悼」に遭遇し、その時どう振る舞うかで人間は成長する。こうして皆幼年期と別れると監督は説明していました。
20歳の頃から「哀悼」というテーマが心の中にあった、とインタビューに答えた監督。2015年の秋頃から取材に入った彼女は、2016年春から夏にかけ、本作の本格的なシナリオ執筆作業に取り掛かります。
脚本執筆中は自らの物語に酔わず、ナルシシズム的にならぬよう警戒したと語り、自分の経験は物語の種として残ったが、映画そのものは異なるストーリーになったと説明しました。
2017年の春から夏の間、約1ヶ月間かけて本作の撮影が行われます。様々な現実的な問題があり、現場では難しいと感じたと振り返る監督。
騒音だらけの市場での撮影に、限られた予算など様々な困難に直面した。撮影後の編集も容易ではなく、1年ほどの時間が必要でした。
まず1度編集し、しばらく期間を置いてから2度目の編集を行う事で、執着していたイメージや物語から離れ、監督は作品と客観的に向き合います。
『優しき罪人』の完成までに300回以上見た。迷いがあった時期には、プロデューサーをはじめ編集スタッフなど、様々な人の意見に耳を傾けたと語る監督。
当初のシナリオには物語の後日を描いた、エピローグが10分ほど存在したと説明しています。ではなぜ最終的に、映画で描かれたラストを選んだのでしょうか。
映画とは体験の芸術である
本作に主演したキム・ヒャンギに出会った時、ぜひ彼女が演じる主人公”ヨンジュ”が見たいと思った、と語るチャ・ソンドク監督。
彼女に合わせ、主人公の設定年齢も下げられます。ちょっと彼女が1人で弟を支えるのは難しいのでは…と思った方、実はこのような事情があったのです。
そして映画は体験の芸術だ、と冷静に語る監督。映画という物語をどの程度の長さで、どんな速度で観客に体験させるかは重要だ。やりたい事を全て入れると長時間になって、観客は集中できなくなると判断しました。
よってシーンを取捨選択しますが、その作業は実に難しかったと話す監督。だが同時に、映画で採用したラストシーンを撮影した時、直感的にこれが最後に相応しいと感じた、とインタビューで語っています。
本当はこの後にエピローグシーンがありましたが、撮影したキム・ヒャンギの表情を見た時に、辛い経験を経て成長する直前の姿だ、という考えが浮かんだと振り返る監督。
その後1年間に渡る編集作業の過程で、周囲の人々との会話を通じこの直感が正しかったと確信します。こうしてその後どうなったかを明確に語らぬ、この後の彼女の姿は観客の想像に委ねるラストが誕生します。
映画の上映時間を意識した結果、多くの登場人物のシーンが減らされる中、ユ・ジェミョン演じる苦悩する加害者”サンムン”のシーンだけは、撮影した映像を100%使用したと語りました。
“サンムン”は映画のポイントとなる部分に登場する、存在感ある登場人物でなければならない。彼とはドラマ『秘密の森』(2017~)で素晴らしい演技を見せる前に出会ったが、本作の役も上手く演じてもらえると確信していた、と語っています。
まとめ
1人の少女が過去と向き合う姿と、過去に囚われながらも明日を生きる人々の姿を描いた『優しき罪人(つみびと)』、主人公”ヨンジュ”のその後の姿を、どう想像しましたか?
その後を観客に委ねるラストに居心地の悪さを感じる方もいるでしょうが、この感情を抱かせるのがチャ・ソンドク監督の狙いでした。
映画は良い意味でも悪い意味でも、観客を不快にしなければならないと思う、と語る監督。私の好きな映画は見る前と後で心情が変わる、終わった後に席から立てなくなる作品だと話しています。
監督はそんな映画としてフェデリコ・フェリーニ監督の『カリビアの夜』(1957)、ロベール・ブレッソン監督の『少女ムシェット』(1967)、エドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』(1991)を挙げました。
キム・ホジョンが演じた”ヒャンス”は主人公に親身に振る舞い、キリスト教の信仰を頼りに苦難に向き合う良き人物です。
しかし彼女は単なる善良な人物では無く、寝たきりの息子と苦悩する夫から受ける、苦しみに耐えた長い時間が、良き性格と信仰心を与えたと説明する監督。
“ヒャンス”も私たちと全く変わらぬ、人生の痛みを抱えた人物だと思うとインタビューで説明した監督は、同時にそれが私の想像した加害者の姿だと語っています。
過去の罪を乗り越え、悟ったように見えても、それに直面する機会に遭遇すると何もできず打ちのめされてしまう…リアルな人間の姿だと受け取りました。
罪と許し、癒しなど様々な事を考えさせてくれる本作ですが、同時に韓国の少年犯罪に対する法制度と処罰についてを、興味深く描いてもいます。
タン・ジュンサン演じる”ヨンイン”は罪を犯しますが、示談金を払う事で微罪に扱われました。これに疑問を感じる方もいるでしょうが、韓国は少年犯罪に対し基本的に矯正を重視し、厳罰を与えぬ方針と言われてきました。
しかし多発し凶悪化する少年犯罪に対し、厳罰化を求める声も大きくなっています。この風潮がドラマ『地獄が呼んでいる』(2021~)、『未成年裁判』(2022~)といった作品に描かれています。
罪と許し、癒しや贖罪というテーマは、これからも映画に描かれ続けていくのでしょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回の第19回は、レース・ゲームのチャンピオンが、サーキットで本物のレーシングカーを爆走させる!カーレース・アクション映画『スリングショット』を紹介いたします。お楽しみに。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2022見破録』記事一覧はこちら
増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)