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映画『ハマのドン』あらすじ感想と評価解説。藤木幸夫の‟カジノ誘致阻止”の最後の闘いを描いたテレビ朝日のドキュメンタリー|映画という星空を知るひとよ150

  • Writer :
  • 星野しげみ

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第150回

2019年8月、御年91歳の“ハマのドン”と呼ばれた藤木幸夫が横浜港をめぐるカジノ誘致阻止に向けて立ち上がりました。

決戦の場となった横浜市長選を中心に、これまでの流れと市長選の結果を誠実に描き出したドキュメンタリー『ハマのドン』が2023年5月5日(金・祝)より新宿ピカデリー、ユーロスペース、なんばパークスシネマ、MOVIX堺、順次、第七藝術劇場、京都シネマ、元町映画館ほか全国順次公開となります。

地元政財界に顔が効き、歴代総理経験者や自民党幹部との人脈も持つ藤木。それだけではなく、田岡一雄・山口組三代目組長とも繋がりがあり、隠然たる政治力を持つとされる保守の重鎮です。

そんな藤木が、カジノを推し進める政府に対して、真っ向から反旗を翻しました。今の時代が戦前の「ものを言えない空気」に似てきたと警鐘を鳴らし、時の最高権力者である菅総理と全面対決します

さてその結果はどうなったのか……。2023年5月5日(金・祝)よりの映画公開に先駆け、『ハマのドン』をご紹介します。

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

映画『ハマのドン』の作品情報


(C)テレビ朝日

【日本公開】
2023年(日本映画)

【監督】
松原文枝

【企画・製作】
テレビ朝日

【協力】
公益財団法人、民間放送教育協会

【プロデューサー】
江口英明(テレビ朝日)、雪竹弘一(民教協)

【ナレーション】
リリー・フランキー

【出演】
藤木幸夫

映画『ハマのドン』のあらすじ


(C)テレビ朝日

世界のカジノ王「ラスベガス・サンズ」CEOのアデルソンは、日本進出を狙っていました。ターゲットは横浜港の山下ふ頭。

港湾事業者の元締め的存在の藤木幸夫が長年仕切ってきた現場です。アデルソンは、トランプと安倍の首脳会談の前に開かれた朝食会にも出席しています。

態度を曖昧にしてきた横浜市長の林文子は、カジノ誘致に向けて動き出します。これに敢然と立ち向かったのが藤木でした。藤木は横浜大空襲を生き延び、父親の時代からの港湾を引き継いできました。

藤木の反対はただの反対ではありません。藤木が辿ってきた背景がありました。

港は苦難の歴史でした。日雇いで危険と隣り合わせのうえ、荒くれ者が集まり、博打は当たり前。野毛の木賃宿でその日暮らしの不安定な生活が続きます。家族持ちは、はしけの中での水上生活です。その港の苦難を知り、博打が行われていた時代を知り尽くしているからこその反対でした。

身体を張った勝負師といえる藤木の行動は、多くの市民、自民党の長老、カジノ側の人物までも動かします。

一方、横浜市民のカジノ反対の動きは燎原の火のごとく広がっていました。コロナ禍の中で、市民は住民投票を求めて法定数の3倍を超える19万超の署名を集めていました。

だが、その声は市議会に届かず、横浜市長選に持ち込まれます。藤木は無名の新人を押し立て、現職市長、そして、菅側近の現職閣僚を相手に闘うことになりました。

藤木と署名を集めた市民とを結びつけたのは……。藤木が長年大切にして義理人情恩返しの世界が結合し、大きなうねりとなります。

映画『ハマのドン』の感想と評価


(C)テレビ朝日

カジノ誘致に待ったをかける

自分の住んでいる町にカジノが誘致されたらどうでしょうか? 地域経済は活性化するかもしれませんが、住民の生活の乱れも懸念されます。

そんな問題を危惧して政府が推し進めるカジノ誘致に待ったをかけた91歳の藤木幸夫を描いた映画『ハマのドン』は、名もなき市民の声を政府に突きつけた胸のすくようなドキュメンタリーです。

1991年にバブル崩壊がおこり景気が後退し、永田町における政権の長い混乱期を経て、2012年に自民党の安倍晋三が首相に再登板します。菅義偉が官房長官となり、安倍政権を取り仕切きりました。

その後、アベノミクスで円安・株高が進行。日本経済は復活したかに見えたのですが、実際には構造改革が進まず、生産性も上がっていませんでした。2020年には新型コロナウイルスの感染拡大で、医療体制の不備やデジタル化の遅れが露呈し、景気後退も続きます。

そんな頃、安倍政権内で経済活性化策として、横浜の山下ふ頭にカジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致構想が動き出します。2009年から横浜市長を続けていた林文子も、市の活性化策としてカジノ誘致に傾いていきました。

こんな流れに流されず、時の最高権力者を相手に一歩も引かずに真っ向から反対を唱えた男がいました。‟ハマのドン”と呼ばれたこの男、藤木幸夫とはどんな人物だったのでしょうか。

‟ハマのドン”という男


(C)テレビ朝日

‟ハマのドン”こと藤木幸夫は、1930年(昭和5年)横浜市に生まれました。大学卒後、港湾荷役事業に従事し、神戸港で港湾荷役事業を行っていた山口組三代目田岡一雄組長とも馴染みの中でした。

それ以降は力を発揮し、藤木企業会長、横浜港運協会前会長、港湾事業者の元締め的存在となります。その上、地元政財界に顔が効き、歴代総理や自民党幹部との付き合いも広く、その政治力から“ハマのドン”の異名を持ちました。

政界や財界にも顔のきく藤木ですが、決してそのことで天狗になったりしません。藤木は横浜大空襲を生き延び、父親の時代からの港湾を引き継いできました。

そこで見たのは、港で生計をたてる貧しい人々の暮らしです。貧しさから賭博に走り、ますます生活は困窮を極めます。このような博打が行われていた時代を知り尽くしているからこそ、横浜港をめぐるカジノ誘致に反対だったのです。

実際の庶民の暮らしを知ろうともしない政治家たちより下層の人々の暮らしを知っている藤木は、カジノという博打が再び横浜市民を苦しめると思います。そこで矢も楯もたまらず、総理大臣にも反旗を翻しました。

この決断力と行動力。さすがに‟ドン”と呼ばれるだけのことがあり、政治的弱者の味方と言えるのではないでしょうか。

カジノ誘致にただ反対するのが凄いのではなく、誰もが言いなりになるような最高権力者に堂々と自分の意見を述べて対抗するのが尊いと断言できます。

こんな‟ハマのドン”の心意気を理解し、後押しするのは誰か……。裸一貫で勝負に出た藤木の最終決戦の結末をどうぞご覧ください。

まとめ


(C)テレビ朝日

横浜港をめぐるカジノ阻止に動いた藤木幸夫を追ったドキュメンタリー『ハマのドン』をご紹介しました。

市民の安泰な生活を守るため、時の最高権力者にも立ち向かっていく‟ハマのドン”。戦争を体験し生き延びてきた彼だからこそ、戦前の「ものを言えない空気」の再来を恐れました

現代は民主主義の時代。誰もが自分の意見を言える自由が認められています巨大な組織に立ち向かう91歳の重鎮が放つ正義のパンチに、世間はどう動くのか。その後の動きもしっかりと見届けたいものです。

映画『ハマのドン』は2023年5月5日(金・祝)より新宿ピカデリー、ユーロスペース、なんばパークスシネマ、MOVIX堺、順次、第七藝術劇場、京都シネマ、元町映画館ほか全国順次公開! 

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星野しげみプロフィール

滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。

時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。


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