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Entry 2023/09/27
Update

【ネタバレ】岸辺露伴ルーヴルへ行く|映画あらすじ感想解説とラスト評価考察。黒い絵作者/奈々瀬の正体は?漫画原作の怖い魅力から描くルーヴル美術館という“幽霊屋敷”

  • Writer :
  • 河合のび

“この世で最も黒く、最も邪悪な絵”の真実とは?

人気漫画シリーズ『ジョジョの奇妙な冒険』にて登場した異能を持つ漫画家・岸辺露伴を主人公に据えたスピンオフ漫画が原作である実写ドラマ『岸辺露伴は動かない』。

その劇場版作品として制作されたのが、2023年9月22日よりAmazonプライムビデオで独占配信が開始された映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』です。

露伴が自身の過去と因縁がある“この世で最も黒い絵”の真実を求め、フランス・パリに建つ世界最大級の美術館「ルーヴル美術館」へ向かう本作。

本記事では映画のネタバレあらすじ紹介のとともに、映画オリジナルキャラクターに込められた意味、“世界で最も有名な絵画”を連想できる謎多き女性・奈々瀬の肖像、“幽霊屋敷”としてのルーヴル美術館などを考察・解説します。

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の作品情報


(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会(C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

【公開】
2023年(日本映画)

【原作】
荒木飛呂彦

【監督】
渡辺一貴

【脚本】
小林靖子

【音楽】
菊地成孔、新音楽制作工房

【キャスト】
高橋一生、飯豊まりえ、長尾謙杜、安藤政信、美波池田良、前原滉、中村まこと、増田朋弥、白石加代子、木村文乃

【作品概要】
人気漫画シリーズ『ジョジョの奇妙な冒険』にて登場した異能を持つ漫画家・岸辺露伴を主人公に据えたスピンオフ漫画が原作である実写ドラマ『岸辺露伴は動かない』の劇場版作品。

映画の物語の基となったのは、同じく露伴が主人公の同名読み切り漫画。漫画家・荒木飛呂彦の初のフルカラー作品であり、ルーヴル美術館を題材にオリジナル漫画を制作する「バンド・デシネプロジェクト」の第5弾作品として描き下ろされた。

露伴役の高橋一生、編集者・泉京香役の飯豊まりえとドラマ版キャストが続投した他、露伴の過去と深く関わる謎多き女性・奈々瀬を木村文乃が演じる。

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』のあらすじとネタバレ


(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会(C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

骨董屋で品を物色する漫画家・岸辺露伴に、声をかける店主。「漫画を描くために本物の美術品を探しに来た」と聞き「漫画に描く程度なら本物はもったいない」と笑う彼に、露伴は自身の漫画に不可欠な“リアリティ”を語りました。

また露伴は、店主が盗まれた美術品を違法に売買する「故買屋」であることも承知済みで、その仕事の実態を知るためにも店へ訪れていました。

追い返そうとする店主に対し、露伴は自身が持つ奇妙な能力……人を“本”に変えることでその者の全ての記憶を読んだり、ページに文字を書き込むことで行動・記憶を操作できる「ヘブンズ・ドアー(天国への扉)」を発動。

意識を失った店主に「全ての作品は最大の敬意を持って扱う」と書き込み終えた後、露伴は同じくヘブンズ・ドアーを発動した骨董屋の店員が持っていた、とある美術品オークションの出品目録……その中に載っていた“黒い絵”に目が止まりました。

後日、露伴は出版社の編集者・泉京香と美術品オークションの会場へ。その目的は新作漫画の取材、そして出品目録で見かけた例の“黒い絵”……すでにこの世を去ったフランスの画家モリス・ルグランの絵画『Noire(黒)』の購入でした。

当初の開始価格は20万円だったにも関わらず、会場にいた謎の2人組の男たちとの競り合いの果てに、150万円で『Noire』を落札することになった露伴。絵画を持ち帰った自宅兼仕事場には、彼が漫画執筆への活用のために収集した古今東西の顔料に溢れていました。

露伴は泉に「この世で最も黒い色を見たことはあるか」と尋ねます。そして「この世に存在しない色」とも例え得る“最も黒い色”を用いて描かれた“黒い絵”の存在の噂を口にします。

「画家の名は山村仁左右衛門」「今から250年ほど前に描かれた絵」……ネット上どころか、一切の情報が存在しない“黒い絵”。露伴がルグランの『Noire』に興味を持ったのも、かつて“ある女性”から聞かされた“黒い絵”の噂を思い出したためでした。

そこへ、露伴の飼い犬であるバキンの吠える声が。露伴は邸宅への侵入者をヘブンズ・ドアーにより“本”化し気絶させますが、その相手はオークションで競り合った2人組の片割れである、長身の男だと気づきました。

やがて邸宅内から泉の悲鳴が。露伴の彼女の元へ駆けつけると、『Noire』はもう1人の侵入者……長身の男と会場にいた、眼鏡の男によって持ち去られていました。

露伴の邸宅を離れ山道へと逃げ込んだ眼鏡の男は、『Noire』のカンバスの裏面に貼られていた包装紙を剥がしますが、そこに“目当ての物”がなく困惑します。そしてカンバスの裏面に付着していた“黒”の絵具に触れた直後、彼は“トラックの音”に怯えて逃げ出します。

その後、露伴と泉は捨て置かれていた『Noire』を発見。カンバスの裏面にはフランス語で「これはルーブルで見た黒」「後悔」と記されていることに気づきました。露伴はその言葉から“黒い絵”とフランス・ルーヴル美術館のつながりを確信し、次の“取材先”を決めました。

フランス語で電話相手と話す長身の男は、露伴を恐れて“仕事”を降りる旨を伝える中、眼鏡の男は車など入ってこれないはずの山道で“トラックの音”に追われ続けていました。やがてその音が消え去った後には、眼鏡の男の“礫死体”がありました。

泉が出版社へと戻った後、露伴はかつて“黒い絵”の噂を聞かされた、ある年の夏の出来事を思い出していました。

20数年前の夏、漫画家としてデビューしたばかりだった露伴は、漫画執筆に集中すべく祖母の家へ……祖父が亡くなったのを機に、祖母が古い旅館だった屋敷を下宿として貸し出すようになり、身の回りの物以外の骨董・美術品も全て売り出すようになった家に滞在していました。

そこで彼は、下宿の最初の住人となった女性・奈々瀬と出会いました。

当時の編集者に「女の子が可愛くない」とダメ出しを受けていたことから、美しい奈々瀬の姿を見かけて思わず無我夢中でデッサンしてしまう露伴。当初は覗きかと思った奈々瀬も、非礼を詫びた露伴が漫画家だと知ると「今度、あなたの作品を読んでみたい」と告げました。

ある晩、約束の通り「原稿を読んでみたい」という奈々瀬に誘われ、露伴は戸惑いながらも彼女が暮らしている部屋を訪れます。未完成の原稿を見せたがらない露伴に対し、奈々瀬は「あなたが一生懸命描いたものを見たいだけ」と答えました。

室内の電球が切れて暗くなった後、書き机にあった灯りを点けた奈々瀬は、同じく室内にあった小さな姿見を見つめながら「この世で最も黒い絵って知ってる?」と口にしました。


(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会(C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

奈々瀬曰く「光を全く反射させない、見ることもできないほど黒い絵の具で描かれた絵」であり「最も黒く、最も邪悪な絵」である黒い絵”。

今から250年ほど前、山村仁左右衛門という絵師は“黒”の色彩にこだわり、やがて理想の顔料を発見したが、それは傷つけたら死罪は免れない御神木から採れるものだった。それでも彼は、その“黒”も用いて絵を描き、死んだ……。

“黒い絵”はどこにあるのかと尋ねる露伴に「ルーヴル美術館にある」と答えた奈々瀬は「あなたは似ている」と口にすると、彼にすぐ自室へ戻るよう促しました。そして心配する露伴を厳しく突き放したかと思うと、そのまま屋敷を出てどこかへと消えました。

奈々瀬の帰りを待ち侘びながらも、漫画の完成を進める露伴。その作品の中には、彼女をモデルにした黒髪の美しい女性の姿もありました。

しばらくして、屋敷に戻ってきた奈々瀬。露伴が完成した原稿を携えて彼女の部屋へ向かうと、彼女は何かを恐れ悲しむかのような様子で彼に抱きつきました。

「あなたの力になりたい」「全ての恐れからあなたを守ってあげたい」……露伴は一瞬、当時から目覚めていたヘブンズ・ドアーの力を用いようとしましたが、どうしても彼女に対して“覗き”をする気にはなれなかったのか、その記憶を読むことはしませんでした。

奈々瀬は露伴が持ってきていた、完成した原稿に目を向けます。しかし、自身がモデルとなった女性を作品内に見つけると「重くて、くだらない」「くだらなくて、すごく安っぽい行為」と怒りを露わにし、ハサミで原稿を切り裂きました。

「露伴くん、ごめんなさい」……怒りよりも哀しみに満ちた声でそう告げると、奈々瀬はショックを受けたままの露伴を部屋に残して立ち去りました。そして2度と、屋敷に戻ることはありませんでした。

のちに露伴は、祖母に奈々瀬の行方を尋ねましたが「奈々瀬なんて、いたかね」とまともな答えは返ってきませんでした。そして、祖母に代わって屋敷の蔵にあった絵を買い手に……フランス語を話す外国人に直接受け渡すという雑用などを経て、彼は屋敷を去ることになりました。

屋敷を去る時には「奈々瀬という女性は、本当に存在していたのか」とさえ思えたため、長らく忘れてしまっていたものの、“黒い絵”とともに彼女の記憶が蘇った露伴。彼をルーヴルへと駆り立てるものの正体は、決して好奇心だけではありませんでした。

新作漫画の取材として訪仏した露伴と泉は、ルーヴル美術館の文化エデュケーション部職員であるエマ・野口と合流。早速ルーヴルへと向かいました。

現在あるいは次世代の画家たちの育成のために、規約に基づく申請を行えば展示品の模写ができるルーヴル美術館。『Noire』の作者である画家ルグランも、生前はルーヴルでよく模写をしていたとのことでした。

「ルグランの絵画『Noire』は、ルーヴル美術館の中に存在するという仁左右衛門の“黒い絵”を模写した結果として生まれた作品ではないか」……露伴の推理に対して、エマは“ある可能性”について答えました。

そもそも、ルーヴル美術館の収蔵品に「日本画」は存在しません。しかし数年前、セーヌ川の水害から美術館の収蔵品を守るべく、新設した保管センターへ移送させるプロジェクトが開始された際に、地下倉庫で眠っていた美術品が1000点以上も発見されました。

それらの美術品は20世紀初めに寄贈された品々であり、戦争により記録が消失してしまったために、美術館のデータベース上からも抜け落ちていました。そして新たに発見された美術品には東洋美術の品も100点以上存在し、その中に仁左右衛門の“黒い絵”もあるのでは……とエマは考えていました。

やがて露伴たちの前に、同プロジェクトの調査メンバーとして臨時雇用された東洋美術の専門家・辰巳隆之介が姿を現します。生前のルグランとは顔見知りであった辰巳は、彼について情熱を持った画家であり、模写の腕も素晴らしかったが“事故死”により亡くなったと語りました。

すると、そこへ助けを呼ぶ男の声が。一行が現場に駆けつけると、そこには“見えない何か”に恐怖するエマの同僚・ジャックの姿がありました。そして恐怖が最高潮に達した果てに階下へと転落したジャックは「蜘蛛」「長い髪」とうわ言をつぶやき続けました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』ネタバレ・結末の記載がございます。映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会(C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

ジャックは一命を取り留めたものの、露伴とともに一旦ルーヴルを離れた泉は「彼の転落は本当に“事故”だったのか」と疑問を抱きます。またルグランの絵画『Noire』には「蜘蛛の巣」と「長い髪」のような線も描き込まれていたことも指摘します。

『Noire』のカンバスの裏面に記されていた通り、ルグランはルーヴルで何かを見て「後悔した」から、のちにジャックと同じ“事故”に遭い、亡くなったのではないか。

また露伴は、泉の「なぜ裏面に書かれていた言葉は、動詞の『後悔した』ではなく名詞の『後悔』だったのか」という指摘から、ルグランはルーヴルで“黒”と同時に“後悔”と呼ぶべきものを見たのではないかと推理しました。

その日の晩、露伴たちはエマから連絡を受けて、閉館後のルーブル美術館へと向かいます。

事故発生後に確かめた結果、かつて人伝てに聞いたことのあった“黒い絵”の噂を思い出したジャックは、エマに代わって職員専用の管理記録を検索し「Zー13倉庫」に収蔵されていた仁左右衛門の作品を発見していました。

しかし「見捨てられた倉庫」ことZ-13倉庫は20年以上使用されておらず、現時点で美術品は一切収蔵されていないはずでした。事務所にいた別の職員であるマリィ曰く、ジャックはその真偽を確かめるべく倉庫へ行き、直後に“事故”に遭ったのではないかとのことでした。

Z-13倉庫に、本当に“黒い絵”はあるのか。露伴・泉・エマの3人は、その答えを知るべく倉庫へ向かうことにします。

倉庫への捜索には、災害時の美術品避難を担当するために美術館へ常駐し、全ての通路を把握しているという消防隊の隊員であるニコラス、ユーゴの2名も同行することに。また移動中に遭遇した辰巳も、東洋美術の専門家として捜索に立会いたいと申し出ました。

またマリィからも、ジャックがかつて“黒い絵”の噂を聞いた人物の情報が判明したという連絡が届きます。

20数年前に美術館のキュレーターとして勤務していたものの、どこからから入手した仁左右衛門の絵を管理記録に登録して倉庫へと収蔵した後に突然失踪し、現在も行方不明であるという男……その顔は、かつて露伴が蔵にあった絵を受け渡した買い手の顔そのものでした。

Z-13倉庫に到着した一行が“黒い絵”を探す中、ニコラスが床に落ちていた別の絵を発見。それは例の新発見された美術品の1点であり、鑑定により正真正銘の“真作”と判明したために、現在は新設された保管センターにあるはずのフェルメールの幻の絵画でした。

辰巳は「これは偽物だ」と一笑に付しニコラスに絵を処分させようとしますが、その審美眼により絵に“本物”のリアリティがあると完璧に見抜いていた露伴は、同じく倉庫で拾った品……ルグランの名が刻まれた画具を見せます。

保管センターにあるのはルグランが作成した“贋作”であり、彼は決して誰も来ないZ-13倉庫で秘密裏にフェルメールの真作を模写していたのではないか……露伴は「新作漫画の“プロット”を思いついた」と嘯きながら、自らの推理を続けて語り出します。

ルグランは美術品窃盗グループの一員であり、フェルメールはじめ数々の名画の精巧な贋作を倉庫で作成していた。贋作を保管センターへ移送した上で真作はルグランが持ち帰り、自作のカンバスの裏面に隠して海外へ運び出す。そしてルグランの自作をオークションで安値で買えば、盗んだ名画の取引は無事完了する。

またルグランには、ルーヴル美術館内を自由に行き来できる“共犯者”……館内の地理を誰よりも把握している「消防士」であるニコラスとユーゴ、新発見された美術品の調査にも関わっていた「キュレーター」である辰巳がいた……。


(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会(C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

推理を聞かされてもなお辰巳が誤魔化そうとしたその時、ニコラスが倉庫の暗闇を見ながら「なんでこんなとこに兵隊が?」と怯え出したかと思うと、床に倒れました。その全身には、銃弾で撃たれた傷が無数にありました。

日本での取引相手あった長身の男から露伴の噂を聞いていたユーゴは、彼に怯えながらも「俺たちもモリスみたいに」と辰巳に訴えます。

いよいよ観念した辰巳は、亡くなる直前のモリスは倉庫で“何か”を見た後に「美術品窃盗から足を洗う」と言い出したと証言しますが、露伴の視線は辰巳のの背後の壁に掛けられた“黒い何か”……「この世で最も黒く、この世で最も邪悪な絵」である“黒い絵”に向けられていました。

突如、辰巳が「モリス、ここにどうして?」と慌て出し、見えない何者かに襲われ始めます。またエマも、かつて自身が目を離してしまったがために一公園の池で溺死してしまった息子ピエールの幻覚の囚われ、やがて口から大量の水を吐き出し始めます。

露伴はヘブンズ・ドアーでエマの意識を失わせると、かろうじて絵を見ずに済んだ泉に倉庫外へと連れ出すように指示します。対して、亡くなったモリスの幻覚に襲われ続けていた辰巳は「すまなかった」「お前を騙して利用した」という懺悔の言葉とともに息絶えました。

ユーゴも同じく幻覚に襲われ「爺さん家の火事で死んだ人」「爺さんがイカれて油を撒いたから」と叫んだ直後に全身が火に包まれます。「光が反射した鏡は人を映すが、絶対的な黒が映すものは何か」……かつて奈々瀬が口にした問いの答えは「過去」であると露伴は悟りました。

“黒い絵”を見た者は、幻覚を通じて自分が過去に犯した罪と、心に刻まれた後悔に襲われる。また“黒い絵”は本人の罪だけでなく、恐らく先祖の犯した罪までも幻覚として蘇らせる。

罪の意識に苛まれながらもフェルメールの贋作を作成していた生前のルグランは、倉庫で発見した“黒い絵”に映し出された、自らの“後悔”を見てしまった。そして真作を倉庫に置き去りにした後、幻覚に襲われ死が近づく中で“黒い絵”の模写である『Noire』を完成させた……。

一人倉庫に残された露伴の肉体は、幻覚によって“黒”の色彩に蝕まれつつありました。彼が見つめる“黒い絵”には、絶対的な黒によって描かれた奈々瀬の姿がありました。

やがて露伴の前に、斧を手にした“黒い絵”の作者・山村仁左右衛門の怨霊が出現。襲いかかってくる仁左右衛門に露伴はヘブンズ・ドアーを発動させるも、全てのページが“黒”で塗り潰された仁左右衛門に文字を書き込んで命令を行うことは不可能でした。

「自分を過去から、断ち切らなければ」……露伴が窮地に追い詰められる中、斧を振り下ろそうとする仁左右衛門を背後から何者かが抑えました。その正体は、奈々瀬でした。

かつて屋敷で別れた際にも奈々瀬が口にした「何もかも全て忘れて」という言葉に導かれ、露伴は自らにヘブンズ・ドアーを発動。“本”化した自身に「記憶を全て消す」と書き込みました。

“黒い絵”の呪いから抜け出し、一切の記憶がない現状に恐怖しながらも露伴は倉庫を脱出。やがてヘブンズ・ドアーによる“ページへの書き込み”ではなく、記憶を失くす前の自身が肌へと直接書き込んでいた「顔の文字をこすれ」に気づき、ページに書き込んだ命令を手で消したことで無事全ての記憶を取り戻しました。

炎が燃え広がる倉庫で、“黒い絵”は焼失しました。脱出し幻覚から逃れられたものの、ピエールを失った後悔に苛まれ続けるエマに、泉は1枚の写真を見せます。それは彼女が5歳の頃に亡くなった父が、旅行で美術館に訪れた際に撮影した写真でした。

「ピエール君が出てきたのは、エマさんを責めるためじゃない」「ただちょっと側に居たかっただけなんだと思います」……そう慰める泉は、今回の取材旅行には「亡くなった父に近づいてみたかった」という目的も含まれていたと明かしました。

事件後、集団幻覚の原因は「地下にある倉庫で溜まっていたガス」として処理されました。名画のすり替えと窃盗も発覚し「見捨てられた倉庫」ことZ−13倉庫は完全に閉鎖されました。

実は“黒い絵”を見ていたにも関わらず、全く幻覚の影響を受けなかった泉とその先祖たちに半ば呆れつつも、露伴は「「人間の手に負える美術館じゃない」ルーヴル美術館を後にしました。

後日、露伴はとある湖の岸辺に訪れ、木の根元に置かれた石……忘れられた者たちの墓を見つけました。やがて「ごめんなさい」「ああするしかなかったの」「あの人を止めて全てを終わらせるには」という言葉とともに、奈々瀬が再び姿を現しました。

露伴は20数年越しに、奈々瀬にヘブンズ・ドアーを発動。彼女の過去の記憶を読み始めます。

……かつて奈々瀬は、一族が代々藩の御用絵師を務める山村家へ嫁ぎ、嫡男である山村仁左右衛門の妻となりました。そして仁左右衛門のその顔は、現在の露伴と瓜二つでした。

奈々瀬の黒髪をとても気に入っていた仁左右衛門は、露伴のように好奇心旺盛であり、江戸で触れた蘭画や浮世絵など流派を問わず絵を学んでいましたが、伝統と格式を重んじる父と対立。最後には山村家を自ら出て、商人の襖絵・屏風絵を描きながらも静かで穏やかな暮らしを続けていました。

しかし奈々瀬が病に倒れたことで、生活は困窮。仁左右衛門は恥を忍んで父に詫びを入れ、「父を凌ぐ絵を描く」という条件で山村家へ戻れるよう約束を交わします。

父を凌ぐ絵を、そして奈々瀬の美しき黒髪を完璧に写した絵を描くべく、寝食を忘れて画業にのめり込む仁左衛門。一方、自身のせいで苦境を生んでしまったという罪の意識に苛まれた奈々瀬は神社に通うようになりますが、そこにある御神木から“黒”の樹液が滲んでいることに気づき、その樹液を持ち帰りました。

樹液に対して「これこそ、私が求めていた黒だ」に喜ぶ仁左右衛門のため、奈々瀬は毎日樹液を集めに行くようになりますが、やがて仁左右衛門に樹液の出所を知られ、彼は病身の妻に代わって自ら採取をするように。

しかし、家を継ぐ予定だった仁左右衛門の弟・左馬助が奉行所に訴え、仁左右衛門は御神木を傷つけた罪により自宅で取り押さえられます。そして彼を庇おうとした奈々瀬は、役人からの暴力によって命を落としました。

狂気に陥った仁左右衛門は、庭にあった斧で役人を殺害。のちに御神木へと向かうと一心不乱で斧を振り続けました。

全身が樹液の“黒”に塗れた仁左右衛門は、奈々瀬の亡骸を側に置きながら“黒い絵”を完成。黒い樹液は蜘蛛のような生き物と化して仁左右衛門の怨念とともに絵に染み込み、“黒い絵”は人を後悔と罪の念で殺す「この世で最も邪悪な絵」となりました。

そして奈々瀬自身の魂も、“黒い絵”の呪縛から離れられなくなったのです。

“黒い絵”と仁左右衛門の呪いを止めるべく、20数年にわたって露伴を巻き込んでしまったことを詫びる奈々瀬に、露伴は「あの夏も僕にとって必要な過去の一つだ」「二度と、忘れない」と答えます。

露伴が目を閉じ再び開けた時には、すでに奈々瀬の姿はありませんでした。また露伴は、ヘブンズ・ドアーで記憶を読んだ際に、彼女に関するもう一つの真実……山村仁左右衛門の妻となる以前の奈々瀬の旧姓が「岸辺」であることに気づいていました。

日常へと戻った露伴は、仕事場での作業前の日課である「指の準備体操」を行いますが、その最中に何かが風に吹かれて床へと落ちました。そこには、かつて奈々瀬にハサミで切り裂かれたにも関わらず、元通りになっている例の原稿がありました。

露伴はその原稿を傍らにそっと置くと、新たな漫画を描き始めました。

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の感想と評価


(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会(C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

贋作画家ルグランが見た「過去の侮辱」

人気実写ドラマ『岸辺露伴は動かない』の劇場版作品にあたる映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』。漫画家・荒木飛呂彦がルーヴル美術館を題材にオリジナル漫画を制作する「バンド・デシネプロジェクト」の1作として執筆した同名漫画を原作としています。

映画化にあたって原作漫画からの設定・ストーリーの脚色が行われている本作ですが、中でも特筆すべきなのは、現代を生きる漫画家である主人公・岸辺露伴、“最も黒く、最も邪悪な絵”を生み出した過去の絵師・山村仁左右衛門に次ぐ、もう一人の芸術家……贋作画家であったモリス・ルグランの存在でしょう。

映画オリジナルキャラクターであり、辰巳らの美術品窃盗グループの一員としてルーヴル美術館の名画の贋作を作成し続けていたルグラン。彼がなぜ窃盗に加担したかの経緯は詳細には明かされていませんが、その後悔は“黒い絵”によって映し出され、彼を死に追いやりました。

辰巳曰く、ルグランは模写の腕は素晴らしかったものの、画家としては中々売れずにいました。その境遇からうかがえる「生活苦」という犯行動機は、奈々瀬の病による生活苦から一度は訣別した父へ謝罪しに行った生前の仁左右衛門の姿とも重なります

また模写という行為は、名画として遺された先達たちの“過去”の偉業を見つめる行為でもあります。その腕が素晴らしかった彼は誰よりも“過去”の偉大さを知っていた画家ともいえますが、同時に贋作稼業にも手を出していたルグランは、それがいかに偉大なる“過去”への侮辱であるのかも深く理解していたはずです。

彼は“黒い絵”を通じて自らの後悔を見た後、その絵を模写した『Noire』を描き残して亡くなりました。末期までオリジナル作品の制作ではなく“模写”を……“贋作作り”を続けた画家ルグランには、一体どんな姿形の後悔が見えたのか。その真相は闇の中です。

“世界で最も有名な絵画”と奈々瀬の肖像


(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会(C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

かつて露伴が出会った謎多き女性にして、その正体は“黒い絵”の絵師・山村仁左右衛門の妻であり、露伴の遠い先祖であった奈々瀬。彼女は露伴の夢に現れた際の幻影や、映画終盤での岸辺での場面では髪を下ろし“黒”の衣装を身にまとって登場します。

その姿には多くの方が、映画作中でも登場したルーヴル美術館の収蔵品であり「世界で最も知られた、最も見られた、最も描かれた、最も歌われた、最もパロディ作品が作られた美術作品」と称されるほどに有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画『モナ・リザ』を連想したはずです。

一説では芸術家のパトロンとしても知られていた絹布商人フランチェスコ・デル・ジョコンドが、自身の妻リザの肖像画をレオナルドに依頼したことで制作されたと言われている『モナ・リザ』。

あえて顔の輪郭を描かず、色彩の透明な層を上塗りするスフマート技法によって写し取られたリザの表情は、イタリア語では「煙のように消えた」「色のぼやけた」という意味を持つ「sfumato」の名の通り、美しさと同時にどこか“幽霊”にも似た儚さを感じさせます

“幽霊”にも似た儚さをもって描かれた“妻”……それは、露伴が過去の幻影として思い出し、のちにヘブンズ・ドアーによって過去を見たことで素性が明らかになった奈々瀬の人物像と通じます。

絵師・山村仁左右衛門、そして漫画家・岸辺露伴にとっての“ミューズ(芸術家にインスピレーションを与える存在。ギリシャ神話の学問・芸術を司る女神に由来)”にして“ファム・ファタール(フランス語で「運命の女」を意味するが「男を破滅させる魔性の女」も指す)”の存在であった奈々瀬。

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は露伴が一人の人間として、一人の芸術家として、芸術という人間の業の歴史に呪縛されてきた奈々瀬と訣別する物語であり、ラストでドラマ版同様に漫画を描き始めた通り、それでもなお芸術の道を再び歩み始める物語でもあるのです。

まとめ/ルーヴル美術館という“幽霊屋敷”


(C)2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会(C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の原作漫画を手がけた荒木飛呂彦の過去作の中には、かつてアシスタントであった鬼窪浩久と共同制作した漫画『変人偏屈列伝』があります。そして同作で彼が原作・構成・作画のいずれも担当した1エピソードは、「ウィンチェスター・ミステリー・ハウス」の逸話を題材としています。

かつて屋敷の主人であった女性であり、銃ビジネスで成功を収めた実業家ウィリアム・ワート・ウィンチェスターの妻であったサラは、生前に夫を亡くし、過去にも娘を亡くしていたために悲しみに打ちひしがれました。

しかしある時、友人の霊媒師からの「現在の家を離れ、新たな地でウィンチェスター銃で殺された人々の霊のために家を建てろ」「家の建設を止めたら、あなたは霊に呪い殺されて死ぬ」という助言のもと、サラは自身が亡くなるまでの38年間、新たに建てた屋敷の増改築を続けたと言われています。

“幽霊屋敷”として現在も残されているウィンチェスター・ミステリー・ハウスですが、ルーヴル美術館もまた、その長き歴史の中で幾度となく“増改築”が続けられてきた建築物として知られています。

また元々は要塞であったことにくわえて、かつてナポレオン1世が各地から収奪した美術品の文化財帰属の問題が今なお残り続けているなど、ルーヴル美術館はその収蔵の経緯なども含めて様々な“曰く”がある……時代・場所を問わず、様々な人々の想いが込められた品々が無数に存在する場所でもあります。

そもそも『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』でも“黒い絵”が象徴しているように、芸術作品にはそれを手がけた者の“業”や“呪い”ともいうべき執念が込められることが多々あります。そんな品々が、同じく美に取り憑かれた学芸員たちによって集められてきたルーヴル美術館は、まさしく“幽霊屋敷”そのものではないでしょうか。

映画の原作にあたる漫画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は、そうしたルーヴル美術館の“幽霊屋敷”としての側面に焦点を当てた作品でもあり、映画を鑑賞する際にも、かつて宮殿として使用された美術館の美しさの先に潜む“暗闇”を感じとってみるのも面白いかもしれません。

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介




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映画『ファイトクラブ』あらすじネタバレと感想。ラスト結末も【タイラーからオリジナル警告文“WARNING”】

今回取り上げるのは、1999年の公開から約20年以上経った今も熱狂的人気を誇る作品、『ファイト・クラブ』です。 生涯ベストの映画にあげる方も多いであろう本作を、あらすじ、トリビア、解釈とたっぷりお伝え …

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『未来は裏切りの彼方に』あらすじ感想と評価解説。スロバキア映画監督が描く戦争が強いる“裏切りの悲劇”とは

映画『未来は裏切りの彼方に』は2023年4月14日(金)よりアップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田、アップリンク京都にて、15日(土)より新宿K’s cinemaほかで全国順次公開! ナチ …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学