実際に米ソ冷戦下で起こった「スパイ交換」をスリリングに描く良作
米ソ冷戦下で起こった実話をジョエル&イーサン・コーエン兄弟を脚本に迎え、スティーブン・スピルバーグ監督が描くサスペンスドラマ。
ソ連スパイの弁護を依頼された弁護士・ジェームズ・ドノバンをトム・ハンクスが演じました。
ソ連スパイの弁護をすることになったドノヴァンは、周囲の非難を浴びながらも弁護士としての使命を全うしていきます。
スパイ交換の交渉役となったドノヴァンとソ連側、東独側の思惑が交わるサスペンスフルな作品の魅力をネタバレありでご紹介いたします。
CONTENTS
映画『ブリッジ・オブ・スパイ』の作品情報
【公開】
2016年(アメリカ映画)
【原題】
Bridge of Spies
【監督】
スティーブン・スピルバーグ
【脚本】
マット・チャーマン、イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
【キャスト】
トム・ハンクス、マーク・ライランス、スコット・シェパード、エイミー・ライアン、セバスチャン・コッホ、アラン・アルダ、オースティン・ストウェル、ミハイル・ゴアボイ、ウィル・ロジャース
【作品概要】
1950~60年代の米ソ冷戦下で起こった実話をジョエル&イーサン・コーエン兄弟が脚本を担当し、『ミュンヘン』(2005)のスティーブン・スピルバーグ監督が映画化。
ソ連スパイの弁護を依頼された弁護士・ジェームズ・ドノバンを、『プライベート・ライアン』(1998)のトム・ハンクスが演じました。
第88回アカデミー賞では作品賞ほか6部門でノミネート、ソ連スパイのアベル役を演じたマーク・ライランスが助演男優賞を受賞。
映画『ブリッジ・オブ・スパイ』あらすじとネタバレ
冷戦中の1957年、米国とソ連は互いの核戦力を恐れて双方がスパイを放ち、スパイ狩りも白熱していました。
ブルックリンで画家を装って諜報活動をしていたソ連のスパイ、ルドルフ・アベルは、FBIに目をつけられて尾行されます。
そんなことも知らずにアベルは、住まいにしているホテルの一室でコインに隠された紙に数字の羅列が記された暗号を解読しようとしました。
FBIがアベルの部屋に家宅捜査に入ります。アベルは、絵の具のついたパレットを拭きたいと頼み、パレットの絵の具を暗号が書かれた紙と一緒に拭き取りました。
ブルックリンの法律事務所で保険専門の弁護士をするジェームズ・ドノヴァンに、古くからの知り合いのリンから逮捕したソ連のスパイを弁護してほしいと頼まれます。
被告は弁護士を知らないため裁判所からドノヴァンの法律事務所が選ばれ、法曹協会が全員一致でドノヴァンを選出。被告の公平な裁きが米国の象徴となる、大事な裁判でした。
ドノヴァンはニュルンベルク裁判で検察官の経験もありやり手でしたが、刑事訴訟から遠ざかっていたドノヴァンは、気が進みません。それも国民には憎まれ、スパイの証拠が揃っている負け戦でした。事務所側は依頼を断れなく、有無を言わさず弁護をすることになります。
ドノヴァンの妻・メアリーからは、裏切り者を守る人の家族と非難されることを恐れて弁護することに反対されました。気が進まなかったドノヴァンも法廷ではスパイだろうが弁護されるべきだと主張します。
アベルの訴因は3つの罪と19の行為でした。それは米国の防衛、原爆の機密をソ連に流したこと。また、外国代理人登録をせず諜報活動をしたこと。
留置場でアベルと対面したドノヴァンは、CIAから米国の政府のために協力すれば、告訴を取り下げると提案されたことを聞きます。
とあるモーテルで選ばれた米空軍のパイロットたちが機密任務のための人物調査が行われていました。
優れたパイロットたちの任務は、ソ連に関する情報を集めることでした。その任務は誰にも口外してはならず、撃墜されることなく、捕虜にもならずに任務を完了させることを言い渡されます。
ドノヴァンは判事に裁判の延期を申し出ます。しかし、裁判はあくまでも形式的なもので被告には有罪判決が下されるのだからと却下されます。
帰り道、CIAのホフマン捜査官がドノヴァンに接触します。アベルが喋ったことを聞き出そうとしますが、弁護士の守秘義務を破るわけにはいかないと断りました。
パキスタンのペシャワル米空軍基地では、パワーズたちがウィリアムズからU-2偵察機の説明を受けます。“品物”という暗号名で、速度は遅いが、高高度を飛べる飛行機でした。
ドノヴァンはアベルの家宅捜査の令状が捜索令状でなく、不法滞在の外国人を拘束するものであったため、捜索や証拠は認められないと判事に指摘しますが、ソ連スパイが何事よりも脅かす存在と突き放し、またもや却下されます。
原子爆弾について学校で教わった長男のロジャーは、ソ連のスパイが爆破準備のために来たと思い込み、弁護することを非難します。また、新聞には“ソ連スパイ事件”陪審裁決へ”という見出しが載り、世間の風当たりも強まります。
陪審は、アベルの3つの訴因を有罪と評決。ドノヴァンは、証拠採用の問題により評決の破棄を申し出ますが、判事から却下され、11月15日に刑の宣告をすると言い渡されます。
裁判に不服ながら、為す術もないドノヴァンは、心ばかりの慰めにアベルに煙草を差し出します。そんな態度を見ていたアベルは、ドノヴァンのことを父の友人に似ていると言い、彼はパルチザンから不当な暴行にあっても何度も立ち上がり、“不屈の男”と呼ばれたという話をしました。
ドノヴァンは、判事の自宅を訪問して、アベルを生かすことを提言します。もし将来、米国のスパイがソ連に捕まった時の交換に使えば、合衆国にとって最大の利益になり得る可能性があること、さらには人道的な側面もあると伝えます。
その結果、判事は被告を刑務所に30年拘禁と宣告。誰もが死刑を確信していたため、傍聴席では「絞首刑にしろ」とどよめきます。ドノヴァンはさらに刑を軽くするため、上訴するつもりでいましたが、トムもメアリーも家族や事務所に危険が及ぶことを案じます。
最高裁で再審理させるために弁護を再開しようとするドノヴァン。自宅を襲撃され、周囲の厳しいバッシングを受けます。
一方、パワーズたちはもし偵察飛行がソ連に発見された場合の説明を受けていました。捕虜になることは許されず、機体を破壊し、1ドル硬貨の中の毒針を使えと告げられた後、任務に向かいました。
最高裁判所では、ドノヴァンが最高裁長官に合衆国の自由権を主張したことが評決の争点となりましたが、5対4でアベルの有罪判決となりました。偵察機に攻撃されたパワーズは機体を破壊し損なった上、ソ連で10年の禁固刑に処されます。
ワシントンから事務所に戻ったドノヴァンは、東独からアベルの妻を装った手紙を受け取ります。アベルに返事を書くべきか尋ねると、次の動きを知る手がかりになると言われます。
CIAのダレス長官は、アベルをソ連人ともスパイとも認めないための“作り話”として東独経由で手紙が送られてきたのだろうと推測します。そして、パワーズがソ連に捕まったことをドノヴァンに伝え、手紙がソ連側の“交渉の打診”と取れると言います。
彼らの作り話に乗って、パワーズとアベルを交換するべく交渉を頼まれたドノヴァンは、即座に了承します。それは、政府が関わらず、民間人として極秘に交渉するというものでした。
映画『ブリッジ・オブ・スパイ』感想と評価
スピルバーグ監督が描く「実話」の“スパイ交換”
冷戦時代のスパイを取り上げた映画として、情報戦を繰り広げ二重スパイを探り出すスパイスリラーの『裏切りのサーカス』(2012)や宿敵同士のアメリカとロシアが手を結び、陰謀を阻止するスパイアクションアドベンチャーの『コードネーム U.N.C.L.E.』(2015)。
いずれの作品も、どんでん返しが効いたサスペンスフルな展開や派手なアクションといったスパイ映画ならではの見どころがあります。
そして、本作は冷戦時代のスパイ交換を取り上げ、交渉役のドノヴァンとソ連側、東独側の思惑が交わるサスペンスフルな心理戦が繰り広げられます。
またソ連のスパイ、アベルの諜報活動は冒頭から数分さらりと映し出されるのみですが、冷戦下の緊迫した空気感がじりじりと感じられます。
まず、ドノヴァンの息子は、学校で原子爆弾が爆発すると何が起こるのかについて学び、子供でさえ、ソ連が爆弾を落とすに違いないと思っています。そして、ソ連のスパイ=爆弾を落とす準備をしている者と思い込まされているのです。
新聞にソ連スパイ事件が載った時には、ドノヴァンに向けられる言葉のない非難の目線、アベルが死刑宣告を免れた時の傍聴席からの罵倒、さらに、自宅を射撃され、やってきた警官からもスパイを弁護することを咎められます。
それらの出来事は、実際のスパイ交換の記述に残っていた訳ではありません。
スティーブン・スピルバーグ監督が意図して加味されたシークエンスには、戦火を交えない戦争という意味の冷戦下で、米国民が抱えていたであろう共通の不安、恐れ、憤りといった見えない負の感情を垣間見せるためだったのではないでしょうか。
実際に何をしていたのかではなく、いつ何時起こり得るかもしれないことに対しての懸念が人間を社会を盲目にしているということ、その盲目となる根底には、相当の不安や恐怖が潜んでいることを映画は訴えてくるようです。
観客は、その大衆に潜んでいる不穏を無意識に感じ取り、冷戦下の緊迫感を疑似体験するのでしょう。そして、人間を深く掘り下げたスリリングなスパイ交換という展開に引き込まれるのです。
セリフ以上に見せる眼差しの先には
映画の冒頭、鏡に映った自分の肖像画を描くソ連スパイ・アべルの姿が映し出され、カメラはアベルの肩越しから肖像画を捉えます。そのもの言いたげな眼差しを向ける肖像画が印象的です。
肖像画を描くという意味は、自分の姿を記録しておくこと以外に、ただ外見だけを写すことに主題を置かずにもっと人の本質にあるものを絵を通して表すことも含まれているでしょう。
そう考えると、そのもの言いたげな眼差しは、諜報活動をして自分を装い続けてきたアベル本人の言葉に出せない想いをすくいとったショットなのかもしれません。
また、ドノヴァンが東西に行き来する際の列車の場面が意味深い印象を与えます。まずは初めて東側に渡った時に、ドノヴァンが列車の窓越しから東西を分断するベルリンの壁を見つめるシーン。
そして、東側の留置場で一夜を過ごした後、西側に戻ろうとする列車で壁を乗り越えようとする脱走者が銃殺される光景を目撃します。
終盤には、列車の窓からブルックリンの街並みを眺めるドノヴァンが映し出されます。初めの列車の窓越しと重なるようなショットがあり、窓の外で少年たちがフェンスを乗り越えて行く風景を見つめます。
いずれもセリフはなく、ドノヴァンの見つめる先の現状を映し出します。その眼差しは、例えようもない思いを物語っているようです。
まとめ
スピルバーグ監督は『ミュンヘン』(2005)で、イスラエルを敵味方と捉えるのではなく、暗殺に手を染めていくことでの主人公たちの苦悩を描きたかったと言っています。
本作ではスパイ交換という事実に基づきながら、大衆が持つ不安感や怖れを撥ね退け、己の信念を貫く主人公が描かれます。
またドノヴァンという人物が映画の中で“不屈の男”として描かれますが、これこそが、スピルバーグ監督が描きたかった真のヒーローなのでしょう。
主演のトム・ハンクスは、本作でスピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(1998)『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2003)『ターミナル』(2004)に続いて4作目の出演となります。
どの作品も“人間としての誠実さ”が垣間見れるキャラクターです。きっとトム・ハンクスという俳優自身が持つ誠実さをスピルバーグ監督は最も愛しているのかもしれません。
監督からそんな信頼を置くトム・ハンクスが本作でも、彼自身と誠実さと相まった“不屈の男”を見事に体現しています。
また、本作でアカデミー賞助演男優賞を受賞したソ連スパイのアベル役を演じたマーク・ライランスの寡黙でありながらも奥深い人物を醸し出した演技にもご注目ください。