日活ロマンポルノ50周年を記念し、「ROMAN PORNO NOW」一作目として松井大吾監督が手がけた映画『手』
『ちょっと思い出しただけ』(2022)、『くれなずめ』(2021)の松井大吾監督が、『彼女はひとり』(2021)の福永朱梨、『猿楽町で会いましょう』(2021)の金子大地を迎えて、山崎ナオコーラの原作小説を映画化しました。
第二弾には白石晃士監督の『愛してる!』、第三弾には金子修介監督の『百合の天音』が「ROMAN PORNO NOW」のプロジェクトとして公開されます。
中年男性の写真を撮ってコレクションすることが趣味のさわ子(福永朱梨)25歳。
これまで付き合ってきた人も年上の男性ばかりであったさわ子は、なぜか父親との関係性はギクシャクしていました。
ある日、同年代の同僚・森(金子大地)との距離が近づいていき、さわ子の変化が訪れ始めます。
映画『手』の作品情報
【公開】
2022年公開(日本映画)
【原作】
山崎ナオコーラ『手』(『お父さん大好き』文春文庫)
【監督】
松居大悟
【脚本】
舘そらみ
【キャスト】
福永朱梨、金子大地、津田寛治、大渕夏子、田村健太郎、岩本晟夢、宮田早苗、金田明夫、三上市朗、中村まこと、島田曜蔵、本折最強さとし、三島ゆたか、村上航、加瀬澤拓未、目次立樹、池田恵理
【作品概要】
日活ロマンポルノ50周年を記念し、「ROMAN PORNO NOW」プロジェクトとして、第一弾『手』、第二弾『愛してる!』(9月30日公開)、第三弾『百合の雨音』(10月14日公開)と三作続けて公開されます。
第一弾の『手』は山崎ナオコーラの原作小説を、『ちょっと思い出しただけ』(2022)、『くれなずめ』(2021)の松井大吾監督が映画化。
さわ子役には『彼女はひとり』(2021)の福永朱梨、森役には『猿楽町で会いましょう』(2021)、『サマーフィルムにのって』(2021)の金子大地が抜擢されました。
その他のキャストには『ONODA』(2021)、『名前』(2018)、『呪怨』(2002)など様々な作品で名バイプレーヤーとして活躍する津田寛治などが出演。
映画『手』のあらすじとネタバレ
20歳のさわ子(福永朱梨)は、バーで酔い潰れた友人といると近くに座った中年の男性から一杯奢ってもらいます。若い女の子に癒されたい、という男性の心理にさわ子は大きな衝撃をうけます。
そして年上の男性に興味を持ち始めたさわ子。25歳の今は中年男性の写真を盗撮してはスケッチブックにコレクションしています。
付き合う男性も年上の男性ばかりのさわ子は、父親との関係性がギクシャクしていました。
高校生の妹は父親と普通に接しているのに、さわ子は最低限の会話しかせず、たまに話しかけられていても無視されていました。
父親は自分のことを静かでつまらない女だと思われていると感じていました。
ある日、妹に好きな人がいるという相談を受けます。そして年上の男性以外と付き合ったことはないのか、と聞かれます。
そして、さわ子は初めて付き合った恋人のことは同年代であったと言います。そして、大学生の頃付き合った恋人と初めての性行為をした時の記憶を思い出します。
現在のさわ子は、くたびれた会社の部長とデートをする関係になっていました。そんな最中連絡があり、かつて関係にあった男性が亡くなったという知らせを聞きます。
葬式に参加したさわ子は突如過去に関係のあった男性に連絡をとり訪れます。ある男性は、もう勃たなくなったが薬を飲んで勃たせるようにしていると笑って、使えるものは何でも使わないと言います。
そしてさわ子に、さわ子はちゃんと向き合おうとしない、すぐ逃げようとすると言います。さわ子は、最初は説教なんてと嫌な顔をしますが、別れた女のためにそんなこと言ってくれるなんてありがとうと笑顔を取り繕います。
初めて付き合った男性とも再会し、かつて行為をしたカラオケで再会します。そのまま流れで体の関係を持ったさわ子とかつての恋人。「今度結婚するんだ、だからこうやって会うのは最初で最後」と言います。
結婚しないのかと聞かれたさわ子はまだ落ち着く気にはなれないと言います。
特に仕事に対してもやる気を持っていないさわ子は生活や親の目もあるため仕事をしているに過ぎません。ミスをして部長に怒られても感情をオフにしているからなんとも思わないというさわ子に同僚の森(金子大地)は時折声をかけてきます。
転職先が決まって会社辞めるんだと、一人で残業しているさわ子に森は告げ、だから今度ご飯に…とさわ子と森は食事に行くことになります。
「手、繋ぎません?」と森はいい、さわ子と森は手を繋ぎます。森さんって女慣れしているよね、私にはそういうの丁度いいとさわ子は言います。少しずつ距離が近づいていく2人。
森の送迎会で、皆と話している時に森は向かいに座るさわ子の方に足を伸ばし、さわ子の足に触れます。2人は、皆のいる場で足を触れ合います。
送迎会の帰り、2人なった森はさわ子にこれからキスをしようと思うと宣言します。いいと思いますとさわ子は返し、2人はキスをします。
森が転職後も連絡は続き、ある日よかったら、自分の家で鍋を食べないかと森はさわ子を誘います。
森の家に向かったさわ子は森といい雰囲気になり、ベッドに。どこが良いのか教えてほしいと森はさわ子に聞きます。行為を終えると森はさわ子についてのメモを書き始めます。
さわ子も真似をして森との初めての行為に対する感想を書きます。そばにいる人を、めちゃくちゃに愛したいと、さわ子は思いながらも恋人なのか、わからない関係のまま森と体を重ねます。
そして、部長との関係も続いていました。
映画『手』の感想と評価
年上の男性の写真を集めてコレクションしている福永朱梨が演じたキャラクター“さわ子”。
年上の男性に対し可愛いと言いつつも、自分の娘と変わらない子と会いながら、父親を大事にしろと言うのは楽しいですかとはっきり言ってしまうさわ子の姿勢からは年上の男性に対する冷静かつ痛烈な態度も見て取れます。
おじさんの見ている世界を知りたい、おじさんは私に知らない世界を教えてくれる、そう思うさわ子の気持ちの奥には父親との関係が影響していると考えられます。
さわ子はおじさんを通して自分の父親を知りたいと思っているのではないでしょうか。
高校生の妹とは普通に会話していますが、さわ子と父の間にはお互い微妙な空気が流れているようなよそよそしさがあります。
原作小説では、さわ子は7つ年下の妹に父親の愛情がうつったと言っており、父が自分に関心を持っていないと思っています。若いから、私じゃなくてもいいんだと、年上の男性に対して思うさわ子の気持ちには、父親が妹、すなわち自分より若い存在に興味が向いていると思っているのかもしれません。
それだけでなく、若い女の子に癒されたい、可愛いとチヤホヤしながらも人生の先輩かのようにさわ子にアドバイスしたりする年上の男性に対し、さわ子は冷ややかな態度を示します。
説教なんてうるさい、謙遜して女の子扱いしてちやほやしながらも、どこかで自分の言いなりになると思っている、年上の男性の無自覚な優位性をさわ子は痛烈に批判し、対等であろうとしない狡さを指摘します。
そのようにさわ子の年上男性に対する感情は必ずしも恋愛感情とは言いきれない側面があるのです。
では、さわ子にとって森の存在はどうだったのでしょうか。さわ子にとって同年代の恋人の存在は初めて付き合った先輩と森の2人です。
また、本作においてさわ子の性行為のシーンが描かれるのもこの2人のみです。部長はさわ子の胸を触ってはいますが、性行為までは描かれておらず、原作においても性行為はしなかったとあります。
一方的にすら見える先輩との性行為に対して、森はさわ子の気持ちが良いところなどを知ろうとし、性行為が一方的ではなく、コミュニケーションとして描かれています。
更に先輩との性行為のあと、さわ子は女性は10回くらいしないと気持ち良くならないらしいと言っています。その言葉の裏にはあまり気持ちよさを感じられていないとも取れるのではないでしょうか。
それだけでなく、期待をし過ぎないようにとアドバイスした妹は最初から気持ちよかったと言っており、妹と恋人もきちんとコミュニケーションとしての性行為が成り立っているのです。
ポスターにもある“そばにいる人を、めちゃくちゃに愛したいと、ときどき思う。”という言葉は、興味で繋がるのではなく、心で繋がり、コミュニケーションとして性行為がある、そんな関係性を作りたいというさわ子の気持ちの表れなのかもしれません。
女慣れしている森をさわ子はちょうどいいと思っており、さわ子は森に対して本気で好きという感情を抱いていたのかは曖昧なところです。けれどさわ子にとって森は全力で愛したい、そう思えるような人間だったのかもしれません。
本作は、仕事にやりがいを感じていない、ふらふらとなんとなく過ごしているさわ子が少しずつちゃんと大人になろうとしているまさに成長への揺れ動きを描いているのです。
そのきっかけとなるのが森の存在であり、父親と向き合うことなのです。
まとめ
日活ロマンポルノとは、日活が1971年に打ち出した当時の映倫規定における成人映画のレーベルのことを指します。
日活ロマンポルノは、10分に1回絡みのシーンを作る、上映時間は70分程度などの制約を守りながら自由に制作し、数々のスタッフやキャストの登竜門となりました。
日活ロマンポルノ50周年を記念し、「ROMAN PORNO NOW」の一作目となった映画『手』は松居大悟監督らしい等身大の20代の男女の恋愛映画となっており、女優・福永朱梨が演じたことで、さらに若者でも見やすいロマンポルノに仕上がっています。
福永が見事に演じ切った、恋愛とも言えぬような年上男性へのさわ子の好奇心、そして、冷ややかな視線。さわ子は理解した上で、年上男性が喜ぶよう、気に入られるよう笑顔で接していました。
さらに25歳という年齢、大人になりきれないことに対する漠然としたさわ子の不安は、今を生きる若者たちにとっても無縁だとは切り離せず、ロマンポルノという枠にありながらも、同時に今の若者たちの姿を描く青春映画として成立しています。
さわ子を演じた福永朱梨は、さわ子と同じく20代であり、オーディションの前に原作を読み、何としてもさわ子を演じたいという強い気持ちで望んだといいます。
孤独な復讐者を演じた『彼女はひとり』(2021)や、『本気のしるし』(2020)では、森崎ウィンに一方的に想いを寄せる女性を演じインパクトを残した福永朱梨。
そんな福永朱梨が本作で演じたさわ子は、年上の男性に女の子扱いされても冷静で凛としています。しかし、どこか危なさのある女性です。
部長のいう、さわ子の少女らしさはまさにそのような危なさであり、言い方を変えればさわ子の危なさが年上の男性を惹きつけるとも言えるでしょう。
意志の強さと危なさを併せ持つさわ子という女性の魅力を福永朱梨が見事に演じ、観客を惹きつけます。
さわ子を通して感じる等身大の揺れ動きは、さまざまな時代の若者たちの等身大の性や、恋愛を描いてきた日活ロマンポルノを継承するものです。
今の時代にあった「ROMAN PORNO NOW」プロジェクトの一作『手』は等身大の若者、そしてその時代を経験してきた人々に突き刺さる映画でしょう。