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Entry 2019/04/05
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中川奈月映画『彼女はひとり』あらすじと感想レビュー。福永朱梨が演じた「嫌い」がもたらす苦痛の物語|ちば映画祭2019初期衝動ピーナッツ便り6

  • Writer :
  • Cinemarche編集部
  • 河合のび

ちば映画祭2019エントリー・中川奈月監督作品『彼女はひとり』が3月31日に上映

「初期衝動」というテーマを掲げ、2019年も数々のインディペンデント映画を上映するちば映画祭。

そこで上映された作品の一つが、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018国際コンペティションに唯一選ばれた日本映画にしてSKIPシティアワードを受賞した中川奈月監督の映画『彼女はひとり』です。

他者の「好き」に苦しめられ、「嫌い」に囚われてしまった、ある一人の少女の物語です。

【連載コラム】『ちば映画祭2019初期衝動ピーナッツ便り』記事一覧はこちら

映画『彼女はひとり』の作品情報


© 彼女はひとり

【公開】
2018年(日本映画)

【脚本・監督】
中川奈月

【キャスト】
福永朱梨、金井浩人、美知枝、山中アラタ、中村優里、三坂知絵子、櫻井保幸、榮林桃伽、堀春菜、田中一平

【作品概要】
過去の出来事、そして亡霊の幻影に囚われ苦しむ女子高生の少女が、幼馴染の同級生をはじめ、他人を攻撃することで自らの危うい生を保とうする姿を描く。

中川監督が立教大学大学院映像身体学研究科の修了作品として制作し、その後は東京藝術大学大学院で学びながらも、2018年に現在の形へと完成を迎えた、初の長編作品です。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018国際コンペティションに唯一選ばれた日本映画であり、同映画祭にてSKIPシティアワードを受賞されるなど高い評価を得ました。

撮影は、黒沢清監督、深田晃司監督、沖田修一監督といった名監督の数多くの作品を手掛けてきた芦澤明子。

主人公・澄子役は、本作での力強い演技によって映画祭に訪れた多くの観客を圧倒し、同じくちば映画祭2019にて上映された亀山睦実監督の映画『恋はストーク』でも主演を務めた女優の福永朱梨です。

中川奈月監督のプロフィール


©︎Cinemarche

立教大学文学部を卒業後、ニューシネマワークショップへ入学し映画制作を開始。

その後は立教大学大学院映像身体学研究科へ入学し、修了作品として『彼女はひとり』を制作。東京藝術大学大学院で学びながらも2018年に現在の形へと完成させた同作は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にてSKIPシティアワードを受賞しました。

また東京藝術大学大学院映像研究科の実習内で制作した作品『投影』は、2018年のイラン・ファジル映画祭にて上映されました。

映画『彼女はひとり』のあらすじ

高校生の澄子はある出来事が原因で橋の上から身を投げたものの、その自殺は未遂に終わりました。

死の淵から生還し数ヶ月ぶりに学校へ戻って来た澄子は、やがて幼馴染の男子生徒・秀明を脅迫し始めます。

彼は教師である波多野と密かに交際しており、澄子はその秘密を握っていたのです。

他者を攻撃し、拒絶し続ける澄子。それは止まることを知らず、エスカレートしてゆきます。

映画『彼女はひとり』の感想と評価

主人公・澄子は、自殺未遂した自分に対する上っ面の善意や優しさを徹底的に拒絶し、秀明や自身の父親といった周囲の多くの人間を攻撃し続けます。

彼女のそんな様子は、観客たちの心すらも攻撃し得る程の痛ましさに満ちています。

その強力なエネルギーは一体何から生じているのか。それは、他者、そして自身に向けられる「嫌い」という感情に他なりません。

本作では、登場人物の殆どが、ある他者に対して「好き」という感情を抱いている姿が描かれています。

しかしながら、澄子はその「好き」という感情を、自らの絶望や憎悪の源、「嫌い」という感情にして強力なエネルギーの源として捉えます。

「好き」という感情が孕む独善性、「好き」という感情がもたらし得る破壊を彼女は「嫌い」、その感情を抱いてしまった人々、従ってしまった人々を攻撃しようとするのです。

ですが、澄子は決して、自ら「嫌い」という感情を心の内に生み出し、囚われていったわけではありません。

彼女が心の内に「嫌い」という感情を生み出し、囚われていくことを「強いられた」きっかけには、他者が抱いてしまった「好き」という感情が深く関わっているのです。

「好き」という感情は、澄子が自殺しようとした原因にどのような形で関わっているのか。

そもそも、「好き」とは一体何なのか。そしてそこから生まれる「嫌い」とは、一体何なのか。

その答えは、本作を鑑賞することで辿り着くことができます。

他者の「好き」によって、「嫌い」が生み出されることもある。そして、不可逆な破壊をもたらしてしまう。

そんな残酷な真実を、映画『彼女はひとり』は、澄子という一人の少女が味わう苦痛に満ちた生、そして映画の中の登場人物である彼女に対する誠実さをもって描き出したのです。

まとめ

繰り返し言いますが、「嫌い」を撒き散らしていく澄子の姿は、それをスクリーン越しに傍観しているはずの観客たちすらも映画の中に、彼女の「嫌い」の中に飲み込んでしまいかねない程の痛ましさがあります。

それ程までに強力なエネルギーを孕む本作を鑑賞することは、決して安全な行為とは言えません。寧ろ、多少の差はあれど、観客たちも「傷」を負うことは避けられない危険な行為と言えるでしょう。

ですが、その「傷」を負ってでも鑑賞するだけの意味が、映画『彼女はひとり』にはあります。

何故なら、「好き」という感情も、「嫌い」という感情も、人間が「人間」という存在である限りどうあがいても直面しなくてはならない重大な問題であり、それに対する答えの一例、痛ましくも確かな答えを本作は提示してくれているからなのです。

【連載コラム】『ちば映画祭2019初期衝動ピーナッツ便り』記事一覧はこちら

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