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Entry 2020/07/23
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映画『鬼手』評価考察と内容解説。リ・ゴン監督が描く韓国囲碁世界のアクション劇|コリアンムービーおすすめ指南18

  • Writer :
  • 西川ちょり

人生が「遊び場」になるか、それとも「生き地獄」になるか、2つに一つだ!

韓国映画『鬼手』が2020年8月7日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋他にて全国順次公開されます。

囲碁の「静」とアクションの「動」が一体となるユニークで独創的な物語が展開。主演の棋士にはクォン・サンウが扮し、見事な肉体とアクションをみせています。

全てを失った孤高の棋士が姉を死に追いやった最強棋士に復讐を誓うヴァイオレンス・ノワールです。

【連載コラム】『コリアンムービーおすすめ指南』記事一覧はこちら

映画『鬼手』の作品情報


(C)2019 CJ ENM CORPORATION, MAYS ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED

【日本公開】
2020年公開(韓国映画)

【原題】
신의한수:귀수편(英題:THE DIVINE MOVE 2: THE WRATHFU)

【監督】
リ・ゴン

【キャスト】
クォン・サンウ、キム・ヒウォン、キム・ソンギュン、ホ・ソンテ、ウ・ドファン、ウォン・ヒョンジュン

【作品概要】
「探偵なふたり」シリーズや『ラブ・アゲイン 2度目のプロポーズ』のクォン・サンウが孤高の天才棋士に扮し、復讐のため囲碁バトルを繰り広げるヴァイオレンス・ノワール。2014年の作品『神の一手』(チョ・ボムグ)のスピンオフ作品として制作されました。

『アジョシ』(2010)のキム・ヒウォン、『ゴールデンスランバー』(2010)のキム・ソンギュンなどが脇を固め、さらに次世代スター、ウ・ドファンが父の復讐のためクォン・サンウを狙う人物を演じます。様々な短編映画で評価を受けてきたリ・ゴンが本作で長編映画監督デビューを果たしています。

映画『鬼手』のあらすじ


(C)2019 CJ ENM CORPORATION, MAYS ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED

父は自ら命を絶ち、母にも捨てられた少年グィスは、姉とふたりで、プロ棋士のファン・ドギョンの家で下働きをすることでなんとか生計をたてていました。

しかし、ある日、ファン・ドギョンの悪行を苦にして姉が自死してしまいます。

天涯孤独の身になってしまったグィスはあてもなく旅に出ますが、ひったくりに合い、無一文になってしまいます。

途方にくれたグィスは碁会所で、生前の父から学んだ囲碁の腕を生かし、勝負を挑むことにしました。大人たちを次々と負かしていくグィス。周りから驚きの声があがります。

そんな彼をじっと見つめている男がいました。男はホ・イルドという名の一匹狼の棋士でした。

ホ・イルドはグィスに声をかけ、グィスも彼について行くことにしました。山寺での猛特訓により、グィスの碁の腕はみるみるうちに上達し、碁盤を使わず、頭の中で座標を覚えていくという技まで習得するにいたります。

ホ・イルドと共に下山したグィスは彼の賭け碁の手助けをし、裏社会の棋士たちから金をまきあげていきますが、ある日、ホ・イルドが、掛け金を払いたくない対戦相手に襲われ、殺害されてしまいます。

再び天涯孤独になったグィス。彼はたったひとりで、囲碁の腕を磨き、肉体を鍛え、逞しい大人へと成長していきました。

姉を死に追いやった冷酷な最強棋士ファン・ドギョンへの復讐を果たすため、 人生のすべてをかけた最後の闘いに身を投じようとしていました……。

映画『鬼手』の解説と感想


(C)2019 CJ ENM CORPORATION, MAYS ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED

『神の一手』のスピンオフ作品

映画『鬼手』は、賭け碁の世界を血なまぐさい復讐劇として描いた2014年の大ヒット作『神の一手』(チョ・ボムグ)のスピンオフ作品として制作されました。

『神の一手』は、兄に頼み込まれて賭け碁の手助けをするはめになったチョン・ウソン扮するプロ棋士・テソクが、賭けの元締めたちの罠にはまり兄を殺された上、兄殺しの罪をかぶせられ投獄されるところから物語がスタートします。

テソクは、独房に入れられた際、隣の顔もわからない囚人と壁越しに碁を打ち、その圧倒的な強さに驚嘆します。「鬼手(グィス)」と呼ばれる謎の男は作中一切姿を見せることなく、強烈な印象を残しました。

映画『鬼手』はその謎の人物“グィス”を主人公とした作品です。不幸な幼年期、師匠との出逢い、長期に渡る厳しい訓練と、まるで武侠映画のごとく物語は展開していきます。

『神の一手』の囲碁とアクションの合体というユニークな世界観、復讐劇というテーマを踏襲しつつ、残虐なシーンは抑えめに、代わりにさらなる奇想天外、荒唐無稽なエンターティンメント要素が加わりました。

『神の一手』のチョン・ウソン、アン・ソンギという韓国を代表するスター俳優に匹敵する俳優として選ばれたのは「探偵なふたり」シリーズや、『ラブ・アゲイン 2度目のプロポーズ』(2019/パク・ヨンジプ)のクォン・サンウです。

クォン・サンウは2004年の作品『マルチュク青春通り』(ユ・ハ)において、1970年代の軍事政権下のソウルで、ブルース・リーに憧れる高校生を演じ、公開当時、その鍛え上げられた肉体が話題になりました。

トレーニングをかかさず、完璧な筋肉の持ち主として知られる彼ですが、『鬼手』に出演するにあたって、さらなるトレーニングを積み、6キロ以上の筋肉を増量、体脂肪を9%近くに絞るという驚異的な肉体を作り上げました。

囲碁もプロの棋士の指導を受け、アクションの指導と交互に行われたといいます。囲碁の世界の「静」と殺し合いともいえるバトルの「動」が同時に存在する映画の世界さながらの風景が見えてきます。

独創的な「囲碁世界」の魅力


(C)2019 CJ ENM CORPORATION, MAYS ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED

囲碁といえば、頭脳を使って、静かに対局するものというイメージがありますが、『鬼手』の世界では、囲碁は生きるか死ぬかの激しいバトルです。占い師との対戦で負けたものは、手首を切られる運命にあります。

プロの棋戦とは違い、この作品に登場する棋士たちは、賭け碁に従事するヤクザな世界の住人たちです。

その中には実際に碁を打つものが、隠されたワイヤレスカメラやイヤフォンを駆使して遠く離れた強い打ち手の助言を得て勝負をすすめるという「いかさま」も含まれています。

グィスの師匠もグィスを影の打ち手として連勝を重ね、対戦相手から無情に金を巻き上げていました。「金」のために「命」をかけるような世界なのです。

そんな彼らですから、囲碁の世界以外に生きる道はなく、どこに出かけても囲碁を打つ人間しか登場しないのですが、それが次第に、まるで、国中、どこにいっても囲碁しかなく誰もが囲碁を打つ世界のように見えてきます。

『神の一手』では、チョン・ウソンが相手の懐に飛び込むために麻雀に参加する場面がありますが、『鬼手』は囲碁しか出てきません。

普通の碁会所のような囲碁サロンだけでなく、入れ墨持ちの打ち手の試合を取り仕切る囲碁喫茶のようなものが出てきたり、なぜか鉄橋の上に碁盤を置いて勝負し、電車が来て、宙吊りになっていたり、殺人マシーンとなる囲碁盤まで登場します。

ソウルや釜山という名前は出てきますが、リアルな韓国というよりは、囲碁が生活の主体となったパラレルワールドの韓国を舞台としているかのような面白さがあります。

黒と白ではなく、ガラスのような透明の碁石通しの対戦もあり、その透明な表面に過去の悲惨な想いや決意が浮かびあがるという非常に凝った映像もみどころのひとつです。

壮絶なアクションシーン


(C)2019 CJ ENM CORPORATION, MAYS ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED

グィス少年が成長した姿をみせる、クォン・サンウ初登場シーンでは、彼は逆さまに宙吊りになって体を鍛えており、逆さのまま、囲碁盤に印を入れていきます。

このショットは、本作品の特色のすべてを表現しているといえるほど、象徴的なものです。囲碁と体を鍛えることは同列の意味があります。何しろヤクザな世界ですから、常に命を狙われ、ヤワな人間は生き残ることができないからです。

本作では様々なバトルシーンが設けられています。溶鉱炉が煮えたぎる鋳造工場でのアクション(ここでも囲碁をしています!)では、ウ・ドファン扮する青年が、父の敵とばかりにグィスを襲います。

キム・ヒウォン扮するグィスの相棒が炉の上に吊るされるという絶体絶命のシチュエーション、工場の段差を使った激しいアクションなど、工場という場所だからこそ味わえるはらはらした臨場感がたまりません。

さらにもっと強烈なトイレバトルも登場します。トイレバトルといえば、『ミッション:インポッシブル フォールアウト』(2018/クリストファー・マッカリー)のトム・クルーズと謎のアジア人の闘いや、『犯罪都市』(2017/カン・ユンソン)のマ・ドンソクとユン・ゲサンの死闘などが思い出されます。

“トイレバトルがあるアクション映画は傑作”という説まで囁かれる昨今、本作のバトルも上記2作に負けないものになっています。何が武器になるのかは、是非スクリーンでお確かめください。

このような試練を越えて、グィスは本当の目的である復讐への道を歩んでいきます。

まとめ


(C)2019 CJ ENM CORPORATION, MAYS ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED

荒唐無稽なストーリー展開とは裏腹に、ひたすらストイックに、シリアスに進んでいく物語ですが、ただひとり、キム・ヒウォン扮する人物だけは、一種の清涼剤のような役割を果たしています。

何しろ、この人物はあまり碁が強くなく、自分でも「観る方専門」と名乗っているように、この世界では稀有な存在だからです。

キム・ヒウォンは、『アジョシ』(2010/イ・ジョンボム)などに見られるような実にいやな悪役をこなすかと思えば、『名もなき野良犬の輪舞』(2017/ビョン・ソンヒョン)では気のいい(がゆえに悲劇的な)甥っ子役を務めるなど、幅広い演技をこなす名バイプレイヤーとして知られています。

師匠がグィスに彼のことを紹介する時、「なんの役にもたたないが」と言っており、実際そのとおりなのですが、復讐のマシーンとして生きることを誓ったグィスにとっては、彼の人間らしさはとても貴重なものです。

グィスの師匠、ホ・イルドを演じたのは、『悪いやつら』(2012/ユン・ジョンビン)をはじめ、燻し銀の演技を見せる名優キム・ソンギュン。

ほかにも『犯罪都市』のホ・ソンテなど個性派俳優が顔を揃え、囲碁とアクションという特異な世界を実に魅力的なものに作り上げました。

ちなみに『神の一手』を観ていなくても、独立した至高のエンターティンメント作品として十分に楽しむことができますので、ご安心ください。

映画『鬼手』は、シネマート新宿、シネマート心斎橋他にて2020年8月07日(金)より全国順次公開されます!

次回のコリアンムービーおすすめ指南は…


(C)2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

クォン・サンウ主演の『ヒットマン エージェント:ジュン』を取り上げる予定です。

お楽しみに。

【連載コラム】「コリアンムービーおすすめ指南」記事一覧はこちら



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