山西竜矢監督が前原滉主演で描く不条理な世界の恋物語
演劇ユニット「ピンク・リバティ」の代表で、劇作家・演出家として活躍する山西竜矢の長編デビュー作『彼女来来』。山西監督がオリジナルで脚本も務めています。
「MOOSIC LAB[JOINT]2020-2021」で準グランプリを受賞しました。
『あゝ、荒野』(2017)の前原滉、舞台やドラマを中心に活躍する天野はな、『あなたの番です 劇場版』(2021)の奈緒が出演。
映画『彼女来来』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
山西竜矢
【出演】
前原滉、天野はな、奈緒、村田寛奈、上川周作、中山求一郎
【作品概要】
劇団子供鉅人のメンバーで演劇ユニット「ピンク・リバティ」の脚本・演出を手がける山西竜矢が映画監督に挑戦した不条理劇。
音楽×映画プロジェクトMOOSIC LAB[JOINT]2020-2021に参加し、準グランプリを受賞しました。
出演は『あゝ、荒野』(2017)『とんかつDJアゲ太郎』(2020)の前原滉、ドラマ『そして、ユリコは一人になった』の天野はな、『あなたの番です 劇場版』(2021)『僕の好きな女の子』(2020)の奈緒。
関西の異色人気バンド「Vampillia」のバイオリニスト・宮本玲が音楽を担当。
映画『彼女来来』のあらすじとネタバレ
キャスティング会社勤務の佐田紀夫には、交際3年目の田辺茉莉という恋人がいました。仲睦まじいふたりはオリジナルのでたらめ歌を歌いながら、手をつないで家路につきます。
夕食を一緒に食べ、疲れて眠る彼女の顔を優しくみつめる紀夫。
ある日、会社から疲れて帰った紀夫は、茉莉を呼びますが返事がありません。部屋で横になっていた彼女が起き上がり、無言で窓へ向かいカーテンを開けます。
夕陽が見えた後、紀夫が彼女の顔を見ると、そこにいたのは茉莉ではない別の女性でした。
驚いて「誰!?」と叫んだ紀夫に、彼女は「マリ」と答えます。うろたえながら茉莉の友達かと聞く紀夫に、彼女は「違うよ。私がマリ。家がないのでここに住む」と答えます。
紀夫は電話で事情を警察に話しますが、相手にされません。
必死にマリに出ていくよう説得する紀夫。茉莉はすぐに帰ると言う彼に、「本当に帰ってくるの?」とマリは聞き返します。紀夫が電話しても茉莉は出ませんでした。
翌朝、マリを外に連れ出して部屋の鍵を閉め、逃げるように紀夫は出社します。
映画『彼女来来』の感想と評価
阿部公房の世界にインスピレーションを得た不条理劇
カフカや安部公房が好きだという山西竜矢監督による不条理劇を描いたデビュー長編作『彼女来来』。安部の『砂の女』を意識したという本作では、迷宮を彷徨う内にそこに順応していく主人公が映し出されます。
俳優として活動する傍らで脚本・演出を独学で学んだ山西監督は16年に演劇ユニット「ピンク・リバティ」を旗揚げしました。
17年には脚本・監督した短編映画『さよならみどり』が第6回クォータースターコンテストでグランプリ受賞、20年には執筆エッセイが「ベスト・エッセイ2020」に選出されるなど多方面で活動の場を広げています。
主演の前原滉は独特の容姿が印象に残る実力派で、『あゝ、荒野』(2017)『とんかつDJアゲ太郎』(2020)などで活躍中です。最近では「タクシーアプリGO」のCMでも知られています。
ヒロイン・マリを演じるのはドラマ『そして、ユリコは一人になった』の天野ハナです。浮遊感がある彼女はマリにぴったりだということで、監督が直々にオファーしました。
もうひとりのヒロインである茉莉を演じた奈緒は、人気脚本家・野島伸司のアクターズスクールで演技を叩き込まれた実力派。ドラマ『半分、青い。』『あなたの番です』などで好演し注目を集めました。
友達同士だった天野と奈緒が一緒に山西監督の芝居を見に来たことがあり、並んでいた姿を見てどことなく似てるという印象を山西が感じたことが本作に生きたそうです。
音楽は、ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』も担当したVampilliaのヴァイオリニスト・宮本玲が担当。幸せと不穏が共存しているヴァイオリンの音色に山西監督が魅せられ、音楽と映像でセッションしているように感じながら制作したといいます。
劇に漂う不穏な空気がヴァイオリンによって見事に高められています。
謎の女・マリとキスしてしまった紀夫が普段通りの仕事をしながらも内面が大きく動揺していることを映し出すかのように、狂った転調をみせるヴァイオリンの音色はとても印象的です。
悲しくもたくましい人間の順応力
この作品の主人公の紀夫はキャスティング会社勤務の30歳のごく普通の男で、つき合って3年目になる魅力的な彼女の茉莉と仲睦まじく暮らしていました。
しかし、ある夏の日に窓からの強い夕陽を見た彼の前に、茉莉ではない別の女性・マリが姿を現します。
これまでのことは覚えていないというマリから「ここに住む」と言われた紀夫は、ワケがわからないまま必死で拒絶し続けますが、追い払ってもすぐに彼女は部屋に戻ってきてしまいます。
一方、恋人の茉莉は探しても探してもみつかりません。目撃された喫茶店をはじめ、バイト先や通っていた歯科医院などを訪れても、彼女の姿はありませんでした。
はねつけてもはねつけても紀夫のもとへと帰ってくる謎の女・マリを、紀夫は最終的に受け入れます。
紀夫と茉莉だけが知るでたらめ歌をなぜか知っていたマリ。そのことが彼の心を開くきっかけになったとはいえ、茉莉を探すことにもマリを追い払うことにも紀夫が疲れ果ててていたことが大きな理由だったことでしょう。
また、自分の前から突然消えた女性より、突き放しても尚、そばにい続けてくれる女性に安心感を抱いたに違いありません。
人はいなくなった相手をいつまでも待てるほど強くはありません。近くに代わりになってくれる人がいれば尚更です。
どんな厳しい状況にも順応してしまうのは、人間の弱さでもあり、強さでもあります。そんな真実を、見事に映し出した一作となっています。
まとめ
恋人の女性が一瞬にして別の人間に入れ替わってしまうさまを描いた不条理劇『彼女来来』。ファンタジーのような非現実の世界の中で、人間の悲しさ、逞しさの真実が色濃く映し出されます。
謎めいたわけのわからない環境の中だからこそ、人間の本質はあぶりだされるものなのかもしれません。
山西監督自らが長編1作目としてはすごく満足していると語り、今後は演劇とともに、映画にもっと力を入れていきたいと思えるようになったと語る作品です。
もし紀夫と同じことが自分に起きたならいったいどうしただろうかと想像しながら、摩訶不思議な世界を旅してください。