1960年の香港を舞台に、若者たちの屈折した恋愛模様をスタイリッシュに描く
今回ご紹介する映画『欲望の翼』は『恋する惑星』(1994)、『花様年華』(2000)のウォン・カーウァイ監督が、1960年代の香港を舞台に若者たちが織り成す、恋愛模様を描いた青春群像劇です。
本作は当時の香港映画のトップスター、レスリー・チャン、マギー・チャン、カリーナ・ラウ、アンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、そしてトニー・レオンの6人が共演したことでも話題となりました。
ヨディはサッカー場の売店で働くスーに声をかけ、2人は友達からやがてスーはヨディに恋に落ちます。しかしヨディは結婚をほのめかすスーを捨て、ナイトクラブのダンサーミミと付き合うようになります。
ところがこの2人の関係も長くはなく、ミミもヨディからふられます。ヨディの親友サブはそんなミミに密かに思いを寄せていました。
また、夜間巡回中の警官タイドがスーに職務質問し、次第に思いを寄せはじめますが、彼女はヨディのことを忘れられずにいます。
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CONTENTS
映画『欲望の翼』の作品情報
(C)1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.
【公開】
1992年(香港映画)
【監督・脚本】
ウォン・カーウァイ
【原題】
阿飛正傳(英題:Days of Being Wild)
【キャスト】
レスリー・チャン、マギー・チャン、カリーナ・ラウ、アンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、トニー・レオン
【作品概要】
定職にもつかず道楽な毎日をすごすヨディを演じるのは、『チャイニーズ・ゴーストストーリー』(1987)『さらば、わが愛 覇王別姫』(1993)のレスリー・チャンです。彼は本作で第10回香港電影金像奨にて、最優秀主演男優賞を受賞しました。
ヨディが口説き落とす女性スー役には、本作の出演を機に演技派女優の頭角を現し、続編『花様年華』(2000)にも出演したマギー・チャンが演じます。
スーを捨て次に口説いた踊り子のミミ役には、映画『真・三國無双』(2021)のカリーナ・ラウ、巡回中、傷心のスーを見かけ声をかける警察官タイド役に「インファナル・アフェア」シリーズ、『バーニング・ダウン 爆発都市』(2022)のアンディ・ラウが演じました。
本作は第10回香港電影金像奨で最優秀作品賞・最優秀監督賞、第28回金馬奨でも最優秀監督賞を受賞しました。
映画『欲望の翼』のあらすじとネタバレ
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1960年の香港。サッカー競技場の売店の売り子を口説こうと、青年が近づき名前を尋ねます。彼女は教えたくないと拒みますが、彼は名前を知っていると“スー・リーチェン”だと答えて、「夢で会おう」と告げて去っていきます。
翌日スーが寝不足ぎみで売店にいると、再び青年が売店に来ます。スーは夢で会えなかったと訴えると、青年はスーを見て「眠ってないな。眠れば会えるぜ」と言います。
夕方、スーは売店で居眠りをしてしまいます。その寝顔は何か良い夢でも見ているように、微笑んでいました。
次の日も青年はスーに会いに来ます。掃除をしているスーに「きれいだ」と言い、彼女は戸惑いながら何の用なのか聞くと、「友達になろう」と答えます。
スーが断ると青年は彼女に腕時計を1分だけ見るよう言います。時計は3時を指しスーが1分経ったというと、今度は何日かと尋ね、スーは16日と教えます。
「1960年4月16日3時1分前、君は俺といた。俺はこの1分を忘れない」と真剣なまなざしで、“1分間の友達”になれたことは否定できないと、言って去っていきます。
翌日から青年は毎日売店に来て、1分間から2分間の友達になり、やがて1時間の友達になり、スーは彼の部屋を訪れるようになりました。
ある日、従妹の部屋を間借りしていたスーは、従妹の結婚を機に部屋を出なくてはならないと言い、彼と一緒に住みたいと願うと彼は快諾します。
しかし、喜びも束の間、スーが父親に彼との関係を話すと言うと、「どんな関係だ?」と不快感を示します。
彼女は“結婚”を意識していましたが、彼にはその気がないと知り、傷ついたスーは2度とここには来ないと言い残し、部屋を出ていきました。
スーがいなくなっても彼は気にすることもなく、窓のブラインドを指で下げると彼女が去るのを見送りました。
青年が実家に立ち寄ると、慌てた家政婦が母親が浴室で酔いつぶれていると教えます。彼は母親をベッドに運び、家政婦に“今の男”は誰か聞きます。
彼はナイトクラブの楽屋で、母親の若いツバメにイヤリングを盗んだと因縁をつけ、殴る蹴るの暴行を加え、2度と近づくなと脅します。
青年は一部始終を見ていた店のダンサー、ミミに目を付けイヤリングをあげると誘い出し、彼女と一夜を共にします。
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映画『欲望の翼』の感想と評価
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映画『欲望の翼』は何不自由なく育てられたヨディが、18歳の時に母親が実の母ではないことを知らされ、屈折した生き方をしてしまう物語です。
養育費の送金が終わるのを機に、なぜ養母はそのことを話したのか? いくつか考えが浮かびます。
親の金をあてにし、好き放題に暮らすヨディに働くきっかけを与えようとした。または、ヨディに養ってもらうことに期待をしたから。どちらともとれます。
養母にとってヨディは、育てている間は養育費目当ての存在で、養育費の送金が止まっても、それまで育てた恩を感じれば、養うのも当然と考えたからです。
しかし、彼女の思惑に反してヨディは、執拗に実母の所在を知りたがり、養母を養う気もなく、ただ憎しみだけを増幅させる、屈折した青年になってしまいました。
実母が自分を捨てた理由も知らぬまま、愛されているのかいないのか、真実もわからず思いだけが募っていました。
養母は生活に困らぬよう、お金だけ渡し愛情を注いで育てたわけではないことが、ヨディの養母や出会った女性達への薄情さで物語っていました。
ヨディにとってスーの存在は、穏やかで平穏な時間を与えてくれました。それと同時に儚く崩れ去る恐れも感じ、スーを幸せにし守っていく自信を喪失させます。
ミミの方が養母により近く、楽な気持ちで付き合えたのだと思いますが、それはそれで養母の影から逃れられない、嫌悪感でもありました。
ヨディは実母に会うことで何が変わると思ったのでしょうか? 実母に自分への愛を感じれば、自分にも人を愛する感情が芽生えると、期待したのでしょう。
レスリー・チャンに“ヨディ”の影を見る
ヨディ役のレスリー・チャンは香港の裕福な家庭に生まれます。両親が多忙だったため祖母の家に預けられたレスリーは、乳母に育てられます。何不自由なく暮らしますが、家族と一緒の時間はあまりありませんでした。
1976年、レスリーは歌謡コンテストで優勝したことをきっかけに、芸能活動を開始します。その下積み時代に親しい女性から裏切られ、経済的にも苦労をして生活は乱れました。
このような経験が愛に不信感のあるヨディの影と重なり、そのままレスリーにあてはまったのでしょう。彼はこのヨディ役で最優秀男優賞を受賞しました。
また、その後歌手として成功を収めたレスリーですが、アイドルとしての人気レースに疲れ、歌手を引退し俳優に転身しました。
俳優としても頭角を現したレスリーは、ヒット作にも恵まれ順風満帆さを感じさせましたが、飛ぶのを止めない鳥のような彼は、うつ病を発症し2003年に自ら命を絶ってしまいます。
多くの映画に出演してきたレスリー・チャンですが、彼の人生を鑑みるとヨディ役は、特にはまり役だったと感じさせます。
ラストシーンで登場した、トニー・レオン演じる男は?
ラストシーンで唐突にトニー・レオンが登場し、カジノディーラーなのか?賭けカードをしに出かけるのか、多額の現金と新品のカードを持って出かけます。
これは何を意味するのでしょうか?『欲望の翼』は当初2部作になる予定で、後半はトニー・レオンを主役にした話が展開する予定でした。
しかし、時間と予算の都合で割愛する形になりました。そして、トニー・レオンを主演に「1960年代シリーズ」の2作目となる、『花様年華』(2000)が制作されました。
『欲望の翼』は1960年が舞台で、『花様年華』(2000)は1964年が舞台になっています。前作のキャラクターや職業が一部引き継がれるのがこのシリーズです。
本作にはスーの商社勤めの従妹が、結婚するという話が出てきます。『花様年華』(2000)には商社勤めのチャンが登場するので、スーの従妹はチャンなのでは?と想像させます。
ラストに登場したトニーが演じた男性の要素は、『花様年華』(2000)には反映していないと考えますが、3作目の『2046』(2004)に何か通じるのか?と、気にさせる終わり方でした。
まとめ
(C)1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.
『欲望の翼』は、1960年の香港が舞台の青春群像劇でした。母親の愛を知らずに育った青年が、“愛”を捜し求め飛び続けた物語でした。
「脚のない鳥は既に死んでいた」というのは、“愛のない心は既に死んでいる”と取ることもできます。ヨディが女性と付き合っている時は、風の中で眠るようなことだったのでしょう。
しかし、気を許した瞬間に“裏切られる”、そんな疑心暗鬼もありました。彼はけして一つどころに留まることなく、ホバリングするように生きていたのです。
ヨディは養母がアメリカに渡ったと思いアメリカを目指します。しかし、彼がアメリカへ行けたとしても、養母は若い恋人と香港に残ったと考えると、再会することは一生なかったでしょう。
死ぬ間際に何が見えるのか知りたいと、ヨディは目を開けたまま絶命します。彼の目に浮かんだのはスーの顔でしょうか? 憎んだ養母の顔が浮かび、少しは後悔したのでしょうか。
ヨディを中心に巡る若い男女の恋愛模様は、すれ違いに終わりますが、唯一残された希望はタイドとスーの関係です。
タイドが香港に帰った時、彼がサッカー競技場へ向かい、その時にスーがまだ働いていれば、2人の間には欲望のない、平穏な愛が芽生えると思えるからです。