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【ネタバレ】潜水服は蝶の夢を見る|感想解説とあらすじ結末の評価考察。実話を基に“閉じ込め症候群”に陥った主人公の“世界へ飛び立つ瞬き”を映す

  • Writer :
  • 谷川裕美子

全身麻痺の男。たった一つ残された左目が、世界の扉を開く。

「ELLE」の元編集長ジャン=ドミニク・ボビーの奇跡の自伝を、『バスキア』(1996)『永遠の門 ゴッホの見た未来』(2019)のジュリアン・シュナーベル監督が映画化したヒューマンドラマ。

脳梗塞で倒れ「閉じ込め症候群」に陥ったことで全身の自由を失った男性が、左まぶたの瞬きだけで自伝を綴った実話を、ユーモアと詩情あふれるタッチで描いた感動の人間賛歌です。

苦しみを乗り越え、愛する人々の力を借りながら、自分の人生を再び手にしていく主人公の姿を描く本作の魅力をご紹介します。

映画『潜水服は蝶の夢を見る』の作品情報


(C)Pathe Renn Production-France 3

【日本公開】
2008年(フランス・アメリカ合作映画)

【原作】
ジャン=ドミニク・ボビー

【監督】
ジュリアン・シュナーベル

【脚本】
ロナルド・ハーウッド

【キャスト】
マチュー・アマルリック、エマニュエル・セニエ、マリ=ジョゼ・クローズ、アンウ・コンシニ、オラツ・ロペス・ヘルメンディア、ジャン=ピエール・カッセル、マリナ・ハンズ、マックス・フォン・シドー、イザック・ド・バンコレ、エマ・ド・コーヌ、パトリック・シェネ、ニエル・アレストリュプ

【作品概要】
『ELLE』の元編集長ジャン=ドミニク・ボビーの奇跡の自伝を原作に、『バスキア』(1996)『永遠の門 ゴッホの見た未来』(2019)のジュリアン・シュナーベル監督が映画化。

全身麻痺となった男性が「左まぶたの瞬き」だけで自伝を綴った実話を、ユーモアをたたえながら描いた本作は「記憶と想像力があれば、人は前を向いて生きていける」という真実を描いた人間賛歌です。

出演はマチュー・アマルリック、エマニュエル・セニエ、マリ=ジョゼ・クローズなど。2007年カンヌ国際映画祭で監督賞・高等技術賞を受賞した他、数々の映画祭で高く評価されました。

映画『潜水服は蝶の夢を見る』のあらすじとネタバレ


(C)Pathe Renn Production-France 3

ファッション誌「ELLE」の編集長として順調な人生を送っていたジャン=ドミニク・ボビー。ところがある日、ボビーは脳梗塞によって突然倒れます。

長き昏睡状態から目覚めたものの、全身麻痺状態ながらも意識と記憶は正常にある意識障害「ロックトイン・シンドローム(閉じ込め症候群)」に陥ったボビーは、「左目のまぶた」しか動かせなくなりました。

美人の言語療法士アンリエットと理学療法士のマリーが担当につきました。「はい」は1回、「いいえ」は2回左目の瞬きを返すというルールのもと、ボビーは少しだけコミュニケーションをとれるようになります。

麻痺して瞬きができなくなった右目は、角膜潰瘍を防ぐために縫い閉じられてしまいます。ボビーの心の内での悲鳴は、誰にも届きませんでした。

車椅子で病室の外に出たボビーは、ガラスに映った自分の変わり果てた姿を悲しい思いで見つめます。ボビーの3人の子どもたちの母親である元恋人のセリーヌが、面会に訪れていました。

「子どもたちが会いたがっている」と言われますが、ボビーは会いたくないと答えます。「今の彼女は会いに来たのか」と聞くセリーヌに、ボビーはノーと答えました。セリーヌにキスされたボビーは涙をこぼします。

アンリエットが、使われる頻度順にアルファベットが並んだ文字盤を持ってきました。

彼女が文字を読み進め、伝えたい単語の文字をボビーが瞬きで反応し会話しようと試みますが、それはとても難しいものでした。ボビーは一人にしてほしいと願わずにいられませんでした。

理学療法士のマリーとは、口や舌を動かす練習をしました。「ELLE」の愛読者である彼女は、お世話できて光栄だと言い、毎日回復を祈っていると話します。

旧友のピエール・ルッサンが面会に来ます。以前ボビーに席を譲ってもらい飛行機に乗った彼は、ハイジャックに襲われベイルートで4年間人質として牢に入れられた経験がありました。

「自分の中にある人間性にしがみつけば、精神異常にならず生きられる」という彼の言葉は、重くボビーの胸に響きます。罪悪感から一度もピエールに電話しなかった自分を、ボビーは深く恥じました。

献身的なアンリエットに、ある日「死にたい」と伝えたボビー。彼女はひどく怒って部屋を出ていきましたが、すぐに戻ってきて、言い過ぎたことを謝りました。

自由を奪われたボビーは、潜水服で潜っている夢を何度も見ていました。

会話の練習を再開したボビーが感謝を伝えると、アンリエットは笑顔に。彼はもう、自分を憐れむことをやめました。

「自分に残されている想像力と記憶で、潜水服から抜け出せる」と思えるようになった彼の脳裏には、蝶が美しく羽化する姿が浮かび上がります。

彼はイマジネーションで、時や場所を越えていきます。なりたかった自分になれると信じられるようになりました。

アンリエットはボビーの代わりに、彼が本の出版を約束していた相手ベティ・ミアレに電話をかけました。そして「自伝本を出版したい」と伝え、彼の言葉を書き留めてくれる人を誰か送ってほしいと頼みます。

ベティはその願いを受け入れ、若い女性クロード・マンディビルを送り出します。

ボビーは毎日書く内容を考えて暗記し、8時からクロードと仕事を進めるようになります。潜水服を着ているかのように体が動かないまま、ボビーは孤独の彼方に漂流する者の目で、旅の手記を書き進めます。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには映画『潜水服は蝶の夢を見る』ネタバレ・結末の記載がございます。映画『潜水服は蝶の夢を見る』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)Pathe Renn Production-France 3

ボビーはスピーカー付きの電話を、病室に設置してもらいました。頭や舌も少しですが動かせるようになり、食事の特訓も始まります。

ボビーは脳梗塞で倒れる前に父に会いに行き、ひげを剃ってあげました。プレイボーイだった父は、今でも亡くなったボビーの母が恋しいと話し、ボビーもセリーヌと結婚すべきだったと言いました。そうすれば簡単には別れなかっただろう、と。

父から「お前を誇りに思う」と言われたこと、そして父に認められると安心できたことを思い出したボビーは、自分の子どもたちに会いたくなりました。

父の日、ボビーは砂浜で子どもたちと再会しました。「壊れたパパでも、子どもたちにとってはパパなのだ」と実感するボビー。セリーヌは本を書くボビーを、すばらしいと褒めました。

ボビーの現在の彼女が未だ会いに来ていないことを知り、セリーヌは呆れます。セリーヌも文字盤のアルファベットすっかり覚え、ボビーと問題なく会話できるようになっていました。

変わらぬユーモアに笑ったり、ひどい自虐の言葉に怒ったりするセリーヌ。子どもたちを交えて、その後も会話を楽しみます。

子どもたちは歌を歌ってから、パパにさよならのキスをして帰っていきました。父親でありながら子どもたちを抱きしめられない悲しみを感じながらも、姿を見られる幸せをかみしめるボビー。「すばらしい一日だった」と彼は思いました。

スタッフがいない静かな日曜日を恐れていたボビーでしたが、あるとき敬虔なキリスト教徒でもあるマリーが、彼を教会に連れていきました。信者ではない彼をルルドへ誘う神父とマリー。ボビーは空想の中で、ルルドを訪れます。

ある日、ボビーの父が電話をかけてきました。父の声を聞いて、ボビーは涙をこらえます。会いたいと言って、父も涙をこぼしました。

アパートから一歩も出られない自分も、お前と同じロックトイン・シンドロームだと言います。すっかり忘れっぽくなったはずの父は、息子の誕生日を覚えていました。答えを返せない息子と話す父のつらさを、ボビーは思いやります。

後日、ボビーの子ども時代の写真が、父からプレゼントとして送られてきました。セリーヌが父の封筒を開けてくれます。そこに、ボビーの現在の恋人イネスから電話がかかってきました。

イネスは病院のある駅までは行ったものの、つらくて引き返してしまったと明かし許しを乞います。通訳のために残っていたセリーヌは、ふたりに頼まれて少しだけ席を外しました。

イネスは今まで以上にボビーを愛してると言いながらも、今のボビーではなく以前のボビーに会いたいと話して泣き始めます。彼女に「会いにきてほしいか」と聞かれたボビーは「毎日待ってる」と答えました。戻ってきたセリーヌが、電話を切りました。

普段は夢を覚えていないボビーでしたが、忘れられない夢がありました。そのことに不吉な予感を抱きます。ですが、奇跡的に歌えるようになったことで少し前向きになれました。

たまに聞こえる心臓の鼓動は、蝶の羽音です。ボビーはよくなっている実感を感じていましたが、肺炎を起こしてしまいます。

彼の心は、脳梗塞で倒れた日の記憶に戻っていきました。

新車に息子を乗せて劇場に向かっていた途中、体調に異変を感じたボビーは車を止めます。息子は驚き叫んでから、車から飛び出して助けを呼びにいきました。ボビーは「芝居はキャンセルして、明日行けばいい」と考えながら意識を失いました。

とうとうボビーの本が完成しました。中には「子どもたちがたくさんの蝶と出会えますように」という言葉と、執筆に協力してくれたクロードへの感謝の思いが書かれていました。

セリーヌはすばらしい書評が載ったことに喜び、ボビーに読んでやりました。「瞬きだけで見事な本を書き上げた。孤独の彼方に漂流する者の感動的な魂の記録だ。」

ボビーは1997年3月9日に死去しました。自伝『潜水服は蝶の夢を見る』が出版されてから、わずか10日後のことでした。

映画『潜水服は蝶の夢を見る』の感想と評価


(C)Pathe Renn Production-France 3

左目の「瞬き」が起こした奇跡

ごく普通の男性に降りかかった悲劇を、温かくユーモラスなタッチで描いたヒューマンドラマです。

主人公ボビーは人気フッション誌「ELLE」の編集長で、恋多き男として楽しく華やかな人生を送ってきました。しかし、ある日脳梗塞で倒れ、全身麻痺となり左目のまぶた以外がまったく動かせなくなってしまいます

瞬きができなくなった右目は、感染症を防ぐために縫い閉じられてしまいました。ボビーは正常な意識と記憶を持ちながらも、肉体の檻に閉じ込められてしまいます。

しかし、絶望のどん底に突き落とされながらも、たったひとつだけ残された左まぶたが数々の奇跡を起こします

すべての体の機能を失われた中で、左目だけが無事だったこと自体が大きな奇跡だったと言えるでしょう。彼の左目は世界と彼をつなぐ扉となりました。

彼は瞬きで、自分の思いや考えを相手に伝えることができるようになります。「想像力」と「記憶」こそが自分を檻から解き放つ力になることに気づいたボビーの心は、蝶のように軽やかに世界を飛び回るようになりました。

彼の左目は、暗闇の中にさす一筋の光を逃さず受け止めます。ボビーはまぶしい煌めきを大切に慈しみ、人生を満たしていきました

元々とても明るく陽気だったボビーは、動けない彼を見た電話業者が言った「電話を無言電話に使うのかも」というブラックジョークを聞いて、心の中で大笑いします。そして、笑わずに怒るアンリエットを見て、彼女にはユーモアが通じないと呟くのです。

重い内容の作品でありながら、いつもどこかしらでユーモアが漂っているのは、ボビー自身の陽気な気質のおかげかもしれません。過酷な状況にありながらも、ボビーが生きる喜びや幸せを存分に味わっている様子が伝わってきます

彼は20万回の左まぶたの瞬きによって、自伝を書き上げるという偉業を成し遂げます。人が人たりえるのは、その精神性にあることを世に伝える奇跡を起こしたのです。

ラストのエンドロールでは、崩れ落ちた氷河が逆再生される画面が映し出されます。恐ろしい勢いで砕け散る氷が、みるみる元の氷壁に吸い込まれるさまには、こうして時が巻き戻せたならと切望したであろう、ボビーの深い思いが映し出されているかのようです。

ボビーを愛で満たす温かな人々


(C)Pathe Renn Production-France 3

ボビーに生きる力を与えてくれたのは、彼を取り巻く大勢の心ある人たちでした。

ボビーに言葉の翼を与えてくれたのは、若い女性言語療法士・アンリエットでした。彼女は献身的にボビーに付き添い、瞬きでのイエス・ノーの返答法を決めた後、アルファベットの文字盤を使って会話する方法を提案してくれました。

使用頻度順に並べられた特殊な表記順の文字盤に、最初はお互いに苦戦します。それでもアンリエットは、わかりやすい速度や方法を手探りで見つけ出しました。生真面目かつ誠実な彼女の必死な思いが、ボビーの頑なな心を溶かしたことは間違いありません。

大きくボビーの気持ちを変えたのは、旧友のピエール・ルッサンでした。ボビーに譲ってもらった飛行機の席についた彼は、不幸にもハイジャックに遭い、ベイルートで4年間人質となって牢に入れられるという過酷な経験をしていました。

罪悪感から一度も自身に電話ができなかったボビーに、ピエールは自分の経験を通して「人間性」にしがみついて生きるようにと諭しました。「想像力」と「記憶」こそが心を自由にしてくれる翼になることを、ボビーは理解します。

元パートナーのセリーヌと3人の幼いかわいい子どもたち、高齢で体の自由がきかない父親、愛するゆえに現状を受け入れきれずにいる現恋人のイネス。ボビーは様々な愛を、人々から受け取っていました。

人は一人きりでは生きられません。ボビーを現実につなぎ止めていたのは、彼を包む人々の愛情でした。

まとめ


(C)Pathe Renn Production-France 3

正常な精神を持ちながらすべての体の感覚を失ってしまった男性の悲劇と再生を描いた、胸を打つヒューマンドラマ『潜水服は蝶の夢を見る』

人は愛によって生かされていること、そして心は想像力によってどこまでも自由に飛んでいけることを教えられます

一つ一つの幸せを大切に抱きしめ、喜びをじっくり味わい、感謝を一番に感じられれば、ボビーのように生きられるかもしれない。そんな希望を抱かせてくれる素晴らしい一作です。





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